第28話さよなら神城学園

 灰田雅美の敗北。

 それは神城学園全体に驚きと困惑を生み出していた。



「灰田先生、負けちまったな」

「……そうだな」


 白黒コンビは、複雑な気持ちで教室に残っていた。

 二人の戦闘を思い出す。


「俺は正直、先生が勝ったと思った」

「俺もだ」


 教室の隅でポツリと呟いた言葉には、残ってた人たちも同意するだろう、一人以外。


 灰田の領域テリトリー・支配ドミネーションは、彼ら二人でも手も足も出なかった魔術だ。この十二年神城学園でその魔術を見ても攻略の糸口が見つからなかったのにも関わらず、三鷹圭という男は三つも攻略法を見つけた。とはいえ、できるかと言われたら不可能だが。


「デンドライト、だったか?あれやられたら、誰だって瞬殺だろうよ」

「霧の中でなにが起こったかは知らんが、最後のは……」


 観客席に座っていた全員が、視界がホワイトアウトしたと思ったら大太鼓を叩いた音を何倍にもした音が耳を襲い。

 ようやく視界が開けてきたと思ったら、灰田雅美が壁に半分埋まり治癒魔術をかけられているのだ。正直、霧が出たあたりからなにが起こったのかほとんど分かっていない。


「おまえ、どうする?」

「どうするって……なにをだ?」

「……さあ?」


 非常に上機嫌な楓を除いて、クラスの雰囲気が暗くなりつつあった。

 ちょうどそのタイミングで、教室の扉が開いた。


「あら、あなたたちまだいたの?」

「は、灰田先生!」

「?」


 何があったのか状況がさっぱり飲み込めない灰田は、集まってきた生徒に目をパチクリさせた。


「先生、大丈夫なの?」

「あら、心配してくれてるの?」

「だって、あれを見たら……」

「大丈夫、三鷹さんが治してくれたから」


 なぜか、彼女は上機嫌だった。


「いやー。先生、褒められちゃった!三鷹さんも、風の魔術凄かったって言ってくれたし、もう大満足!」

「え、あれ?」

「先生、元気なんですか?」

「何言ってるの?あったりまえでしょう?相手はランク6なんだから、ほんと、健闘したって我ながら思うわ。ああ、わたしも治癒魔術を使えたらっ!」

「せ、先生?」

「三鷹さんの最後のは、今でも夢みたい。ほんっと、一瞬だったわ」

「先生、あの時何が起こったんですか?」


 上を見て惚けていた灰田は、質問した女の子を見る。


「あの時って、どの時?」

「目が眩んで、その後ドンって……」

「俺はその前の霧の時から知りたい!」

「そうねえ……じゃあ霧の時から」


 灰田自身も、あの時圭が何をやったかは直接種明かししてもらっていた。聞けばなるほどとは思うが、それをその場で判断できる人はそうはいない。


「えぇっ、水で斬られたんですか!?」

「そうなの。斬るのは風か土だって思ってたけど、水でもできるのねぇ。なんでも、高圧で発射だとか……よく分かんなかった」

「ええー、ちゃんとしてくださいよー」


 神城学園は、その特性上能力や魔術を鍛えることに比重を置く。そのため、勉強などの知識に関してはかなり疎い(意図的にそうしている部分もある)。実際、ウォーターカッターなんて名前は知っていてもイメージを起こすのは難しい。


「最後は未だに信じられないんだけど、全部詠唱も魔法陣もなしなんだって。光に土、水に氷。それに風も使うなんて、さすがはランク6って感じね」

「土は本当にあったんですか?」

「あったわよ。遠目だと見ても分からないと思うけど、思わず後ろに下がっちゃった。そしたら氷漬け。はぁー、何度聞いても惚れ惚れするわぁ」


 最後のばかりは、イマイチ想像できなかったらしい。土が少し盛り上がるだけというのが納得できないようだ。


「なんでも、力が云々で後ろに自然と下がるらしいわ」

「肝心なところ分かんないじゃないですか!」

「そうねえ」


 圭には、もっと勉強してくださいと言われていた。風の弾丸も回転を加えることで身体を抉れる。風じゃなくて大気を操れば圧縮して爆弾も作成可能。目の前で実演までされた。


「あらそういえば、一つ魔術を教えてもらったわ」

「ええっ!?」

「『風よ集まり爆ぜろ』」


 パシュッと音がして、灰田の髪が舞い上がった。


「それって!」

「破裂の魔術って言ってたの。風の魔術に合わせられるように教えてもらったわ」

「ええーっ!?いいなぁー」


 それから彼女は上機嫌になってひたすら擬似破裂の魔術を生徒に吹き付け髪を舞わせた。そうとう習熟しないと人を弾くことはできないらしいが、すでにある程度のコントロールはできてきたらしい。



 彼女が来るまでの重苦しい雰囲気は、いつの間にかどこかへ消え去っていった。



「あ、そろそろ時間」


 先生が作っていた輪に入っていなかった楓は、ポツリと呟いて立ち上がった。

 体験入学とはいっても、ほとんど遊びのようなものだった。それはそれで、いい体験ができたのかもしれない。それに、改めて同い年の魔術師も見れたし、意外と楓は満足していた。


