第18話後処理
疲れ切った身体をずるようにして麓まで降りると、二台の車の前で葛西が立っているのが見えた。
「あ、三鷹!」
葛西は圭を見つけると飛んで駆け寄ってきて、血塗れの姿を見てのけぞった。
「お、おい。大丈夫なのか?」
「葛西さんか。無事でよかったです……」
「そりゃこっちのセリフだ!あのバケモノはどうなったんだ!」
「あー、消火しときました。たぶん建物のかけらも残ってませんよ」
「そ、そうか。しかし、あれはいったい何だったんだ?」
「炎の死神だそうです。死ぬかと思った」
わずかに回復した魔力を使い水洗いをしたが、固着した血は取れることはなかった。圭が倒れかかるのを葛西はなんとか支える。そして圭を車に乗せて警察署へと移動を始めた。
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「……嫌がらせ?」
圭は自分の服装を見た。
警察署へと戻り裏から直接能対課の部屋へ戻った面々はようやく活気を取り戻した。
何が起こったかを見ていない彼らは自分がどうなったかを思い出しながら身体をきれいにした。その時に圭も洗えと言われて身体を清めたらこの服を渡されたのだ。
「うーん、似合うぜ?囚人服」
葛西が笑いながら今度こそ一通りの服を渡す。皮の能力を使えば服なんて簡単に作ることができる。それを受け取って着替えた圭は事務椅子に身体を投げて天井を仰いだ。
「疲れた……」
「三鷹、あの時何があったんだ?」
葛西が神妙な面持ちで聞く。他のメンバーはこじんまりした休憩所ではなく、自分たちのデスクに戻っている。まもなく朝を迎えようとしていた時間の休憩室には、さすがに二人しかいなかった。
「葛西さんたちは少年を見ましたか?」
「少年……ああ、いたな。三鷹よりも若いやつだった」
「あいつがあそこのボスだったみたいです。葛西さんたちは中毒症状で倒れてましたよ。あと数分遅ければ死んでました」
「マジかよ……なんつー名前だった?」
敵の名前と能力を教えると、葛西は顔をしかめて小さく唸った。
「ハザマってのは闇騎士ん中では有名だ。実力もかなり高い、能対課も何人も殺されてる。よく倒したな」
「へえ、そうなんですか。あー、そうだ。手柄は葛西さんがもらってください」
「はっ?」
圭は別にハザマを倒したかったわけではない。たまたまだ。たまたまハザマを倒さなければならなかったから倒しただけだ。
それを圭が闇騎士のハザマを打ち倒したと吹聴すれば、また目をつけられる。そうなってはより強い人に狙われることになる。それは圭の望むところではなかった。
「そうか……そうだな。三鷹にとってはそっちの方が好都合ってことか。ただまあ、どちらにしろ三鷹に表彰が来ることはないな」
「そうなんですか?」
「ああ。俺を含め、能対課は全員ハザマがいたとは知らなかったし見てもいない。それを倒したと報告はできない。三鷹が倒したと進言しても、課長に揉み消されるだけだ」
「まーた学園主義か。ハザマも言ってましたよ?エリート主義のくせにすぐ死ぬって。よかったですね、生きてて」
「皮肉かよ、言い返せないのが辛いところだ……」
それからしばらく中身のない話をしたところで、圭は自分に鞭を打って立ち上がった。
「とりあえず、僕は帰ります。死ぬほど疲れたし死にかけたんで。くっそー、瓦田さんに頼んで休暇もらうか」
頭をかいて休憩所を出る。
「三鷹」
「ん、なんですか?」
「また、頼めるか?」
「二度と、やりませんよ」
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「もう!なんでいつまでも寝てんのよ!」
「はぅっ!……おはようございます」
陽が高くなってきたあたりで、圭は楓に起こされた。最近圭が持っていた棒を使って。
「学校が休みだからって、護衛が休みとは言わせないわ!」
「もう少し休ませてくださいよ、楓さん」
「イヤよ。さっさと起きて」
「そんな殺生な」
