第25話やる気がなかった神城学園特別講師

 楓が女の子に連れられて歩くと、大きな講堂へと辿り着いた。


「ありがとう、えーっと」

「河村柚乃。ユノって呼んで」

「ありがとう、ユノさん」

「キャー、カワイイ!」

「ふぇ?」


 抱きついてきたユノに立ち尽くす楓。一通り堪能したらしいユノは、楓の手を引いて急いで中へと入る。


「場所は早い者勝ちだから、急いで取らないとね」


 中は、とてつもなく大きな施設だった。ユノに連れられながら楓は列数を一つ一つ数え出す。当然ユノだけのものではない楓はそれからもいろんな声をかけられて適当に返事をした。


 概算した限りでは、席数は五千はありそうだった。その真ん中前の方の列の席を陣取る。楓が後ろを見ると、ワラワラと小学生から高校生まで人がてんてこまいになっており、大盛況なのはひと目で分かった。


「ランク6って、どんな人なんだろ」

「見たことないよ」


 いろんな人が現れるであろう圭を噂する中、楓は若干の憔悴に駆られていた。


 ランク6がすごいのは知っていたが、実は八人しかいないとは知らなかった。楓も一々コミュニティの情報は見ないのだ。クスクス笑ってごまかしたが、やはりランク6はとんでもないらしい。

 ダビデ・ラクシェルとの戦いを思い出して、確かにとんでもないと納得した。


 しばらくユノを含めた何人かと談笑していると、コンサートが始まる際に使われるブザーが鳴った。それと同時に全体が暗くなり、スポットライトが中央に当てられた。


 そして、そこに三鷹圭が現れた。


 おお、っと会場がどよめく。ランク6を初めて見たことに対する感動と、一部は以前都心で行われた大激闘の本人だと知ったことによるものだ。


「あー、あー、テステス」


 五千人の講堂がいっぱいになる人数の中、気怠げな圭の声が全体に響き渡った。


「どうも、こんにちは。三鷹圭と申します。不本意ながら、今回は特別授業をすることになった次第です」


 露骨に嫌ため息を吐いて、手を肩まで上げ首を傾げる。


「もし、僕にがっかりした人がいたら、いつでも帰ってください。その方が僕も助かります」


 そう言って圭は顔をあげたが、誰1人帰る様子がない。

 それをを見て、急に緊張し出した。なにせ、ここにいる全員が圭に注目しているのだ。緊張しないわけがない。


 ソワソワし出し彷徨わせる圭の姿を見て、楓は軽く手を振った。あっさりと圭とは目が合い、そこから圭は緊張がほぐすように深く深呼吸した。


「ふぅ。特別授業と言っても、僕も学生なので何話せばいいかは分かりませんが。あ、これでも一応、帝一大学通ってます」


 さり気ない自慢どよめきが起きる。それはそうだろう。ランク6が大学生活を送っているのが意味がわからない。

 彼ら神城学園には大学進学の予定はない。そのため帝一大学なんて、ある意味雲の上のような存在だ。


「じゃあ、まずは魔術についての簡単なおさらいからしましょう。能力者も似たようなものですが。


 魔術師は、魔力を使って魔術を使う。能力者はスタミナを削って能力を使う。はい、これだけ。ですが、これらをうまく扱うのは至難の技です」

「「「おおっ!」」」


 左手を広げると、その上に火の玉が現れる。

 神城学園の生徒たちはその動作がいかにすごいのかはよく分かっている。それゆえにどよめきも大きい。彼らは魔法陣なしの魔術は使えない。それどころか、魔術自体を使うことが出来ない人が大半だ。

 花火のように火の玉が広がったのを見たあたりでは、ものすごい大きな歓声が講堂を包み込んだ。


 それからも、圭はなんの予備動作も出しに次々と魔術を生み出し続ける。楓は今までさも当たり前のように見ていたが、これが相当すごいことなのだろうとは雰囲気で理解できた。



「こんな華麗な魔術も、簡単にはできません。そもそも魔術を使うのも難しい。僕のご主人様も魔術の魔の字も見えません」


 軽いジョークに少し笑いが広がる。だが、魔術が使えるのはごく一部、自分もその1人だと自覚している人は笑えない。

 そして、楓は突然のジョークに顔が真っ赤になっていた。魔術を教えろとせがんで一ヶ月。ちっとも魔術現象は起こらないのだ。


「そのためにこの学園では、決められた詠唱を何度も繰り返して習得するようですね。それは正しい習得方法だと思います。血の滲むような努力、大変だと思うけど頑張ってください」


 その言葉を聞いて楓は自分の鍛錬とは違うことに疑問を持ったが、その答えは得られるまでもなく流された。


 その後も魔術現象の基礎、そこからの応用を実際に見せることによって、観客を大いに沸かせていた。特に、最初はただの火の球だったのが、ちょっと弄っただけであっという間に鳥の形へと変化したのは圧巻の一言だった。講堂に羽ばたいた火の鳥は、逆側から飛んできた氷の鳥と衝突し霧を生み出した。


「まあ、そんな感じです。この程度の魔術は、魔力が少なくてもできるようになるから、頑張って実践してね。能力者は、ひたすら身体を追い込めば成長するよ。それじゃ、これで講義はおしまい。じゃあね」


