第13話三鷹圭、モテ期到来
翌日、寝不足であくびをしながら学園まで楓を車で送る。
「いいこと?他の人に、ぜっっったいに!靡かないように」
「はいはい、分かってるって」
「分かってない!ケイの力なら本当に引く手数多なんだから!あと絶対契約金額言っちゃダメだからね!」
「ええー、なんで?」
「安すぎるって言われてもっと調子づくからよ。2500万なんて聞いたらたぶんわたしまで目をつけられるわ」
「へー」
初心者マークをつけた高級車は学園に到着し、運転手の圭がドアを開ける。
「ん?」
身体を外に出した瞬間、その場にいた全員の目が圭に集まった。
「ん?んん?」
視線に慣れていない圭は若干挙動不審になりながら逆サイドに回りドアを開く。周囲の視線は相変わらずこちらに向いたままだ。しかも、なんだかいつもより人が多い。
「やっぱり」
車から降りた楓は眉を潜めつつも、一通り辺りを見回して威嚇していた。
「ケイ、分かってるわね?」
「はいはい。んじゃ、いってらー」
そう言って楓を見送り、運転席に移動しようとしたところ、目の前にステッキを持った紳士が現れた。
「三鷹圭くんかね?」
「はい、そうですけど」
突然現れた男に動揺する。見えなかったというわけではなく、見送っている間に背後に近寄ってきていたのだ。
見てくれは穏やかな紳士で、シャツの上から着ている茶色をメインにしたチェック柄のベストがよく似合う。
確実に上流階級の人であろうことは圭にも理解できた。
「これはこれは初めまして。わたくし、新庄清一郎と申します」
「はぁ、初めまして」
「話は、分かりますかな?」
「え?あー……さあ?」
「決まってるではございませんか、スカウトですよ」
「ん?あ、あーなるほど。そういう話ですか」
本当にスカウトに来るなんてカケラも思ってなかった圭は、思わぬストレートパンチに面食らってしまった。
「1億でいかがですかな?」
「い、1億!?」
米田の言っていたこともあながち間違いではなかった。
1億という言葉に驚いてしまった圭を見て、新庄はもうひと押しとばかりに金額を釣り上げてきた。
「2億では?」
「う、うぇえ?!」
一気に1億跳ね上がって余計に困惑する。自分にかけられた額があまりにも大きすぎる。
ただ、ランク4に対しては2億は相場通りの報酬だ。それを知らないがために困惑してしまっているのだ。
圭が困っているのをチャンスと思ったのか、今度はマダムが近寄ってくる。
「我がグループであれば2億5千万出しますわよ?」
少し太ってはいるが見た目も美人の類に入る彼女は、澄ました顔で隣の新庄の方に顔を向けた。
「またあなたか元山(もとやま)。横取りは印象が良くないですな」
「あら、耄碌じじいが煩くってよ」
口元を扇子で隠しオホホと笑う。どうやらこの二人は護衛に関してはライバル関係にあるらしい。
対応に困っているところを、今度は後ろから袖を引っ張られる。
「ん?」
後ろを向くと、腰より少し上くらいの身長の少年が圭を見上げていた。
「おにいちゃん、僕を守ってほしいの」
「いや、あのね。そういうことを言われても」
「3億だすから」
子供と知り頭を撫でようとした圭も、後ろで罵り合いをしていた二人も、ピシリと石のように動かなくなった。
「つ、つぶらな瞳ととんでも価格のダブルパンチときたか……でも、子供にそんなこと言わせるところはさすがにないわ」
「グスッ、う、うぅぅ……」
「嘘泣きはダメだよ。ほら、学校にいってらっしゃい」
今度こそ頭を撫でた圭は、学園に入るように促した。
三人程度ではこのスカウトは終わらない。昨日の決闘を見た人の半分は圭の様子を見に来ているだろう。
彼らは琴桐グループのお財布事情を知っている。優良物件を簡単に抑えられるチャンスだと考えているようにも見受けられた。
今度はやり手のビジネスマンのような男が、中学生か高校生か分からないくらいの歳の女の子を連れてきた。
ツヤのあるオールバックをキメた、歳以上に若く見えるだろう顔立ちの男は、女の子を前に押し出した。
「どうかね、うちの娘と婚姻を結ばないか?」
「……は、はいぃ?」
ここに来て一番強烈なアタックが圭を襲った。金ではなく結婚を提供してきたのだ。おそらく結婚でなくとも、「結婚を前提にお付き合い」をしてもらおうという意味なのだろう。
