第24話おいでませ神城学園
一人の青年が一人の少女の手を取りタクシーを降りると、タクシーはドアを閉めて何処かへと走り去っていった。
「ほー、ここがうわさの神城学園」
「初めて来たわ」
「そうなんですか」
「敬語」
「あ、うん」
楓をよろしくと(いろんな意味で)頼まれた圭は、葛西に指示されて、国内唯一の能力学園である神城学園へと顔を出していた。
「えーっと?まずは学園長に挨拶。『学園長は話のわかる人だから』と。じゃ、行きますか」
東京とはいえ山の方に構えられた神城学園は、広大な敷地面積を持っている。正門から入った二人は、あまりの広さに案の定迷ってしまった。
「広い。広すぎる」
地図の縮尺がおかしいのだ。手元の地図では学園長の部屋がどこにあるのかさっぱり分からない。
建物は密集しており、拡大マップがついているが校舎の名前しかわからない。
「とりあえず、適当に入るか」
「大丈夫なの?」
「なんとかなるでしょう」
「敬語」
「はい」
巨大な建物の一つに入る。昇降口のようで、たくさんの靴が靴箱に入れられている。どの靴も随分と小さいサイズだった。
「ここは小学生の棟かな。なら職員室は、えーっと……あっちか」
圭が校舎に沿って歩くのを、楓は手を取ってついていく。妙にこっぱずかしいが、これを気にしてはならない。ここ数日ずっとこんな調子だからだ。
「あそこ、学生がいるわ」
楓が指差した方を見ると、たしかに何人も学生らしき人が走っている。
「あれはグラウンドに行ってるのかな。でも職員棟はこっち」
地図を手にジグザグと彷徨っていると、ようやく道がわかりそうな人に出会えた。
学生らしい男は、手を組んであえて堂々と立ち塞がっていた。
「何者だ?」
「あー、えっと、こちらに今日招待された者でして」
「客人か?」
「そうなの、わたしたち迷ってるの」
おお怖いとわざとらしく圭に身体を寄せる。それを少しだけ離して、圭は男を見た。
学生にしては大きな身体だが、着ているのは神城学園の制服だ。こんな授業中にわざわざ二人の前に立つことからして、案内役のようなものだと判断した。
肝心の彼は楓に目を奪われて一瞬固まっている。
まあ、たしかに今日の楓は魅力的だ。麦わら帽子を被り清楚かつ涼しげなワンピースを身に纏う彼女は、さながら深窓の令嬢のようだろう。
ちょっとだけ鼻を高くしながら、圭はもう一度話しかけた。
「それで、僕たち一度学園長に会いたいんですけど、案内してもらえませんか?」
「っ、まあいいだろう。ついてきたまえ」
なんだか偉そうな生徒についていく。
「ねえねえ、彼はどんな人なのかしら」
「生徒会長かなんかじゃない?」
「ならなんで最初から来なかったの?」
「さあ?まあ
そんなことを話しながら歩くこと五分。男は校舎の中に入り靴を脱ぐ。土足厳禁らしい。代わりにとスリッパを用意され、ふたりはそれを履いた。
「君たちはなぜここにきたんだ?年もほとんど変わらないと見えるが」
やたらとかしこまった口調で聞かれた圭は、素直に答えを返した。
「そりゃ、来いって言われたからですよ。まったく、迷惑この上ない」
「それはなぜかは聞いてもいいか?」
「え?そんなのこっちも知りませんよ」
「ケイ、魔術の授業じゃなかったの?」
「え、そうだっけ?ああ、そうらしいです」
「随分と適当な来訪客だな」
どうやら機嫌を損ねたらしい。ただ、圭としてはこれが終わればただの他人と割り切っているため機嫌なんて気にしなかった。
「学園のエリート主義は嫌いだと断ったのに……ああ、今思い返しても腹が立つ」
葛西とのやりとりを思い返す。直接警察署に出向くこと三回、葛西への電話七回。これだけやっても無理の一辺倒だ。いっそのこと警察署ごとぶっ壊してやろうかとすら思っていた。本気でするつもりはないけれども。
「ほう、君はこの学園が嫌いなのか」
「嫌いですよ、嫌い。ここの卒業生のせいでどんな目にあったことか」
「ちょっと、ケイ。そこまでにしなさいって」
「……ああ、すみませんね」
「いや、いいさ。さて、ここだ」
案内してくれた生徒が扉をノックすると、勝手に扉が開かれた。
「魔術?あ、ただの自動化か」
完全に頭が魔術色に染まってしまっている圭はそんなことをポツリと呟いてから、学園長と面会した。
「やあ、二人とも。ようこそ神城学園へ。私が学園長の常木小次郎だ」
「あ、どうも。……うぉっ」
