第15話決闘前の取締り騒動
メンベルと琴桐の決闘は、改めてファンドによる試算が行われた後に開催が決定されることになり、しばらく先になりそうだった。
ただ、試算したとしてもどちらも同規模の利益が得られるだろうことは予測されていて、決闘の開催も確実だろうと言われていた。
それまでの期間はおよそ一ヶ月。この時間の多くを圭は自己鍛錬に割いていた。
「ふっ、はっ!」
圭は今まで直接の格闘術と魔術を織り混ぜて戦ってきたが、彼の本領は棒術にある。棒術なんて珍しいと思われがちだが、圭の場合は魔術と絶妙な相乗効果を生み出す。
ここ最近の休日の鍛錬の間、圭の鍛錬は楓にずっと見られていた。
雷に打たれた次の日から始めた鍛錬は順調に実を結び、なよっとしていた身体は二ヶ月で筋量を大きく増やした。科学的理論を応用した肉体改造は、戦いを阻害しないように圭を強化している。
「なんだか、かっこよくなったわね」
「え、そう?」
初めは頼りない冴えない男だったが、今は心も身体も頼りがいのあるボディーガードだ。ポケーっとしていた顔も心なしかキリッとしてきて、女受けもよくなっていそうだ。
「そういえば、大学の友達にも言われたな」
「ほら、やっぱり」
村上慎也含めた友人たちが、軒並み圭を称賛している。今度合コン行かない?と言われ、瓦田から勝ち取った休暇はその日に当てようと思っていた。
慎也は彼女には内緒だと言っていた。
しばらくして、来てもらうよう頼んでおいた米田に対し、棒術を使った戦闘の練習を行う。お互いに魔術は使っていないが、圭の動きに米田は翻弄されていた。
圭としてもこの程度で満足はしない。『ケイン』は血反吐を吐くような努力を元に、拳術、棒術を体得し魔術操作を極めたのだ。ケインに頼っているように感じている圭は、十分な強さに至るまで満足はしないだろう。
さらにしばらく経つと、今度は当主の亮太郎が降りてきた。
「おーい、三鷹くん。何やら能対課の方が来てるよ」
「能対課?それって国の?」
「うん、それそれ。三鷹くんに何か話があるらしい」
門の前に立つ警官服を着た男を見つけ、圭は汗を拭って走る。
「こんにちは」
「おう、久しぶりだな坊主」
「久しぶり?」
「お、忘れちまったのか?能対課の葛西だ。葛西繁信(かさいしげのぶ)。この前『闇騎士』の確保をしてくれた時の」
「ああ、葛西さん?ですか。この間はどうも」
「おうおう」
能力対策課、略して能対課は全国の能力者、魔術師を取り締まる国家組織だ。形式上は警察の管轄になっているが、実際はそれとは大きく異なりかなり自由度が高い。
これは形式に縛られると未知の出来事に対応できなくなるのと、単に人材不足だからである。
そこで、能対課はたまに外から人の助けを借りる。
「この前の『闇騎士』を拷も……尋問したところ、いくつかの拠点の所在地が明らかになった。そんで、能対課の方から同時並行で『闇騎士』の拠点のガサ入れに行こうと思ってんのよ」
「は、はあ」
「というわけで、三鷹圭。お前の力を借りたい」
「ん?うぇ?僕の?」
「お前のだ」
能対課は国営である能力者コミュニティのデータをそのまま見ることができる。動画はなくとも先日見せた圭の実力や技はその中に記されており、これ幸いと面識のある葛西が声をかけに来たのだ。
「三鷹は便利な魔術使えんだろ?」
「便利な魔術と言われても、そもそも何を想定してるんですか」
「潜入、探索、制圧、捕縛」
「捕縛は出来ますけど、探索って探知のことですよね?それやったら相手に悟られるからムダですよ」
「他にもあんだろ。潜入だったら気配消すとか探知を潜り抜けるとか」
「……闇系の魔術なら似たようなことはできますけど」
「やっぱりな。そいつを全員にかければ、完璧な拠点制圧ができるな」
やるじゃねーかと圭の背をバシバシ叩く。少し痛い。
「そんじゃ、制圧計画については署でやるから今から「いやいやちょっと待ってください」……ん?」
背をたたいていた手を押さえて、圭は訝しむように葛西を見た。
「それ、強制じゃないですよね。じゃなきゃ他の魔術師やらなんやらを先に押さえるはずです。それと、僕にメリットないです」