前に押し出された少女は恥ずかしそうに顔を赤くして俯く。
「はっはっは、麗華が昨日の君を見て惚れてしまったらしくてね。悪い条件ではないはずだ。バックには唐沢財閥がつく」
「いやいやいやいや、この人何言ってんの?」
笑いながらもう一歩娘を押す唐沢という男とその娘を、目をまん丸にして見比べてから、圭本人はそんな話はありえないと謙遜して首を横に振る。
ただ、実のところ彼は政略結婚の相手としても十分な価値がある。
まず教養。帝一大学は超有名大学だ。この大学に入学するためには地頭と努力が必要。それだけで教養に関しては十分。
次に頭の回転。
そして、強さ。圭の能力なら護衛はいらない。企業としてもコストが抑えられるため、それだけで何億もの費用が浮く。
特に教養の部分が大きい。この業界では力こそ正義なため、各人の教養はないに等しい。一般人として雇っても最上位の学歴を持つ圭は、将来性の塊と言っても過言ではない。
圭は自分を過小評価していたが、スカウトしようとしていた人たちはその手があったかと言わんばかりに地団駄を踏んでいた。
結局学園の授業が終わるまでスカウトされ続けた圭は、詰め寄る人の圧力に吐きそうになっていた。
特に、問い詰められて年俸を答えてしまったのが致命的だった。2500万はランク1と2の境目くらいの人に払われる金額だ。彼らにとっては琴桐家の雇用は不当だとも受け取られた。
「やっぱりこうなってしまうのね」
楓は上を向いて額を手で隠す。最終的にはしっかりとお断りしたおかげで散り散りに去っていったが、こんなものでは終わらないことを楓は知っていた。
「決闘は動画としては残らないけど、噂で人から人へ広まっていく、その人たちに請われていつも使っている魔術を披露すれば余計にスカウトは増える。
ケイ、今日で分かったでしょう?今後はキッパリとお断りすること。おそらく大学にも侵入してくるから」
「ま、マジか……」
運転しながら、眉を潜めバックミラーで楓の様子を伺う。
「そういえば、最終的に結婚しませんか、なんてお誘いが来たんだけど」
「……へっ?」
気の抜けた顔が、圭の後ろ姿を捉える。
「えーっと、どこだったかな……まあ忘れたけど、どっかの偉い人が娘を紹介してきたよ」
楓にとって、結婚は完全な不意打ちだった。
目をあちこちの向けて最後に下を向くと、何も言わずに指を遊ばせ始めた。
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果たして、楓の言っていたことは的中していた。
昨日ほどではないが朝のスカウトは白昼堂々と行われる。昨日と同じ人が何人も訪れ、億単位の報酬を餌に圭に詰め寄る。見覚えのない人が来たと思えば代理人だったり噂を聞きつけた新しいお偉いさんだったりした。
決闘は事前にコミュニティを通して通告されるが、基本的に録画録音は禁止になっている。そのため伝聞でやってきた人たちは圭に魔術の披露をせがんできた。
「し、失礼します!」
逃げるように車を動かし人を強引にかき分けて逃走する。帰宅してすぐに着替えて自転車に乗って大学へと向かった。
「よう」
「おはよ」
村上慎也が手をあげて手招きする。
彼は大学での友人で、入学したての時から意気投合した仲だ。昼飯や授業の準備などは基本的に彼を中心とした数人でやっている。
今日は二限にあるドイツ語の予習のために朝早くから大学にやってきたのだ。
もはや大学にいる時間が圭の癒しの時間だった。
「そういえば、圭はバイト最近どうなん?なんかすげえ忙しそうだけど」
「ま、まあね。バイトっていうよりインターンって呼ぶことにしてよ。そっちの方がかっこいいでしょ?」
「インターン?」
「学生が企業の仕事を社員と一緒にこなす企業体験みたいなやつ」
「へぇ、そんなのあるんだ。写し終わったからそっちちょうだい」
大学生によくありがちなインターンは時間以外は社員とほぼ同じように働きプロジェクトを動かす。いわゆる意識高い系の人たちがやっているものだ。
テニスサークルに所属している慎也はそういった話とは無縁らしく、圭の言葉はサラッと流された。
