第19話休暇

 圭は休暇をもらった。

 前のようなスイッチが切れて何にもできなくなったということではなく、純粋な休暇だ。


 擬似決闘に負けた瓦田は、わがまま坊ちゃんの赤腹兵輔から解雇されフリーの能力者になっている。おかげでいつでも融通が利く。長年兵輔の護衛をしていたおかげで遊ぶ以上の金も持っていたため、しばらくは休暇を楽しむらしい。


「イヤよ、こんな護衛イヤ」


 米田以上にガタイがいい瓦田を見て楓が拗ねる。殴る蹴るしかできない護衛は彼女には我慢ならないらしい。


「楓さん、我慢しましょう。たまには三鷹も休ませましょうや」

「米田、三鷹は大変そうだな」

「あいつが護衛になってからお嬢様はわがままになってしまったみたいですぜ」

「米田」

「すいません」


 とはいえ、楓の求める護衛は今日は家にはいない。それ故に彼女は非常に不機嫌だった。




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 一方、楓の不機嫌の原因は久々に街を歩いていた。

 わざわざこの日のために調整したのだ。まず圭は余っている金で良さげな服を見繕う。カジュアルな服は学生らしさを感じるものだ。これを着て集合場所へと赴いた。


「おっすおっす」

「おっすー、遅いぞ」

「わりぃわりぃ」


 村上慎也は不機嫌そうな表情を見せる。彼は大学の友人で、テニサー所属。黒く焼けた肌と溌剌なテンションを持つイケメンだ。つい一ヶ月前くらいに彼女もでき、いわゆるリア充に名実ともになった彼は、今回はその彼女には内緒でここに来ていた。


「メンバーは圭と永井と三上だ。あと、今回のメンツは超可愛いらしい。喜べ圭」

「なぜに僕」

「おまえが一番枯れてるからだろ」


 慎也とともに仲がいい永井と三上は、それぞれ軽音サークルに弓道部と大学生コミュニティの中にいる。四六時中仕事で友人がこの四人ともう少ししかいない圭は、確かに枯れていた。


「バイトにはおらんの?」

「いやー、うーん」

「ほー、いるのか。そういえば前も思わせぶりな態度だったな。教えろこいつ」

「まあまあ」

「いるんだろ?身体鍛えてイケメンになった今ならいけるって」

「いや、そういうのじゃなくて」

「はぁ、まーた何にも言わずか。おもんねーぞ圭」

「だってねえ、しゃーないじゃん」

「ま、本当にいないんだったら今日がチャンスなんだ。頑張れよ」


 永井と三上にも励まされ、圭は自分が誰かと付き合うことを考えてみた。


 ……無理だな。


 いつ会えるんだという話になる。最近琴桐家での生活がスタンダードになっており他のことを考える暇がない。今日みたいに何かない限り、たぶん休暇をもらっても暇だ。


「まあ、適当に頑張るよ」






 慎也に連れられて店に入る。普段はお酒なんて飲まない圭だが、今日は飲むつもりだ。未成年だが、それは無礼講。当然葛西にも言わない予定である。


「いいか、爽やかさをアピールするんだぞ。圭なら絶対モテる」

「おだてすぎ」

「服まで新調して何言ってんだ」

「バレたか」


 慎也に普通の居酒屋と言われたが、思ったよりも立派な作りに驚く。個室はお洒落な空間に八つの椅子が用意されていた。そのうちの二つの席がもう埋まっており、話しながらスマホを弄っていた。


 なるほど、かわいい。

 一人はボブカット。ぱっちり二重で化粧は控えめ。男に受ける、ナチュラルメイクだろうか。逆に二人目は少し派手目なメイクをしていた。後ろで縛られた髪は、そこからクルクルと幾つも巻かれていた。

 服装もお洒落。片方はネイルをしており、それもまたよし。なくてもよし。出遅れた圭は一番手前側の席に座ってちょっと後悔した。


「おっすー」

「おっすー、慎也おそーい」

「わりーな、この初心者くんを待ってたんよ」

「それが慎也の言ってたイチオシ?」

「そうよ、我が親友よ」

「ふぇ、えええ」


 肩を組まれ、なぜかイチオシに指定されていた圭は戸惑う。初対面で話すのはできるが、謎のノリにリアクションに困っていた。


 しばらくして、残りの二人が到着した。


「のどか、おそーい」

「ごめんって。バスが遅れちゃってて」

「あんたが遅いからわたしまで遅れちゃったの」

「ごめんってばー」


 遅れてやってきた二人を見て、こっちの席で良かったと思い直した。

 正統派の黒髪をさげたおっとりした美人、胸がビューティフル。もう片方はペッタンだが、ポニテをしていてうなじがよろしい。顔も少しキツめだが、うなじが全てを許した。


「じゃ、始めよっか」


 隣にいた慎也が合図をすると、全員が自己紹介をした。男はわかっているので女の名前を把握する。チカ、ミズキ、ノドカ、アヤネの四人。漢字は分からない。可愛ければそれで良いのだ。


