第20話休暇 2
ノドカは圭に詰め寄っていた。
「スゴい!今の、魔術だよね?スゴい、スゴい!」
倒れている甘原の方は見向きもせず、ものすごい迫力で圭を見る。心なしかその目はキラキラ光っていた。
「もう一度見せて!」
「はい」
再び水球が現れ甘原を濡らす。咳き込んだ甘原は思わず身体を持ち上げた。
「もう一回!」
「……」
圭は大きく口を開けてあくびをする。時刻は9時過ぎ。本当は帰るつもりもなかった圭はめんどくさそうにノドカと甘原を交互に見る。
「ノドカさん。魔術師が好きなら甘原は解雇したほうがいい」
「なんで?」
「甘原はノドカさんの心を蝕む。弱いものいじめをしたくはないだろ?」
「そうですけど」
「残念ながら、甘原は魔術を使って一般人をいたぶるのが好きな男だ。その姿を見てノドカさんは喜んでいる。これではダメだ」
甘原はたまたま川島商会に入れただけで、野良の中では底辺も底辺。このレベルだと能力者組織にすら入れてもらえない。おそらく楓よりも弱い。
魔術師として不適格の烙印を押された彼らは、ちょっと身体の強い一般人として生活する。
そして甘原のような能力を持って自分が特別と勘違いしたものは、脳対課に取り締まられる。
こういった業界事情を教えられたノドカは、圭の後ろで座る甘原に目を移す。
「チッ、ちょっと強いからって……」
「残念、僕はランク4並みの実力は持っている。でも能力は一切使ってないよ」
「っ!……」
黙ってしまった甘原を見て、圭はため息をつく。
「なら、圭くんが護衛になってください」
「それは無理だ」
「なんで?大学に通ってるのに?」
「悪いね。合コンの時に言ってた仕事が、護衛なんだよ」
その言葉を聞いてノドカは唖然とし、落胆した。
「そっか。そうですよね。こんな強い人がフリーでいるはずないもの」
「ま、そういうことです。どちらにしろ、引き抜きできそうもありませんけど、川島商会の護衛は受ける気はありませんから」
「はぁ、どこのおぼっちゃまを護衛してるんですか?」
「琴桐家。琴桐楓の護衛をしています」
「おまえか!おまえが三鷹圭か!」
唐突に後ろで叫んだ甘原は、変人を見たとでも言わんばかりの表情だ。
「10億積まれても応じない変人がなぜここにいる!」
「なぜって、休暇です」
「護衛が休暇なんてあるか!」
「本当ですって。瓦田さんに頼みましたから」
「あの瓦田か……」
「あの、何がなんだか分からないのですけれど」
「気にすることはないですよ。ノドカさんはコミュニティとも無縁そうですしね」
「コミュニティ?」
「どこかのお坊ちゃんと結婚すれば分かりますよ。それじゃ、今度こそ帰ります、それじゃ」
「待って」
「?」
「また会える?」
「会えるんじゃないですかね。それじゃ」
圭はペコリとお辞儀をして川島亭を後にした。
「はぁー、せっかくの休みだから魔術関係なしに楽しみたかったのにこれか。つくづく、逃げられないもんだなぁ」
圭は頭を掻きながら夜道を歩く。家を出る時すでに不機嫌だったご主人様は帰ってきてからなんと言うのだろうか。
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翌日、案の定不満の言葉を何十回も浴びせられた圭は何食わぬ顔で大学へと足を向けた。
「まったく。そこまで怒んなくてもいいと思うんだけどな」
瓦田が「休暇はしばらくは無しにしてくれ」などと言っていた。何をやったかは分からないが、おそらく無茶振りをされたのだろう。ただ米田との護衛仲間としては楽しかったらしくたまに遊びに来ると言っていた。
むさ苦しさが上がるので勘弁してもらいたかった。
「おっすー」
「おお、圭じゃないか!」
すでに教室にいた慎也は、席についた圭にニヤニヤとしながら肩を組み引き寄せた。
「昨日はどうだったん?うまくいったのか?」
「いやあ、それがさっぱり」
「ノドカちゃん俺のイチオシだったんだけど。おっぱい大きいし」
「ホントにただ勝負するだけだったよ。まあ揺れはすごかった。でも僕はおっぱいより髪の毛アップのうなじが好き」
「おいおいマジかよつまんねえなぁ、うなじってなんだよ。おっぱいの方が魅力的だろうが」
「デカすぎても邪魔じゃん」
慎也が深くため息をつく。そうとう期待していたらしい。だが、残念ながら圭は川島邸では気分を害されただけで終わったのだ。恋愛とかカケラも存在しない。
「三上なんてチカと速攻ゴールインだぞ?」
「早すぎワロタ。永井は?」
「さあ?ミズキちゃんといい感じだったとは思うが、どうなったかは知らん」
顔を出していない永井に対してはあまり興味を持ってないらしい。そもそも軽音なんてテニサーと同じくらいチャラいとでも思っているのだろう。
「はあ、ブラック企業で死ぬほど働き、格闘術は得意しか圭の情報を得られなかったし、俺はショックで涙が出そうだ。ちなみに次はいつ遊べんの?」
「えーっと……しばらくは無理そうかなぁ。怒られたし」
「なんで昨日の今日で怒られるんだ意味わかんねえ。ブラックすぎだろ」