「あ、そういえば俺、彼女できたわ」
「は?ほう」
「同じサークルなんだ。ほれ、かわいいだろ?」
「へえ、かわいいじゃん。僕のタイプではないけど」
「めっちゃガツガツ系でさ。向こうから告ってきた」
「まあ、見た通りだしな」
スマホで見せられた画像には肌が黄金色に焼けた少女が写っていた。少し男っぽさがある彼女は、慎也とセットでピースしていた。
「人生最高、うぇーい」
「羨ましい限りだね」
わざとらしく場を盛り上げた慎也は、ニヤニヤした顔で圭を横目で見る。
「圭はそういうのないん?」
「……ないね、残念ながら」
「ん?何かな今の間は?何か隠してるよね?ほらほら、正直に言ってみ?」
肩を組まれ顔と顔がくっつく距離まで近づけられ、周囲に聞こえないようにと配慮する。それを何にもないと口にしながら引き離す。
慎也は不満そうにペンを持ち直した。
そのまま喋りながら予習をしていると、圭の目に場違いな人間が目に入った。明らかに他の人と嗜好が違う服を来た初老の彼は、圭と目が合うとツカツカと革靴を鳴らせてこちらへとやってくる。
それを見て、圭は察してしまった。
「三鷹圭くんかい?」
「まあそうですけど」
席を立ち、その場にいた友人たちに話が聞こえない位置まで移動する。慎也を含めた数人は、突然の紳士の登場に困惑した目を圭の方へと向けていた。
「大学まで来るとは、失礼ですね」
「君を雇うためにはしのごの言ってられないんだ」
困った様子を身体全体で示す。それは何故だか圭を激しく苛立たせた。
「はっきり言いますけど、お断りですよ。こんなところまで押しかけてくるなんて非常識です」
「まあまあ、そう言わずに。わたしはね、君を高く買っている。他の人は気付かないかもしれないが、君の力はあらゆる可能性を持っているからだ。
事実、一昨日の戦いは瓦田を見事な魔術で翻弄していた」
少しだけ目を見開くが、すぐに元に戻る。戦いで使った細かい魔術について指摘されたのは初めてだ。
「見る人が見れば分かる。君の魔術は戦うだけのものではない。そして帝一大学に入れる地頭。わたしは5億用意している。さらに、我が社への就職も斡旋しよう。遥かに早いキャリアステップも用意している。婚約者も融通を聞かせよう」
一歩前へ出て、目と鼻の距離でどうだねと問うてきた。5億はランク4どころか、5に差し掛かるレベルの大金だ。瓦田に勝利したからとはいえ、その金額は青天井に近くなっていた。
圭は一歩引いて、目を瞑る。深呼吸してから、彼の目を射るように強く睨む。
「お断りします。僕は金に執着するつもりはないし、就職も自分の力でします。まだ学生で結婚なんて一切考えていないので婚約者も必要ありません」
「なら、何が良い?金も、女も、力もいらない。人はそんな無欲な生き物ではない。何故断る?」
「しつこいなぁもう。
だいたい大学通いを邪魔する時点で確実に束縛されるし、金で雇おうとしてくる人たちは関係がギクシャクしそうから嫌なんですよ。金払いが良くてもそちらと良くない雰囲気になりそうなのは目に見えてますし、雇われてもストレスで頭がおかしくなりそうになるでしょうね。
それよりか自分の都合にもある程度合わせてくれるし、オーナー家族との仲もいい琴桐家の方がはるかに魅力的ですよ。
とにかくどっか行ってください。二度と大学まで来ないでください。なんなら大学に来た時点で絶対に引き抜けないとでも吹聴しといてください、それではさようなら」
鬱陶しいと身体で示すために両手で目の前の男を突き放す。
「ちょっと、待ちたまえ!仲が良好になるように息子たちに取り計らおう!わたしの方でも時間は融通する!」
「さっさと帰れ」
圭が踵を返すと、男は肩を落とし階段を降りていく。プライベートにまで干渉されては、今までのらりくらりと躱してきた圭も本気で怒ってしまう。
「チッ、めんどくせえ」
「おうおう、なんだったんだよあの人は?」
「ん?あー、うーん……インターンしてるとこの取引先?」
「なんで聞いてくるんだよ」
この後も何人か押しかけてきたが、圭は全て不機嫌そうに追い返した。
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