第11話初めての決闘(練習)②

「始め!」


 合図と同時に動き出す。

 先手を取ったのは瓦田、腕をクロスして強化された肉体を生かしボディタックルを繰り出す。


「うっ……くそっ」


 その速さに思わず対応が遅れた圭は、後ろに飛び去り衝撃を逃す。それでも威力はほとんど変わらず圭の身体はふっとんだ。


 宙で体勢を整え、圭が着地とともに前を見ると、止まることなくタックルが再び襲う。


 それをギリギリで避け脚だけ下に出してバランスを崩そうとするが、それに引っかかることなく圭を越えてからすぐ反転した。


 三度のタックルには圭も学習する。今度は余裕を持って避け、後ろを追うように跳ねる。慣れれば直線の動きはすぐ見切れる。キュッと音を出して身体を反転させる瓦田に向けて、圭は右手を前に出した。


「『爆ぜろ』」


 一瞬で展開された魔法陣からパンッと音が響き、衝撃が瓦田を押し一瞬の隙を生む。今度は圭が攻勢に出た。


 間合いを詰めて繰り出されるのは土の魔術。現れた土杭を殴るのではなく押すように腹部に当てる。一度瓦田の服に刺さった土杭は、刺さる気配がないことを察して今度は面に広がった。


「っと、」


 何かを察した瓦田が一気に後ろに跳ぶが、圭はそれに合わせるように瓦田を追う。土杭はボロボロと崩れ落ちていく。体格差で負ける圭は相手と間合いを取らせない。近距離では格闘の方が有利だが、圭にとっては超至近距離は魔術のテリトリーだ。


