第27話vsランク5

 エキストラバトルの発生に、闘技場は一気に熱を盛り上げた。

 黒井と白川が3-5のクラスメイトがいる場所に行くと、すでに全員の意識は闘技場へと向かっていた。


「お、黒井に白川!やるじゃん!ランク6をあそこまで本気にさせるなんて」


 二人に気がついたクラスメイトがわちゃわちゃと称賛の声をかけるが、二人は目を見合わせてため息をつく。


「いや、あいつ全然本気じゃなかったって」

「三鷹圭は、本当に人間か?」


 それを聞いた他の人は、不思議そうに首を傾げる。ラクシェルとの大決闘を見た面々だけが、その言葉に納得していた。

 遠目から見れば分からない。地味な魔術は戦って初めて実感できる。特に黒井は直にそれを痛感させられていた。


「俺の魔術は尽く相殺された。あんな異常な魔術は聞いたことすらない。それに土塊も簡単に跳ね飛ばされた」

「俺も見えない攻撃を足に当てられた、ふざけんなって話だ。あの炎の魔術もありえねぇ威力だったし、デカい魔法陣を出したのはアレだけだ。あの様子だとあの威力を連発できそうだったしな」


 頭を振り、闘技場の観客席に座る。二人の最強生徒が負けたのを聞いても、楓の表情は当たり前だと言わんばかりに変化がなかった。その様子を見て黒井は苦い思いをする。楓にカッコいいところを見せたかったのだが、情けない姿を晒してしまった。隣の白川も、黒井ほどではないがため息をついた。


「そうそう、灰田先生が戦うって」

「……マジで!?」

「マジマジ!」

「あの生意気やろうの本気が観れるかもしれねえ」

「これは楽しみだな」


 黒白コンビはニヤリと笑う。


 灰田雅美は、この学園の全ての人の中で、一二を争う実力の持ち主だ。まだ二十代半ばにして教師をしている彼女は、学生時代には高校一年の時に、学園生徒最強の名を手に入れたとんでもない傑物なのだ。


 彼女は強いものに憧れ、ランク6に憧れを抱く。この戦いは、まさに彼女が望んだものだろう。昨日冗談のように言った言葉は、彼女にとっては本気だったのだ。



 また、これは学園の意地でもあった。最強と目される彼女を投入してランク6に勝つ。そして学園の価値を高める。それ故に敢えて圭の魔力を削らせた。学園長も上から支持された命令を苦肉の策で実行したのである。






「常木学園長、いいんですか?結界が壊れるかもしれないですよ?」

「彼らも能力者だ。それに危なくなったら誘導するから」


 ニコニコと圭を見る灰田雅美は、腰に刀を下げていた。若く優しげな顔からは想像しにくい光景だ。

 学園長の説得は無駄だと判断した圭は、諦めて彼女の方に身体を向けた。


「僕は魔力ももう少ないし、疲れてる。せめて能力だけは教えてくれない?」

「風ですよ」


 短い詠唱を唱えると、彼女の周りに風が吹き始める。つい先程の黒井とは大違いの魔術の熟達度だ。

 熟達した風の魔術とおそらく莫大な魔力量。もしかしたら他の魔術も使えるかもしれない。


「そうですか。じゃあさっさとはじめましょう」


 圭が棒を構えると、灰田も刀を抜いた。

 二人は一切動かず相手を見つめ合う。





 先に動いたのは圭。勢いをつけて灰田へと近付き、魔法陣を展開する。


「『雷よ』」


 それを見て灰田は後ろではなく横に避けた。

 圭が魔術の行使を取りやめスピードを一度ゼロにしたところで、灰田の刀が石棒をあっさりと切断し、圭の髪の毛を何本か斬り落とす。


「チッ」


 石の棒を瞬時に修復した圭は、返す刀で二度目の斬撃を繰り出すのを後ろに下がって大きく回避した。くるくると棒を回して地面に叩きつける。


「『土よ』」

「っ、『風よ斬り裂け』」


 棒の先端から魔法陣が展開され、土のトゲが数本射出された。それを灰田は見切って避け、風の魔術を乗せた刀を横に振るう。それに伴い風の斬撃が土のトゲを斬り裂いて圭の元へと放たれた。


