第16話サプレッション・ミッション

 闇夜の騎士団トゥワイス・ナイトの一拠点である木造洋館は、山奥には少し不釣り合いなサイズによって存在感を出していた。


「いきます」


 月の光もない真っ暗な夜に敢えて自分たちの足で無上山ながみさんを登った面々は、唯一の陽動人員の圭を見る。その顔には期待はあまり見られなかった。



 圭が単独で洋館の入り口に立ち、コンコンとドアノッカーを鳴らす。

 しばらく反応が見られなかったため、もう一度強く鳴らしたところ、ガチャリと鍵の音がしてわずかに扉が開いた。


「何のようだ」


 わずかな隙間から顔を覗かせた男は、洋館に似合わないアーマースーツを身につけており、片手を後ろに隠したまま圭を見下ろした。


「夜道を歩いていたら立派な館を見つけたもので、何かあるのかなと」

「そんなものはない」

「一目だけでいいんで、中を見せてもらえませんか?」

「ダメだ」

「そんなぁ……」


 ピリピリとした空気をまるで感じないかのように落胆する。そんな姿を見ても、男は明らかな殺意を向けていた。


「分かりました。それでは」


 圭が背を向けたのを見て、男は目を光らせる。怪しいやつは始末しろ。これが組織の鉄則だ。


「死ね!」


 繰り出されたナイフは真っ直ぐ圭の首へと切っ先を伸ばした。


「バレバレ」

「ゔぐゅっ……」


 ナイフが繰り出されたのを察するかのように圭は身体を折り、まるで逆立ちをするかのように蹴りを顎にぶち当てた。それをもろに喰らった男は、身体が一瞬中に浮き、扉にもたれかかるように地面に落ちる。開いた扉がゆっくりと閉まり男の身体を軽く挟んだ。


 圭は扉を蹴飛ばし、男の首を引きずる。そしてエントランスのど真ん中に投げ飛ばした。


「ん?こいつ、前に俺を殺そうとした……」

「何事だ!」


 エントランスの中央にいた圭を囲むかのように殆どの扉から男女がワラワラと出てくる。その数は10程度だろう。明らかに近距離戦闘しているヤツもいれば、細身で戦闘を知らなそうなヤツもいる。


「ラヴァ!」


 倒れている男と似たような格好をした細身の男が二階から飛び降りると、一定の距離で圭を睨む。


「やはり来たな、能対課」

「能対課?」

「惚けるなよ。こっちは今日攻めてくることくらい知っている」

「なるほど、内通者か。どうでもいいけど」


 男は腰に据えていた剣を抜き正眼に構える。それに合わせて周りの人たちも各々の武器を構えた。


「よし、じゃあ始めよう。『音よ』」


 三方向からの敵意を受けながら、圭は手を上に向けた。


「魔法陣!?隙など与えん!」


 剣を構えて迫ってきた男を皮切りに、能力や魔術が一斉に飛んでくる。だが、それが着弾する前に圭の魔術は完成した。


「『弾けろ』」



 ドンッ、と莫大な音量と共に空気が揺れる。あまりに激しい音の波に、その場にいた全員が耳を塞いだ。

 超大音量の音は三半規管を狂わせ、肉体的なダメージを与えていく。

 同時に大きすぎる音は鼓膜にも異常をきたし、声でのコミュニケーションまでをも奪ってしまった。


 これが圭が行う陽動だった。真近くにいた剣を持つ男は最大音量に身体のバランスを崩し嗚咽を漏らしている。頭を抱えて転げ回る様は、何も知らない人から見ると気狂いにしか見えないだろう。


 少し離れたところにいた人たちも全員が耳鳴りを受けてはいるが、彼ら彼女らは少しずつ回復してきていた。


「このっ」


 杖を持った女が震える手で炎を作り出す。しかし、魔術師らしい杖から放たれたのは小指ほどの炎。万全でない体調の魔術師など恐怖でも何でもない。

 この爆音を合図に、入口のドアが今度こそ破壊された。


「取り押さえろ!」


 現れた葛西がそう大きく声を伝えると、彼の部下が思い思いに動き始める。


「よくやった、三鷹!あとは任せとけ」


 気を失った男と頭を押さえて転げ回る男。魔術を使い始めたときに襲ってきたこの二人を圭は見下ろす。


「言いたいことは色々あったけど、もういいや」


 圭は大混乱のエントランスから走り出した。





「気を付けろ!まだ奴らは全員じゃない!」


 葛西繁信は叫んだ。彼は床に敷かれた赤い絨毯に触れ、その手を前に投げ出す。すると絨毯は切り取られたかのように宙を泳ぎ、壁にもたれて立ち上がろうとする男をぐるぐる巻きにした。


 彼の能力は「皮の操作」だ。布や木の皮、果てにはコンクリートなど、あらゆるものの表面の皮膜部分を自由に扱える。



 捕縛に絨毯を使い切った葛西は、今度は大理石の板を一枚一枚飛ばしていく。

 まだ立ち直れていない闇騎士たちは抵抗する間も無く硬い板を貼り付けられて身動きを阻害されていく。


 隣では生死を問わなければ優秀と言われた宮崎という男が、床に手を置いて大規模な魔法陣を展開させていた。その先では地面から土の針が飛び出しており、何人もの命が針による串刺しの餌食になっていた。