「いや、まあ。ワガママというか。うん、雇い主は僕のことが好きだから合コンはナンセンスだって」
「それは恋愛的な?」
「たぶん違うかな。そういえば、彼女には昨日のこと言ったの?」
「あー、それ聞くか」
慎也は苦笑いをした。どうやらあまりよろしくない事情があるらしい。回りに回って彼女のところに届いたのだろう。
「まあ怒られたけど、枯れた友人のためと真摯に説明したら納得してくれた。また今度紹介するよ、アイツも分かってくれるさ」
「おい慎也、おまえは僕をなんだと思ってるんだ」
「残念な人」
「ヒドイ」
近いうちに紹介すると言われ、改めて画像を見せられた。その様子は前よりも恋人っぽい雰囲気になっており、昨日のことがなければ仲はすこぶる良かったようだ。
その後、次遊べる時は慎也とその彼女でセッティングするようにすると言われてまたかと圭はため息をついた。
「こんなに親友のために心を割いてやってんのに、なんで圭はそうなんだ……俺は悲しい、悲しいよ!」
「そんなこと言ってもさー、付き合える余裕とかあればさっさと婚約してるだろうからなー」
「はあっ?」
「あ、そうなればいいなーってだけ」
思わぬ口の滑らせ方をした圭はなんとか誤魔化す。金持ち令嬢との縁談は何件も舞い込んでいる。合コンするならお見合いしても変わらないだろう。
「ん?そういえば圭は高校の時どうだったん?婚約とかか?大袈裟だけど」
「えっと……僕がモテるわけないだろ?なにせ大学入るまではヒョロガリだったんだ」
「おっとそうだったな。最近の圭はガッシリしてるから入学したての頃のこと忘れてたぜ。にしてもホント身体変わったな。どうしたらそんな変わるんだ」
「毎日筋トレ」
「具体的に」
「んなこと言われても」
「頼むよ、俺もやるから」
「適当に雑誌とか本見て考えながらやってるから。とりあえず腹筋背筋300回くらいやったら?」
「……諦めよう」
最近ジワジワとボロが剥がれている気がする。そう思いながら慎也との話を切り上げた。
それから二限まで一緒に授業を受けたところで、昼飯を食べに食堂に行く。
「あ、圭くん!」
「ゲッ」
たまたま、本当にたまたま昨日知り合ったノドカとアヤネに見つかった。
「一緒にご飯食べよ?」
「あ、はい」
「なんだよ、ノドカちゃんといい感じじゃねえか」
「違うんだ。これにはマリアナ海溝よりも深い理由があるんだよ」
二人から四人になり、またお見合い席のように四人席に腰掛けた。
他の人は特になんとも思っていないが、圭だけは気まずい思いをしていた。
「圭くん、ホントに強かったんです」
「へー、なんか意外」
「あの身体のどこに……おまえ、やっぱ高校のときなんかあったな?」
「へっ?いやなんもないって。マジで」
圭の思い出す高校の記憶といえば一に勉強二に勉強である。勉強仲間は男女ともにいたが、恋愛に発展するケースはなかった。
それからしばらく話をして、ノドカとアヤネは授業へ、慎也はテニスをしにそれぞれ圭と別れ、圭はこの後授業もないのでそのまま琴桐邸へと足を運んだ。
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「ふふん。さあ、魔術を教えなさい」
楓は圭に命令した。
実はランク1でも身体強化以外の魔術は使える。ただ覚えるのには時間がかかる。そんなことを話したら楓は教えろとせがんできた。これがこの前圭を引きずり起こした理由である。
明らかに魔術が得意な圭に教われば、自分も魔術を使えるようになるはずだと考えていた。
同時に、魔術の扱いを磨けば自分でも敵襲からある程度身を守れる。一石二鳥だ。
そして圭も楓に魔術を教えることは吝かではない。やはり魔術は自衛に有効だ。しかし、魔術の習得はそう簡単ではなかった。
「はい、魔力を感じて」
「あっつ!冷たっ!」
圭が楓に炎をぶつける。その後に身体を凍らせる。そしてまた炎をぶつける。
魔術を習得するには身体で学ぶのが一番だ。ひたすら魔術をぶつけられて、痛みに耐えながら微細な変化を感じるのだ。
この微細な変化を感じるのに苦労したことをケインの記憶は覚えている。8歳くらいの頃にはできるようになっていたが、それまで何度魔術をぶつけられ大泣きしたことか。
これを感じられるようになってもひたすら魔術をぶつけられ、無意識のうちに身体が対応してくると、身体強化に変化が現れ勝手に部分的な強化に移行する。
そしてその動きを理解することで、魔術を行使するための下地が完成する。
向こうの世界ではわりと簡単に魔術が使えるようになった人が多いが、それは常日頃から魔術に触れ、感じているからだ。
そういう機会が少ないこの世界ではこのようなイジメを年単位でこなすのが最も手っ取り早かった。
「圭、もっと調節してよ!」
「このくらいが丁度いいんです。師匠もそう言ってました」
「師匠?あつっ!」
「余計なことを考えずに集中してください。効率が落ちますよ」
それから数時間、楓は圭に虐められた。そしてそれがまた楓を不機嫌にさせた。
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