第9話便利な護衛

 大学を出た圭は、自転車に乗って全力で戻り、わざわざ着替えてから車に乗って七琴学園までやってくる。しかも車は自分で運転しており、高級車に初心者マークは非常に恥ずかしい。


「かえでさーん、おつかれー」

「おまたせ」


 仮にもお嬢様な楓のためにドアを開けて乗るように促す。


「明日からそんな服着なくてもいいわよ」

「え、マジで?よっしゃあ!」



 次の日、言われた通りバリバリの私服で迎えに上がった。


「あ、楓先輩の護衛!服がなくなってます!」

「美波ちゃんか。今日もこんにちは」

「こんにちは。

 じゃなくて!その服装はなんですか!唯一のやる気のあった服装すらだらしなくなったです!信じられない!」

「まあまあ。ジャージを着てるわけでもあるまいし、これくらい許してね」

「ダメです!せめてスーツ着てください!」

「そんなこと言っても、美波ちゃんの護衛もスーツじゃないけど」

「ん、ぐぬぬ……」


 美波は背が低い。胸も小さい。顔も幼い。ロリッ子体型でさらに頭の上にお団子が乗っている。圭の二個下ということもあり、妹のように思えてしまう。妹なんていないけど。


 宥めようと頭を撫でようとして、手を止めて下ろす。ロリッ子高校生とはいえ令嬢だ。頭を撫でるのは失礼な行為に当たりそうな気がした。


「ほら、あっちにお迎えが来てますよ」

「……ふん、おまえなんか絶対に認めないです!」


 口をいーっと歪める美波をバイバイと手を振っていると、後ろでドアが開く音がした。


「ん?あ、こら!」


 後ろを向くと、美男子が扉を開けて楓をエスコートしようとしていた。


「エスコートはTPOを弁えてくださいねー」

「こら、何をする!離せ!」


 襟を後ろ側から掴み車から引き離す。あの男は四ツ橋礼次郎(よつばしれいじろう)。四ツ橋重工取締役の息子だ。彼の中では、大学を卒業した後は出世コースを歩んでいくことまで決定しているらしい。


 爽やかな笑顔がチャームポイントだと本人は言っているが、実際にその通りだから腹立たしい。彼も六条美波と同じくしつこいくらい楓に取り付く一人だった。


「だいたい君に断りを言う必要はないはずだ。邪魔をしないで欲しいな」


 いちいち肩をすくめて馬鹿にしてくる仕草が非常に腹が立つ。しかもそれが絵になるから余計に不愉快だ。やたらと明るい茶髪を真っ黒に染めてやろうかなんて思いつつも、適当に追い返す。


「楓さんが嫌がってますから、お下がりくださーい」

「君の言うことは関係ない」

「鬱陶しいな、おら」


 軽く頭を小突く。あまり大袈裟に引き離すと他の人に目をつけられるから加減が難しい。


「ちょっと、百瀬くんいる?あ、いたいた。こっちきてー」


 手招きをすると、遊んでそうな雰囲気の少年が近づいてきた。


「あ、楓じゃん!ちょうどよかった、遊びに行こうぜ!」

「百瀬くん、僕が最初に楓さんと話していたんだ。引いてもらおうか」

「あん?またてめぇか、いい加減嫌われてんの自覚した方がいいんじゃねーの?」

「君はブーメランという言葉を知ってるかい?……」


「さ、楓さん行きましょ」

「そうね」


 わちゃわちゃしている二人の少年を置いて車が動き出す。先ほどの二人は美波と揃って三人でいつも楓の奪い合いをしているらしい。一度話を聞いてみればあそこに惚れただのここが可愛いだの楓を持ち上げるトークをうんざりするほど聞かされたため、それ以降は適当にあしらっている。

 以前までの護衛はビビって手出しができず毎回楓が丁寧に断りを入れていたそうだが、圭は企業の御子息や護衛の人の人間関係を全く把握していないため適当に流してしまっていた。

