第29話神の思し召し

 最近、三鷹圭の様子がおかしい。


 楓はそう感じていた。


 これを親や学園の人に話しても、あまり信じてもらえなかった。そもそも元から彼はのらりくらりと適当に済ます人間なため、多少言動が変わっても気付く人はほとんどいない。


 それに、普段の仕草は以前と一切変わらない。話を聞いた人も一度は気にしてくれたが、気のせいだろうと結論付けられた。


 だが、楓はこの異変が気のせいではないと確信していた。




 圭の様子がおかしくなったのは、神城学園から帰ってきたからだ。すぐに学校が始まったため常に顔を合わせているわけではないが、たまになにか考え事をする仕草をする時がある。


 大学生はまだ夏休みの最中だが、護衛業がある圭はほとんど遠くへ行くことはなく、部屋に引きこもって暇つぶしがてらに勉強しているか、道場で鍛錬しているかだ。



 そして、圭の様子がおかしくなったきっかけだった『魔女』という言葉が、楓の中で何度も掘り返された。

 たまたますぐ聞ける位置にいた米田にこのことを尋ねてみた。



「米田、魔女って知ってる?」

「魔女ですか?まあそりゃ、御伽話でいくらでも出てきますからね」

「そうじゃなくて、能力者の中で」

「能力者でですかい?うーん、どうだったかな……たしか、何何の魔女、って人ならランク5にいたような……」

「そう、ありがと」

「え、ああ、はい」


 米田は外の情報に疎い。それを思い出した彼女は対象を学園に変えた。





「ねえ、四ツ橋くん」

「っ!なにかな楓さん?」


 いつもリアクションを取ってくれない彼女から話しかけられて、四ツ橋礼次郎は思わず高揚してしまった。しかし、楓はそんな礼次郎の様子に気が付いてはいない。


「あなたは、魔女って知ってる?」

「魔女?ああ、もちろん知ってるとも。魔法使いの女性のことだろう?」


 魔女を聞かれて知らないものはいない。有名なお伽話にあまりにも沢山いる。一瞬そのことかと思いなぜそんなことを聞くのか疑問に思ったが、その疑問はすぐに氷解した。


「ほんと!?能力者にいるの!?」

「あ、いや、能力者か。……確かランク5に『常闇の魔女』という魔術師がいたはずだ。それと、六条さんを守っているのも結界の魔女じゃなかったかい?」

「ああ、そう。うん、そうだね」


 聞いただけで違うとわかった。常闇なんて名がつけられるということは、闇に関する呪文を極めているエキスパートなのだろう。だが、圭とは全く系統が違う。

 美波の護衛である結界の魔術師はランク4。論外だ。


「なんだ、なに話してんだ?」

「ぬ、百瀬。貴様またっ」

「百瀬くんは魔女って知ってる?」

「魔女?」


 ひょっこりと顔を出した百瀬海斗に対しても同じ質問をしたが、楓の求める答えは得られなかった。


「またなんで、魔女探ししてんの?魔女狩り?」

「いえ、違うけど……」


 困った目を向けたが、彼らにも話してみたら何か知っているかもしれないと思い直す。外聞の前に、楓は圭のことが気になりすぎていた。


「ケイの師匠が、魔女らしいの」

「ほう」「へえ」


 俄然、興味が湧いたらしい。二人とも三鷹圭の戦闘術を目の当たりにしている。あの動きは一朝一夕でできるようなものではないことは素人目にも分かる。なにより、あの魔術は異常だ。


