第8話三鷹圭の有用性

「三鷹くんを、私の護衛にしたいのだが、どうだろう」

「へ?」


 圭は一瞬固まった。護衛のトレードを申し渡されたのだ。横を見ると、楓も表情が抜けていた。


 二人が困惑しているところに、米田がうまく話を続ける。


「まあ、座ってくれ。亮太郎さんの言うとおり、護衛を変えようという話だ」

「護衛を?なんで?」


 楓が首を傾げて聞き返す。トレードなんて申し渡されるとは考えていなかったのだ。だが、頭を再び起動させた彼女は、なぜそうなったかをすぐさま理解した。


「申し訳ないですけど、それはできません」

「それはなんでだい?」

「米田よりケイの方が強くても、二人ともトレードは望んでいないからです」


 亮太郎と米田が困ったように顔を合わせる。


「三鷹の魔術は優秀だ。はっきり言って、俺よりも数段護衛に向いている。体面上最優先して護衛すべきは亮太郎さんだ。実力を含めてもそうすべきだと考えている」


 米田の言葉に反応して、楓が圭へと振り向く。


「ケイ、あなたそんな護衛向きの魔術使えるの?」

「うーん、護衛向きって?探知?結界?」

「どっちもよ」

「じゃあどっちもできますよ」

「え、ほんと?」


 圭は楓の前ではたまたま魔術を使う機会がなかった。魔術を使うときはだいたい自室で、あまり護衛対象に見せるものではないと考えていた。


「対人戦も強くて決闘代理としても申し分ないし、なにより三鷹くんの魔術があれば仕事がとっても楽になるんだ」

「仕事が楽?なんで?」

「三鷹、見せてやれ」

「何すればいいんですか?」


 米田が亮太郎を見ると、亮太郎はにっこりと笑って、書棚からファイルを何個も取り出してデスクに置いた。


「それじゃあ、これを片付けてくれるかい?」

「まあ、それくらいなら」


 何も言わずとも、ふわりとファイルが宙に浮いた。


「は、へ?」


 ファイルはくるくる回り元の位置に順に正確にさっぱり入っていく。これを見て、楓は今度こそ頭がついていかなくなった。


「こんな感じでお手伝いしてくれるんだ。彼一人で三人分は仕事できるよ」


 放心状態の楓に亮太郎が笑顔を向ける。本人はすごいなー程度にしか思っていないのだが、楓は仮にも魔術師だ。今起きた光景が、異常なことを理解していた。


「あっ、」


 そっと、米田の手が楓の肩に乗せられた。


「諦めてください。これは現実です」


 調子に乗ってファイルを何個も落とし始めた亮太郎の意思を汲むかのように、ファイルが床に落ちる前にフワリと宙に浮き元の位置に正確に収められていく。


「ケイ。あなた、何者?」










 改めて、四人は座り直した。


「ということで、お父さんと護衛トレードしない?」

「イヤです」

「そんなこと言わずにさ、お願いだよ」

「イ、ヤ、で、す」


 亮太郎は助けを求めるように圭の方を向いたが、圭としてもおそらく好ましくないことだと分かっている。


「その、楓さんが僕を雇うにあたって条件を提示したんです。彼女はそれに調整することができましたけど、もしトレードってなってもそれが継続できないと僕自身が困ります」

「三鷹、条件とはなんだ?」

「えーっと、僕いま帝一大に通っていまして。大学に通わしていただけたらなーと……」

「わたしは日中学園にいるからいいけれど、お父様の場合は常日頃護衛をする必要があるでしょう?それだとケイは困るの」


 米田が納得いかない顔をする隣で、亮太郎は顎を触る。


「じゃあいっそのこと、大学を辞めてうちと専属で契約を結ばないかい?年で一億出すよ」

「い、イチオク!?」

「これで、どうかな?」


 一億といえば、今の四倍だ。お金持ちウハウハ状態になるに違いない。一瞬で億り人だ、世の中金ほど魅力的なものはない。


 しかし、


「いえ、やめておきます。大学に通ってキチンと卒業したいので」


 今までやってきたことは魔術を使いこなせるようになることではない。確かについ2週間ほど前に便利な力を手に入れることはできたが、それはたまたまだ。

 圭が今まで選んできた人生は、勉強して大学に入ったこと。それをたまたま手に入れた力のために捨てるのはあまりにももったいなかった。


「そうか……」

「ほら、やっばりわたしの言った通り」

「今時そんな人いるもんだな。魔術さえ使えれば学歴なんてなくても金が入るんだ、よほどの変人だ」

「米田さん、ひどい」


 ともあれ、トレードの話はおじゃんになった。


「ああ、三鷹くんがいれば仕事も三倍は楽になるのに」

「あきらめましょう、亮太郎さん」


 ショックを受けた姿を見て非常に心苦しくなったが、受け入れられないものは受け入れられない。むしろ土日すら提供している自分を褒めてほしいくらいだ。







 書斎を出ると、すぐさま圭は楓に連れ去られた。


「ケイ、あなたどういうつもり?なんでそんな能力隠してたのよ」

「えー、だって必要ないじゃないですか」

「必要なくても、あんな便利な魔術、使わずにどうするのよ」

「自分の部屋では使ってますよ?ベッド整えたりとか、物とったりとか、コーヒー作ったりとか。あと最近は電気つけるのめんどくさいから光の魔術照らしてたりします」

「なんて贅沢な使い方なの」

「もったいないのか贅沢なのかどっちかにしてください」


 楓としては、驚くことしかできない。ただでさえ戦闘能力が高い上に非常に器用に魔術を使える。これほど完璧な護衛はいないのではないかと思えるほどだった。


「むしろ、弱点が知りたいくらいよ」

「弱点ならありますよ」

「え、あるの?」

「弱点は、魔力はそこまで大きくないということです。あと、コントロール以外はたぶん普通」


 先日の米田との戦いの時に気がついたのだが、やはり圭はそこまで多くない。ランク3で身体強化系の米田よりは多いが、上位と比較すると話にならないだろう。


「おそらく魔力はこれ以上増えないと思うので、その分魔力の制御に力を入れてムダをなくすようにトレーニングしてます」

「そうなの。魔力量が少ないのは致命的ね」

「まあ、米田さんの話を聞く限りでは、ランクは3か4だと思います」

「それだけあれば十分よ」


 コミュニティで分類されているランクは大まかな強さを意味する。相性によって勝敗がひっくり返ることもある。コミュニティ参加者の平均ランクは3、圭は真ん中よりちょっと強い程度の実力者というわけだ。


「ほんっと、思わぬ拾い物をしたわ」

「確かに残念な拾われ方をしました」


 圭がいれば、他の人に対してもある程度強く出れるようになる。もっと上のランクの猛者には噛みつこうとは思わないが、鬱陶しい誘いを断るのは少しは楽になるだろう。


「そういえば決闘代理の話なんだけど、琴桐グループの名義で出たい?」

「そんな七面倒なことはお断りしたいです」

「やっぱり」


 この後、楓の部屋を魔術で強制的に掃除させられた。変なものは見ていないとだけ言っておく。

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