第22話vsメンベル ②

 落ちた雷は、炎が引き起こした赤熱とは違い、黒く焦げた跡を残していた。


「ふぅ、ふぅ……」


 自然界の雷は、ただの魔術とは威力が違う。攻撃として使われた雷は、大半の魔術師を一撃で葬り去る。ラクシェルを突き抜けた雷は、圭を介して物理量を加えられたせいでコンクリートの壁を崩壊させるほどの威力を得ていた。


 圭はラクシェルを見ることもなく、荒い息を整えながら持ち込んだ鉄棒を拾う。グネグネに変形した鉄棒を魔術を使って治すと、その先を赤熱が収まりつつある石畳に叩きつけた。



 雨が降る。

 圭が行使した魔術は水を集め、上昇気流に乗せて莫大なエネルギーを持つ雷雲に仕立て上がっていた。

 降ってきた雨は魔法のように圭の棒に吸い寄せられ、棒の先に大きな水球を作り出す。



「ラクシェル」

「……ゲホッ、」


 膝をつくラクシェルは手を地面に付き、四つん這いの姿勢で咳き込んだ。

 圭の予想通り、ラクシェルはやられてはいない。だが、ようやく圭の準備は整った。


「がっかりさせるなよ?」

「……クソが」


 フラフラと立ち上がり、ラクシェルは圭の方に身体を向けた。


「本気で、破られるとは、思ってなかった……だが、」


 炎が舞う。

 地面が燃えるように火の渦を作りはじめる。しかし今度は炎の騎士ではない。大きく渦巻いた炎は、しだいにラクシェルへと集まっていく。


「『集え集え炎よ集え』……」


 莫大な熱量を持つ炎が、血反吐を吐き出したラクシェルを渦巻くように囲み、ゆっくりと収束していった。


「……『纏え纏え炎よ纏え』」


 炎が唐突にかき消えた。


 赤白く燃えるラクシェルの身体は、完全に炎と一体化した。

 目まで揺らめくラクシェルは、呼吸を整えて圭を笑う。


 そして、拳を振りかぶる。


「……とっておきさ」


 猛烈な速度で炎が一直線に飛んできた。

 たった一発のパンチが灼熱の道を作り、決闘場の壁を崩壊させる。それを避けもせず、チリチリと髪の毛を焼く炎を操る水で消火した。圭も負けじと笑う。


「いいことを教えておくよ。人は自然を恐れ、慄く。魔術師だろうと関係ない」

「ご忠告どうも」


 唐突にラクシェルが炎を連打する。一発一発が即死級、彼の拳の直線状に立つことは、死を意味する。


 しかし、圭は鉄の先に集まる莫大な水で消火することで、炎を無効化した。


「ォラァッ!」

「チッ」


 ラクシェルの振り上げた蹴りが、斜めに炎の刃を作る。炎を纏った刃は、決闘場を下から上まですべて赤熱させるほどの威力を持っていた。


 それを躱した圭は鉄棒を構え、槍の如く突きを放った。

 棒の先端に凝縮していた水が突きによって濁流を生み出し、蒸発する前にラクシェルの身体を掠る。

 その僅かな時間で、再び紫電が走った。


「ぐぅっ、……」


 水から感電した雷はラクシェルの身体を蝕む。


「水と雷は厄介だが……炎が通れば君の負けだ」

「その前に消火してやるよ」


 止むことを知らない魔術による自然の雨は、圭の手元に集められる。それを、片手を上に上げて操作した。


「うねり、落ちろ」


 圭の言葉を合図に、雨水は空へと打ち上がり滝のようにラクシェルに降り注ぐ。ラクシェルは水が来るのに合わせて手をかざし、そこから爆炎を放出した。お互いに潰しあった魔術は霧へと変わり視界を晦ます。