 軌道上からすでに身体を晒していた圭は、体勢を沈めてわずかな時間地に手をつけ魔法陣を展開、それに合わせて石棒を振り下ろす。


「『土よ』」

「っ!」


 発動した魔法陣は赤く光りクルクルと周り始める。それにより出現した槍は、灰田の直下だけでなく横や後ろからも彼女を狙い取り囲んだ。

 咄嗟に唯一の逃げ道である空へと灰田は跳んだが、それを見計らって圭が石棒を槍のように投げた。


「それっ、」

「『風よ流れろ』」


 灰田の短い詠唱は魔法陣を浮かび上がらせ、突風を作り出す。わずかな距離で石棒は軌道をそらされ結界へと突き刺さり、そのまま威力を失って地面に音を立てて落ちた。


「『爆ぜろ』」

「っ、」


 まだ宙に浮いていた灰田を見て、圭は横から破裂の魔術を展開した。

 避けることもできない彼女は強制的に体勢を崩され下に落ちてしまう。それを狙っていた圭は走り寄って回し蹴りを繰り出した。


「『風よ守れ』!」


 灰田が瞬時に叫ぶとどこからともなく風が集まり、空気の塊となって圭の足と灰田の身体の間にクッションを作る。それのおかげでほとんど衝撃を逃すことができた彼女は、一度身体を地面に転がしてからすぐに起き上がり体勢を整えた。


