第31話直感というくだらない危険信号

 圭は授業を終えた後、警察署に来ていた。


「なーんか新鮮だな」

「くだらないとこで情報制限かけるせいです」


 葛西のボヤキに反応する。何も意味なく警察署に来たのではない。昨日の慎也の話を聞いて、能力者の情報を集めに来たのだ。


「カテリーナっていう名前を探しに来たんですけど知りませんか?」

「カテリーナ?分からん。外国人なら大体把握しているが、そんな名前は聞いたことねえ。偽名かなんかだろうな」

「そうですか」


 今のところ、圭はこの世界の魔術能力界隈のことをまるで知らない。今までは琴桐楓の護衛だけで済んでいたが、今後は違う。圭は有名人になり、それに伴い対人関係も変化する。


 例えば、押しかけや暗殺などもあり得るのだ。特に、圭は『闇夜の騎士団』の拠点を丸ごと潰し、実力者を一人倒している。

 目をつけられないはずがない。


 そんなことを考えていたため、慎也からカテリーナという女が圭のことを聞いてきたと聞いて、警戒心が高まっていた。


「大変だな三鷹も。別におまえから望んでやってるわけでもないのによ」

「葛西さん、それを言ったらおしまいですよ。何回も死にかけてるし、もっと強い人が来たら僕も本当に死にかねません」


 本気の戦闘回数は片手で数えるほどしかないが、また戦う可能性があると『ケイン』の記憶が訴えていた。


「僕とラクシェルさん以外のランク6ってどんな人ですか?」

「ランク6か。たしか……泥熱でいねつ星詠ほしよみ重厳じゅうごん五属ごぞく生命いのち最強さいきょうの6人だったはず」

「なんか恥ずかしい呼び名ですね」

「ちなみにおまえは奇術師だぞ。ラクシェルさんは業火」

「き、きじゅつし……一人だけ格落ち感半端ない」

「まあ知らん人が見たら何やってるか分からんからなぁ、三鷹がそう呼ばれるのもしゃーないだろうよ」


 二つ名はその人物の特徴を表す。ランク5以上はカッコいい二つ名がついているらしい。ただ、二つ名が正しくその人の能力を体現しているかというと、意外とそうでもない。


「そういや、ハザマっていただろ?あいつもランク6相当って言われてる。通称は……『剛毒』だったな」

「ハザマねえ。剛毒ってことは、金剛と中毒か。なるほど、二つ名が全てではないと」

「正式にランク6に指定されている人は8人だけだ。ただそれは表の話、闇騎士みたいな犯罪集団にもランク6と同等の実力者はごろごろいるさ」

「ひぇー」


 国とは関係ない組織にも猛者はいる。闇騎士のような悪の組織にも勢力というものがあり、日夜お互いの動向を監視しあっている。


「たまに抗争が起こって俺たち能対課が出向いたりするけどよ、もしレベルが高い奴らが来たら手に負えねえな」

「葛西さんはランク5でしょ?他の人も、何人かは4だし」

「俺もランク5の中では中堅くらいだろうな、灰田とかには勝てねえだろうし。それに学園が英才教育とはいえ、死闘の経験のない学園生と、常に戦場に身を晒してきたやつらとを比べると、戦場においてはあいつらの方が上だ。訓練はしてるが、お役所勤めだと簡単に強くはなれねえしな」

「案外国も当てにならないものですね」

「ま、その代わり3人ランク6が政府に直接所属している。何かやべぇことが起こってもなんとかなるだろうよ」

「ほぉー」


 圭も強制的にとはいえ国の所属と言ってもいい。しかし、直接指示が出せるランク6が3人もいるのなら、いざというときには安心だろう。

 所属とか気にしていない圭としてはあまり関係のない話だ。


「ああ、さっきのとは関係ない話なんだが、なんでかは知らんが今年はうちの地区に学生から異常なほど希望者が殺到してる。……おまえ、学園で何かやったか?」

「え?マジ?オール却下しといてくださいよ。闇騎士の支部もなくなったことですし」

「バカ言うな。ここには七琴学園があるんだぞ?もっと人を増やすべきだと前々から進言してたんだ」

「うぇーダルいー」


 葛西との関係でも漏れたのだろうか、確かに数人には話していたが。ここに来るとなれば絡まれるのは目に見えている。パトロールなどされてはさらにめんどくさい。

 葛西が「何言ってんだおまえ」と視線で訴えると、圭は頭の後ろに手を組んで椅子をガタガタと揺らしていた。


「まあとにかく、ある程度情報を知れて良かったです。他の人がいないときに、また来ますね」

「いつでも来な。おまえには恩もあるしな」


 ちなみに、以前実行された闇騎士拠点制圧作戦では、他の部署では多大な被害を出している。ここの課長は何もなかったが、別部署のトップは首を挿げ替えさせられたようだ。


「闇騎士ねぇ……こまったなぁ。迷惑かけてしまう」


 とはいえ、様々な人物の特徴を得られたのは大きい。加護のおかげで多少記憶能力が優れている圭は、ほとんどの情報は頭に入れることができた。

 情報に囚われすぎないことには注意が必要だが、かなり有用なものだ。


「闇騎士で警戒すべきヤバいやつは四人。ボスは正体不明だけど、後は一人ずつならなんとかなるかもね」


 そうぼやきながら河原で自転車を漕いでいた。




 ……



 足を止めた。ブレーキを引いて自転車を止めてから、キョロキョロと周りを見渡す。それから首を傾げて、再び歩き始めた。






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 夜も遅くなった頃、圭は楓を虐めていた。


 語弊があるかもしれないが、事実である。


「はーい、魔力を感じましょうねー」

「くっ……」


 魔力を感じると称するこの虐めは、事実魔術を使えるようになる最短の練習方法である。

 魔力は自分の意思で動かすのは非常に難しい。

 魔術を使うには一般的に、何回も何回も詠唱などの一定行為を行い、魔力が呼応してくれるのを待つという鍛錬を行う。一定の行為を行うことで、自分の身体に魔術の発動を定着させる。この手順を積む必要がある。


