第14話琴桐家の挑戦

 三鷹圭の擬似決闘による影響が、2週間ほどかけてようやく収束を始めた。最後の方は戦略を変えて、金ではなく、ディナーに誘ったり友人を紹介したいなどといった、人付き合いを中心とした交渉を圭に持ちかけてきていた。


 ここでなぜ三鷹圭にここまでスカウトが来るかを解説しておく。


 一つ目に、琴桐家の懐事情。

 近年業績が芳しくない琴桐家は護衛に大金を出すほどの余裕がない。これを突くように琴桐家と優先的に契約を結ぶなどという話も出ていた。

 圭の口からもれた2500万という価格は破格すぎる。十倍程度出しても相場より安いのだから、大金を出せば食いつくだろうと見られていた。


 二つ目に、教養。

 三鷹圭は他の同業者と比べて社会的ステータスがある。今は護衛で雇うと言いながら徐々に会社に組み込めていけば、価格以上の投資になるだろう。頭も回ると人は評価しているため、期待の目は大きい。


 三つ目に、実力。

 瓦田を倒したことでランク4レベルの実力は確定した。それほどの護衛がコミュニティに応募してくるのは運しかない。どこにでも引く手数多だ。しかも瓦田に勝ったというだけで、実力はもっと上かもしれない。これにより実績以上の期待が金額に加算される。


 四つ目に、立ち位置。

 圭は能力者コミュニティに所属していない、野良の魔術師だ。斡旋では一生お目にかかれない人材。スカウトでしか雇用が見込めないため、どうしても接触せざるを得ない。


 そして最後に魔術。

 圧倒的に自由度の高い魔術は、ただの護衛だけでなく実務の補助、エンターテインメントなどさまざまな方面での活躍が期待できる。さらにその異端な魔術の才能は、同じく雇った他の護衛にもある程度習得できるのではないかという希望も出てくる。そうすれば、学習した魔術師の実力は跳ね上がる。


 他にも大なり小なりあるが、ともあれこれほどスカウトが集中するのもかなり珍しい。


 一度の雇用で五度美味しい三鷹圭は、まるでオークションのように額が青天井で釣り上がり、待遇は破格になっていった。



 そして、それは圭の周りのみだけではない。


「三鷹くん、ちょっといいかい?」

「亮太郎さん?はい、時間はありますけど」


 琴桐亮太郎は、バツが悪いような表情で圭に声をかけた。に呼び出された圭は、彼の書斎に一緒に入る。

 亮太郎はデスクの引き出しの中を少しあさると、何通かの手紙を取り出して圭の前に並べた。


「亮太郎さん、これは?」

「君へのラブレターだよ」


 白のシンプルな封筒にさまざまな形のロウが押された、ラブレターと呼んだ封筒を圭は開ける。普通ならいくら金持ちたちでも、ここまで丁寧に丁寧を出すことはないことは圭も知っている。

 その中身は、全て縁談の話だった。


「君を雇いたいという手紙はわたしの方で断りを入れておいたが、こっちはわたしには手をつけられないよ」


 ため息をつく亮太郎の姿は、前より少しやつれていた。唐沢財閥の婚姻ジャブが圭を動揺させたのを見て、我先にとわざわざ琴桐家に送ってきたらしい。図々しさを感じながら同封された相手の写真を見ると、選り取り見取りの美女ばかりが並んでいた。


「なんでだろう。ここまで来るとひくわ」


 そう言って圭はラブレターを全て横に流す。欲をかこうにも、選択肢が多すぎて逆に手が出せない。欲望よりもめんどくささの方が勝ってしまう。


「じゃあ、全部お断りの方向でいいかな」

「はい、それでお願いします」


 断りを入れて自室に戻ると、今度は母親から電話がかかってきた。


『ちょっと、圭!あなた何したの!?』

「え、何って?」

『偉い人からお話がバンバン来るのよ!あんたとお話がしたいって!』

「あー、実家にまで手がまわったか……。全部無視でいいよ」

『バカ、そんなことできるわけないじゃない!圭、全部対応するのよ』

「あー、はいはい」

『分かってないでしょ、ちょっと……』


 母の言葉を無視して電話を切る。

 勢いをつけてベッドに背中を預け、天井を見上げた。


「やっぱ、目立たないようにすべきだったな」


 棚に入っていた本を取り出して、宙に浮かせて読む。『断る勇気、嫌われる勇気』という題目の自己啓発本だった。




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 楓は、ここ最近あまり元気がなかった。


「楓先輩、大丈夫ですか?」


 図書室で机に伏せているのを六条美波が隣から覗き込む。


「うん、平気」


 あの擬似決闘の後、美波は掌を返して圭を称賛した。実際に圭の強さを目の当たりにし、無下大に通っていることを知っては当然の反応だろう。


 学園ではそこまで護衛に関する話は出てこないが、つい先日生徒会長が楓の元に来ていたりする。


「楓くん、ちょっといいか」

「生徒会長?なぜ?」


 人目を避けて渡り廊下に連れて行かれるのを見てクラスメイトはザワめく。モテると噂の琴桐楓が大企業の後継としても注目されている生徒会長に呼び出されたのだ。

 これは告白ではないか、その邪推が彼らを動かす。


「それで、なんのようでしょうか」


 楓は眉間にシワを作る。前は頻繁に呼び出されて告白を受けたが、六条美波、四ツ橋礼次郎、百瀬海斗、赤腹兵輔がしつこく楓に付き纏うようになってからは恋愛とは遠ざかっていた。