「『集え』」


 霧はすぐに晴れ、物理法則を無視して圭の手元に漂う。それを投げるようにしてラクシェルへと向かわせた。ラクシェルが完全に蒸発させる隙に、圭は棒を振る。


「鎌!」

「あまいよ!」


 ニュッと伸びた雨水は鎌の形へと変貌し、ラクシェルを刈り取ろうとするが、それを僅かな動作で見切り、逆に圭に遠距離から爆炎を突き当てる。


「ぐぅ……」


 咄嗟に水のベールを作り出し防いだが、完全には防ぎきれず圭の身体を燃やしていく。


「もう一発!」


 再び現れた炎のパンチが、今度は圭の肩へと直撃した。


「……『治れ』!」


 反射的に火傷を治した圭は、すぐさま水球を盾にしながら三度目の爆炎を避けた。そしてもう一度、棒を振る。


「『波打て』」


 棒から伸びた雨水は、今度は鞭のようにしなり不規則な動きでラクシェルを襲う。


「もう一発、『波打て』」


 咄嗟に炎で掻き消そうと炎の壁を放つが、その間にもう一方の先端から同じように水の鞭を向かわせた。


「ぐぁあっ!!」


 雨水に帯電していた電流は瞬時にラクシェルの身体を蝕む。それを拒絶するかのように、体を振って炎を周囲全体に撒き散らした。


「おぉぉぉおっ!!」

「やべっ!」


 ラクシェルの連続パンチが、空間を埋め尽くす。一撃一撃がまるで大砲のため、雨水で受けるより避けた方が得策だろう。ただ、範囲が広すぎた。


「『キュー』」


 飛んで棒を構える。その動きを見て『不可視の弾丸』をわずかに警戒したが、すぐにラクシェルは攻撃に移った。


「宙では身動き取れまい!」

「『リバース』、『リバース』」

「なっ!?なんでもありか君は!」


 これは先ほどまでとは違う。まるで何かにぶつかったかのような不自然な挙動で、圭は空中を二度跳んだ。

 ラクシェルが放った炎はアッサリと空中で回避された。


 だが、跳んだだけであって、自在に浮遊できるわけではない。着地すると、今度はそれを刈り取るように水平に炎の刃が圭へと迫ってきた。


「くそ、『水よ』!」


 咄嗟に雨水で受ける。蒸発を極力抑えておいた水も、ベールを張ることで簡単に霧散していく。


 追い討ちのように放たれる炎の大砲を、拳の位置を見極めてうまく避ける。


「『波打て』!」


 少なくなった水は雨によりすぐに元の量へと戻り、棒先から鞭のように不規則な動きでラクシェルへと躍りかかった。


「効かん!」

「もう一本、『波打て』」


 棒の反対側から同じように水が宙を走る。二本の水鞭は、しかし、ラクシェルの蹴りによる炎の刃によって消し飛ばされた。


「まだまだ!『波打て』『波打て』『波打て』!」


 鉄棒の先端から、三本の水鞭が意思を持つようにして不規則に動き回る。そして、獲物を追い込むかのようにラクシェルとの距離を詰め、蒸発する前に身体に触れた。


「っ!?……くっ、また雷か。でも、威力は落ちてるよ」

「知るかよ」


 再び、圭は棒を突きの姿勢に構えた。それに何かを感じたラクシェルは、攻撃を阻止しようと炎を放つ。

 しかし、多量の水を犠牲にして、圭は素早く避けた。


「くらえ、『水よ』『穿て』!」

「くっ、またそれかっ、」


 亜音速で放たれた水は、雷を伴いラクシェルに直撃する。炎の騎士を纏っていた時とは違い、水の突きは防ぐことは難しい。


「『水よ』『穿て』『穿て』『穿て』」

「ぐっ、くぅ……」


 防ぎきれない水の突きはじわりじわりとラクシェルを苦しめる。水よりも、そこに流れる雷の方が厄介だった。



 数発の突きが決まったところで、ラクシェルは動きを止め、手を下ろし足を開いた。

 頭を振り回して、炎を周囲に撒き散らす。


「くそっ……なめるなよ……」

「なんだ?」


 ラクシェルはそう呟くと、身体を一気に縮こまらせた。

 圭はそれを訝しげに睨み距離を取ったが、ラクシェルの身体に燻り始めた炎を見てなにが起こるかを察してしまった。

 ただでさえ凄まじかった熱量が、明らかに増大していた。しかも、先ほどまでの比ではない量まで。



「くそっ、水よ!」


 ラクシェルの方向へと分厚い水のベールを作り、威力を逃がせるように圭は高く飛んだ。

 その直後に、ラクシェルの技は発動した。






「『大爆発エクスプロージョン』!!!」






 ラクシェルを中心に一気に決闘場全体に炎が広がり、全てのものを燃やし尽くす。衝撃波は爆炎とともに、会場のあらゆるものを吹き飛ばした。


 咄嗟に何が起こるか察した圭は大きく上へと飛び上がり大量の水のベールで身を守ったが、完全に防ぐことは叶わず爆発に巻き込まれ大きく上へと吹き飛ばされた。







「はぁ、はぁ……」


 決闘場の中心に立つラクシェルは、もう倒れそうなほど弱っていた。だが、大量の魔力と引き換えに放たれた魔術は、今までで一番の威力を誇った。


 上を見上げる。衝撃を逃すように真上に飛んだ圭は空高く打ち上げられたはずだ。


