第10話初めての決闘(練習)①

 琴桐楓には、学園内で付きまとってくる人が四人いる。


 一人は六条家の娘、六条美波。

 150cmほどの小さな身体に幼い顔立ち。いつも頭にお団子を乗せたロリッ子である。


 彼女は学園の後輩で、楓のことが好きで好きでたまらない。たとえ簡単にあしらわれようとも、憧れの先輩に毎日会いに来ようとする。

 人様の家ではあるのだが、楓を守る護衛にはいつも文句をつけたがる。実際学園に通っている他の人と比べて明らかに弱いため、美波も心配しているのだ。楓としても可愛い後輩だし拒絶はしたくない。


 二人目は四ツ橋礼次郎。

 彼は元四ツ橋財閥の一角である四ツ橋重工役員の次男だ。さらさらな茶髪と爽やかな笑顔がチャームポイントだと自他共に認めている。美男子で自分に絶対的な自信を持っており、勉強も運動もよくできる。


 こちらも護衛に不安を持っていて、あえて家まで送ろうと声をかける。楓が断るのは、送ると言いながら礼次郎の家に連れて行かれたからだ。しかも、言い方が悪いのだが、親にまで会わされて強引にお付き合いを認めさせようとした。

 自分に自信を持つのはいいが、すぐこういうことをするので絶対に誘いは断るように決めている。なお、彼の親は楓に会ったときに苦笑いをしていた。自分の息子のことをよく理解しているらしかった。


 三人目は百瀬海斗。

 ベンチャーのCEOを渡り歩く先鋭経営家の息子である。子は親に似るらしく、形式ばった様子は一切見せない。こちらは髪をワックスで整え制服を着崩している、いわゆるちょい悪ヤンキーっぽい男の子だ。


 彼もアピールは熱烈で、礼次郎と常に楓を巡って争っている。そのため勉強も運動もガチンコライバルだ。

 彼の場合はあまり護衛に執着していない。彼の護衛は少し離れたところにおり海斗の邪魔立てをするようなことはしない。そのため楓の気も知らず遊びに行こうとよく誘ってくる。


 そして四人目は、赤腹兵輔(あかはらひょうすけ)だ。

 彼は簡単に言うと、動けるデブだ。肥えた身体の中にはかなりの筋肉を有しており、その身体でのタックルは食らえばただでは済まない。顔も普段は優しそうな顔をしているが、いざと言うときには目をキリリと光らせる。