「チッ」
「あ、舌打ちしましたね。図星ですか」
「ああそうだよ。強制性はない。そんなことして政府に反感を抱かれたらたまったもんじゃないからな。いつも声はかけてるがほとんど返事をしてこねえ」
「形骸化してますね」
「まあそういうことだ。ったく、うまくいくと思ったのによ……お、」
ポリポリと頭を掻いていた手を止めて、圭の方に向き直した。
「あるじゃんメリット」
「ないですって」
「いーや、ある。
『闇騎士』が潰れてくれりゃ、お前んとこのお嬢さんの襲撃はなくなるぜ?」
「……」
言われてみればそうだった。『闇騎士』の人間を捕まえた原因は琴桐楓への執着が原因だった。
「うーん、でも支部を一つ二つ潰したところでそんなに大きな変化もないでしょ?」
「まあそうだが……琴桐の嬢ちゃんを狙ってきた奴らの口から出てきた場所だ。壊滅は無理でも依頼主くらいはわかるかもな」
圭としては面倒ごとは好きではないが、この話をしたらおそらく楓は行って欲しいと言うだろう。言わなくても心では思っているはずだ。まあ圭さえいればどうでもいい、とか嬉しいことを言われたらどうしようもないが。
「分かりました、楓さんに確認してから話は聞きます。作戦の打ち合わせはいつですか?」
「明日が第二次打ち合わせだ。時間は10時にここの警察署だ」
「了解です。はぁ、拠点制圧なんて演習以外でやったことないよ……」
「ん?なんか言ったか?」
「あーいえ、なんでもないです。こっちの話」
ケインの記憶にも制圧作戦の経験はない。唯一修行の際にシミュレーションで再現されたものを経験したことはある。ただ、当然この分野に関しては素人同然だった。
「おう来たな、こっちこっち」
少し遅れた圭は作戦会議室の前で待っていた葛西と部屋に入る。7、8人の人が葛西と圭を待っていたらしく、二人が入ってきた瞬間に会議は始まった。
「それでは作戦会議を始めます。まずは事前情報からです。
『
「とぅわいす、ないと?」
「この前教えたじゃねえか。『闇夜の騎士団』、ナイトが二回で『twice knight』。言いやすいからほとんどの人が闇騎士って言ってるけどな」
「ほえー、カッコいい名前だな。でもスペルが違うんだよなあ」
「鍋島、次行ってくれ」
葛西は鍋島というプレゼンターに先を促す。どうやら葛西はこの中では偉い方らしい。少なくとも前は三人の部下がいたから当たり前か。
「今回、逮捕した闇騎士を尋問したことにより、複数の拠点の情報を引き出すことができました。これらを能対課を中心としたチームで、同時並行で制圧するのが我々のミッションです」
ここだけではなく他地域にも見つかったらしい。たまたま捕縛した圭としては、こんな大事になるとは全く予測していなかった。
「こちらは我々が攻める拠点周辺マップになります。無上山の中腹、周囲は木々に囲まれておりここへ繋がる道は山道一つだけです」
その後も位置情報や侵入口、建物の建築物などを共有する。
以前圭が魔術を放つために向かった道から、さらに奥に行ったところにあるようだった。
「ここでは以前大きな魔力反応を感知しており周囲を確認しましたが、写真のような洋館のみ確認されました。ここが闇騎士の拠点だと考えられます」
さらに尋問により引き出せた能力者の情報をもとに予測される人員、戦略を確認していく。そして本題の作戦会議になった。
「わたしは各方面からの一斉突入を提案します。四方からの各個撃破により迅速な捕縛が可能です」
「いや、それは危険すぎる。自分の力を過信するな」
葛西の指摘に鍋島は少し落ち込んだ。
「なら、葛西くんはどう出る?」
一番後ろに陣取っていた初老の男が、葛西の目を見た。彼はこの中で最も高い立場にいる人間だ。その人に問われて葛西は圭の方を向く。
「こいつに潜入してもらいます」
「ほう。誰だね君は」
鋭い視線が向けられる。新参者はあまりいい顔をされない。それも捜査協力に否定的な理由であったりする。
「こいつは三鷹圭。例の黒騎士メンバーを捕らえた男です」
