第26話教育(物理)

 翌日、残念な朝を迎えた圭は、楓と一緒に食事をしてから校舎へと向かった。一度学園長室に訪れてから、楓は灰田先生に連れられて教室へと向かう。


 圭はというと、常木学園長に先導されて外へと連れ出された。


「何を、どうするんですか?」

「今日という時間は限られてるんだ。場所はもう用意できてるよ」


 やって来たのは、崩壊しかけた決闘場と似たような形をした舞台だった。


「君はここで相手を倒し続けてくれればいい。あ、死人は出さないでね?」

「くそぉ、だから学園関係は嫌なんだ」


 練習台として生徒の相手をしろ、常木学園長の言葉の裏を圭は理解した。


 来る前に聞いた覚えのないアンハッピーサプライズを聞かされた圭は、見覚えのある円状の闘技場の真ん中に立つ。どうやら、決闘場は規格が統一されているらしい。


「これ、この前崩壊しかけたんですよね」

「大丈夫さ。相手は学生、ランクも最大で4だ。結界の強度はランク5程度まで耐えられる。ランク6の人外な威力でない限り万全なんだ。それにこれは規格で決まってるんだよ」

「いや、そういうことじゃなくてですね」

「おっと、話をしていたら早速みんな来てくれたようだ」


 ポケーッと上を見渡すと、ゾロゾロと学生が観客席に現れる。学園の人数は合計五千人程度らしいので、丁度観客席が埋まるくらいの人数が来るのだろう。


「なんか、見せ物パンダみたいです。やだなぁ」

「そうだね、上もある程度言うことを聞いてくれそうな君にはそうしろと望むだろうさ」


 ある程度の人数が集まったところで、ちびっ子たちが決闘場舞台に現れた。


「え、あの子たちと戦うんですか?」

「いいじゃないか」

「まあ、いいですけど」


 地面に手を置き、魔術を使って石の棒を作り上げる。その様子はまるで錬金術、それだけで決闘場は沸いた。


「ほら、チビたち。かかってきな」


 圭は棒を構えた。その姿には一切の気の緩みはない。ちびっ子は、ある意味危険だ。魔力が多くて使い余す子もたまにいるため、弾丸のようなタックルが飛んでくる可能性もある。あるかどうか分からない爆弾に備えるような警戒が必要なのだ。


 十人くらいの少年少女は次々と圭に飛びかかり、それぞれの持つ武器を圭目掛けて叩きつけた。


 だがその技術は稚拙。油断なく構えていた圭は一度下がり、男の子の手に棒を当て、返しがてらに逆の棒の端で別の女の子の剣を弾く。それを5回ほど繰り返して、あっさりとちびっ子たちは倒れ伏せた。


「ちびっ子に武器は危ないですよ」

「今日は特別だ」


 まだ一桁の子供にも武器を使わせる学園も考えものだと思いながら、圭は挑戦者を殆ど魔術なしで一方的に倒していった。








 一方、楓は観客席の真ん中の方の列にいた。


「うわあ、さすがランク6。三鷹さんだったよね、スゴい」


 隣で口を両手で覆っているユノは、圭の動きに感動しているようだった。

 そうだろうそうだろう、圭ならこれくらいあたりまえだ。

 そう心の中で呟きながらも、楓も圭を見る。初等部の子たちから始まったランク6チャレンジは、あっさりと初等部、中等部を倒して高等部にまで移行していた。


 高等部になると、強い人は魔術を使ったり能力を駆使できる実力を持つ。それくらいになると圭も少し手間取っているようだが、それでも昨日あれだけ派手に見せた魔術は全く使っていない。


「身体強化だけで、あんなに強くなれるんだ」

「スタミナもバケモンだな」

「あ、治癒魔術使ってないあれ!」


 昨日から何度目かのどよめきを、楓はうんざりに感じていた。

 楓は未だによく分かっていないが、身体強化は一定量の魔力を切り離して高速巡回させるものらしい。下手な人だと魔力は漏れてすぐ無くなってしまうが、レベルが上がると身体強化に割く魔力はそれほど多くはなくなる、と圭は言っていた。