ソファに座るよう促されて腰掛ける。余りにも柔らかい沈み方に一瞬ソファを引かれたかと勘違いしてしまった。
「僕が三鷹圭で、彼女が琴桐楓。よろしくお願いします」
学園長は琴桐亮太郎を思い出させるような優しい笑顔を見せる。垂れ目で目尻のシワには苦労が刻まれているのが分かる。顎に揃えられたヒゲは、残念ながら彼には似つかわしくないものだった。
学園長が対面に座ると、なぜか二人を連れてきた生徒も学園長の隣に座り、二人を見据えた。
「親子?」
「違うよ、違う。彼はこの学園で生徒会長をやっている黒井疾風くんだ」
「ハヤテだなんて、かっこいい名前ですね」
「わたしはケイの方が……「ちょっと黙ってようね」
そんな二人を訝しげに見て、学園長に問いただす。
「学園長、この人が本当にあのランク6なのですか?」
なるほど、やはり彼は事情を聞いていたのか。圭は口には出さずにそう思う。またどうせ試すだのなんだのを言ったのだろう。
「そうだよ。彼が、この国でも八人しかいないランク6の一人だ」
「ん?八人?」
「八人だが?」
圭は楓を見ると、口元を隠してクスクス笑っていた。絶対にいつもの楓ならしない動作だった。
「ランク6って八人しかいないんですか。初めて知りました」
「なるほど、これは大物だ」
常木学園長はカラカラと笑う。その隣の生徒会長は不機嫌そうだ。
「とにかくだ。三鷹くんをここに呼んだのは、この学園で特別講師をやってもらおうと思ったからなんだ」
「うわー、やっぱり……」
髭を優しく撫でると、圭の嫌そうな表情をあえて無視して常木学園長は続ける。
「いちおう今日は希望者だけと伝えてあるけど、すごい人数だと思うよ」
「半分くらい僕の姿見て帰ってくれると思いませんか?」
「さあ?それは君しだいだよ。ああそれと、君の隣の彼女は体験入学という形で入らせてもいいだろうか?」
「どう?」
「いいけど、あまり気乗りしないわ」
「彼女はランク1なので、何か言われるかちょっと僕も心配です」
「ああ、それなら安心するといい。黒井くんがサポートするから」
「うぉっほん!」
先払いをした黒井生徒会長が、胸に手を当てた。
「楓さんのことは、安心してわたしに任せて欲しい」
話を聞いている間、ずっと楓の方を見て鼻を伸ばしていたのは、圭も常木学園長も言わないでおいた。
黒井生徒会長と楓が学園長室を去って、圭は授業の段取りについて教えられる。
「君はいろんな魔術を使えると聞いてるから、それを見せてやってほしい」
「見てもできるようにはなりませんよ」
「まあ、そうだろうね。でも意欲向上には繋がるはずだ。おまけで魔術の習得方法についても教えてもらいたいんだけど」
「ここでの魔術って、どうやって教えてるんですか?」
魔術は使えるようになるまでが大変だ。そして、独自のカンと経験を言葉などと結びつけることで、予め決めておいた魔法陣が現れる。
ただ魔法陣を構築するのも一苦労なので、大抵は魔法陣なしで簡単な現象を引き起こすことからスタートする。
したがって、カンや経験が得られるまでは一切魔術現象は引き起こせない。
「ここでは、詠唱を覚えさせて練習させてるよ。卒業までに三割くらいは使えるようになるけど、差はとても激しいね」
「まあ、それでいいんじゃないでしょうか。ちょっと僕にされた教育方法は人にはオススメできないんで」
「それを言えばいいじゃないか」
「やめときます。危険なんで。それに、詠唱の形式化は悪いことじゃない。オリジナリティを出すにも、魔術が使えなければ話になりませんからね」
「そうなのか。ならそれを授業で言ってくれればいいさ」
「あ、はい。分かりましたよ……はぁ、いやだなぁ」
ポリポリと頭を掻く。この後授業で取られるであろう態度を想像して、圭はため息をついた。
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楓は黒井生徒会長に連れられて学園の校舎を歩いていた。
「黒井さん、どこへ行くの?」
「教室だ」
ちょうど着いたらしい教室は『3-5』のプラカードが付けられていた。
「先生、連れてきました」
「あら、ありがとう」
まだ若い女教師が黒井にそう言うと、その後ろにいた楓に目を移した。
「それじゃあ、自己紹介してもらいましょう」
手招きされ、楓が教室に入る。
教室は、意外にも普通だった。楓としては、あの神城学園なのだからもっとすごいのだろうと思っていたのに期待外れである。