 それから適当に話をした。大学のこととか、趣味とか、好きな俳優とか。ただ、圭の場合は大学くらいしか話す内容が思い浮かばない。


「困った」

「そう、こいつは困ってる!」


 話す内容を探していると、隣の慎也が肩を強く叩く。


「仕事とやらで忙しい。でも何してるかちっとも教えてくれない。俺も、困ってる!」

「いやおい」

「そこで、こいつを尋問する!聞きたいやつはなんでも言ってこい!」

「はいはいはい!」


 慎也がグラスを上げて促すと、まず目の前のポニテ、アヤネが手を上げた。


「好きなタイプ!」

「はい、答えろ圭。答えなければこいつを口ん中に突っ込む」

「分かった、分かったからグラスを置け!……好きなタイプか」

「うんうん」

「僕を引き摺り回さない人かな」

「グイグイ系は苦手って感じ?」

「いや、物理的に」

「……?」

「おい、圭。それはジョークか?それとも物理的にひきずられたことがあるのか?」

「え、あるよ?仕事の時」

「ほー!圭が仕事のこと喋ったぞ!よくやったアヤネ!」

「イェーイ!」

「ほらおまえも飲め」

「うぇーい」


 グラスを持ってジントニックを飲み干す。なるほど美味い。アルコールと雰囲気が美味しく感じさせてくれる。


「おら、次だ!」

「はいはいはーい」

「はいミズキ!」

「仕事はー、どれくらいやってるの?あと、時給いくら?」

「おうおう、意外な真面目な質問だな。さあ答えろ」

「ノゥコメント」

「ノゥノゥ、プリーズ・コメント」


 無理矢理慎也に飲まされる。さすがテニサー、ノリがよろしい。ハイボールが空になる。


「えーっと、なんだっけえ?」

「仕事だよ、おまえどんだけ働いてんだ?って質問」

「うーん、うーん、ノゥコメント」

「ノゥノゥ、ワンモアハイボール」


 再び飲ませられる。


「さあ教えろ、教えるんだ」


 だんだん思考が鈍くなってきた圭は口が緩くなっていく。


「しごと?うーん、毎日だよー、土日も。給料はヤバいよー」

「ヤバいってのは、多いん?それとも少ないん?」

「薄給激務かなぁ、命がいくつあっても足らないね」

「えー、そんなんやめちゃえばいいのに」

「それがそうらいかないから世の中難しいんよ」

「へえー、ちなみに今月は何時間働いたん?」

「……分かんない」

「ちょーブラックぅぅ」

「はい、つぎぃ!」

「はい、今度は俺!」

「三上、てめえはダメだ。受け付けねぇ」

「なぜだぁ」

「はーい、じゃーノドカの質問ね。圭の得意なことってなーに?」

「得意なこと?」


 圭はふと冷静になった。魔術はダメだろう。頭おかしいと思われる。まあ適当に返せばいいだろう。


「格闘術」

「ほう」「へえ」


 なぜか慎也とノドカの目が光った。


「格闘術とな?なんの?空手?柔道?ボクシング?」

「強いの?」

「……まあ、そこらへん。強いんじゃない?」

「じゃ、勝負しよ」


 黒髪おっぱいのノドカがそう言った。





 圭とノドカの勝負とやらはあとでと流され、そのままさらなる盛り上がりを見せた。圭も調子に乗って護衛の愚痴を少しだけ漏らしてしまった。悪気はない、お酒のせいだ。


 そして一通り時間が過ぎると居酒屋を出て、慎也が二次会に行くかを聞いてきた。


「ん?まあいいけど」


 三上はこっそりチカと抜けていった。席が前だった上に席替えでも隣だったため意気投合したのだろう。残りの6人は全員暇らしく二次会へ行こうというノリになりそうだった。


「さあ、圭くん。わたしと勝負しなさい」


 ノドカが圭に、指をさした。









「ゴメンね。ノドカって家が道場で戦うのが好きみたいなの」

「いや、別にいいけど。どうすんのこれ?」

「大丈夫大丈夫。あとはよろしく!」

「は?」


 アヤネが圭に謝ると、その場を走って去っていく。慎也が言っていた二次会に参加するらしい。


 すぐ近くで型の練習をしているノドカを見た。


「本当にやるんですか?」