 スタミナのことを言ってる時点で未熟者であることは確かだ。当の楓が言えることではないのだが。



 そして、高等部二年になって、圭はようやく魔術を使った。


「『爆ぜろ』」


 パンッと音を立てて、少年の身体をぐらつかせる。その隙をついて、圭は回し蹴りを放った。

 ほんの一瞬の動作で壁まで弾き飛ばされ、二年の主力の一人が動かなくなった。


「おっと、大丈夫?『治れ』」

「あ、あれ?」


 昔河原で蹴り飛ばした時に首の骨を折ったのを思い出し、慌てて治癒魔術を施す。幸い命に別状がなかった彼は、何が起きたのか分からないまま闘技場を退かされた。


 残りの二人も、同じようにあっさりと同じ魔術で隙を作り吹き飛ばす。

 先ほどの一年とは違い、二年は一瞬で全員退場した。


「なにが起きたの……?音がした時にバランスが崩れたけど」


 周りの人は何が起きたのかさっぱり分かっていないらしい。何度もそれを見てきた楓が、ポツリと呟いた。


「破裂の魔術」

「破裂?」

「へ?えっと、あれは一瞬だけ魔術を展開して衝撃波を発してるの。だから思わぬ方向からの衝撃でバランスを崩す……」


 地味だが、便利な技だ。楓が名をつけたその魔術は、ほとんどの人が何が起こったかすら分からない。強制的に隙を作らされた後は、本人の強烈な一撃によって一瞬で倒される。


 初めて戦った時の米田も、同じ技で一気に形勢をひっくり返された。しかも米田の時とは違い、相手の力量はある程度把握している。

 意表をついて放たれた一撃はちょうど相手の意識がズレる程度の威力となり、その次の体術でズレた意識を確実に刈り取っていくのだ。


「あれが、魔術なの!?」


 隣にいるユノが叫んだ。破裂したような音は、簡単な魔術だった、それが分かるとまた観客が騒めいた。


「あれ、一番簡単な魔術って言ってたけど」

「マジ?ヤバっ」

「この後黒井と白川だけど、倒せるのか?」

「無理よ」


 楓はハッキリと断言した。


「あの二人がどれだけ強くても、ケイには勝てない」


 固唾を飲んで、全員が最後の挑戦者に注目した。





「学園長、彼等で最後ですか?」

「うん、最後のみたいだね」

「能力とか、教えてもらっても?」

「それじゃあ面白くないじゃないか」

「ちぇっ」


 最後の挑戦者は、昨日楓が話してくれた二人組。片方は、圭も知っていた。


「黒井くんか。もう一人は……」

「白川だ」


 決闘場の外にいつのまにか退避していた学園長が、圭に応援とは思えない声をかけた。


「二人とも、今の生徒の中で唯一のランク4の実力者だ。さっきまでのようにはいかないんじゃないかな」

「なるほど」


 瓦田と同じくらいか。圭はそう考えて、石の棒を構えた。


「それじゃあ二人とも、さっさとかかってきな」




 まず、黒井が地面に魔法陣を展開させた。


「『土よ我に従い槍となれ』」


 学園で教え込まれた詠唱によって一瞬で構築された魔術は、土から槍を突き出し圭を襲う。魔術で構築された槍は一本だけにはとどまらず、何本も突き出し圭を一歩ずつ下がらせていく。

 その後ろから、いつのまにか回り込んだ白川が空中後ろから蹴りを放った。


「おらぁっ!」

「ハズレ」

「チッ」


 位置を把握していた圭は僅かな動作でそれを回避、着地を予想し石棒を振り下ろす。だが、白川は信じられない角度で跳躍し、圭の攻撃を躱した。


 黒井は魔術師。土に特化した魔術は膨大な魔力を伴ってどこまでも敵を追い詰める。

 そして白川の能力は跳躍、どんなところでもどんな角度にでも跳ぶことができる。それを駆使した高速空中機動が白川の戦闘スタイルだ。


 その後も止むことのない石の槍は圭を襲い続け、隙を見て白川が空中を跳びながら近距離戦を仕掛ける。だが決して無理はしない。危ないと思ったらすぐに下がり、代わりに黒井の槍が攻撃を受ける。


「やるな」

「そっちこそ」


 犬猿の仲であったはずの二人は、なぜか息をピッタリ合わせて圭と攻防していた。



 その姿は、学園の生徒から見れば奇跡のタッグだった。あれだけ仲が悪かった二人が協力している。この二人が力を合わせれば、ランク6魔術師、三鷹圭を打倒できるかもしれない。全生徒がそう思った。


