第32話ランク6 現る
三鷹圭は魔術師だ。
雷に打たれ、別世界の『ケイン』という人物の記憶を手に入れて、魔術が使えるようになった。
ただ、三鷹圭もケインも争い自体を好まない。
戦って得られるものが何かというと、名誉やら賞金やらだ。それに、どちらの世界でも目につきやすい魔術の使い方をしているため、一度戦う姿を見せると自然と人は興味を持つ。
人に興味を持たれると、そこから新しく戦いが生まれ、死にかけるような戦いを強いられる。
どちらの記憶も、争いは嫌いだが、死ぬのも嫌だ。
だから死なないように戦う。そうすると必然的に目をつけられるというループが完成する。
別世界のケインはうまく実力を隠してのんびりした生活を送っていたようなのだが、こちらの世界の三鷹圭は残念ながら失敗してしまった。
「お、おい……まじかよ」
「なんでこんなところに……」
「なに、気にしないでほしい」
誰かに狙われているような気がしていたところに、大柄かつ引き締まった身体を持つ男がこの地区の警察署にやってきた。
米田や瓦田のような無駄に増やした筋肉の塊ではない、戦うために鍛えられた強靭な肉体は、190はあろうかという身長も相まってあらゆる生物を縮み上がらせるだろう。
この男は、いかつい顔をニヒルな表情に変え、葛西と圭に自己紹介をした。
「真田権蔵(さなだごんぞう)という。『
そう、彼の二つ名は『重厳』。
圭がつい先日葛西に聞いた、八人のランク6の一角だった。
「ランク6がなぜここに?」
「なに、簡単なことだ。新たなランク6を見に来た。それで、ランク6はどこにいるんだ?場所を教えてほしい」
葛西と圭の二人で寛いでいた能対課は、重苦しい雰囲気に包まれた。
「あの、ランク6はたぶん僕のことです」
「……それは、本当か?」
「はい、この地区には僕以外ランク6はいないっぽいですから」
真田は一瞬驚いた様子を見せてから、品定めをするように座っている圭の身体を上から下まで確認する。一通り確認して、葛西をチラリと見てから、期待外れかと言うようなため息を吐いた。
「本当にこの小僧がランク6なのか?覇気が全く感じられん」
「そんなこと言われても」
「『業火』はよかったぞ。ランク6にふさわしい覇気と実力の持ち主だった」
「ラクシェルさんは強いですよねぇ。百回は死にかけました。あの人、他国の人間なのに政府に縛られてちょっと大変そう」
「その通りだ。それに比べて、キサマはなんだ?あいつは三鷹圭にしてやられたと言っていたが、俺には信じられん」
「そうですね。まあ、勝てたのは運が良かったからです」
「だろうな」
真田は腕を組み、椅子に座って縮こまる圭を睨みつける。
「三鷹圭。俺と戦え」
「嫌です」
「なぜだ?」
「争いも痛いのも嫌いです」
「……軟弱者が。俺にはキサマの意思など関係ない」
二人の視線がぶつかる。葛西から見ると、どう考えても圭は真田に萎縮していた。それでも拒否する圭を見て、少しだけ度胸があるなと思わされた。
真田が圭の襟首を掴み、宙ぶらりんになった。それに圭は抵抗しない。下手に逃げたら、そのまますぐに戦闘に発生してしまうかもしれないと考えたからだ。
「おい、おまえ」
「は、はい!」
自分が呼ばれたことにすぐ気づき、反射的に立ち気をつけの姿勢になる。
「この付近で戦える場所はどこだ。案内しろ」
「はい!」
「葛西さぁん、やめてくださぁい」
圭の懇願に、葛西は反応する勇気も度胸もなかった。
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やってきたのは、警察署の端の方に設置してある、闘技場のような施設だった。大きさは四方20m程度で、闘技場と違って観客席など余分なものは付いていない。
「こ、こちらが我々が使っている修練場になります」
「悪くない作りだ」