 その師匠となると、興味がわかない方がおかしい。仲のすこぶる悪い二人は顔を見合わせると、示し合わせたように頷いた。


「三鷹圭って名前だったね?」

「え?うんそうだけど」

「そうか、なるほど。僕は彼の経歴を確認してみよう」

「俺は周辺の人間関係とかを当たってみるわ。たぶん融通が利くはずだ」

「え、え?」



 突然進み始めた話に楓が困惑していると、肩を竦めて礼次郎が理由を教えてくれた。


「彼のことが気になる人は楓さんだけじゃない。僕たちも、いや、誰もが彼に目を向けている。そんな人の中身を暴くチャンスなんだ、調べないわけがない」

「そういうこと。俺だってアイツのことは気になるからな。意味深なワードが出れば食いつくさ」

「……あ、ありがとう」



 それから同じようなことを六条美波にも聞くと、彼女はまず自分の護衛を呼んだ。


「この人が、『結界の魔女』の市川富子さんなのです」

「結界の魔女……」

「あ、あの、そんな大層な名前で呼ばないでください、」


 気の弱そうな女性を見て確実に違うと判断した後、結界の魔女に楓は尋ねた。


「ものすごく強い『魔女』って、市川さんは知ってますか?」

「え、魔女ですか?」

「はい」

「魔女なんて、魔術現象が一つ起こせたら女性なら誰でも呼ばれるから……あ、はい違いますよね、えと、えっと、」

「トミちゃんはシャイだからゆっくり聞いてあげるのがいいのです」

「はぁ」


 しどろもどろになりながらも、何を言うかまとめたらしい彼女は、楓が期待するような情報はもたらさなかった。


「こ、コミュニティには、二つ名を持つ有名な魔女は沢山います。で、でも、ランク6にもなる実力者なら魔女よりもいい二つ名がつけられます」


 彼女の言う通りなら、魔女は総じて強くはない。強ければ魔女を強調しなくても良くなるからだ。


 ちなみに、圭に二つ名があるかと聞いてみたところ、『奇術師』と帰ってきた。なんだか迫力がないが、圭の戦い方を思い出して納得した。




 それから数日して、礼次郎と海斗が調べたことを報告しに来てくれた。


「彼についていろいろ調べてみたよ。といっても、前にほとんど調べてあったみたいだけどね」

「軽くだが、俺も調べてみたぜ」


 三鷹圭

 ・東京都(23区外)出身

 ・小中高すべて家から近い学校に通い、帝一大学にストレートで合格

 ・家族構成は父、母、弟

 ・大学に入ってからは帝一大学から自転車で五分のところに下宿するが、その月中に琴桐家へ転居

 ・家族の魔術への関わりはなし

 ・友好関係は広くはなく、遊びに出ることも少なかった

 ・幼馴染みの女の子がいたようだが、恋愛関係には至っていない


 他にもどんどん情報が出てくる。むしろ家族が大っぴらに教えてしまっている情報すらあるが、その情報にはどこにも、『魔女』に関連する情報は出てこない。



「……どういうこと?」

「俺たちにも分からねえ」


 経歴が明らかにおかしい。これではあまりにも普通すぎる。三鷹圭のどこにも、魔術が使える要素が見つからないのだ。


 思わず楓は呟く。




「ケイはどこで、魔術を覚えたの?」





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「クシュン!……風邪か?」


 噂の本人は、机に本を広げたままなんとなく天井を見上げた。最近彼は何かあるたびに、ケインの記憶を掘り起こしていた。なぜ圭には別世界の記憶を持っているのか。


 パターン1

 三鷹圭がもともと才能を持っていて、たまたまケインの記憶がこびりついていた。



「ないな」


 才能があるなら、何かが起こって神城学園に拾われているはずだ。魔力は並はある、落ちこぼれることもなかっただろう。



 パターン2

 実は初めから記憶があったけど都合が悪いから封印していた。


「もっとないな。厨二病すぎる」



 パターン3

 雷が落ちた時に、ケインの記憶と魔力が乗り移った。


「これな気がするんだよなぁ」


 記憶が現れる前までは、完全に一般人だったはずだ。昔を思い返しても、誰かが魔術を使っていた記憶がない。むしろ真似事して馬鹿にされていた気がする。それが突然、魔術だの能力だのが当たり前になった。


 と、なると。


 なぜ、圭の身体にケインは乗り移ったのだろうか。


「たぶん、何か意味があるはずなんだよな。なんせ、神様がそうさせたんだから」


 圭は神様が存在する、とは一切思っていないが、ケインの世界では神と呼ばれる上位存在は確実に存在していた。

 ケインの記憶と魔術を圭に与えたことは何か意味がある。身近な人のことを考えるともはや確定だろう。


 ただ、意味があってもそれが分からないと圭には意味がないし、たとえ分かっても実行するとは限らない。


 ……いや、それを見越して圭に乗り移らせたのだろうか。


 そして、もし意味があって乗り移らせたのだとしたら、圭はその意味を果たした時どうなるのだろうか。


 今の圭には、魔術師以上に大きな価値はないのだ。


 たとえば、楓との関係もそうだ。魔術師だから今の二人の関係がある。


 何かやらねばならぬことをやってしまった時、圭には魔術が残っているのだろうか。そして、魔術を使えなくなった時自分はどうなるのだろうか。


「魔術が使えなくなったら、この生活も出来なくなる……普通の大学生活か。なんかそれもイヤだな」


 こんな考えをもうこの数日で十回はしている。圭にとってはこれは、文字通り人生を左右する問題だ。

 考えないわけにはいかなかった。








 ----------------







 良くも悪くもこの一月近くで、三鷹圭の名前は一気に全国に知れ渡った。

 それは神城学園のような強引なだけで済むまだマシな人間もいれば、真に悪しき人たちにも届くものだ。



「あらマロウ、見ました?」

「うん?なにータリナ」

「依頼ですよ、から」

「またかー、どんなん?」


 ボロマンションの一角で、タリナと呼ばれた黒髪の女がヒラリと紙を落とす。顔に乗ったその紙を、マロウと呼ばれたブロンド髪の女が掴み、中身を確認した。



「へー、けっこういい男だねー、うんうん」

「あらあら、マロウの好みですか?。名前は三鷹圭、魔術師らしいですよ」

「そ。まあどっちでもいいけどねー」



 マロウが紙を上に投げると、小気味良い音とともに壁に縫い付けられた。

 それから跳ね起きたマロウが、タリナが投げたジャケットを着込む。ベルトにポーチを刺し、二人はお揃いのグローブの調子を確認した。


 最後に二人は目を合わせる。これが、仕事に出るときの彼女たちのルーチンだった。




「「じゃ、ひと仕事いきますか」」

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