真面目そうな人もいれば、悪ガキもいる。そんな玉石混合のクラスメンバーだった。
「琴桐楓です。ランク1ですが、普通に暮らしてます。よろしくお願いします」
ランクの件は、黒井に予め言われていたものだ。ここは神城学園。ランクが低いものは立場も低い。予め一般人と言っておくことで、無用な諍いを防ぐためである。
「はーい、琴桐さんは今日明日と、体験入学してもらうのでみんな仲良くしてくださいねー」
「え、明日?」
「あれ、二日間って聞いてましたけど」
「き、聞いてない……」
何か言いたそうな楓に笑顔を返し、女教師はわざわざ用意した席に移動させた。
「体験入学なんだって」
「なんで?初めて聞いたわ」
「楓ちゃんって呼んでいい?」
休み時間になるとワラワラと人が楓のところに集まってくる。殆どが女の子で、体験入学という前代未聞の少女に興味津々だった。
同時に男の子の方は、楓の美少女っぷりにテンションが上がっていた。流石に制服には着替えているが、楓はやはりモテる女らしい。女の子の中に混じって、何人かの男子も楓の周りに居座っていた。
「あの、えっと」
「おい」
楓が困惑しているところに、生徒会長の黒井が声をかけた。
「楓さんが困っているだろうが。もう少し静かにできんか」
その言葉に呼応するように、制服を着崩した不良学生が黒井の前に立った。
「まーた生徒会長かよ。かぁー、楓ちゃんの独り占めはよくねーぜ?」
何がなんだか分からずに黒井ともう一人の男が睨み合うのをただただ眺める。それを察したのか、すぐそばにいた女子が教えてくれた。
「黒井と白川はライバルなの。どっちもランク4で、学園の中でも5本の指に入る強さよ」
「へ、へぇー」
なんとなく、ランク4かぁー、なんて聞き流す。わたしの彼氏はランク6だぞと自慢したくなったのをなんとか堪えた。
「んだよ、やんのか?」
「もう少し風紀を正してほしいものだ」
二人が睨み合っていると、先程の女教師が飛んできて二人の喧嘩をすぐさま諫めた。
「灰田先生はランク5で、学園内では一二を争う強さなの。だから、いつも2人の喧嘩に駆り出されてるのよ」
「へ、へぇー、そうなんだ」
今度はラクシェルとの決闘を思い出した。あの結界が、ランク5が生み出した結界だったんだなー、なんて思い返していると、いろいろ教えてくれた女の子がニコリと笑いかけてくれた。
「驚いた?でも、これがこの学園の強さよ」
そういえば、と楓は思い出す。圭を捕まえてここに連れてきたのは確か学年次席と言ってたなと思い出す。
「葛西さん、だったかしら。彼と同じくらいなのね」
「え!葛西先輩を知ってるの!」
全員の目が、楓へと集中した。
「何度かお世話になってる……の。今日も無理やり連れてこられたし」
前は何度かお世話になったが、今となっては圭がお世話をしている側だ。そう思った楓は一瞬言葉を止めたが、それは言わずに今日の件に対する葛西の対応が酷かったことをポツリとこぼした。
だがそれはこの場の生徒には拾われることはなかった。
「すごい!葛西先輩は、黄金世代の次席なのよ!」
「へ、へぇーそうなんだ」
何度目かの相槌を楓は打った。葛西はすごいらしい。まともに戦っているのは見たことないけど、圭曰くかなり強いとのこと。
なぜこのクラス全員が葛西のことを知っているかというと、葛西は今の最上級生が小学生で入学した時の、スーパーエースだったからである。
『皮の能力』はさまざまなものを剥ぎ取り、あらゆるものに対処する。その戦い方はルールがなくなるほど強くなる。次席といえども、主席とほぼ同等の実力だったらしい。
「ねえねえ、葛西先輩は今どうしてるの?」
「えーっと……板挟み?」
課長とかいう上司に言われ、野良でありながら有用な圭と間を取り持つ重要な役割を彼は担っている。特に、完全に能対課嫌いになった彼を説得できるのは葛西だけだろう。
「なんだかよく分からないけど、葛西先輩でも苦労してるのね」
そもそも能対課が当てにならない。そう言っていた圭の言葉は、楓は奥深くにしまい込んだ。
「それより、今日ランク6の人が来てるんだって!特別授業やるらしいから一緒に行こ?」
「え、うん、行く!」
どう考えてもそれは圭のことだ。それを聞いた彼女は一気にテンションが上がった。
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