 何の拍子もなく後ろに現れた大水球は、瓦田の動きを鈍らせる。圭は動きが鈍ったのを見て、片手を水球に突っ込んだ。


「『放雷』」


 手の先に現れた魔法陣が赤く光り、青白い光が水中を迸る。圭が放った雷の魔術は瓦田を完全に捕らえた。


「『凍れ』」


 ダメ押しで圭は水を一気に凍らせる。そして身体を浮かせ、唯一出ていた顔面に飛び蹴りをたたき込んだ。




「ふぅ」


 一通りの猛襲を終え、距離を取って様子を見る。顎を打ち付けられた瓦田は胴を凍らせられたまま固まっていた。


「瓦田さん、大丈夫ですか?」


 答えがわかっている質問を投げかけると、瓦田は顔を元に戻し自力で氷を割る。

 腕を回し首を曲げ音を鳴らす姿は、まだ余裕がありそうだった。


「三鷹圭。おまえ、強いな」

「どうも」

「俺の攻撃に耐えうる身体強化、素人とは思えない武術の動き、異常なまでに多彩な魔術。正直言って信じられない、こんな弱そうなガキなのにな」


 圭は沈黙する。油断はしておらず、いつでもとびかかれる体勢だった。


「特に、魔術。あんなの見たことねえ。世の中の魔術師は身体強化でぶん殴るか、離れてセコセコ魔術を放つ奴しかいない。異常だよ、おまえは」

「ふむ……ん?」

「周りも俺と同じこと考えてるぜ?この場にいる全員が、おまえに注目している。ただな、」


 瓦田は先ほどとは打って変わり、武の構えを取る。彼の真髄は、能力による圧倒的なパワーと空手の極意の両立。


「魔力の使いすぎだ。飛ばしすぎだぜ!」

「っ!」


 正拳突きを腰を落として横に避ける。それを見て瓦田は正面下段に蹴りを放った。

 咄嗟に腕でガードしたが、瓦田の一撃は圭の身体強化を軽々と上回る。激しい痛みとともに圭の身体は後ろに吹き飛ぶ。


「まだまだぁ!」

「くそっ」


 瓦田の攻撃は鋭く、かつ圧倒的だ。一度守勢になったら瓦田の間合いから圭は逃げられない。

 激しい攻撃は徹底的に圭を追い込み、どんどん後退させていく。


 正拳突きに反応する時、回避よりも先に腕が自然に出て、強烈な一撃をガードしてしまう。それは決め撃ちではないため、隙を晒した圭に同じ強さの正拳突きが飛んでくる。

 かろうじて避けた圭は反撃に出ようと前へ踏み込もうとするが、それを防ぐかのように回し蹴りが側頭部を襲う。

 あまりに強烈な勢いは圭を身体ごと吹き飛ばし、三メートルは宙を飛んで地面を滑る。

 すぐさま起き上がり瓦田の姿を確認すると、大きく開いた股が頭上に影を落としていた。


「ぐ……くぅぅっ!」


 咄嗟に上げた腕が瓦田のかかと落としを防ぐ。ただ、勢いは押し殺せず、ボキリと大きく音が響き、削げなかった勢いが脳天を直撃した。



「っと、大人気なかったか?勢い余って殺しちまったかもしれねえ」


 後ろに距離を取った瓦田は、ありえない位置で折れている二本の腕を上に掲げたまま沈黙する圭の姿を見下ろす。


「ケイっ!」


 外から楓の叫びが響くが、それ以外は一切音はなかった。


「おい、大丈夫か?」


 何秒も動かない様子を見て、少しだけ焦って瓦田は圭を覗き込む。本当に殺してしまったかもしれないのだ。いくら勢いが削がれたってかかとは脳天に直撃した。

 端に退避していたレフェリーも、ゆっくりと近くに寄って状態を確認する。致命的なダメージだったらこの戦いを止めなければならない。


 しかし、それは杞憂だった。



「『治れ』」


 僅かに頭が光る。瓦田には小さくつぶやいた声は聞こえなかった。


「おい、三鷹圭。起きろって……うぉっ!?」


 突如として跳ね上がった圭は、折れた腕ではなく肘を正面に叩き込む。一度距離が詰まれば魔術が使える圭が有利。


「『迸れ』」


 肘の前に現れた魔法陣が赤く光り、そこを通り過ぎた圭に紫電が走る。


 油断して後退してしまった瓦田は、さらなる肘打ちの勢いを弱めるためにもう一歩足を引く。これだけで強烈だった肘打ちは軽く小突く程度の威力しかなくなる。


 ただ、圭としてはそれだけで十分だった。


「ぐぉっ!ぉぉぉおっ!!」


 纏われた雷は僅かな接着と同時に莫大な電流を流す。能力を使っていなければ確実に即死していた攻撃だった。


 薄く煙が上がった瓦田は、一瞬トんだがすぐ意識を戻し半歩下がる。そして圭の顔面目掛けて拳を振り上げる。


「『治れ』」


 圭も瓦田に折れていた左腕を合わせてカウンターを仕掛ける。


(折れた腕で何ができる!)


