第6話魔術師 米田樹

 まず一つ報告しておくと、田村が折れた。


 折れた、とはどういうことかというと、雇い主である琴桐楓への友人に接するかのような態度である。服装は外行きの時はある程度整えるが、あまり丁寧な敬語とは言えないだろう。バイトくらいの適当さである。


 執事である田村はあらゆる面で圭に雇い主との上下関係を認識させようとしたのだが、この一週間でその気配はなく、ため息をついて諦めた。


 とはいってもこれはよくあることで、機嫌を損ねれば簡単に辞めていってしまう能力者が多いことを考えれば、まだマシな部類だ。護衛は立場はかなり高い。


「いってらー」


 友人を見送るような気軽さで手を振って、楓が学園に入っていくのを見送った。

 学園内で楓に新しい護衛がついたことが広まっているらしく、学生のあまりよくない視線がチクチク刺さる。さらに、護衛達の威嚇が圭を押しつぶそうとする。


 この場にいる護衛は全員が強者だと楓は言っていた。わざわざ学園まで護衛を連れて登校することがステータスなため、それに伴って雇われた人も強くなる。実際、前に見た黒尽くめよりも風格がある、お強そうだ。


 一部は仲のいい人もいるみたいで、護衛同士で談笑しているのも見かけた。この界隈で有名な人もいるということだろう。


 それよりも、今日は用事がある。わざわざ大学を休んで時間を作ったのだ。仕事と勉強で忙しいが、今日だけは楽しみだった。





 ーーーーーーーーーーーーーーーー





「よろしくお願いします」


 ペコリと頭を下げる。

 教室を4個くらいぶち抜いた大きさの道場では、琴桐夫妻と一人の男がいた。


「君が三鷹圭か。俺は米田樹だ。琴桐家の護衛をさせてもらっている」


 米田樹と名乗った男は、筋肉が服を越えて主張してくる、脳筋のような人だった。

 これほどの筋肉を有していても魔術師らしい。武闘派なのだろうか。迫力はさすが護衛と言えるほどにはすごかった。


 この日は琴桐家当主へのアピールを兼ねて、本家護衛との対人戦を行うことになっていた。ここである程度の実力をアピールしておかないと昇給に繋がらない。

 繋がったらいいというわけではないけれども。


「それじゃ、決闘の形式で勝負してもらおうかな」


 隣にいる琴桐家の大黒柱、琴桐亮太郎がニコニコと話す。彼は妻娘と違い柔和な笑みが魅力的なおじさんだ。年齢と共に少し現れたしわが逆に優しさをひきたててくれる。愛娘曰く、チャーミングポイントは垂れ目らしい。隣の米田と比べると親と子ほども体格に差があった。