 しばらく上を見上げていると、ラクシェルの表情が変化した。やり切った、という満足から、引きつった表情へ。その先には、落ちてくる圭がいた。

 だが、ラクシェルが気付いたのはそれだけではなかった。



 どさり、そう音を出して圭は地面に叩きつけられた。

 水浸しでうつ伏せになった圭は顔だけを上げてラクシェルの方を見る。


「はは、ほとんど魔力も残ってねえや」

「三鷹、おまえ、まさか!」

「……そのまさかさ」



 二人の頭上には、大量の水が浮遊していた。ラクシェルの莫大な熱量は、災害と遜色ないほどの大量の雨を生み出したと言っていい。

 だが、この戦いの際に降ってきた雨は圭の棒の先にあった量だけ。

 ならば、その雨はどこにあったか。


 その答えが、ラクシェルの上にあった。



 雨だけではない。明らかに雷が走っている。バチバチと外へ逃げようとする雷は、圭の魔術によって逃げられないように閉じ込めてあった。


 そして、パチンと指が鳴らされ、魔術は解かれた。



「『雷雨の滝サンダーストーム』」




 全ての雨水が、圭の言葉に従い支えを失ったように一気に落ちる。その量は決闘場など簡単に埋まる。圧倒的な物量を持った雷雨は、決闘場の天井全てを破壊し、二人まとめて全てを埋没させた。











 水は少しずつ水位を下げ、電流は地面を伝い全て消えた。

 プカプカと浮かぶ二人の姿は徐々に地面に近付き、二人を静かに横たわらせる。



 そして、しばらくの沈黙が会場を支配した後、圭だけがゆっくりと身体を起こした。意識がある理由は、身体強化を雷対策に全振りしたからだった。


 ゆっくりと上を向き、会場を見渡すと、そこには人っこ一人いない。レフェリーも消え、会場はそこかしこに焦げたり溶けたりした後があった。

 そして、この場には座る圭と倒れたまま動かないラクシェルしかいなかった。


「はぁ、疲れた」


 あちこちが火傷しており尋常じゃない痛みが訴える中、圭はゆっくりとラクシェルの方へ動いた。


 脈はある。しかし弱々しく、今にも命の炎は消えてしまいそうだった。


 圭はゆっくりと目を瞑る。そして唱える。


「『治れ』」


 最後の搾りかすだった魔力は治癒魔術に費やされ、ラクシェルの身体を包む。もう一度耳を当ててまともな鼓動に戻ったのを確認した後、圭は座りながら動かなくなった。








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 圭が目を覚ましたのは、白で統一された静かな部屋だった。


「……病院?」


 知らない天井だ、とでも言ったほうがよかっただろうか。

 ゆっくりと身体を起こして様子を見ると、あちこちに包帯が巻かれベッドに寝かせられていたのが分かった。


「痛みはなし。異常もなし。治癒の能力持ってる人でもいたんだろ」


 包帯をベリベリ剥がし、着させられていた服を身に纏いなおす。しばらく様子を見ても誰も来なかったので、魔術で光を宙に回転させながら外を見た。


 どうやらここは都心の病院らしく、下を見ると米粒サイズの車が走るのが見える。それでも他の建物と比べると低い方で、少し目を先に向ければさらに大きな建物が立ち並んでいた。




「ケイ!」


 扉が壊れそうな勢いでこじ開けられた。楓が圭が座っているのを見て、胸が詰まったように大きく息を吸うと、圭の方へ飛び込んだ。


「ぐほっ……」

「良かった、死んじゃったかと思った」

「いやあ、死ななくて良かったです」

「バカ、ケイのバカ。心配させないでよ」


 苦笑いしながら楓を押して立たせる。彼女の目には涙が滲んでいた。


「ああ、良かった。起きたんだね」


 楓の後ろには彼女の両親が立っており、彼らに向かって圭はペコリと頭を下げる。


「お騒がせしました」

「いや、いいんだよ」


 柔和に笑う亮太郎は、果物を持ってきたと言ってベッドのそばにあった机に大量の果物を置いた。


「それにしても、大変だったよ」

「大変?何がですか?」

「君とラクシェル君が倒れていたのを急いで介抱したのもあるけど、決闘の後片付けだね」

「後片付け?」


 どうやらラクシェルの言っていた結界は、二人の激闘には耐えられなかったらしい。確かに最後に見た時の会場は派手に壊れていたかもしれない。ほとんど意識を失ってて記憶はないが、脳が勝手にそうだったんだろうと補正をかけていた。


「ラクシェルくんが炎で騎士を作り出したあたりから避難勧告が出てね、みんな大慌てで逃げ出したんだ」

「へえー、あの時後ろの席に動いてたのは熱いからじゃなくて逃げようとしてたからか……」

「その後いろんな人が決闘場の周りで様子を見てたんだけど、何が起きてたんだい?雷が落ちたと思ったらバケツをひっくり返したような雨が降るし、そうかと思えば炎が会場全体から飛び出てくるし、最後はとんでもない量の水が流れ出てきたんだよ」