起こされた圭はぶつぶつ文句を言いながら着替える。散々魔力と体力を使ったのに四時間も寝ていない。気分的にはどっちもまだ三割も回復していない。
「さあケイ、わたしに魔術を教えなさい」
「……どうしたんですか急に」
「なに、魔術を教わっちゃダメなわけ?」
「イヤ、別にそういうわけでは……」
「昨日三鷹のこと考えてずっと寝付けなかったらしいぞ」
「米田!」
「あー、楓さんにも可愛らしいところがあったんですねえ。でも、僕死にそうなんで別の日にお願いします」
道場の真ん中でバタリと倒れた圭に驚いて、楓はすぐさま身体を起こして持ち上げた。
「ケイー、起きてー!まーじゅーつー」
「楓さん、三鷹も頑張ったんだ。今日は許してやりませんか?」
「でも魔術」
「俺でいいなら教えますよ?」
「イヤ、米田強化しかできないじゃない」
落ち込んだ米田は、胸ぐら掴まれた圭を見捨てて道場を去っていった。
「ケイ、おしえなさーい」
「あぃえー、無理」
そんなやり取りをしていると、道場に琴桐亮太郎が顔を出した。
「三鷹くん、能対課の人が来たんだけど……」
「もうイヤですよお、追っ払ってくださいって」
「それがどうしてもっていうものだから」
「分かりましたよ、ちょっとだけですよ?」
誰に許可とっているのか分からない状態で身体をずり意識を半分無くしながら門の外へ出た。
「三鷹くん」
「あれ、葛西さんじゃないの?」
「別に構わないだろう。署に来てもらいたい」
顔を見せていたのは葛西ではなく、土の魔術を使っていた宮崎という男だった。
「あの、昨日の今日で疲れてるのでまた今度で……」
「それはお互い様だろう?言い訳するな」
「あぃえーなんで?」
逮捕されたかのように強制的に車に乗せられ署に搬送された圭は、なぜか葛西と野良の女の人を除いた作戦全メンバーに怒られていた。ちなみに野良の女はたぶん死んだ。
「全く、証拠すら消すとはなにをしてくれとるんだ君は」
「は?」
「「は」じゃないだろう、「は」じゃ」
「全くです」
「あの、葛西さんは?」
「彼は帰ってもらった。功労者だからな」
「はぁ」
「はぁじゃないだろうが。君は『
「全くです」
課長が怒りながらツバを飛ばし、宮崎がウンウン唸る。
なぜか圭は、死にかけて山の中に隠れていたことになっていた。そして都合よくあの洋館を消しとばしたらしい。
血みどろだったのは怖くて逃げ出したことになっていた。
「葛西さんから何か聞きませんでしたか?」
「聞いた。よかったな、葛西に助けられて」
「あー、そんな感じですか」
「あー、ではない!あー、では!全く。反省しとるのかね?」
「はいはい。山よりも高く、海よりも深く反省しておりまーす」
「ふん、これだから野良は……」
「これだから学園出身は……」
「何か言ったかね?」
「いえ、なにも……すぴー」
「おい、寝るな!」
「あぇ?」
その後も強烈な睡魔に襲われながら何時間も怒りのお言葉を受けたあたりで、署にやってきた葛西に止められた。
「課長、彼も協力してくれたんです。実際、陽動は完璧でした」
「ふむ、そうか。だがそれとは話は別だ」
「はぁ……課長。今回の制圧は失敗でした」
「何を言っている?制圧したのではないか」
「いえ、失敗でした。彼曰く、作戦日時はバレていたとのこと。同時に制圧に向かった面々はどうなっていますか?」
「……まさかっ!」
課長が慌てて部屋を出ていく。それから葛西は部下たちに悩ましげな表情で指示した。
「しばらく三鷹とは距離を置け。こんな部下を持って、俺は情けない気持ちでいっぱいだ」
「よかったですね、死ななくて」
「ほんと皮肉好きだな。今のうちにさっさと帰っとけ」
葛西がよく分からない反応をしたのを見た部下たちは、不満そうに去っていく圭を見送った。
得られたもの、琴桐楓の一時の身の安全、代償、能対課との確執、気力、体力。
二度とやるか。
圭は何度目かの誓いを立てた。
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