真田は圭をポイと投げ捨てる。掴まれたままだった圭もさすがに転がるのは痛いからか嫌のようで、宙に浮く間に身体を捻り地面にうまく着地する。
「本当にやるんですか?僕、この後お迎えに行かなきゃいけないんです」
「迎え?知らんな」
「えぇぇ……」
全力で嫌そうな声を出した圭は、付いていない土埃を払う仕草をして、戦う構えを取った。
「戦わざるを得ないみたいなので、チャチャっと終わらせましょう。勝っても負けても恨みっこなしですよ」
「やっとその気になったか。構えだけは一人前だな」
真田も腰を低くして右手を前にし足を前後に開く。
ピリピリした空気に葛西が唾を飲み込むと、ちょうどそのタイミングで真田が動き出した。
初手はストレートパンチ。ランク6にふさわしい威力で放たれた攻撃は、両手を前に十字にした圭の身体を吹っ飛ばす。そのまま追う真田に対し、着地地点から直角に跳んだ圭は、魔法陣を展開させて魔術を放った。
「『雷よ』」
赤い魔法陣から放たれた紫電の雷は、迷うことなく真田の身体に命中した。
しかし、圭の魔術はほとんど意味を成していなかった。
一切身体を緩めることのない巨体は器用に身体を止め、圭をロックオンして一歩で距離を詰め中段蹴りを放った。
「チッ」
身を外にずらし回転した圭は、反動を利用して踵を大きく上に回す。真田の側頭部を狙った後ろ回し蹴りは、当たるかどうかというところで、反対の手でガッチリと捕まえられた。
「『爆ぜろ』」
「っ、」
元から撃つつもりだった魔術を行使し、側頭部を揺らして踵を掴んだ手を振り払う。回し蹴りとは反対方向に身体を回転させた圭は、前面まで回転し中段蹴りの構えをとった。
「『爆ぜろ』」
「っ……」
逆側から放った破裂の魔術が横に揺れた真田の身体を元に戻し、キッチリタイミングを合わせて蹴りを鳩尾に命中させた。
後方に揺れ動いた真田を見つつ、バク転で距離を取る。
一歩だけ後ろに身体を下げた真田は、猛攻が来ないと理解し顔を上げる。
「見たことのない魔術か。なるほど、『奇術師』の二つ名がよく似合う」
「そりゃどうも」
人間の弱点をついたはずなのに、真田はピンピンしていた。その様子に圭はゲンナリした。真田が満足するまで終わらない。つまり、終わるのはどちらかがボコボコにされた時。圭の嫌いなパターンだ。
「先ほどの言葉、訂正しよう。ランク5の実力はある。身体強化、体術、魔術。全てを高水準で扱える人はそうはいない」
「じゃあ、それで終わりでいいですか?」
「そんな気などないことはキサマも分かっているだろう」
「ちぇっ」
なんの合図もなく真田が詰め寄り、突くような正拳突きを放つ。圭は素早く身体を倒してそれを避け、短くなった間合いを利用して飛び上がるようにアッパーを顎に放った。
しかし、身体をほんの少し逸らした真田は、躱したと同時に圭の手を掴む。
「『爆ぜろ』」
「効かん」
「っ!」
手首を弾くように放った破裂の魔術は、圭の手首を持ったまま身体の外にずれる。
圭の攻撃を受け切った真田は、腕を大きく振り上げ圭を大きく開かせてから、振り落とした。
「ぐぅっ、」
おもちゃのように叩きつけられた圭は、尋常じゃない反動を受ける。それにも関わらず蹴鞠のように跳ね上がった身体は真田の頭上を円を描くように回り、逆側に叩きつけられた。
「『風よ』、くっ……」
三回目の叩きつけの前に、風を呼び空気のクッションを作り上げるが、そんなこと関係ないと言わんばかりに再び地面に強烈なキスを強制された。
それから何度か打ち付けられてから、グルグルと圭の身体を頭上で回し、壁に放り投げる。その力は凄まじく、あっさりとコンクリートを陥没させた。
「ぐぁっ……くそっ」
叩きつけられた圭は一瞬痛みに気を取られたが、すぐに真田が圭に追い討ちをかけようと迫るのを見て、躱すために魔術を行使する。
「『爆ぜろ』!」
パンっと音が響き、圭の身体が振りかぶった真田の拳をギリギリで避けた。
「あ、危なかった……『治れ』」
