第30話ごまかし
「おっすー」
「おっすおっす」
10月になり、大学の方も授業が始まった。
初めの授業は出席やら抽選があるため、圭は大学の友人である村上慎也と一緒に朝から授業に出ていた。
「ああ、大学って素晴らしい」
「何言ってんだ圭、俺は夏休みが終わって悲しいよ」
「僕の場合、授業ないと大学来ないから人と会えないんだよ」
「なんだボッチか」
圭の夏休みは、大学生らしさのかけらもなかった。友人とどこかに行くわけでもなく、琴桐楓の護衛。
雇用関係から交際関係に至ったのは聞けば素晴らしいイベントなのだが、圭にはなぜかそこまで感激なこととは感じていない。
しかも、関係が変わっても私生活はほとんど変わっていない。楓が強く希望したため、魔術の習得と称して魔術で虐めてる(無意味ではない)くらいしか変わらないだろう。
あとやったことと言えば、死にかけたことと教師になったことくらいだ。
「うーん、大学生らしいことをしたい」
「じゃあ合コンだな。それか酒か。ああ、麻雀でもいいぞ、最近覚えたんだ」
「麻雀は時間だけが消えていくと聞いたことがあるぞ」
「楽しいからいいんだよ」
一方で、慎也は夏休みをサークルイベントやらデートやらで満喫していたようだ。
「そういえば、ノドカちゃんとはどうなったん?」
「いや、彼女のことは忘れよう。それでいいじゃないか」
前回慎也に誘われた初の合コンで出会った川島ノドカという人物は、魔術師の存在を知っていた。
魔術師と関わらない休暇を望んでいた圭にとっては、絡んできた彼女は非常によろしくないお相手だった。
「まあそれに、合コンはもういいや」
「なんだ、彼女でもできたのか?」
「彼女……まあそういうことになるな」
「……ホワッツ?」
慎也は一瞬硬直した後に、すぐさま圭の首を絞めた。
「ほー、なんだ。インターン先の企業でか?社会人の女とは、レベルが高い事してくれてんじゃねえか」
「いや、年下」
「ホワァァイ!?なぜ年下!?お前のバイトからなぜ年下と付き合うことになったんだ!?」
「そんなこと言われても」
圭の素っ気ない対応に、慎也は頭を抱えて首を振る。それは、呆れと諦めが混ざっているようだった。
「まあいいわ、彼女ができたのはよしとしよう。それで、どんな子?」
「どんな子って……なんて言えばいいんだ?」
「かわいいかどうかだよこのバカチンが!やっぱ分かってねえなあ圭は。
とりあえず彼女の話になったらよ、かわいいかどうかとおっぱいのサイズの話になるじゃないか」
「いや、なぜおっぱい」
「好み」
琴桐楓を思い浮かべて、慎也を見る。そして、半年前に慎也がコメントしていたのを思い出した。
「めっちゃ美人。やべーくらい美人だな。おっぱいは普通だけど」
「ほうほうほう!いいじゃないのその惚気具合!しかも年下ってことは、高三か?受験生か?」
「まあね、ここ受けるらしいよ」
「くぅー、なんて大当たりを引いたんだ。おら、写真見せてみろ」
「写真?ないよ」
「なんでだよ!」
それからしばらく、圭と楓の不思議な交際関係について、慎也は根掘り葉掘り聞いてきた。
圭としても嫌な気分ではない。制限はあるが、それなりに慎也にも打ち明けた。
ただ、圭はひとつだけ尾を引いていたことがあった。
それは魔術がキッカケで知り合ったこと。これが自分の中でどうも違和感があるのだ。
もしケインが記憶に入って来なければ起きなかった現象。それを認めるのは自分を否定するのかしないのか。
その違和感を引きずりながら、圭は無下川の河原を自転車を押しながら歩いていた。無下川は圭の人生を変えた場所であり、楓と初めて会った場所でもある。
「感慨深いなぁ、もうすぐ半年か」
まだ明るいため、小学生が河原で遊んでいる。ほのぼのした光景を圭はぼーっと眺めていた。