「相変わらずエグいな」


 飛び立ってきた血を指で拭う。葛西も能力で殺すことはできるが、宮崎ほどではない。


「葛西さん、今のところ順調です!」


 他の能対課たちも独立して動き始め、拘束者を葛西の方に蹴り飛ばし回復し始めた能力者たちとの戦闘に縺れ込む。予定されていた通りに、野良能力者の女が敵を見つけ出すために奥の部屋に入り扉をガンガン開けていった。





「ここか?」


 扉を蹴り開けた圭は中の様子を見る。誰もいない部屋では、棚の中に書類がたくさん収納されていた。


「これは能力一覧か。覚えたいのはヤマヤマだが師匠のようにはいかないしな」


 山のように収録されている能力一覧を名残惜しそうに床に捨て、次々と書類に目を通す。


「麻薬、地形図、能対課資料……違う、違う、違う」


 圭が求めるのは人身売買の資料。楓を狙う理由を求めてここまでわざわざやってきたのだ。


「くそ、ここにはないのか!」


 イライラに任せて棚を蹴飛ばす。衝撃を受け柱が曲がった棚は軋む音を立てて床に倒れる。それを見る気もなく、圭は次の部屋に移動した。


「チッ、やっぱとっ捕まえて吐かせたほうが楽か?」

「来たな!……あ、ちょっと!」


 たまたま部屋にいた魔術師から逃げ出して呟く。敵を倒すのは能対課の仕事。戦闘で時間をかける意味はない。


 二階を一通り確認した後に下を確認する。五階建てらしい洋館の下の部分を一通り回り終えた圭は一度誰もいない部屋に隠れて息をつく。


 三階以上にも敵はいるだろう。ちょうど能対課とぶつかり始めたはずだ。見たところ能対課の面々は優秀で、初めは二十人と予測されていた闇騎士たちを全て処理している。傲るだけあって、実力もランク4はありそうだ。ただ、今回は襲撃の日時はバレていた。能対課に対して何の対策もしていないわけがないのだ。



 激しい戦闘音が屋敷に響く。特に宮崎の土の魔術の威力が大きい。魔法陣を使って土を操作する限りどこかの魔術師の家系なのだろう。

 葛西の能力も学園次席というだけあって強力だ。おそらく服なども専用の武器なのだろう。刃物を仕込んでおけば暗殺の遂行も可能だ。


 激しい戦闘音と叫びが聞こえる中、圭は部屋を出て壁に沿うようにしてエントランスの様子を伺う。すでに屋敷自体が崩壊が始まっているようだ。

 作戦を決めた課長以外の能対課五人と、同じ人数の闇騎士がぶつかり合っている。それ以上人が増えないことを確認した後、圭は喧騒に紛れるようにして上の階へ上がる。三階以降はもぬけの殻だ。


「まだ時間はありそうだけど、さっさと探そう」


 三階の部屋を全て確認していく。ほとんどが使われていない部屋で、たまに暮らしが確認される部屋もある。ただどこにも人影はなく、狙い通りに圭はスムーズに拠点を荒らしていった。

 同じように四階も確認し、五階へと辿り着く。今までとは違い、部屋は一つしかなかった。



 ゆっくり扉を開けると軋む音が響く。人の気配がしない部屋に入ると周囲を確認した。

 人はいない。今までと違うのは、書斎のような豪華なデスクがあること。ここがこの拠点のボスの部屋であることはすぐ分かった。


「急ごう……」


 すぐに引き出しの方へ回り込み、一つずつ書類を出して確認していく。雑な管理のせいでどれがどれか逐一確認しなければならない。


「これは、別拠点とのやりとりか?チッ、パソコンは開けないし」


 一番下の棚を開け、縦に並べられたファイルを一つ一つ引っ張り出す。そして、半分ぐらい引っ張り出したところで手が止まった。


「女?」


 楓ではない。だが、圭の感が手を止めた。

 書類には女の写真とプロファイルが載せられている。住所、年齢、職業、性格。あらゆるデータがそこに盛り込まれていた。

 そのファイルの次の紙を見ると、別の女のプロファイルが印刷されている。どれも無上山ながみさん周辺の住民、そして女。美人。


「これか!」


 プロファイルを全て読み込むと、その女についてはかなり詳しくなれた。だが、圭が欲しい依頼主に関しては記されていない。


「依頼主とか関係ないか?だけどそれなら楓さんをしつこく狙わなくてもいいはず」


 一枚、また一枚とめくっていくが、どこにも琴桐楓の名は出てこない。今までの五人の襲撃者は彼女にかなり執着していたはずだ。指令が出ていないほうがおかしい。全て目を通したそのファイルを後ろに捨て、新たなファイルを確認し始めた。


「おっと、そこまでにしてもらおうか」

「っ!……少年?」


 圭の手が止まる。ゆっくりと扉に目を向けると、そこには圭よりも若く見える少年が立っていた。

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