「さすがランク6、想像以上の魔術ですね」

「まだまだです、こんなのはどうですか。『炎よ』」

「『風よ集まり敵を襲え』」

「『風よ』『散らばれ』」


 圭の魔法陣を見て灰田はすぐさま風を送り、かまいたちのように皮膚を切り裂こうとした。

 しかし風の斬撃は圭の身体には届かない。炎の魔法陣を展開させたまま並列展開で展開した風の魔術でかき消したのだ。


 それ以降邪魔されることなく、圭の魔術は完成した。


「『追え』」


 現れた炎の球は凄まじい熱量を持っており、かなりの速度で灰田へと放たれた。

 だが、速いとはいえそれは一般人の感覚、身体強化をしている灰田はアッサリと炎を躱してしまう。それから圭を見て口角を上げ魔法陣を展開した。


「『風よ刃となれ』」


 渦巻く空気は彼女の刀に収束し、透明の大きな刃を作り出す。

 だが、彼女は気付いてなかった。


「後ろ、危ないですよ」

「へ?っ!?」


 一瞬面食らった灰田が後ろを向くと、目の前に大きな火の玉が迫っていた。避けたはずの炎の魔術が折り返し、再び灰田へと向かってきたのだ。

 今さっき魔術で作り出した刃を後ろに放ち、真ん中から炎を撃ぶった斬ると、炎はその場で霧散した。


「『雷よ』」


 声が聞こえて灰田がすぐさま圭の方を振り向くが、魔術はすでに目の前に展開されていた。


「『迸れ』!」

「『風よ集まり』きゃあっ!」


 魔法陣から放出された雷は空中をジグザグに進み、最も近い位置にあった灰田の身体へとぶつかった。

 その威力は推して知るべし、直撃した彼女は意識が飛び、身体がふらついた。

 しかし圭は攻撃の手を緩めない。


「『爆ぜろ』」


 破裂の魔術を唱えるが、音はならない。なぜならまだ発動していないから。


「『重ねろ』」


 意識の飛んだ灰田の正面に衝撃波が発生する。それを食らって後ろに身体が倒れそうになるが、それをまた衝撃波がはじき返す。

 まるでお手玉をするように、フラフラになる灰田の周りでいくつもの衝撃が発生し連続で音が鳴り響いた。






 観客席では、二人の戦いに大いに沸いていた。

 今までとは違い、魔術のオンパレード。土の魔術は器用に囲み、炎に雷、そして破裂の魔術を使って翻弄していく様は、派手派手しい戦闘ではないが灰田を一方的に追い詰める。

 生徒たちが知っている灰田の超強力な風の魔術はひと時たりとも放つ隙はない。

 雷の魔術でふらついた灰田に連続で破裂の魔術を行使するのは、恐ろしいくらいの暴力だった。


「やべえな」

「ああ、とんでもない男だ」


 仲の悪かったはずの白黒コンビがこの戦いを見てポツリと呟く。土の魔術のスピードは黒井を遥かに凌駕しているし、白川がよく灰田に吹き飛ばされていた魔術は防御にしか使われていない。