「あー、そうなんですか。へえー」

「おかげで火消しも大変。魔術師の情報のもみ消しに今もいろんな人が走ってるし、あの決闘場は封鎖。雷が何度も落ちてるのは、本当に怖かったよ」


 おそらく宙に水を貯めた時に落雷が多発したのだろう。圭もそれに気がついていなかった。


「ああそれと。君とラクシェルくんはランク6に認定されたよ。国のお偉いさんから二度と暴れるなってお言葉を受けた」

「マジか、ランク6か」


 妥当かもしれない。そう思った。

 天候を操った時点でヤバいだろう。ラクシェルの最後の一撃も恐らく決闘場を吹き飛ばしかねない一撃だったし、認定されてもおかしくない。


「ちなみにランク6ってどんな基準なんですか?」

「さあ、僕にはよく分からないけど、決闘場を破壊するくらいじゃないかなあ」

「なるほど、分かりやすいです」


 なんとなく、結界を破壊したからだろうなと予測はついた。ランクは4と5の戦いと想定されていたはずだ。それをぶっ壊したのだから仕方がない。


「あと、ランク6は決闘にも制限がかけられるみたい」

「まあ、毎度毎度決闘場ぶっ壊されたらたまらないでしょうからね」


 事情をある程度聞いたところで、後ろからのしかかる楓を押し除けた。そのタイミングでまた何人かが部屋に入ってきた。


「三鷹、元気か?」

「あ、米田さんに瓦田さん。この通り元気ですよ」


 軽く手を振って応える。


「ランク6おめでとう、勝ったんだろ?」

「そりゃもう。何回も死にかけましたけどね」

「よく生きてたな、俺たちだったら何度死んでも命が足りん」

「瓦田さん、人間足掻けばなんとかなるんですよ」

「おまえだけだ」


 それからしばらく談笑して琴桐夫妻、米田、瓦田が帰ると、圭は楓と二人になった。


「ケイ、あの炎は圭の魔術?」

「ああ、最後の方のやつですか?あれはラクシェルさんの魔術です。マジで死ぬかと思った」

「じゃあ、雷は?」

「あれは僕の魔術ですね」

「他には何したの?」

「あー、えーっと、どの辺から聞きたいですか?」

「全部!」



 圭は楓が見ていた最初からの戦いを話した。圭の目線での話と観客が見た視点はまた違う。それに、毎回死にかけるから、それが彼女には面白いらしかった。死にかけるという言葉を全く信用していない様子だった。


 客は他にも何人かいた。応援に来ていた七琴学園の生徒や能対課の葛西、そして、メンベル代理のラクシェル。


「はっはっは!いやー、楽しかった。なあ三鷹くん」

「なんで死にかけて楽しいんですか」

「そうかい?僕には楽しそうに見えたけどね」

「30回は焦されたと思います」

「そうだろうそうだろう。なにせ僕の魔術だからね」


 バシバシとラクシェルが圭の背中を叩く。それを楓が仇敵でも見るかのように威嚇していた。


「お嬢さん、そんな怖がることないじゃないか。昨日の敵は今日の友、というじゃないか」

「ほんっと、日本語ペラッペラですね」

「ん?そうか、君は知らないのか。僕はここしばらくは日本に住んでるからね」

「あ、そうなんですか。でも前聞いたときは海外からとかなんとか」

「ああ、そういえば無断で国を出たんだ。だいたい魔術師の取締りは厳しくて敵わない。日本は比較的ゆるいから、楽しくやらせてもらってるよ」

「は、はぁ」


 魔術師や能力者は、国家において戦力となる。そのため他国に出ていくのは好まれない。

 ただ、日本にはなぜか魔術師や能力者が比較的多いため、そういった規制もゆるいらしい。さすがにランク6となると制限がかかるようだが。


「まあ、ランク6同士仲良くやろうじゃないか」

「僕もランク6なんですかね」

「どうしてだい?」

「僕はコミュニティには登録してませんから」


 少し驚いた顔をした後、ラクシェルは肩に手をおいた。


「たぶん、今回ので強制登録だ。諦めるんだな」

「そんなぁ」


 コミュニティは仕事の斡旋なども受け持っているが、その分制限もあるのだ。別にコミュニティに入るメリットもない圭としては、心底ショックだった。


「それじゃあ、僕は帰るとするよ。三鷹くん、君のおかげで僕も生き延びた、感謝してる。

 あとはお二人で楽しむことだ」

「は、はあ……」

「な、なんなのよあいつ。なんかムカつく」

「ラクシェルさんはいい人だから」

「あいつ、キライ」

「子供じゃあるまいし」



 こうして、琴桐グループとメンベルの決闘は、琴桐グループの勝利となった。

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