 リーチも長い瓦田の方が圧倒的有利な拳なぶつかり合いは、一瞬で現れた魔法陣によって阻害された。


 僅か数瞬の間に魔法陣が現れ、パンと小さく音を立てて衝撃を外側へと発生させる。その魔法陣は綺麗に瓦田の腕を弾いていた。


「ふんんっっ!!」


 折れていたはずの圭の左拳が瓦田の頬骨を抉る。圭の拳は捻るように瓦田を下へと巻き込む。


「んな……」


 一歩、二歩、三歩。

 不意を突かれた全力の一撃は、瓦田の身体をゆっくりと退け反らせる。


「『治れ』」


 僅かに離れた距離。圭は跳んで瓦田の上へと移動し、折れていたはずの右腕を下向きに構えた。


「『灼炎』」


 瓦田の身体が止まる。バランスを崩した状態で頭上にいる圭を見上げた。

 そこにあるのは魔法陣。さっきまでと似たような魔法陣だが、瓦田は本能的に危険を察知した。


「『焦がせ』」


 二つ目の言葉と同時に、両手ほどだった魔法陣は一気に身体を覆えるようなサイズにまで広がった。


「うぉぉぉっ!!」


 明らかに今までと違う魔術に、全霊を込めて左へ逃げる。

 そのすぐ後に、魔法陣にふさわしい大きさの青白い爆炎が瓦田のいた空間を塗り潰した。


「んだよいまの!?」


 すぐ後ろの爆炎を唖然として見ていると、魔術を行使した本人と目が合う。

 再び瓦田の勘が警笛を鳴らし、今度は前に転がった。


 圭の手は大きく右へと払われ、放出される爆炎は線を描いて上へ伸びた。


「くそったれ!殺す気かテメェ!」


 宙で身体を捻って瓦田の方に身体を向けた圭は、着地とともにまっすぐ飛び出す。

 それに合わせて瓦田は拳を握る。振りかぶるのではなく正拳突き。

 一瞬で繰り出されたその拳は、掠るように鮮やかに下に避けられ、詰められた懐から飛び出てきた右拳が瓦田の顎を撃ち抜いた。





「ふぅ」


 圭は手を振り身体に異常がないか確かめる。

 そして前を見ると、大の字に転がった瓦田の姿があった。


「いってぇ、くそ、立てねぇ……」


 その言葉を聞いて、隅っこに退避していたレフェリーが走り寄ってくる。


「まだやれますか?」

「……くそっ」


 僅かに持ち上がった頭は、完全に地についた。


「勝者、三鷹圭!」







 大歓声と拍手の嵐に囲まれながら、圭は瓦田の近くによる。


「悪いね。僕、強いみたい」

「イヤミかこのやろう」


 瓦田の手を握り、ゆっくりと引っ張り上げる。


「『治れ』」


 そう圭が唱えると、小さく瓦田の頭が光り、脳震盪による目眩と頭痛が綺麗さっぱりなくなった。


「三鷹圭、おまえ回復魔術も使えるのか」

「まあね」

「便利な野郎だ」


 なんとか立ち上がると、瓦田は圭を見て苦笑いする。


「完敗だな。バケモンかよてめぇ」


 折ったはずの骨の治癒、凄まじい威力の炎の魔術、瓦田の動きを完全に見切った挙動。最後の攻撃だけ、明らかに攻撃力が一段上がっていたように感じた。


「かかと落とし食らったときは死ぬかと思いました」

「俺もあの炎の魔術は死ぬかと思ったぞ」


 炎の魔術は瓦田の常識を超えていた。たいていの魔術なら耐えられる彼も、あの炎を見てゾッとしたのだ。あきらかにランク4、あれが無尽蔵に当たるならランク5もあり得る。


(こんなやつ今までどこにいたんだよ……)


 派手な魔術は一度だけだが、戦闘における魔術の応用力が高すぎる。この場で見ていた大多数の人たちには三鷹圭の真の恐ろしさを分かっていないだろう。



「ケーーイーーっ!」

「うぉ、楓さん、なんとか勝ちました……て、飛びつかないでください!子供じゃあるまいし」


 対戦者オーナー専用のボックスから楓が飛び出してきた。チラリとその隣を見ると、兵輔が口をポカンと開けていた。


「何あれ、超かっこよかった!ケイってあんなに強いのね!」

「あ、ちょ、跳ねないで!手を振らないで!痛いから!」

「あ、ごめんなさい。そういえば、腕折れてたよね?」

「治したてなんで触らないでください」

「えーっ!治癒魔術も使えるの!すごい!超すごい!」


 また手を握り飛び跳ねる。どうやら圭の声は届いていないようだった。



 それとは逆に、瓦田と兵輔はすこぶる静かだった。


「すいません、負けました」

「……ふんっ!」


 百面相を見せた後に、最終的に兵輔は腕を組んでそっぽを向いた。瓦田から見れば、ただの拗ねた子供だった。





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「いやはや、すごいですねえ」

「ほんと、三鷹くん、すごい」

「ええ、ここまでとは……」


 琴桐亮太郎がウンウンと頷く横で、妻である琴桐朱音(こときりあかね)が手を口に当てて感動している。

 米田はやはり、苦い顔をしていた。


 一度相対した米田も、圭の魔術の応用力に舌を巻く。弾く魔術を含めた幾多の魔術は、見る人によってはかなり地味だ。水球を氷に変えた時は声が沸いたが、それと最後の炎の魔術以外はほとんど目立たない。ほとんどの魔術において魔法陣が現れるのはほんの一瞬、距離もあって見えていない人も多いはずだ。特に炎の二手前にあった肘打ちによる硬直は、米田も何が起こったのか分からなかった。

 武闘派は瓦田の調子が悪かったと錯覚してるだろう、同時に観戦に来ていた上流階級の人たちもそう思うかもしれない。


 だが、圭はランク4を倒した。


「これから、大変そうですね」


 喜ぶあまりずっと飛び跳ねている楓と苦笑いする圭を見て、米田はポツリと呟いた。

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