 二人とも天地がひっくり返っても勝てない最強の先生が、劣勢に苦しんでいる。その光景は目を疑うものだった。

 圭の使っている魔術は一つ一つは灰田の魔術と比べるとはるかに弱い、特に込められた魔力量は極度に小さい。

 破裂の魔術はもはや意味不明だが、それ以外も目を見張る。


 土の魔術は込められた魔力は黒井の方が上のはずだが、展開スピードが速すぎて明らかに黒井よりも強力に見える。

 雷の魔術も本来は大した魔力はないのだが、側からみれば大量に魔力を注ぎ込んだ超極大魔術にすら見える。

 炎の魔術だってあの大きさなら作れる人はいるが、追尾機能はつけられない。


 基礎的な魔術を応用して戦闘に組み込むことは非常に難しい。例えば黒井であれば魔術を行使する間は動く余裕がなくなってしまう。

 あらゆる魔術をいとも簡単に組み込んでくる圭がおかしいのだ。


 二人は顔を見合わせて、すぐに闘技場へと目を下ろした。










 一度猛攻を止めた圭は、ふらつく灰田を見定める。

 もちろん倒したとは思っていない。むしろランク5がこの程度で倒れるはずがないと思っていた。


「ふふふ……」


 顔を下に向けて髪の毛を垂らしたまま灰田は笑う。


「すごいです、これがランク6。すごいです!」

「え、えぇ……」


 顔を上げた灰田はキラキラとした目で圭を見た。その目は諦めではない。灰田にはまだ切り札が残っているからだ。


「『風よ我に従え、風よ我がものとなれ』」


 ブツブツと詠唱をおこなった灰田は、圭に晴れやかな顔を見せた。


「三鷹さん、あなたは素晴らしい魔術師です。ですが、一つ間違いを犯しました」

「間違い?」

「そうです。今、私に魔術を使う時間を与えたこと……」



 手を大きく上げた灰田の真上に、巨大な魔法陣が出現した。





「『領域テリトリー・支配ドミネーション』!!」





「うぉっ!なんだ!?」


 灰田が両手を大きく上げた瞬間、突風が圭を襲った。

 灰田の魔術は風を支配する。あらゆる風が、彼女の支配の下で、激しく荒れ狂い始めた。

 暴風は闘技場を包み、隠れるように風の斬撃が圭の身体を斬り裂き血を舞い上がらせた。


「たった今から、この領域はわたしの支配下になりました」

「『風よ』……発動しない」


 皮膚が裂け、風に舞った血が圭の頬に貼り付いた。


「風を使って決闘場全体に魔力を拡散させてるのか。いいよな、魔力が多い人たちは」


「さあ、ここからが本番です。破れるものなら破ってみなさい!」



 風が激しくなる。荒れ狂う風波に思わず手を頭に掲げ風を防ぐと、そこから服が切り裂けまた血が舞った。


「チッ」


 圭が石棒を拾い、まっすぐ灰田に走り始める。

 それを見据えて灰田は舞うように身体を動かし、手を圭に向けた。

 その動作は風を支配し、集まった風が壁を形成した。それを使い、正面から来る圭を吹き飛ばそうと押し出した。


「『槍傘』」


 圭が棒を前に出すと、先が変形し鋭く尖った形になる。このフォルムであれば、空気抵抗は最小限にすることができる。

 宙では行使できない魔術も、石を介せば問題ない。だが、灰田はそれを許さない。


「『斬』」


 持っていた刀を縦に振ると、文字通り斬撃が飛んだ。


 槍傘を正面に掲げていた圭はそれを見逃してしまい、石の槍が切れたのに合わせて圭の肩が鮮血を噴出した。


「くっ、ってぇ……『治れ』!」


 身体強化は真っ二つになることを防いでくれたが、圭の肩から腕にかけて、半分ほど中身が剥き出しになっていた。


 すぐさま治癒魔術を唱えたが、あまりに大きなダメージは簡単には傷は治らない。それを見透かすかのように風が荒れ狂い圭の身体をさらに強く切り刻む。


「『石傘』」


 すぐに石を傘状に変形させ腕を覆う。身体に切り傷がつけられ続けるのは変わらないが、しばらくすると圭の腕は元に戻った。


「治癒魔術は厄介ですが……魔力はごっそり持っていかれてそうですね」

「バレてますか」


 したり顔で灰田が圭を見る。思った以上に大きな損傷は、圭の魔力をかなり奪っていた。この状況下で、圭は自分ができる最善手を探し始める。

 まず、地面。空中は掌握されても、地面は違う。


「『土よ』」

「っ、」


 圭がわずかな言葉を発すると、それに合わせて灰田のすぐ下から土のトゲが顔を覗かせる。それをすぐに感知した灰田が一歩下がると、目の前に土刺が現れ一気に人の大きさにまで成長した。


「『治れ』」

「そんなことしても無駄ですよ」

「『土よ』」


 わずかに圭の身体が光り、さっきまでの切り傷が治っていく。だが、完治したところで風の刃はなくなることはない。


 灰田が再び現れた土のトゲを後ろに避ける。

 前にある二本がほんの少し、灰田の視線を遮った。


「『土よ』『重ねろ』」


 二つ唱えた圭の魔術は、三度灰田の足元からトゲを生やす。今度は生えたトゲは一本だけでなく、狙いすましたように何本も灰田へと襲いかかる。


「同じ手を……っ、数を増やしたところで、変わりませんよ!」


 灰田は避けながらも手を動かし、掌を地面につけるように振り下ろした。


「『風の滝フォール』」

「槍傘」


 大規模な下降気流が生まれ圭を押しつぶす。それを余裕を持って槍の形の傘を上に立て、大気の軌道を逸らす。


「あまい!『旋回スピニング』!」

「くぅっ……」


 落ちた大気は灰田の意思に従い、圭の周りで急速回転した。威力の格段に上がった風の刃は圭を取り巻き斬り刻む。


「『土よ』『重ねろ』!」

「何度も同じ手をっ!打つ手なしと見ました!『大砲キャノン』!」

「っ!?ぐぉっ!」


 圭の身体が壁に叩きつけられた。

 灰田が前に構えた手から、風の砲弾が飛び出したのだ。その技は圭の不可視の弾丸と似たようなものだが、威力が違う。


「とどめ!『風穴連銃ガトリング』!」

「『石傘』『重ねろ』!っ……くうぅ……」


 連続で放たれた弾丸は二重に強化した圭の石傘を砕いて壁まで激突する。当然その間にいる圭も強烈な衝撃で打ち付けられた。だが、意識を失うのには少し足りない。


「『治れ』っ!」


 魔力を削り身体を治す。撃ち尽くされた連銃は、再び装填される。


「負けを認めるなら、今ですよ」


 手を圭に向けた灰田は、真顔でそう問う。

 圭は磔状態になった壁からゆっくりと身体を起こした。当然負けを認めるつもりはない。傷を負わされたとはいえ、まだまだ十分に戦える。それに、この合間に打つ手を考えていた。