時間をかなり潰してしまったらしく、圭のスマホが震えて着信を知らせた。
そこには、琴桐楓の文字が表示されていた。
「げっ、時間……あー、もしもし」
『ケイ、あなたは今どこで何をしているのかしら』
「あ、はい。すいません」
時間を見ると、とっくに楓の授業は終わっており、もうすぐ校門自体が閉められる時間になっていたらしい。
電話越しの楓はかなり怒っているらしかった。
『謝る前に行動しなさい。それで、ケイはどこにいるの?』
「無下川の河原。まだ帰ってる途中」
『そう、じゃあ自転車でいいから早く来るように』
「はいはいっと。それじゃ、切るね」
今から自転車で行ってギリギリ閉門に間に合うくらいだろう。ペダルに足を乗せ、進路を逆方向に向けて蹴り出した。
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七琴学園の門がちょうど閉まり始めた頃、正門前に自転車がドリフトして到着した。
「はぁ、はぁ、お、お待たせしました……」
「はい、ご苦労様」
自転車に乗っていたのは圭。わずか10分ほどではあるが、全身全霊を込めて自転車を漕いできたのである。それを見て、楓は満足そうに頷いていた。
「それじゃあ、帰りましょう、ケイ」
「はぁ、はぁ、ちょっと待って……よし」
「魔術使って来なかったの?」
「外では魔術は使わないようにしてるんだ」
「ふーん、まあいいわ」
圭が楓の隣に自転車間を並べて歩く。普段圭が使っているクロスバイクは、前カゴも後ろの荷台も付いてはいない。そのため残念ながら、楓が後ろに乗って二人乗りするなんて青春はできない。
楓は手に持っていた荷物を圭に渡して、手ぶらになってくるくる回る。
「なんだか、新鮮。ケイとこうやって外で歩くのって初めてかも」
「まあ、普段移動は車だしね」
「たまにはこういうのも悪くないわ」
楓はスカートをフワリと広げながら、階段を降りて河原へと出た。そこは、電話がかかってくるまで圭がぼーっとしていた場所でもあった。
「ここに来るのも久しぶり。昔はよく来ていたのに」
「昔は?」
「そうよ。ここにはいつも人がいて、わたしもその中で遊ぶの。護衛なんていなかったわ。狙われるなんて思ってもいなかったから」
「護衛がいない……」
何かがおかしい。それは分かりつつも、何がおかしいかはうまく答えられない。
「あ、あそこ。あそこで少し休まない?」
「いいけど、もう暗くなるよ」
「いいじゃない、ケイがいるから怖くはないわ」
促されるままにベンチに座る。前を見ると、記憶に強く残った景色だった。
「あそこが僕がいた場所で、そのすぐ前が楓がぶっ飛んでバウンドした場所か」
「そうよ。ある意味出会いの場所」
「まあ、そうだね」
それからは二人は何も話さずに座る。これは恋人っぽいな、なんて圭は思っていた。
「ケイ。わたし、あなたに聞きたいことがあるの」
「聞きたいこと?」
不意をつかれた圭は、隣に座っていた楓を見る。楓は、真剣な顔で圭を見つめていた。
「あなたの、過去を知りたいの」
難しい質問だった。『過去』という言葉を、圭にとってはどう定義するかによって答えが違う。そして、答えは分かっていてもそれを口に出すのは憚られる。
「それは……」
口を開いて、再び閉じた。圭の真実を話すべきかどうか。これは自分の問題であり、楓にとってはあまり気にする必要のない問題かもしれない。そんなことをぐるぐると思案していると、楓は質問を変えた。
「ケイの師匠、『魔女』って、だあれ?」
「魔女……そんなこと、言ったっけ?」
「言ったわ、神城学園から帰るとき、あなたの師匠は魔女だって確かに言った。でも、わたしにはその魔女が誰なのか分からないの」
