第23話どうやら関係が変わるらしい
夏休み、圭は琴桐家でぼんやりと1日を過ごしていた。あの決闘を境に、激しかった引き抜きは一気に形を潜めた。
ランク6は扱いに困る人間に渡されるランクである。
三鷹圭という人物は護衛としては非常に優秀だが、それに見合った報酬も用意しないといけないし、なによりランク6の人間は金では靡かない変人ばかりである。
おそらく、圭をスカウトしたいという人が現れれば30億は下らないだろう。超大企業のお抱え決闘代理人にでもなれば一年だけで一生遊んで暮らせる金額が手に入るが、そもそも争い事が好きではない圭はそんなことはお断りだった。
それと、今の圭には新たな悩みが生まれていた。
それは、ラクシェルの決闘から3日後のことだった。
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圭は琴桐亮太郎の呼び出しを久々に受け、未だに気分が戻らない身体であくびをしながら書斎に入った。
そこには、当主の琴桐亮太郎、その妻の琴桐朱音、そして一人娘の琴桐楓の三人がすでに集まっていた。
「あれ、みなさんお揃いで」
「ケイ、こっち」
流れで楓の隣に圭が座ると、琴桐夫妻は顔を合わせ、息を合わせてうなずいた。その後、圭と楓の二人を見据える。
「今日二人を呼び出したのは、君たちに聞きたいことがあるからだ」
亮太郎はいつもより少し緊張した様子で話し出した。
「今のところ、琴桐グループは買収と資金援助により一気に規模を拡大する予定だ。実際、ファンド先の人と話はつけてあるんだ」
先日の決闘の結果を受けてだろう。とんでもない大決闘になったが、結果は琴桐の勝利。弦の技術を強みに、その立ち位置を広げていくだろう。
「今後はとっても忙しくなるだろうし、これは決闘前から決めていたことなんだけど、」
一呼吸置いて、圭と楓を交互に見た。
「君たち、結婚しない?」
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とまあ、爆弾発言を落としたおかげで、ここ数日は圭もモヤモヤと悩んでいた。
実は圭は、なんとなくそんな気がしていた。
引き抜き騒動の時に、魔術師と立場を併せ持つ圭は、婚約話をたくさん持ちかけられたのだ。
これは魔術師の護衛決闘のためだけではない。帝一大学出身という社会的立場が学歴と教養を保証する。
圭の戦闘を見ると頭が回るように見えるため、将来性も十分あると判断された。
さらに、魔術師の血を取り込むことで、自らの血筋が魔術を保有できるようになる。
このように、圭は自分が思う以上に存在を期待されていた。
そのため、現雇い主である琴桐が縁談を持ち出してもおかしくはないなと思っていた。
ただ、思うのと実現するのは話が違う。改めて出されたその話は、近いうちにまた聞くと言われその場でお開きになった。
ただ、なんとなく予想していた圭とは違い、楓は身体がカチンコチンに固まっていた。
それ以来、圭と顔を合わせると顔を赤らめそらされる。今までにない恥じらいのある楓は珍しいと感じたが、護衛対象にそんなに逃げられても困る。
「はぁー、結婚ねぇ」
今までの縁談とは違うのも悩ませものだ。傍目から見ても二人の関係は悪くない。それが余計に圭を悩ませる。
なぜか、恋愛とか結婚とか、そういう話は圭には実感が湧かなかった。
「おい三鷹、どうするんだ?」
「どうするって言われても、結婚とかそういうのとは無縁でしたからねえ」
「まあ、今決めなくてもいいと俺は言ったが、亮太郎さんはどうも考えがあるらしくてな。早めに決めてほしいそうだ」
「でも米田さん。米田さんも結婚してないんでしょ?」
「ああ、独り身だよ。こんな仕事だからな、なかなかそういう機会にも恵まれない」
「ですよねえ」
「だが瓦田は結婚してるぞ。なんとかなるもんだ」
「うえ、マジかよ」
あのゴツい角刈の瓦田がモテる姿は想像できない。もしかしたら自慢の筋肉で女のハートを抱擁したのかもしれない。
「それに、能力者は仕事の関係上金もよく持ってる。特定の人を作らずに遊んでいる奴らの方が多い」
「なるほど、そうやってまた新たな野良が生まれてくるわけだ」
「まあ、全員が神城学園に行けるわけではないからな」
米田は圭の方を見て肩を叩いた。
「とにかくだ。楓さんのためにも、早く受け入れてあげな」
「え、楓さん僕のこと好きなの?」
「ったりめえだろ。あんなベタベタしてりゃ誰だってわかるさ」
「なんか、妹とかの気分でした」
「それは絶対に言うなよ」
圭はそれを軽く受け流すと、その当人である楓を迎えにいくために車を準備する。
高校三年生で受験を控えている楓は、夏休みだろうが補習と題して勉強をやらされている。それは他の人もだ。圭も去年通った道なので特に何も言わずに送り迎えしていたが、どう見ても非常に大変そうだった。
一般的に、七琴学園の卒業者は、殆どがそのまま帝二大学に進学する。そこは半分くらい推薦で行ける上に、護衛という特殊帯同者も広く認められているため、金持ちの子息は非常に通いやすい。必然的に護衛も多くなるため、七琴学園よりも安全かもしれない。