 だから久しぶりのことだと重い腰を上げた。


「実は、君の護衛のことでな……」


 バツが悪そうな顔をしてポツリとこぼす。


「親が例の決闘を見ていたらしくてな、是非とも雇いたいと」

「お断りします」

「そうか……、いやいい。こっちのわがままだ。邪魔をしたな」


 そう言って生徒会長は楓の前から去っていった。


 他にも何人かがコンタクトを取ってくるが、なぜかそれは三鷹圭に関する話ばかりだ。

 クラスメイトはその気配はないのにどこからか現れて引き抜きを試みる。


「なんで、ケイを狙うのよ……」

「それは無理もないのです。楓先輩は三鷹さんの市場価値がどうなっているか知らないですか?」

「いえ、全く。すごいことになってそうな予感はするけど」

「提示報酬はバブルみたいに上がって、最大10億です。他にも大学通いを認める人や、キャリアの保証や婚約の話も出ているのです」

「じゅ、じゅうおく……」

「道端に金塊が落ちている、とまで言われてるみたいです」

「うぅぅ、モヤモヤする……」


 美波も三鷹圭がすごいと口にしたら、彼女の親に楓を揺さぶり交渉しろと催促されている。美波はもちろん交渉は持ちかけないが、楓の立場に同情していた。


「はぁ……」


 幾度目かのため息をついて運転する圭を後ろから眺める。ここ最近送り迎えの時間もほとんど口を聞いていない。なぜかいつもより二人の間に距離があるように感じてしまった。



 こんな2週間を過ごした二人は、再び亮太郎に呼び出された。






「楓、三鷹くんに決闘に出てもらいたい」








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 琴桐グループは、弦に強みを持っている。元の発端はバイオリンやピアノなどに使われる弦に手をつけたのが始まりだ。

 弦楽器をメインに手を広げていた琴桐グループは、楽器だけでなく弓の弦やテニスやバトミントンのガットなど、いろいろなところに手を伸ばし始めたところだ。



 今は利益を新たな事業に投資し始めたため、どうしても利益を出すのは難しい。琴桐グループが資金繰りに悩んでいるところに目をつけたのが、とある大規模ファンドだった。


 もの言う投資家である彼らは琴桐家の弦に関する技術を高く評価し、事業投資を行いたいと申し出てきたのだ。

 これは琴桐家にとってもありがたい話で、お互いにWin-Winな明るい未来のために順調に話を進めていた。



 だがそこに邪魔が入った。


 楽器販売の最大手、メンベルが新たな事業への投資に意欲を示したのだ。


 あらゆる楽器を作る外資企業メンベルは、弦だけでなく金管楽器に使われる真鍮などにも強みを持つ。さらに音楽の周辺機器の事業も行っており、オーディオや音楽系ソフトウェアまで手を伸ばす。他にも最大手であるがゆえに取引先も多い。

 琴桐グループよりも良い投資になるだろうと喧嘩を売ってきたのだ。


 ただ、ファンドが注目したのは弦周辺の技術。規模は小さくても投資のリターンは引けを取らないという予測も出ている。


「そういうことだから、事業投資をかけて決闘が行われることになったんだ。これはうちにとって大きなチャンス。負けるわけにはいかない」


 いつも柔和だった亮太郎の目が、この時ばかりは鋭くなった。


 メンベルは純利益でも100億近い数字を叩き出しており、その額は近年の琴桐グループの100倍近い。

 当然それ相応の実力者を用意してくるだろう。下手したら十億レベルを要求するランク5の登場もあり得る。


「おそらく米田では力不足だとわたしはふんでいるんだ。三鷹くんしかいないんだよ」


 圭は困ったように楓を見る。話がどんどん大きくなっている。そんな重大な場面を体験したことがあるわけがない。


 楓は、圭を見返した。

 圭は勝つ。それだけは絶対である彼女には、終わった後さらにスカウトが過熱するのが容易に想像できた。

 三鷹圭を盗られたくない。


 だが、楓の意見は決まっていた。もはや圭の存在に目をつけられてしまった、ひっそりと過ごす時は終わってしまったのだ。


「ケイ、絶対に、勝つのよ」

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