「調べた?」
「……ええ」
圭はため息をついた。
逃れられそうにない。圭は腿を手で押して立ち上がった。
「これを言うのは、僕の存在自体に関わるんだけど……」
座っている楓を見下ろす。目を逸らされないのに苦笑いしながら言葉を続けた。
「『三鷹圭は魔術師ではない』」
「……どういうこと?」
「うーん、その、なんと言えばいいか……」
少しだけカッコよく言ってみて、続きをどうしようかと悩んでいるところで、後ろから声をかけられた。
「お?おお?おおお?これは、これはこれは!三鷹圭じゃああーりませんか!」
「いぇゃーなじぇここに」
「なに変な声発しとるんじゃい」
振り返った目の前に現れたのは、今日少し前まで一緒にいた友人だった。
隣には女の子がいた。記憶が正しければ、慎也の彼女だ。
「なぜここにいるんだ」
「それはこっちのセリフだよ三鷹圭くん」
ニヤニヤしながら圭の後ろを覗き込む。最初は驚いた表情だったはずなのに、すでに顔は最大限ににやけていた。
「ほぉー、それが犯罪者三鷹圭くんの彼女さんですか。……めっちゃ美人!」
「慎也、ちょっと」
「あ、ああごめんごめん。紗江は初めてだったな。うんうん」
慎也の隣にいる彼女であろう人物は、楓を見て鼻の下を伸ばしたことに不機嫌になっているらしかった。
そんな二人を交互に見る。なぜこの対面だけであそこまでニヤけられるのか圭にはさっぱり分からない。
「紹介しよう、このスマしたいけすかない野郎が三鷹圭、まああれだ、親友ってやつだ。そんで、このクールビューティな女の子が神谷紗江(かみやさえ)。まあ彼女」
「あんたがあの……」
「なに吹き込んだ?」
「世界一残念な男って」
「おい」
慎也の彼女、紗江はかなり身長が高い。170ちょっとしかない圭とほとんど変わらなかった。慎也は180近くあるから並ばれても問題なさそうだ。
「それで?それで?後ろの彼女を紹介しなよ」
「……なんかいやだ」
「引き延ばすのはよくないぞ。男はドンと胸をはるんだ」
後ろで疑問と憎悪がセットになった顔をしている楓を呼ぶと、立ってはくれたがなぜだかとても不機嫌にそっぽを向いた。
「そんな怒らないでよ。はい、こっちが村上慎也。大学の友人、サボり癖がつきつつあるバカ」
「バカとはなんだおい」
「で、こっちが、えーっと、彼女?の琴桐楓です」
「よろしくお願いします」
「琴桐?」
慎也は首をひねる。聞いたことがあるのだろうか。確かに琴桐は業界では有名だが、慎也みたいな人には楽器は関係ないはずだ。
そう思っていた時もありました。
「琴桐って、あれだよな。バイオリンとか、ギターとかの」
「なぜそれを知っている!?」
「え?だってピアノやってたし、友達に借りてバイオリン弾いて遊んでたら、琴桐楽器が云々って」
「ピアノもバイオリンも。不平等だ世の中は……」
「彼女のあたしも初めて知ったんだけど」
「ん?まあ言ってないからな。中学くらいの頃の話だし」
村上慎也は想像以上に多彩である。テニスもサークル内でかなり強いようだし、音楽の才能もある。
さらに、
「慎也って、絵もうまいの。なんでもできるね」
「天は二物を与えてるじゃねえか。そうか、そうだよな……」
圭が通う帝一大学は国内最高峰大学。ガリ勉しか入れないのではなく、勉強「も」できる人が集まるのである。
なお、圭はといえば勉強漬けであった。
「まあ、とにかく。琴桐ってことはもしかして琴桐楽器の社長令嬢てきな?」
「まあ、そうなるね」
「ほーう、ほうほう。ということは、圭」
「?」
「もしかしておまえ、魔術の存在を知ってるってことか?」
「なんで!?」
慎也はやはりという顔でうなずいた。その隣の紗江も同様。これに対し、圭は隣にいた楓を見たが、