「ど、どうも」
座ったまま頭を下げる。この場全員の視線が集まった。
「三鷹は世界有数の魔術師です。彼なら、こちらから指示を出しながら、潜入から捕縛まで全て行うことができます」
「は、え?ちょっと」
「そこまでなのかね?」
「はい。彼はいとも簡単に闇騎士メンバーを捕縛しています。それに本人が探知を潜り抜けられるとも言っていました」
「なんと!」
なぜか大きな信頼を置かれている圭は、不満そうに右側にある男を見た。
圭としては乗り気ではない参加なのに、重要な役割を任せられようとしている。そんなこと聞いていない。
それに、能対課も突然現れた圭を信用できるわけがない。
「しかし、能対課以外の者を中心に作戦を組むのはいかがなものかな?」
「しかし課長。我々は人が少ない。それに、神城学園の演習とは違うのです」
「神城学園?」
「魔術師や能力者が集まる学園だ」
「あー、そんなのありましたね」
ギロリと睨まれる。ここにいるのは野良の能力者二人以外は全員神城学園出身だ。
「神城学園はいわばエリートだ。その反応はやめときな」
「あ、そうなんですか?失礼しました」
「この通り、こいつは神城学園の名すら知らないですが、我々を凌ぐ実力を有しています。闇騎士にそういう人がいないとは限らない」
「君がそれを言うかね?次席で卒業した君がそれを言ってしまうのは良くない」
「……」
「だが、君が言いたいことも分かった。彼を先に行かせよう」
「……課長」
葛西に課長と言われた男は立ち上がり、ブラインドの真ん中を下へと押し外を見る。
「ただしだ。三鷹くんといったな。彼には陽動をしてもらう」
「っ!?課長!」
「……陽動?」
圭が意味を理解する前に葛西が叫ぶ。そこから二拍子ほど遅れて圭の頭が計画の概要を理解した。
「葛西くん。捕縛は君の能力を使えば容易いはずだ。それにやつらを捕縛するよりか消した方が素早い制圧ができる。そうであれば葛西くんの他にも宮崎くんが大いに活躍できるだろう。違うかね?」
「っ……」
「ではその方向で詰めていこう。陽動の際はなるべく人を一か所に集める必要があるな」
それから圭と葛西を置いてけぼりにして、制圧作戦計画は決定された。
会議終了後、葛西は不機嫌な圭に苦虫を噛んで謝罪した。
「すまねえ」
「……いえ別に」
「こんなつもりじゃなかった」
「……」
あの場にいた人間は、圭ともう一人を除いて全員が神城学園出身だ。彼らは国家への貢献を誇りに思ってはいるが、大半の人間は野良の能力者を見下している。
今回の作戦も、彼らのプライドが優先されただけだ。
「陽動だろうと潜入だろうと、能対課の考え方はよく分かりました」
要は、圭は蜥蜴の尻尾だ。
圭が役割を果たせばそれでよし。失敗して死んだとしてもエリートたる能対課に損失は出ない。失敗したときは責任を圭に押し付けられる。最高の結果になれば能対課の成果として評価される。
実際もう一人の野良である女にも、他と比較して危険な部分に割り当てられている。
「くそっ、無駄なプライド張りやがって!」
警察署の壁を殴る葛西の横で、圭は冷めた目で先ほど共に作戦会議をしたメンツたちを見る。今まで出会った護衛と比べて、能対課の面々は比較的若い。話を聞く限り能力や魔術もかなり強いようだ。だが葛西の反応を見る限り、確実視できるほどではないのだろう。
「言われた通り最初の陽動はこなしますけど、今回はそこまでにさせてもらいますから」
圭の目的は黒騎士が楓を狙う原因を潰すためだ。その情報が得られる可能性があると言われて協力を決めた。
だが、この作戦では圭は調べる余裕がない。葛西の作戦であればまだ我慢できたが、これでは協力する意味がない。しかも報酬も微々たるもの。能対課は年俸数千万をもらっているが、協力者は善意の参加とみなされ、謝礼は雀の涙だ。
「ああ、分かってる。分かってるさ……可能な限り早く応援に向かう」
「死体が転がる前にたどり着いてほしいものです」
……
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