「あ、そうだったわ。琴桐さん、こっちこっち」


 立ち上がった彼女を見て、灰田はすぐに反応した。そもそも灰田は彼女を迎えに来るために教室に戻ったのだ。


「もう帰っちゃった人もいるけど……琴桐さんの体験入学はこれで終わりです。ほら、挨拶して?」

「あ、はい。二日間、お世話になりました」


 楓が丁寧にお辞儀をすると、それを惜しむかのようにクラスメイトの声が聞こえてきた。


「あぁ、楓ちゃん行かないでっ!」

「くぅぅ……、俺のオアシスっ!」

「はいはーい、またきっと会えるからねー。それじゃ、いきましょうか」


 こうして楓の体験入学も無事終わりを告げた。






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「はぁぁ、疲れたぁ」

「お疲れさま、大変だったわね」

「そうだなぁ」


 圭はこの二日間を思い出す。人に何かを教えるというのは意外と楽しいものだった。それに限っては、今回は来ても良かったかもしれない。

 ただ、彼らの頭には『ランク6の三鷹圭』が刻み込まれてしまっただろう。なぜかそれだけは避けたかったと、無意識のうちに思ってしまっていた。


 なんだかんだ断れない圭は、結局本当の意味で能力者界隈の有名人となってしまったわけだ。


「僕、そんなに人に尊敬されるほどじゃないと思うんだけどな」

「でも、ケイは強いから」

「それは……」

「?」


 それはそうかもしれないけど。そう言おうとして、圭は口を閉じた。


「そういえば、灰田先生が魔術教えてもらったって喜んでたわよ」

「ああ、灰田先生か……あの人なんか怖かったんだよな」


 戦いの後に、ランク6崇拝者の灰田雅美は、全国で八人しかいないうちの一人を前に鼻息が荒くなっていた。何かを期待していたらしいので、風で作れる破裂の魔術と、ジャイロ効果などの物理的理論の名前を教えてあげただけで涙を流された。


 圭にしたってジャイロ効果なんて名前しか知らないから適当に言っただけである。

 家に帰ったら調べてみるつもりだが、灰田の様子を見る限り理論を分からないまま実践するんじゃないだろうか。


「師匠とか、初めて言われた。歳上に師匠と言われても違和感しかない」

「でも、ケイはわたしの師匠よ?」

「やめてくれ、師匠なんてガラじゃないんだ」


 不機嫌そうな顔を楓に見せる。ガラじゃないとか言いながらもキッチリ教えようとするあたり、おそらく真面目なのだろうな、なんて思う。本来魔術師や能力者は自分勝手で奔放なのだ。

 ちゃんと相手をしてくれる圭が、師匠と呼ばれてもおかしくないと楓は思っていた。

 ふと、楓が口にした。



「そういえば、ケイの師匠ってどんな人なの?」

「……」



 なんて言えばいいのだろうか。

 圭の身体は二つの記憶が入り混じっている。

 言葉はやる気がなさげだがただ真面目に勉強して帝一大学に合格した優等生である「三鷹圭」、別の世界で魔術と体術をいじめかと思うほど強烈に鍛え上げさせられた「ケイン」。


 おそらく、楓が聞きたいのはケインの方の記憶なのだろう。

 楓を含めた最近の友好関係は、ほとんどがケインによるものだ。


 そう考えて、圭は思考が止まった。


「あれ……」



 今、自分は三鷹圭なのか?



 名を聞かれたら、三鷹圭と答えるだろう。


 でも、その中身は?

 外側だけ三鷹圭で、内側は全て、ケインなのでは?


 なら、自分はケインか。いや違う。でも周りはケインに期待している。


「……」

「ケイ?」

「はっ!……楓……」


 ボンヤリと隣にいる少女を見る。彼女は、どうなんだろうか。彼女が見ているのは、どちらなのだろうか。


「どうしたの?」

「いや、なんでもない」


 首を横に振った。

 今ここで考えることではないはずだ。

 何より、楓を心配させたくなかった。


 でも、どうしてもケインのことを考えてしまう。ケインはかなり特殊な人間だった。魔力も異常に多いわけでもなく、優れたスキルがあったわけでもない。


 ただ、彼の師匠がおかしかったのだ。


「……魔女……」


 異世界において、その名を語られるのは彼女だけだった。幼い身体の中には色々なものが詰まっていたし、ケインの実力では彼女の小指にも届かなかった。


 あんな人のもとで修行したら、そりゃ強くなるわな。

 先の自分の人間性のことは見ないようにして、圭はようやく頭を上げた。


「ま、さっさと帰ろう。この学園ともおさらばだ」

「う、うん……」


 いつもの雰囲気に戻った圭は、学園の前に待たせていたタクシーに乗るよう楓に促し、その後から自分で乗り込む。


「駅まで」

「はいよ」


 駅に向かって動き始めるタクシーの中で、楓は圭をそっと盗み見た。




「魔女……」


 ポツリと圭の口から溢れた言葉。

 なかなか自分のことを語ろうとしない圭から漏れた言葉は、彼女に強い欲求と好奇心を呼び起こした。

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