だが、楓は帝一大学を目指すらしい。帝一は殆どが一般入試。難易度は全国最難関。そこに入るために、ひたすら勉強しているのだ。
「そういえば、学内で三位になったとか言ってたっけ」
圭も勉強を教えているため、成績が上がったことは嬉しい。そう思って、やっぱり自分には妹分にしか思えないんじゃないかと思ってきた。
「かえでさーん、おっすー」
「……ふんっ」
「ありぇー」
圭の適当な挨拶にそっぽを向いて、楓は車に乗り込む。
「あ、楓先輩の護衛です」
「あー、美波ちゃん。今日は学校?」
「二年生にも補習はあるのです」
「なるほど。そういえば、最近四ツ橋くんと百瀬くんも見ないなぁ」
「それはたぶん、護衛に恐れをなしているからです」
「僕に?」
「無理に迫って護衛の機嫌を損ねたら何されるか分からないです」
「なるほど。単純だなぁ」
「その代わり、学内ではよく話しかけてはケンカしているのをよく見るのです」
「はっはっは、なるほど。そんなことじゃ大好きな楓さんに振り向いてもらえないぞ、って伝えておいてくれる?」
「ケイ?」
「あ、はい。それじゃ、またね」
六条美波を見送った圭は慌てて車に乗り込む。今のは失言だったかもしれない。チラリとバックミラーを合わせると、ものすごい形相で圭を睨んでいた。
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圭がどうするかを決められずに3日ほど経った時、琴桐邸に葛西がやってきた。
「葛西さん、お久しぶりです。どうしたんですか?」
「久しぶりだな、三鷹。調子はどうだ?」
「体はもう万全ですよ」
「そうかそうか、それは丁度いい」
「ん?」
葛西はニヤニヤとしながら肩に手を置いた。
「上からの命令だぞ。今度神城学園に来いだとさ」
「えー、いやだぁぁ!」
上、というのは恐らく政府ではないだろうか。能対課を越えた権力者の命令だ。逆らうと非常にめんどくさい。
「護衛業があるんですよ。いけませーん」
「残念だったな。琴桐の嬢ちゃんも魔術師だろ?一緒に来ればいいってさ」
「日本政府、滅べ」
「物騒なこと言うなって」
葛西が宥めるも、圭は非常に不愉快である。
「だいたい、あれでしょ?学園に来いってことは、この前の決闘見て、学園の生徒に教えてあげましょうとかそういうのでしょ?」
「そうだと聞いてるな」
「いやですよぉ。学園の人って僕たち見下してるじゃないですか。行っても気分を害すだけですって」
「まー気持ちは分かるけどよ、これは上からの命令なんだ。諦めてさっさと終わらせた方が楽になるぞ」
「なるほど、その考えはいいですね」
葛西と一通り話をして部屋に戻る。神城学園は、国立で能力者や魔術師を集めてエリートを養成する学校だ。小学課程から高等課程までをフォローしており、卒業生は国のお抱えとしてエリート公務員になることが決まっている。そんな人生はいいのか悪いのか分からないが、関わりたくはなかったなと、ベッドに寝転がりながら思う。
「なんか、悩み事多いなぁ。めんどくさいなあ」
そんなことを呟きながらゴロゴロしていると、普段から誰も訪れないはずの圭の部屋がノックされた。
「わたしだけど」
「楓さん?どうぞ」
扉を開けて入ってきたのは、私服姿の楓だった。凛と整った迫力ある美少女のはずが、なぜだか挙動不審になっているのを見て圭は笑う。そういえばやべーくらいの美女だということを、圭はすっかり忘れていた。
「どうぞ」
いつも使っているワーキングチェアに楓を座らせ、圭はベッドに腰を下ろした。
「それで、どうしたんですか?」
話しかけても、楓は指を動かしてモジモジするばかり。何かを言いたいらしいことを察して、圭は黙ってしばらく待った。
「ケイは、わたしのこと、どう思ってるの?」
「どうって……」
「こ、この前の、け、けけ、結婚の話!」
「結婚、かぁ」
主従関係は終わりを迎え、新たな関係を築き出す。それはそれで悪くない。
ただ、どうしてもその実感が湧かなかった。
「なんか、こう、僕たちの関係って、そういう以前の問題じゃないですか。いきなり突拍子もないこと言われて驚いてます」
「そう……」
目に見えるくらいに楓が落ち込んだ。とはいえ、圭も積極的にはなれない。
「少なくとも、なんらかの段階を踏まないと、いきなりは……」
「段階を、踏めばいいのね!」
「え?あ、はい」
落ち込んだと思えば急に圭に詰め寄った楓は、鼻息を荒くしてもう一度確認した。
「まあ、ほら、お付き合いする、とかそういうのあるじゃないですか」
「じゃあ、やる!今からわたしは、圭とお付き合いすることにするわ」
「は?あぃえーなんで?」
「だから、わたしのことは楓と呼ぶこと。いい?」
「えっと、えっと、」
「いい?」
「あ、はい」
「敬語もなし」
「あ、うん」
「そう、それでよし。お父様に報告してくるから」
圭を置いてけぼりにして部屋を出た楓は、鼻歌を歌うくらいには上機嫌で亮太郎のところへと走っていった。
「楓さん、そんなに僕のこと好きなのか。いや、ビックリ」
まあいいかと思い、再びベッドに身体を預けた。
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