「ふんっ」
彼女は相変わらず不機嫌なままだった。
「まあまあ、圭が魔術に対してどういう認識かは知らんが、知ってる人は知っている。特に帝一大学に通う人だったら知ってる人なら多少はいると思うぞ」
「魔術は、一般人にはバレてはいけないとかあるんじゃないの?」
「ん?まああるんじゃない。混乱とか起こったらまずいし。でも、ガバガバじゃん」
「ガバガバ……」
確かに。その通りだった。
例えば神城学園は毎年300人くらい卒業生を出している。場所にもよるが、能対課のポストなんてすぐ溢れる。
数は少ないが、魔術は使えても一般人として暮らしている人もいる。
さらに、帝一大学は学力が高い人が通う大学だ。それに比例して御曹司などの人数も増える。七琴学園生徒はたいてい、同格かつ推薦のある帝二大学に行くが、彼らが日本の全てではない。
「ま、そういうこと。俺も昔馴染みに教えてもらったぞ」
「く、くぅぅ……なぜだ」
「というか、このガバさでなぜ全体に知れ渡っていないのかが謎だな。まあ存在は知ってても都市伝説と思っている人もいると思うけど」
その後、慎也は楓を見た。
「なに、バイトってお守り?」
「……ま、まあそんな感じかなぁ」
「ははぁ、それで情がお互いに移ったと。いいねえそれ。ん?じゃあ、圭って魔術とか使えんの?」
「使えるけど」
「ふぉぉーっ!魔術師キタコレ!都市伝説かと思ってた!」
「いや、おまえが思ってたんかい」
チラリと楓を見る。不機嫌そうだ。さっきまで重大な話をしていたのに、そこに水をさされたのだから仕方があるまい。
だが、圭にとっては好都合かもしれない。圭はまだ、心の整理ができていないから。
「ケイ、早く帰りましょう?」
「ん、ああ、まあそうだな」
「ちょっと写真撮っていいダダダ、いだいっ!?」
「調子に乗らない」
恋人である紗江が耳を引っ張った。尻に敷かれるタイプなのか、ただ慎也が自由すぎるだけなのかは分からない。
「ほんじゃ」
「チッ、じゃあ今度魔術見せてくれよな」
「気が向いたらねー」
こうして、圭は慎也たちと別れて帰路に着いた。さっきの話を語る雰囲気には戻ることはできず、終始無言で家まで歩いた。
「あの、すいません。さっきの男の人について聞きたいんですけど」
「え、圭のこと?いいけど、どちら様?」
「カテリーナと申します。さっきの人、カッコイイですね」
「? カテリーナさん、一目惚れ的なやつ?残念だけど圭には大切な人がいるから教えられないですよ」
「そうですか……すいません時間を取らせてしまって」
「いえいえ、あ、よければ連ら……あだだだっ、こら、ちょっと!」
カテリーナと名乗った黒髪の女は、紗江が慎也の腕を引っ張っていくのを優しげな瞳で見送っていた。
「なんだよ紗江、今日不機嫌になりすぎだぞ?」
「なんか、今日会う女の人可愛い人多いから」
「……それは否定できない」
琴桐楓はもちろん、カテリーナと名乗った女性も美人だった。身長は楓よりかは大きく、紗江と同じくらい。長い髪は後ろで軽くまとめられて、ビジネススーツでも来たら「社長秘書」なんてやってそうな人だった。
「枯れてると思ったけど、圭って意外とモテるんだな。ノドカちゃんの時もそうだったし」
「ふーん、どの時なの?」
「あ、怒らないで。悪かったから、あんときは悪かったから!」
手を壁にしながらチラリと前を向くと、ブロンドの女が慎也とすれ違った。帽子をかぶっていたが、間違いなく美女だった。
「美女がたくさん。今日はいい日だ」
「死ね」
「アババババッ!」
ローキックに悶えた慎也は、しばらくその場を跳ね回った。
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