外れた肩を中心に治しながら、ガラガラと崩れ落ちるコンクリートの破片を見る。もはや修練場自体を崩しそうな破壊力に身震いさせられた。
崩壊を起こしかねない当の本人は、ゆっくりとコンクリートから拳を抜き、ゆっくりと身体を向き直す。
その姿は、鬼のような威圧感を感じさせられた。
「重力か……」
「よく分かったな、分からないようにしたつもりだったが」
「風のクッションが効かなかった。身体強化に加えて何か力が必要だ。カマかけに引っかかったのはありがたい」
『重厳』の二つ名と戦闘に関する情報から、もともとある程度能力の見当はついていた。それを元に、簡単な予測を立てただけだ。
「ネタが分かれば対応はできる……と、言いたいところだが」
「能力が知られようと、関係ない。むしろ、本気で使うことができる」
「うぉっ、」
圭のバランスが崩れる。一気に身体が重くなったからだ。気付かれた能力は惜しみなく使われ、少しずつ圭の動きを鈍くする。
当たり前のように圭への重圧を倍以上にしてから、真田はいとも簡単に距離を詰め、上から能力を使った重い拳を振り下ろした。
「ぐふっ……」
身体ごと無理な体勢で叩きつけられた圭は、あまりのダメージに身体を砕かれていく。その威力は圧巻で、腕どころか複数箇所の筋をぶち切り、人間が絶対に取ることができない体勢で地面にまで叩き伏せられた。
内臓まで圧迫され、口から血が溢れ出す。ここまでダメージを負わせられては、うまく立ち上がることすらかなわない。
たったの一撃で、呆気なく圭は真田にねじ伏せられたのだった。
「ふん、この程度か」
「な、『治れ』」
「ほう」
全身を淡い光が包み込む。しばらくすると、圭の身体を包んだ光は、変な角度に折れ曲がっていた腕や、変形させられた臓器を徐々に治していく。
しばらくして、圭は戦う前と同じぐらいのレベルまで治ってしまった。
「なんだ、まだやれるのか」
「いや、やめてくださいよ!魔力尽きるまでやらされたら本当に死んじゃいます!ほとんどダメージ与えられてないんですから!」
「もっと威力のある魔術が使えると聞いている」
「時間がかかるんです。真田さんはその隙すら与えてくれませんから、どっちにしろ負けますよ」
「そうか」
『重厳』の真田権蔵。重力を操る彼の能力は、本来なら影響を与えられないはずの相手に、身動きを取れなくするという直接かつ厄介な効果を発揮させる。
消化不足とでもいうかのように厳つい顔を不機嫌にした真田は、葛西の方を睨んだ。
「お前もやるか?」
「い、いえ。三鷹が勝てないランク6に敵うわけありませんから」
「軟弱者め」
「あは、あはは……」
「それと、しばらくはここに滞在することになっている」
「え゛っ」
今度は三鷹圭を見下ろして、くだらないとでもいうかのように言葉を吐いた。
「キサマが厄介な暗殺者に狙われていると報告があった。いざという時にそいつらを殺せるように俺はやってきた」
「暗殺者ですか?」
「信じられんか」
「あ、いえ。情報が確かなら、警戒はしておきます」
「ならいい。いざという時は俺を呼ぶといい」
「はぁ、ありがとうございます」
真田が去っていくのを見て、地面に腰を下ろしたまま大きくため息をついた圭は、時間を確認して立ち上がった。
「重力かぁ……厄介、というかどうやって重くさせたんだろ。まあ、能力は分かったのはよしとしよう、対策考えとこっと」
能力者との戦いは基本的に、相手の能力をいかに把握するかがカギとなる。特に、魔術を使ってさまざまなことができる圭にとっては、能力が確認できたのは非常に大きなメリットだった。
「ま、暗殺者がいると知れただけラッキーかな」
前から何者かが圭を狙っていることは分かっていたが、それに確証が得られたのは大きな成果だった。
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