 おそらく必要以上に護衛がビビっていたのだろう。周りに比べて実力も劣っていただろうし。


「毎日毎日よく飽きないなー」

「ああいう人たちがいるとわたしも下手に恋愛とか出来そうにないわ」

「美人は美人なりに苦労があるんですねえ。……ん?」


 いつも通りに車で道を走っていたのに、圭は車を停めた。

 不審そうに河原の道を見つめる。


「どうしたの?」

「あー、たぶん敵が来ました」

「敵?」

「はい、敵です。いやー、探知なんてしてみるものですね」


 またゆっくりと車は動き出し、圭の睨んだ位置を越える。




「止まれ!」


 突然目の前に現れた男にぶつからないようにブレーキをかけた。もとよりスピードは遅いためすぐに止まる。


 車が止まると、四方を囲うように四人の男が立つ。


「まだ明るいのに襲撃者が来るのって、どうなんですか?」

「どうって!早く倒してよ!」

「まあまあ」


 シートベルトを外して、運転席を降りる。その動作は今襲われているとは思えないほど余裕があった。


「どちらさまでしょうか?」

「琴桐楓を預からせてもらう」


 圭の質問に答えることなく車の前の男が合図を出すと、土の魔術で圭の身体が拘束された。体を捻ってみたが、拘束が解ける様子はない。


「ケイ!なにしてるの!」

「いまだ!引き摺り出せ!」


 バタバタと三人が同じドアに群がり、楓を引き摺り出そうとする。それを見て圭は足でトンと地面を叩いた。


「んなっ!」


 圭のわずかな動作でアスファルトは一気に盛り上がり、三人の男を縦方向に車から突き放す。勢いよく上ったアスファルトはある程度の高さで止まり、一気に元に戻る。

 バネのように打ち上げられた三人は、アスファルトにべちゃりと叩きつけられた。


「車に傷は?なさそうだな。まあ上々でしょう」


 ボンネットを撫でて、圭は前に立っていた残りの一人を睨む。


「くっ、ここは撤退を「させないよ」


 草結びのように土の魔術で小山を作り襲撃犯を転ばせてから、その上に座る。後ろの三人は生きているかどうかは分からないが仕返しとばかりに土の魔術でアスファルトに引っ付けた。