 圭は血飛沫をあげながら返答した。


「灰田さん。あなたの魔術を破るのは難しいですが……対抗策をいくつか思いつきました」

「っ、……『風穴連銃ガトリング』!」

「『土よ』『千剣』!」

「っ、な!?」


 素早く行使された圭の魔術は土の魔術。人ほどの大きさの魔法陣が瞬時に起動し、風の銃を防いだ。


 いや、防いだというレベルではない。

 闘技場に、一度に幾本もの土のトゲが突き上がったのだ。

 灰田は発動の瞬間の土の盛り上がりを感知して後ろに一歩下がり、そこも同じものを感じ、真上に飛び上がっていた。


「こんなもの、斬り裂けば!」


 刀を下に振り下ろし足場を作って着地すると、圭のいる方向に目を向ける。目で見えなくても、風を操る彼女なら位置は完全に把握できる。

 そして剣を構えた。


「この魔術は、進化する」


 圭の声が耳に入った。




「『樹状烈刺デンドライト』!」






「身動きが、取れない……」


 圭のこの魔術は、ハザマが使った技をオリジナライズしたものだ。地面から伸びた土の剣は、圭の合図とともに樹状に成長する。空間を制圧する攻撃はその速度は速くなくとも問題はない。

 ただ、そこに存在すればいいのだから。


 針に刺されたように磔にされた灰田は、魔術で圭の位置はしっかり確認していた。後ろのトゲだけが取り除かれる。そこが二人の直線距離。圭が走る。


「疾ッ!!」

「あうぁぁっ!!」


 灰田が何をする間も無く、圭の蹴りが背中を捉えた。女性らしい高い声で、悲鳴が響く。


「もう一発!」

「あぁぁぁっ!……『風よ我が意志の元に、渦巻け』、『渦巻け』っ!『渦巻け』っ!!!」

「くっ、また威力がっ、」


 死に物狂いで灰田が叫ぶと、風の流れが一気に変わる。竜巻をも超える風の渦が、圭の作り出した土の剣を斬り刻み始めた。


「っ、マジか、あんだけ硬くしたのにっ、」


 もはや一撃一撃で弱い魔術師なら殺せるくらいの威力だった。効率よく魔力を使っているとはいえ身体強化自体がそもそも強力ではない圭は激しい渦に全身を深く抉られる。


「『槍傘』『重ねろ』!」


 ただ、コントロールが単純になったのか、さっきまで複雑な乱気流だったのが今はただの渦に変化しており、すぐに気付いた圭は風上に向けて傘を立てる。


 動けないまましばらく待つと、磔から崩れ落ちた灰田は漸く身体を起こした。

 それに合わせて竜巻のような風も少しずつ穏やかになる。代わりに風の動きは複雑になった。


「っ、はぁっ、はぁっ、……まだまだぁっ!」

「『火よ』」

「っ?!」


 灰田が構えたのに対し、圭は掌から本当にシンプルな火の玉を出した。新たな強烈な魔術が来ると思っていた灰田は思わず混乱する。

 これも圭の言う対抗策の一つのはずだ。それなのに、火の魔術。なにが起こるかが、分からない。


 だが、変化はすぐに現れた。


「っ、これは……」

「流れに任せて炎は舞う」


 風に乗り舞い上がった火の粉は大きな火炎となり、ただの乱気流を熱風に変える。そして、二つ目の圭の魔術が動く。


「『水よ』」


 こちらも風に舞い、宙へ満遍なく運ばれていく。そしてその過程で二つがぶつかると、どちらも消失し湯気だけが残った。


「……霧のつもりですか?わたしの魔術は空間を把握する。姿を眩ましても無駄ですよ」


 少しずつ湯気が広がり、人工的に霧が生み出される。ただ違うのは、灰田の魔術を利用して、わずかな魔力で霧を生み出したこと。普通に出すよりもかなり魔力は抑えられる。


 そして、圭の姿が灰田からはうっすらとしか見えなくなった。


「『水よ』」