「やるに決まってます」


 おっとりした顔は何処へやら。急に目つきがキリッとした。合コンはいい感じになった人から抜けていくらしいから、圭とノドカはいい感じということなのだろう。

 いや、絶対違う。


「どこで?」

「うちの道場でやりましょう。ついてきてください」


 謎の流れになった圭は、どちらにしろ今日は帰るつもりもなかったことを思い出し、すごすごと後ろについていった。





 バスで5分ほど揺られた先にあったのは、かなり大きな家だった。この中に道場があるらしい。嫌な予感がした。


「ノドカさん?ノドカさんって、もしかしてお金持ち?」

「うちはこの辺で商いをやってますから」

「ま、まさか……」


 圭の顔は引き攣った。





 案の定だった。


 ノドカにはいなかったが、ノドカの家族、川島家に魔術師の護衛がいた。


「くそぅ、こんなところでも魔術師かよ……」

「はっ!魔術師!圭くんは魔術師を知ってるのね!」


 魔術師の名を聞いた途端、ノドカの目がキラキラと輝く。


 川島商会は、この地に根付いた問屋だった。商売範囲が小さいため護衛もつけられないしいらないのだが、魔術師の存在を知ったノドカは目をキラキラと輝かせたらしい。


 それ以降魔術師を崇め、ランク1の魔術師の護衛を雇うよう親にせがんだらしい。ランク1でも報酬は1000〜2000万。その費用はバカにならない。商売がある程度うまくいっていないと出せなかっただろう。


 ちなみに、圭は最初の月給100万がいかに安いかを改めて思い知らされた。


 それはさておいて、魔術師の中でもキチンと魔術を使える人は少ない。直感的に使うことができる身体強化しかできない人ばかりだ。特にランク1はその最たる例。琴桐楓もそのうちの一人だ。


「さあ、戦いましょう!」


 無理矢理着替えさせられた圭は、バツが悪そうにする護衛に見送られ道場に入る。護衛を見る限り、こういうことはたまに起こるらしい。


「いつでもどうぞ」

「お言葉に甘えて!」


 足を擦り間合いを詰め、拳を放つ。それは見事なものだったが、体術と魔術の技術に関してはこと鍛えられている圭にとっては見切るのは容易い。軽く躱して間合いを詰める。


「よっと」「え、」


 あっという間にノドカはひっくり返された。


「満足した?」

「今、何を?」

「背負い投げ」

「……まだまだ!」


 先ほどと同じように静かに間合いを詰めると、今度は中段蹴りが飛んでくる。しかしそれを圭は簡単に受け止め、前は押してバランスを崩すと同時に揺れる足を刈り取った。


「くっ…悔しい!甘原!」

「はい、ノドカさま」


 現れた剽悍な男が今度は前に立つ。この甘原という人がある意味奥の手なのだろう。少々ずるい気もするが、圭は再び構えた。



 甘原はノドカより速い動きで圭に寄り、ローキックを浴びせる。それを圭は後ろに下がり避ける。魔術は使わない。甘原の魔術は稚拙で一般人よりも強い程度だからだ。ただ身体強化はなぜか身体は頑丈になる。痛みを除けば防御が一番上がる。


 一般人に優位を取れる甘原はニヤリと笑い、圭を追い込む。それなりに武術も会得しているらしい。一般人より遥かに強力な攻撃は圭も避けるしかない。だが、能力にかまける分スキは多い。一瞬軸がブレたのを圭は見逃さなかった。

 体重を切り返し身体ごと甘原にぶつける。

 バランスを崩した甘原にラリアットを食らわせ、道場の床に叩きつけた。


「ふぅ。能力にかまけたやつほど弱い。宿敵の遺言だ」


 ハザマの言葉を甘原に投げる。なぜ自分が倒されたのかを理解していないようだった。


「えーっと、ノドカだったか?弱いものいじめはやめた方がいいよ。僕みたいな変な人が釣れちゃうからね」


 そう言って、倒れていた甘原に魔術で水を浴びせる。


 圭が魔術師と知ったノドカは、口を大きく開けていた。

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