 彼に関しては楓に固執しているわけではない。

 彼の問題は、護衛という存在に非常に執着していることだった。



「三鷹圭!決闘だ!」


 一ヶ月が過ぎようとしたあたりで、校門にて赤腹兵輔は圭に向かってそう叫んだ。



 決闘は面倒なもので、上流階級では非常に神聖視される。これを断ることは非常識で、決闘を申し込んだ相手に対して侮辱することを意味するのだ。


「あの、赤腹くん。僕との決闘はあまり意味がないものですから、別の機会にしませんか?」

「うるさい!そんなこと、関係ないんだ!」


 ただ、こと赤腹兵輔にはそれはあまり当てはまらない。彼は至るところで決闘を申し込む問題児だ。特に楓の護衛には執拗で、2、3年前までは何人か彼に護衛を潰されている。


 そのため、学園で彼が叫ぶのももはやネタにしかならない。


「あの、楓さーん?」

「ああ、赤腹くんのこと?無視しても構わないわ。いつものことだから」


 チラリと兵輔の護衛を見る。鍛え上げられた身体は、強者のオーラを纏っている。この問題行動にも眉一つ動かさない。ビジネスライクな関係なのだろうか。


「臆病者め。僕の護衛が怖いのか?」

「まあ、そりゃそうですね」

「臆病者は楓さんの護衛には相応しくないな」

「そんなことないですよ。臆病は確実性を考えますから」

「屁理屈だ」


 兵輔は腕を組んでフンと鼻息を鳴らす。六月に差し掛かろうとしていることもあり、彼の身体からは汗が吹き出していた。その匂いは強烈で、圭は一歩距離を取った。


「だいたい決闘と言っても、僕には望むものはないしお断りします。それでは」


 そう言って圭が車に乗ろうとすると、兵輔の後ろから大柄の男がのっしのっしと歩いてきた。彼の護衛だ。


「おう、ちょっといいか?」


 高級車のボンネットを押し付ける。加減はしたらしく凹むようなことはない。彼のその行為に兵輔はニヤリとしたが、それを護衛が気にする様子はない。


「おまえ、米田を倒したらしいな」

「米田さん?えーっと、米田さんとは戦いはしましたけど倒してはいませんよ」

「ん?そうか?そうか。まあそれはいいんだ」


 車の前からドアの方に移動し、窓を開けていた圭の目を見る。燃えるような目は、体格と合わせて威圧へと変わる。それに負けじと睨みかえす。


「決闘なんざどうでもいいが、俺は強いヤツと戦いたい。こいつの護衛をしているのも決闘ができそうだと思ったからだ」


 親指を隣に退けられた兵輔に向ける。なるほど、護衛を盾にして喧嘩を売る兵輔は決闘を楽しむにはうってつけかもしれない。

 ただ、兵輔は臆病だった。確実に勝てそうな相手にしか喧嘩を売らない。そのため、彼はこの護衛業に不満を持っているらしかった。


「だから三鷹圭、俺と決闘しないか?」




 圭は再び楓の方を見た。決闘をするには雇い主に聞くのが正着だろう。


 ただ、今回は決闘というよりかは勝負と言った方が正しい。名誉をかけた戦いではないからだ。

 そのため、ダメとは言えるが楓が止めるのは好ましくなかった。


「僕は意味のない戦いは嫌いです」

「まあそう言うな。米田のやつも一度やってみたらどうかと言ってた」

「米田さんがですか?」

「おまえ、決闘したことないんだろ?その練習と思ってくれりゃいい」


 米田に言われたと聞いて顔が渋る。同じ護衛としてたびたびお世話になっているので断りづらい。


「代わりに一つだけ、なんでもやるからよ。決闘に勝てばな」

「なんでも?」

「おう、なんでもだ。ただ俺にできる範囲だぞ?」


 なんでもというのは魅力的だ。現状で何か足りないことはあるだろうか。金か、物が、権力か、時間か。


 そういえば、圭にはひとつばかり要望があった。


「定期的に、休暇が欲しいです」

「ケイ、何言ってるのかしら」


 後ろのシートから謎の圧力がかかってきたが、それを今回ばかりは無視を決め込む。これは雇い主の決闘ではなく、護衛同士の話し合いだからだ。


「休暇だ?そりゃどういうことだ」

「護衛とはいえ常に束縛されるのも辛いなと思いまして。なんせ僕、大学通ってますから」

「は?大学?」

「はい、大学です」


 彼の中には大学という要素はかけらもなかったらしい。確かに、そもそも一般大学に通う能力者などほとんどいない。特に実力者となればだ。力さえあれば学歴なんぞ必要ない。


「なるほど、まあいい。こいつの護衛を毎日やるのも飽きていたところだ」


 兵輔は少し、困惑していた。





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 琴桐家に戻ると、まず圭は米田に詰め寄った。


「米田さん、なんか決闘けしかけられたんですけど」

「ん?楓さんじゃなく三鷹にか?……たぶんそれは瓦田だな」

「瓦田?」

「ああ、瓦田俊明(かわらだとしあき)。昔から仲が良かったんだが、あいつちょっと戦闘狂バトルジャンキーでな。この前会ったときに三鷹のことを喋ったらものすごい食いついてきた」


 昔は護衛対象が同じ親族だったことがあり、その時に仲良くなったらしい。当時は実力は同じくらいだったようだが、今では瓦田の方が実力は上だ。


「たしか、あいつのランクは4だったな」

「うぇー、なんで決闘なんか……」

「ダメよ」


 楓は米田を睨んだ。圭が決闘場に姿を出すのは、楓および琴桐家にとっては不利益にしかならない。

 圭の魅力は護衛の力ではない。その多彩な魔術だ。これを人目に晒すと確実に目をつけられる。条件によっては、大学通いというデメリットを瞑ってでも雇いたい人が出てくる可能性もある。


「決闘は必要ない。ましてや賭けるものが休暇なんて、絶対に認められないわ」


 逆に、米田は決闘推進派だった。護衛は力を示さなければ抑止力にならない。現状だと圭はナメられて何度でも襲撃は来るし喧嘩もふっかけられるだろう。


「練習と思えばいいさ。決闘は場の空気にのまれやすい。本番前に一度経験しておいた方がいい。これは亮太郎さんも言っている」

「何か特殊なんですか?」

「まあ、ただの戦いとは違うだろうな」

「?」


 よく分からない圭に、なぜか全幅の信頼を置いている楓がギラリと目を光らせた。


「……負けたら、許さないから」


 なんで?とは聞かずに、黙っておく。どうやら決闘の許しは出たらしい。親に言われては従うしかないのだろう。


 とんとん拍子に勧められていく擬似決闘、開催の日はあっという間にやってきた。






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「よく受けてくれたな」

「雇い主に言われたんで」


 決闘場は直径40mほどの石畳で、その周囲に観客席がずらりと並んでいた。

 そのうちの一割程度は人で埋まっている。それでも二百人近くはいた。


 これが決闘場か。

 圭は観客席を見渡した。一番前の席の一角には琴桐夫妻と米田が座っている。

 他にも怪しげな服を纏った魔術師らしき人や、肥えた豚みたいな人、ドレスを着た女性や鍛え上げられた身体を見せびらかすような男もいた。

 さらには少年少女までもおり、全員が三鷹圭を見にきたというのだから驚きである。


「驚いたか?決闘は二人しかいないわけじゃない。雇い主の名誉を賭けて戦うとともに、金持ちの道楽にもなる。今日来てる人の大部分は、今まで誰も知らなかったおまえを値踏みに来たってわけだ」


 瓦田はニヤリと笑う。


「情けない姿を見せると、ナメられるぜ?」


 闘技場のすぐそばに作られたボックス席に振り返る。そこには不機嫌な顔でこっちを睨む楓がいた。

 そして、その隣には上機嫌な赤腹兵輔が座っている。観客を見直すと、六条美波、四ツ橋礼次郎、百瀬海斗他数名、七琴学園から顔を出していた。


「余裕そうだな」

「いえ、かなり緊張してます」


 こんなに大勢に見られるのは初めてだ、緊張しないわけがない。


 レフェリーが二人の間に立つ。彼は決闘を取り仕切る組合の一人だそうだ。


「二人とも、準備はよろしいですか?」

「おう」「はい」


「それでは、始め!」

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