「楓さん、ちょっと降りてきて」

「だ、大丈夫なの?」

「大丈夫だって」


 怪訝な表情で恐々と車を降りる。いつもは勝気でも、襲撃者はトラウマだ。何度も痛い目にあっているからだ。


 恐る恐る圭が座る男のすぐそばにしゃがむ。圭はといえば、慣れた手つきで電話をかけていた。


「あ、もしもし。能力対策課の人ですか?今謎の襲撃犯を捉えたんで引き渡したいんですけど。はい、ばしょは…」


 圭に潰された男は悔しそうに顔を歪ませていた。それを見て、楓は恐る恐る襲撃者を触った。


「琴桐楓!おまえを回収すれば!」

「うるさいよ」

「あぐっ……」


 アスファルトが顎を撃ち、口を閉じる。そこまで見て安全と感じたのか、楓は立ち上がる。


「あなたたち、ずっとわたしを狙ってたやつらね!こうしてやる!」


 楓は渾身の蹴りを放った。


「この!このっ!」


 最初は脇だったのが徐々に上に上がり、気付けば頭を蹴飛ばしていた。


「痛みを!思い知りなさい!」


 圭が電話をしていた2、3分の間に、襲撃者の顔はものの見事に膨れ上がっていた。


「あー、大丈夫?」

「……」


 圭の呼びかけにも返答はない。いくら身体が丈夫でも、あれだけ顔面蹴られたら流石に死んでそうだ。


「んー、『治れ』」


 圭の言葉の通りに、襲撃者の顔の腫れが引いていく。それを見てまた何か思うことがあったのか、楓は再び顔面を蹴り始めた。





 能力対策課は魔術師や能力者を取り締まる国家公務員だ。各庁に数チーム派遣されており、三人ないし四人一組で動く。


 この地域にも能力対策課は派遣されていた。


「あー、能力対策課だ。とりあえず、何が起きたか説明しろ」


 車に乗ってきた渋いおっさんが警察であることをアピールし、圭と楓に近づいてきた。おっさんが出てきた後に三人ほどパトカーから降りてくる。


 それを見て、圭はのっそり立ち上がった。


「どうも。ここでこの人たちに襲撃に遭いまして、拘束した次第です」

「あー、うん?ああ、琴桐の嬢ちゃんか。ほおー」


 警察側としても、琴桐楓は有名らしい。彼女は過去に数回このような面倒ごとを受けて出動したことがあるらしく、顔を覚えられていた。


「てことは、おまえさんがこいつらをとっちめたわけか」

「まあ、そうです」

「こりゃ見事なもんだな」


 見事というほかない。腰掛けられていた男は手首足首を拘束され、残りの三人もまとめて土魔術でアスファルトに縫い付けられている。ここまで綺麗に対処できる人はそうそういないだろう。


「おっと、自己紹介がまだだったな。俺は葛西繁信(かさいしげのぶ)ってんだ。これでもこの地区の能対課の主任をやってる。いちおう二人とも、事情聴取をさせてもらうよ」


 襲撃者がどのように襲ってきたか、心当たりはあるか、どう対処したか、など聞かれ、さらに今までマークしていなかった三鷹圭という人物についてもある程度突っ込まれた。


 話を聞くに、琴桐楓はとある組織に付け狙われているらしい。それも数ヶ月前からだ。


「『闇夜の騎士団トゥワイス・ナイト』なんてたいそうな名前を名乗る集団で、かなりあくどい犯罪を犯している組織でね。特に能力を使って人攫いをしているのが厄介だ。いわば奴隷狩りみたいなことして金持ちに売りつけている。嬢ちゃんが狙われているのも、高く売れるからだろうさ。こいつらはその構成員、『闇騎士』って呼ばれているらしい」


 琴桐楓が欲しい、とお得意様に言われたのだろう。だからこそ執拗に彼女を狙っている。


「こいつらはただのザコみたいだが、情報はなんか持ってんだろ。今までの護衛だと力不足だったようだけど、今後は大丈夫のようだね」


 圭を見てニヤリと意味深な表情を見せる。それを圭は無表情で返した。






「怖かった……」

「あんなのに狙われてるんですね。そりゃ護衛も悩みますわ」


 家に帰ってから楓はポツリと呟く。少し前は頻繁に襲われたらしい。そのせいで護衛も何人も倒され変えられたようだ。この2、3週間は様子見されていたのだろう。

 初めて出会ったときは本当にヤバかったのではないだろうか。


「最近経営もうまくいってないみたいだからお金もないの。米田は長い付き合いだから格安で雇ってもらえるけど、ランク3を雇うのには最低でも5000万はかかるし、4に上がれば億はかかる。とても払えるものではないわ」


 余裕のある企業はその分だけ護衛に費用を割ける。ただそのかわり強力な護衛を重要人物全員につけると莫大な費用がかかるため、大企業だからといって猛者を雇えるとは限らない。


「僕の価値は1億円以上ですか」


 自分の価値がどんどん上がっていく気がする。適当に護衛しているだけでも、そのうちオファーがかかるかもしれない。


「ケイ、あなたはスカウト受けたらどうする?」

「さあ?ただ、僕は魔術師ではありますが、護衛の前に大学生なんで」


 とはいえ、楓の護衛はちょっと大変だ。正直言って、面倒だなとも思っている。

 しかし、大学通いなどの融通も効くと考えると、他の人たちに目をつけられて交渉されるよりかは遥かにマシだなと思った。

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