 圭の声が聞こえ、灰田が警戒する。同時に弾丸を生成し、圭の位置へと放った。しかし、それよりも圭の方が早かった。


「『穿て』」

「っ、……へ?」


 自分の腕を見た。


「っ!?つぅぅっ……」


 何が起こったかは分からないが、灰田の二の腕は大きく切り裂かれていた。

 それに気がついて初めて痛みを感じる。


「っ、……なに、今のは……?」

「『穿て』」

「っ!?」


 声が聞こえた瞬間に灰田は横に飛んだ。そして、自分のいたところを同時に確認する。

 一瞬しか見えなかったが、何かが飛沫を上げて通過した。


「っ?なにあれ?え?」

「『穿て』」

「ゔっ、…」


 声を聞いてその場から飛んだが、今度は灰田の横腹を何かが切り裂いた。


 見えない。霧に紛れているせいで、なにをしているのか、どこを狙っているのかが見えないのだ。


「このために、霧を……『風よ舞い上がれ』!」

「『穿て』」

「っ、」


 今度は右肩を切り裂いた。傷は浅く、動きに支障はない。最初の腕だけが深刻だ。血がどんどん流れ出していく。普通は治癒魔術を使える人はそうはいない。灰田も当然治癒魔術は使えなかった。


 風が上に舞う。灰田の指示により舞い上がった風は、同時に視界を隠した霧も上へと巻き上げた。


「チッ、トドメは無理だったか」

「っ、はぁっ、はぁっ……」


 トドメは無理と言っても、はっきり言って勝敗は決していた。このまましばらくすれば大量出血で灰田は倒れてしまうだろう。治癒魔術が使える圭を恨めしそうにみる。


「さて、もう致命傷なわけですが」

「まだ、まだ……っ、」


 腕が悲鳴を上げる。しかし、魔術を使ってもう一度圭を押しつぶせばなんとか……


「っ!?なんで!?」


 風で空間を支配している彼女からすれば信じられなかった。

 支配している空間に、ポッカリと穴が開いているのだ。先ほどまで圭の身体を斬り刻んでいたはずの風が、一切届いていない。ほんのわずかな空間だが、灰田の支配は奪われてしまっていた。


「やっぱり、魔術師はシンプルなのが一番いい」


 満面の笑みで圭が手を前に出す。支配を奪われたことに混乱しながらも、圭の手を警戒して、いつなにが起きてもいいように構える。腕の傷は血が滴り地面に血溜まりができていた。


 パチン


 視界が真っ白に塗り替えられた。


「っ?!」


 視力を失い動揺した灰田は、少しだけ傾いた足元の土に反応して一歩後ろに下がる。すると、何か柔らかいものに包まれて息が急にできなくなった。

 だがそれが水だとわかるまで、時間はもらえなかった。


 灰田を覆った水は一気に冷やされ氷に変わる。それだけでもう彼女の自由は存在しない。



 灰田が氷漬けになったのを見る前に圭は走り出していた。球体だった氷は徐々に削れ出し、灰田の動きを阻害する程度のサイズへと変わる。


「『音よ』『爆ぜろ』」


 棒を回し走る圭は、今日最大の速度で振り回されたそれを、彼女の下腹部に打ち付けた。





「『腹太鼓』!」




 圭が打ち付けた石棒は、灰田の腹にぶつかると同時に建物が揺れるほど大きな音を立て、灰田を壁に打ち付けた。












 コンクリートに半分埋まって意識を失った灰田の様子を確認して、圭は治癒の魔術を使う。


「『治れ』」


 まず最初にとどめを刺した腹部に。次に一番危なかった腕を。そうして一つずつ治していき、最後に彼女を優しく地面に横たわらせた。




 闘技場は、静寂に包まれていた。

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