「ふむふむ、なるほど。土の魔術に空中機動の能力か。地と空から攻めてくる厄介な連携。だけど、」


 だが、圭は対魔術能力の格闘術のエキスパート、師匠から叩き込まれたその技術は、別世界に移っても変わりはしない。



「『土よ』」


 たった一言の言葉を聞いた後に、黒井は信じられないといった表情で圭を見た。

 圭は魔法陣すら発していない。それに、ほとんど土に変化を及ぼしてすらいない。ただ黒井だけは圭が行っていることが分かっていた。


 黒井が魔術で槍を生み出す前に、圭の土の魔力が先に移動して、魔術の発動を阻害しているのだ。


 異なる人が行使した魔術は互いに干渉し合い、その威力を大幅に減衰してしまう。

 黒井もこの現象を知ってはいる。

 だが、知ると使うの差は桁違いに大きい。目の前の男が本当に人間なのか、黒井は思わず疑ってしまった。


 その様子を見て白川が檄を飛ばす。


「どうした黒井!お得意の魔術は!」

「くそっ、なんて男だ。全部発動前に干渉して崩されてる!」

「はぁ!?んなことできるのかよ!」

「されてるから言ってるんだ!」


 圭が使った僅かな魔力で、黒井の多大な魔力を注ぎ込んだ魔術がかき消される。

 圭の魔術は少ない魔力を最大限に活かすように補助をさせる。そのために魔術を極めているといっても過言ではない。簡単に破られては困る。


「役立たずが!」

「別の魔術を使う!『土よ我に従い球となれ』」


 お手本のような詠唱で黒井が歪な土の塊を作り出した。それに合わせるように、白川は立体機動で圭に動きを読まれないよう激しく動き回る。


「行け!」


 作り出された土の塊は黒井の言葉とともに高速で圭へと迫り、白川はそれによってできた隙をつこうと様子を窺った。


「『爆ぜろ』」


 パンッと音がして、土塊の軌道は大きく逸れた。それは空中を舞う白川の動きを止めるかのように上へと吹き飛ぶ。


「っ!?」


 進路を突如塞がれた白川はギリギリで土塊と並行方向へ跳躍し難を逃れた。だがそれは、圭の予測どおりの行動だった。


「『キュー』」

「白川!」


 動きを止められた白川に、石棒が向けられた。


「『ショット』」


 射出された不可視の弾丸は、狙い通りの軌道に動いた白川の足に当たる。ダメージを受けてバランスを崩した白川は、空中から地面へと転がり落ちた。


「くそっ、何だ今のは」

「分からん、だがあの棒から放たれたのは確かだ」


 圭は石棒を地面に立て、余裕の笑みを浮かべた。


「まったく……魔術を使えるのはいいことだが、ワンパターンな詠唱は何が来るか丸わかり。立体機動は初めてなら面食らうが、こちらも空中から後ろを襲うだけのワンパターン。ランク4って言っても、学園の生徒は大したことないね」