 そのため、魔術を使うのはセンスも運も絡んでくる。魔術を使う人が多くないのは、単純に使える人が少ないからである。



 ただ、魔術をひたすら浴びると、イメージ以前に身体が魔力を自然に行使しようとすることがある。

 この身体現象を使うことで、発動の定着の前に、魔力の操作自体を身体が覚えることができる。


 ケインはこの特性を利用して血反吐を吐きながら魔術の操作を獲得し、そして今は圭として楓に血反吐を吐いてもらっている。


「し、死ぬ……」

「はい回復」

「は、はぁっ、はぁっ」

「はい、『炎よ』」

「キャァアッ!!」

「『水よ』」

「ぁぁっ!……ゴボ、ガボボ」

「『雷よ』」

「っ!?!?」

「『風よ』」

「……」

「『土よ』」

「」

「はい回復」

「っ!……」


 この方法の問題点は、魔術を撃つ側にある。生命の危機を見極められ、なおかつ治癒魔術が使える人が一人は必要だ。魔術を撃たれる人は……死なないのだから問題はない。

 さらに、これほどのいじめを受けても、魔力の操作を身体が覚えるには時間がかかる。事実ケインは何ヶ月もかかっていた。他の人は誰もこんな修行はしていなかった。


「た、タイム!」

「ん?」

「死ぬ!本気で死にそうなの!」

「死ぬ気で覚えるって言ったの楓だけど」

「文字通り死ぬなんて思うわけないじゃない!」

「じゃあ、止める?」

「あ、えっと……もう少し優しくお願いできるかしら」


 懇願する楓を見て、困ったそぶりをする。圭の数ヶ月は一日のほとんどを費やした数ヶ月だ。受験勉強も佳境に入っている楓は一日に一時間か二時間くらいしか時間はない。


「そんなこと言っても、神城学園の人たちは十二年魔術を習得しようと努力しているわけで……それを一日一時間で使えるようになるのなら、文字通り死ぬ気でやらないと追いつけないよ」

「そ、そうね……そうね……大丈夫、たった一時間二時間耐えてみせる……」


 いろんな意味でボロボロになる楓は新しく服を着た。あれだけボロボロだったのに身体はシミひとつない。その代わり、一日に服が何着も無駄になりその度に圭には素肌をさらしている。


 この鍛錬を始めて二ヶ月程度。ついに痛みには慣れはじめてきたが、これだけ長い間続けても一向に成長の気配が見えないことを恨めしく思っていた。


「あんまり気にしない方がいいと思うよ。十二年修行しても魔術が発動しない人もいるんだから」


 楓が渡したペットボトルの水を飲む。よほど疲れていたのかあっという間に中身がまるまるなくなった。そして地べたに寝転がる。

 道場と名はついているが、下は直接地面だ。魔術師は力が大きすぎるから床張りにするとすぐ壊れてしまう。

 そこに汚れを気にする余裕もなく寝そべった楓は、頭だけ圭の方に向けた。


「ねえ、ケイは魔力の操作を習得した後、何をしたの?」

「魔力操作をした後?……えーっと、魔法陣の理論を学んで、それを構築できるようにトレーニングしたことかな」

「魔法陣なんてコントロールできるの?」

「普段みんなはたまたま現れた魔法陣を気にせず使ってるけど、魔法陣にはいろんな意味が組み込まれてる。それを学べば自ずと好きな魔術を作れるようになるよ。特に、魔法陣をいじる魔術は属性に囚われることが少なくなる」

「じゃあ、それができればケイみたいにいろんな魔術を使えるようになるの?」

「できるよ。魔法陣を発動しながらだけど、僕の魔術は誰にでもできることの延長だからね」


 ケインの世界では強い人たちはみな魔法陣や魔術発動そのものをいじって自分なりの魔術を作り上げていた。


 もちろん、魔術には魔法陣や詠唱のテンプレがあって、それが最も効率よく魔術を使える。

 ただ、レベルが高くなっていくと、テンプレだけでなく柔軟性も必要になっていく。このタイミングで魔法陣を自分たちで作り替え始めるのだ。


 ケインの世界の学園では、そこまで至ることも想定して魔法陣学を教えていた。それにこれは相手の魔術が何を行なっているかも分かるようになる。

 魔法陣は、敵と対峙したとき、最も重要なファクターの一つなのだ。


「でも、魔法陣は受験終わってから。ほとんど関係ないことにリソースを割く必要はないし」

「ほとんどってことは関係ある部分もあるの?」

「魔法陣の形は幾何学的だからね。図形問題とかは応用できるかもしれない」

「ふーん」

「ま、そんなことはどうでもいい。どうする、まだやる?」

「もう少しだけやるわ」

「じゃあ行くよ」

「あっ……」


 その後、道場に悲鳴が響いたのは言うまでもない。





「三鷹、さすがに楓さんに対してやりすぎなんじゃないか?」

「甘いですよ米田さん。楓がやると言い出したんです。この方法は言うなれば裏技ですし。それに、身体強化すら下手でしたが、魔力は思った以上にありそうです。使い方さえ学べば最低でも二つくらいはランク上がりますよ」


 横たわった楓を見ながら、隣に来た米田に言う。


「米田さんもやってみますか?確実に一つはランク上がりますよ」

「……遠慮しておこう」


 ここ最近の楓の姿を自分に重ねてみて、顔を引きつらせて断った。

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