 優しそうなおじさんとはいえ有名企業の代表取締役だ。本人が直接工場に顔を出したりして非常に忙しい中、わざわざ時間を作ってもらった。



 琴桐夫妻が部屋の隅に移動する。2メートル近い身長と強靭な筋肉を誇る米田樹、大学生なりたてでヒョロガリの三鷹圭の2人が向かい合う。


「武器はいるか?」

「えーっと、棒……はいいや。不利になりそうだし。どれくらいかよく分からないんで、少しずつギアを上げていってもいいですか?」

「ふむ、まあいいだろう」


 一瞬だけ考えたが、米田は了承した。実際、米田からしても三鷹圭という人物の実力は分からない。今まで全くの無名で、ほかの魔術師の実力の目安も分からないらしい。


「勢い余ってしまったら止めてくださいよ。死にたくないんで」

「当たり前だ。殺し合いでもないからな」


 手を腰に当ててため息をつく。ここまで念押しされてはなんだか目の前の男が弱く見えてしまう。


「俺はこの業界だとランクは3だ。俺に勝てば、強いと言うことができるだろう。それで目安になるはずだ」

「ちなみに楓さんはいくつですか」

「1だな」

「やっぱり」

「もういいか?」

「あ、はい。大丈夫です」


 お互いに距離を取り、腰を低くし手を前に構える。この瞬間に、空気が一気に引き締まる。


「来い!」


 米田がそう発した瞬間、圭の身体に魔力が巡る。僅かな時間で間合いを詰め、右の拳を繰り出した。

 それを米田は腕で受け止め、右手を圭の腹部に穿つ。


「ゔっ……ふぅ」


 モロに食らった圭は後ろにフラッと歩き、倒れかけた身体を戻して落ち着く。

 米田を見上げると、この程度かと言わんばかりに眉を潜めていた。




「ちょっと身体強化を弱めにしすぎました。もう少しがんばります」



 再び右ストレート。それを米田は先ほどと同じように左腕で受ける。だが、今度はその拳は腕にめり込んだ。


「くっ」


 一旦間合いを取り、すぐさま反撃に移る。米田の戦法は身体強化で押して押して押し切ること。パワーこそが全てだ。


「おらっ」「うい」


 しかし、体重を乗せたパンチは申し合わせたかのように圭に躱される。近い間合いは小さい方が有利。


「しっ!」


 体勢を立て直す時間もなく、カウンターのアッパーカットが決まる。





「くそっ」


 一旦距離を取り、揺らされた顎を米田はしゃがんでさする。

 想像以上に強烈な一撃だった。三歩離れた位置には圭が立ち見下ろす。


 思った以上に強い。

 ハードルを下げられて余裕ぶっていたツケもあるが、簡単にパンチを見切られたのは想定外だ。しかもあの短時間でカウンターまで入れてきた。


「やるな、三鷹圭」


 意識をはっきりさせてから米田は立ち上がる。今度はこちらが見下ろす番なのに、さっきよりも圭の姿は大きく見える。




「今度はこちらから」


 圭の身体がブレる。


 米田は咄嗟に左側頭部をガードした。

 回し蹴りだ。油断していたら確実に直撃して意識を刈り取られていた。

 しかし完全に防いだ。この回し蹴りは確実に隙を生む。

 米田はこの瞬間をチャンスと睨み、片足で立つ圭の身体を一気に刈り取りに前に出ようとした。


「『爆ぜろ』」


 パンッと音が耳に入った瞬間、米田は大きく右に体勢を崩された。


(なんだっ……!?)


 だが考える時間は与えられない。体勢を崩された米田の足が刈り取られる。

 避けることもできずに一瞬宙に浮いた米田は、上から拳が降ってくるのを見ることしかできない。


「おらぁっ!」


 圭の振り下ろしを咄嗟に腕で防いで衝撃を防ぎ、体が跳ねるのに合わせて距離を取る。

 それを圭は逃さない。米田が体勢を立て直すのに張り付くようにして無防備の鳩尾に容赦なく膝蹴りを叩き込む。


「ぐ、ゴホッ……」



 蹴られた鳩尾をさするように手を当てて圭を睨む。この猛襲は完全に想定外だ。




「これくらいだとまだ倒せないかあ、いい感じに入ったと思ったんだけどな」

「ふぅ、ふぅ……悪かったな、ここまでやるとは思わなかった」


 驚くべきことはその対応力。明らかに米田の攻撃を見切って反撃している。これは素人の動きではない。


「どこかで武術でも習ったか?その動きは1日でできる動きではない」

「んー、まあこっちでは初めてかな」

「こっち?」

「あーいや、なんでもない。こんななりだけど、多少の心得はありますよ」


 ひらひらと肩をすくめ、圭は目つきを変え全く力の無駄がない体勢に入る。


「どうします?まだやりますか?」

「……いや、いい」


 米田は目をつぶって再び深呼吸した。

 この場で全力でやる必要はない。今回は護衛にふさわしいかの実力確認だ。

 それに、全力で戦っても圭に勝てるかどうかは米田には分からなかった。


「三鷹圭、強いな」


 米田が手を差し出す。それを圭は握り返した。


「フンッ!」

「あだっ、あだだだっ!」


 握手だけは、米田は全力だった。





「いやー、すごいね!」


 琴桐亮太郎が笑顔で圭の方へと歩いてきた。


「もしかして、戦い慣れてたりするの?見た感じ米田くんもけっこう本気だったよ」

「亮太郎さん、見くびらないでくださいよ」

「ああ、ごめん米田くん。悪気があるわけじゃないんだ。でも思った以上にすごくてびっくりしたんだ。あの回し蹴り、どうなってるの?米田はガードしたよね?」

「それは俺も気になるな」


 二人が言っているのはおそらく回し蹴りを防いだはずなのに吹っ飛んだことを言っているのだろう。


「あれはですね。簡単な魔術です」

「魔術だと?魔術はそんなことはできないはずだ」

「え、そんなことないですよ?」


 掌に石球を作り、その横に小さく魔法陣を構築する。


「『爆ぜろ』」


 パンッという音とともに、石球は勢いよく魔法陣とは反対側に飛んでいき、壁にめり込んだ。


「あ、すいません。壁壊しちゃった……」


 あたふたしている圭を、米田と琴桐亮太郎は目をまん丸にして見ていた。


「今、何をした」

「えーっと、魔術で石を吹っ飛ばしました」

「違う、そうではない!魔術はそんな簡単に使えないはずだ!」


 圭は一度顎に手を当てて首を傾げた後、あっと声を上げた。


「僕、魔術の制御がめっちゃ得意なんですよ。だからいろいろ魔術を使えます。こんな感じに」


 掌で炎が渦巻いたと思えばその上に水球が発生し炎を消し、水球に渦をまかせて、作った土玉をそこに突っ込んで溶かした。


「おおーすごい。これは面白いね」

「でしょ?魔術ってこんな感じでいろいろできるんですよ」

「ほー、これは知らなかった」


 圭の掌を見ていた琴桐亮太郎は自然と米田の方を見る。


「米田くんはこういうのは苦手?」


 米田の顔は、圭から見ても引きつっていた。


「亮太郎さん。俺どころか、こんなこと出来る人は見たことないですよ。これはもはや神業です」


 やはり、と圭は感じた。ケインの記憶でもこの魔術の操作は常軌を逸していたらしい。魔術が浸透している世界で異常なら、こちらの世界でも異端だろう。


「まあ、こんな感じで普通の格闘に魔術を織り交ぜながら戦うのが僕の戦闘スタイルです」


 よく分からない亮太郎はウンウンとうなずくが、その隣で米田は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「亮太郎さん、たぶん三鷹は俺よりもずっと強いですよ」

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