「くそっ、言いたい放題言いやがって」

「まったくもって同感だ」


 挑発に乗った二人は苛立たしげに肩を並べた。白川はいつでも跳べるように身体をかがめ、黒井は手を地面につけ魔術の用意を構える。


「行くぞ!」「おう!」


 白川は足をさすりながら宙に跳び、黒井は土の魔術を唱える。


「『土よ我に従い槍となれ』『土よ我に従い球となれ』」

「おお、並列魔術マルチマジックか。やるなあ」

「ぬかせ!」

「『狩人』!」

「うぉ、こっちはスピードが上がったか」


 黒井による土槍と土塊の同時攻撃に、白川の超高速空中機動。それを圭は踊るように避けながら、ポツリと呟く。


「『灼炎』」

「白川!何かくるぞ!」

「分かってる!」


 両手大の魔法陣を見て、二人は警戒レベルを上げる。今日の魔法陣のお披露目は、破裂の魔術以外では初めてだった。

 しかし、二人の警戒はあまり意味をなさなかった。


「『焦がせ』」

「っ!?」「なっ!?」


 魔法陣は両手大から人を覆う大きさへと拡張される。そこから現れたのは爆炎。青白い炎は土の槍をぶち抜いてまっすぐ黒井へと向かう。


「避けろ!」

「うぉぉぉっ!!」


 魔法陣が黒井の方向を向いていたため、すぐさま察知して飛び退くことができた。

 だが、この魔術はそれだけでは終わらない。圭の手が弧を描くことによって、合わせるように炎の照準は点から線の動きへと切り替わった。


「チッ、くそったれ!」


 ヤバイと感じた白川が、炎の移動よりも早く黒井に追いつき制服の背中部分を掴むと、すぐさま立体機動で上へと跳ね上がった。


 間一髪で救い出したものの、黒井の右足は爆炎によって大きな火傷を負っていた。

 宙に浮かんだ白川は、信じられないものでも見たかのように、後ろの方で溶解したコンクリート壁を見つめた。


「くぅ……すまん、足をやられた」

「何て威力だ、壁が溶けてやがる……」


 その一瞬だけ、白川は完全に気を別のところに取られた。


 それは、この場では致命的な隙だった。


「白川!」「えっ」

「『雷よ』」


 黒井の声で視線を戻した時には、白川の目前に両手サイズの魔法陣が置かれていた。


「チェックメイト」


 迸る紫電は、黒井と白川を同時に感電させた。






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 痺れて動けない二人を、圭は治癒魔術で治療していた。


「あー、焦げてる足は魔力使うなぁ。爆炎の魔術を使うんじゃなかった」


 爆炎の魔術とはあの壁を溶かすとんでもない魔術のことだ。圭は特に名前をつけていなかったが、あの魔術を見た楓に命名されていた。というか、圭の魔術は全て楓が命名していた。


「大丈夫かー」

「くっ……」


 黒井の治療の最中に、痺れた身体を治された白川は悔しそうに歯を噛み締めた。


「悪いね。思ったより頑張ってたから、少し楽しませてもらったよ」


 その言葉が白川のプライドをさらに傷つける。


「くそっ、もう少し上手く行けば……」

「白川……」


 いつもは犬猿の仲であるはずの白川が悔やむ気持ちを、黒井はこの時ばかりは理解した。しかし黒井の場合は圧倒的な魔術運用を見せつけられていたため、もう少しという言葉は一切思い浮かばなかった。


 そんな二人のやりとりを見て、圭は大きくため息をつく。


「はぁ、やっぱ神城学園の人たちはプライドだけは高いなぁ」


 今度は黒井も圭を睨む。圭の言葉が二人のプライドを刺激したのだろう。


「学園出身でよくしてくれる人は、葛西さんくらいだ」

「葛西さんを知ってるのか?」

「ん?まあ、よく世話になってる?世話を焼いてる?関係だ。この前だってみんな揃って死にかけてたしさ。その時に戦った友人ハザマが言っていたよ、力に溺れる者ほどあっけなく死ぬって」


 葛西が死にかけたと聞いて、外の世界にもそんな猛者がいるのかと驚いた。二人を含めた学園生徒は、学外の実力者をほとんど知らないのだ。


「それに、二人くらいなら簡単に倒せる」

「言いたい放題言いやがって」

「くっ……」

「まあ、敢えて言ってる。外の人たちを見下して社会に出ると本当に鬱陶しいからね、天狗になられても困る。はい、治った」


 圭は二人を見る。


 白川の立体機動は目を見張るものがあった。能力に熟達すれば身体もより強化される。ワンパターンな攻撃も試行回数を増やせばなくなっていくだろう。今後実力はさらに伸びるはずだ。


 黒井の土の魔術も、マルチタスクまで行える人はこっちの世界ではなかなかいないのだろう。今は型にハマった魔術しか使えないが、圭よりはるかに魔力の多い黒井なら、土の魔術だけでも上手く使えば優秀な魔術師になる。


 ランク5をすっ飛ばした圭が言うのもなんだが、この二人はそのうちランク5に到達するかもしれない。


「他の人はどうかは知らないが、二人ともすごく優秀な能力者だと思う。より学んで鍛錬すれば、もっと強くなると思うよ」

「そん時はアンタも倒せんのか?」

「さあ?その時になってみなければ分からないから」


 立ち上がった二人の生徒は、全生徒から拍手を送られた。今までの学生とはレベルの違う戦いに、健闘への敬意がこもっていた。

 そして喝采の中、大健闘した二人の勇姿は闘技場の外へと向かっていった。




 二人を見届けてから、圭は棒にもたれて息をついた。死ぬほどヤバい戦いではなかったが、集中力を使わないというわけではないため、疲れるものは疲れる。


 ともあれ、これで終わりだと身体を伸ばして深呼吸してから、いまだに避難したままの常木学園長に声をかけた。


「ふぅ、疲れた。じゃあ常木学園長、僕たちはそろそろ帰りますね」

「え?何言ってるんだい?もう一人対戦相手がいるじゃないか」

「ん?」


 何を言っているのだろうか。常木学園長が言っていることがイマイチ分からない。

 理解する前に、圭は白黒コンビが出ていった出口を見た。


「え?マジ?」


 そこには、ジョークのサインをもらって感激していた女教師、学園最強格かつランク5の灰田雅美(はいだまさみ)が立っていた。

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