 そう言いくるめて、圭は舞台から姿を消した。



 学園はどこもかしこも、ランク6の魔術の話題で持ちきりだった。


 かくいう楓の周りでも、まさにその熱に当てられていた。


「見た?あの火の鳥。ヤバすぎ!」

「わたしは最初の花火かなぁ」

「確かにあれもヤバかった。だけど俺はあえて土の彫刻を推すね」


 今日はあえて特別授業の後は何もなしにしていたらしい。熱気に当てられた生徒がすぐに自主鍛錬に赴けるようにとの計らいだ。


 そんな盛り上がり話に、ケチをつける男がいた。



「ケッ」


 白川が、鼻で笑った。


「あれが出来ても、戦えなきゃどうしようもねえよ。どうせ野良だしな」

「でも、ランク6だよ?」

「だからどうした。5と6は、大した差はねえって思ってるぜ」

「それは俺も同感だ」


 珍しく、黒井も乗っかった。


「本当にランク6か?全く覇気が感じられない」

「珍しいな、気が合うじゃねえか」

「一緒にするな」


 黒井は、楓の前で格好つけたかったというのもあるだろう。二人の実力者の言葉に、クラスが沈黙する。


 彼らは自分たちがエリートであるという考えを持っている。そのため学園外の人、すなわち野良は弱者と見做す傾向がある。

 なまじ自分に自信があるからこそ、突然現れた野良の魔術師を認められない。そんなプライドを持っている。


 圭の魔術を称賛するものもいればそうでない者もいる。異を唱えた二人のせいで、盛り上がった雰囲気も一気に冷めてしまった。


 シンとした空気の中、真面目そうな眼鏡の男の子がポツリとつぶやいた。


「二人とも、あの大決闘を見てないから……」

「決闘?」


 三鷹圭とダビデ・ラクシェルの決闘。これは学園生の一部も見にきていた。それゆえに彼らは分かる。圭が結界すら崩壊させる実力を持っていることを。


「あの人とラクシェルって人、異次元だったよ。途中で避難させられて最後まで見られなかったけど、めちゃめちゃ強かった」

「マジ?」

「うん」


 もう一度暗い空気になったのをどうすればいいのか、楓は考え始めたが、それよりも前に灰田先生が教室に現れた。


「あら、どうしたの?」

「あ、先生。あのランク6の人が、強いか強くないかって話してて」

「あら、なら丁度いいじゃない。明日は三鷹くんが希望者と対戦してくれるそうよ」

「……ほんと!?」


 圭には伝えられていなかったが、学園側が勝手にランク6へのチャレンジバトルを設定してしまっていた。これのおかげで日帰りが急遽一泊二日になったのである。


「ええ、学園長が言っていたの。わたしも挑んでみようかしら」

「先生だと勝っちゃうんじゃないの?」

「またまたぁ、煽てても何もありませんからね」


 ボンヤリと楓は、勝手に動くクラスを傍観していた。

 灰田先生の実力は未知数だが、黒井と白川には絶対に圭は負けないだろう。

 なぜなら、実力に溺れるものはあっさり死んでいくから。圭が言う実力に溺れる者であれば、絶対に負けることはない。それだけは楓は確信していた。


「あ、そうそう。琴桐さんちょっといい?」

「はい」


 灰田先生に呼ばれた楓はなんだろうと思いながら、教室を出て行った。




 それを見送った3-5は、今日という日を喜んでいた。


 琴桐楓という美少女転校生(体験入学)がやってきて、ランク6の三鷹圭の特別授業が聞けたのだ。こんな日は二度とこないであろう。特に男子は、明日でお別れの琴桐楓に対して、嬉しさと同時に涙を飲むのだった。





 一方、楓は灰田先生に連れられて長い廊下を歩いていた。


「あなた、三鷹くんの彼女って本当?」

「あれ?ケイがそう言ったんですか?」

「その感じ、本当みたいね」


 なるほどと灰田は納得する。突然の体験入学、これは異例だ。ただ、三鷹圭とセットならあり得なくもない。護衛の意味も兼ねているのだろう。


「今度、サインもらってきてくれないかしら」

「それ、本気で言ってるんですか?」


 実は彼女は、ランク6崇拝者だったりした。





「ケイ!」

「お、楓か。って、おい!」


 楓が圭の首に手を回す。ソファの後ろから手を回された圭は、バランスを崩してソファごと後ろに倒れ込んだ。


「まあ、本当に仲がいいのね」

「ああ、灰田先生か。ありがたい。楓さんを連れて来てくれたみたいだね」

「お気になさらず」


 微笑ましいものを見た、というよりも目をキラキラさせて、灰田は二人が絡んでいるのを凝視していた。


「彼女はクラスではどうだったんだい?」

「ええ、なんの問題もなく、いい子でしたよ」

「え、ほんと?」

「こらケイ」


 驚く圭の後ろから楓がソファを再びひっくり返す。


「楓、場を弁えようよ」

「まあまあ、明日もあるんだ。学園にも宿泊者用の部屋がある。今日はそこで泊まるといい」

「帰っちゃダメですか?」

「それは出来ない相談だ」

「僕は争いごとは嫌いなんです」

「とはいっても、上からの指示だからねえ」

「滅べ政府」

「こらこら、そんな物騒なこと言っちゃいけないよ」


 その間、灰田はずっと圭のことをキラキラと見つめていた。その様子に気付いた圭は、不思議に思いながらも話しかけてみた。


「あれ?楓の先生さん、どうし

「サインください!」


 ……ホワイ?」



 差し出された色紙を見て、圭は困った。サインを求められるとは思っていなかったのだ。


「じゃあ、ペンもないし。『土よ』」


 敢えて言葉を紡ぎ、灰田が未だに差し出している色紙の上に、二段になった土の山を乗せた。


「なるほど、土が二つで圭か。洒落たサインじゃないか」

「はわわっ、わわわわっ!し、失礼します!」


 初めは不思議がっていた灰田は、常木学園長の言葉でこの土山が何を意味するかを理解し、その場で大慌てし危うくサイン色紙を取り落としそうになった。

 それからジョークで盛ってみた土の造形物は、なぜか大切そうに外へと持ち出されていった。


「ホワイ?」


 その問いには、誰も反応しなかった。

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