第3話魔術って素晴らしい

「魔術って素晴らしい!」


 すごい、ではなく素晴らしいなんて言ってしまった。それほど魔術は優れている。


 まず料理。

 コンロなんて使わなくても火を調節できる。強火も弱火も自由自在。手で持たなくても包丁は宙で野菜を切ってくれる。

 魔力を包丁に循環させることで勝手に切れ味が良くなる。それを使えば切りにくいお肉もあっさりと切れてしまう。


 洗い物も宙に浮く水の球に洗剤を入れ、食器を入れ、グルグル回すだけであっという間にピカピカ。乾燥は温風を吹きつければすぐ乾く。これならドライヤーもいらない。


 掃除だって、風の魔術で小さな竜巻を作りゴミを拾ってもらいゴミ箱にシュート。

 服を乾かすのも、畳むのも動く必要なし。冷蔵庫を遠隔で開けて好きなものを持ってこれる。


 ここは、三鷹圭の城だった。


「ちょー快適じゃん。買い物とか行っても荷物軽いし、魔術は使えば使うほど修行になる。しかもこういう細かいことならコントロールはさらに増す。マジサイコー」



 異世界のケインは、スペックはほぼ全分野で平均より少し上、そしてなぜか魔術の緻密な扱いに関してだけはピカイチだった。


 記憶が正しければ、火と水と風の魔術を同時に扱える人は少ないらしい。それ以上のことが簡単にできてしまうケインは確かに天才的だ。それは圭としても嬉しいことこの上ない。


 ただ、戦闘に関してはステータスがピーキーすぎて扱いが難しいようだった。



 ともあれ、魔術はバレなければ素晴らしい技術だ。コタツ机に土人形を生み出し相撲をさせる。ある程度の魔術を与えて前に進むように指示しているのでどっちが勝つかわからない。


「面白い」


 今度は頭の上に光がくるくる回る。大きな光の球を弾けさせ花火のように小さな光を散らす。


「面白い!」


 水球を作り土で作ったカバーをかぶせ、下から光を照らす。まるでプラネタリウムだ。星座を作るようにカバーの穴を動かすと光もそれに合わせて動く。


「面白い!!」



 とにかく面白いのだ。そのうち飽きるとは思っているが、それでも面白いことには変わりない。

 この力があれば、アクションヒーローみたいなアクロバティックができるのだ。

 風を吹かせて女の子のパンツを堂々と見れるのだ。


 これを人に見せびらかしにいけないのは辛い。自慢したい、非常に自慢したい。


「落ち着け、落ち着け三鷹圭。昨日この力はバレないようにしなきゃいけないって決めたばっかだろ」


 外で使って見つかれば何かに巻き込まれるのは間違いないのだ。


 身体を強化してベンチプレス100kgとか見せびらかしたいけどダメなのだ。壁に張り付いてスパイダーマンの真似もできない。


 ひとまず、今やることは身体を鍛えること。魔術をひたすら細かく使いまくること。

 魔術は家で寝ながら全て魔術で済ますだけでできるだろう。


 1k8畳の三鷹圭の下宿先でしか使えないが、まだまだいろんなことを試してみたい。


「まず無下川で魔術は使わない。使ったらバレるリスクは高い。大学でも使わない。大学にはもしかしたら魔術が使える奴がいるかもしれない。顔が知られたらアウト。というか、近場での使用は全部アウト……


 あぁーーっ!やってらんねぇ!」


 ムシャクシャした圭はノートを宙に舞わせ、棚にドンピシャで突っ込む。


「ダメだ、我慢できない!でっかい魔術使いたい!」








 自転車でやってきたのは山。親に買ってもらったクロスバイクで死にそうになりながら山道を登ってきた。道は荒れてたしおそらくここしばらく誰も来ていない。

 外での魔術は厳禁だ。自転車で身体は強化していない。


「ふぅっ、ふぅっ、よし!」


 今は夜だ。夜山はさすがに怖いが大丈夫、目立たない魔術を使えばいい。例えば、例えば。



「必殺!『巨大ジャイアント連氷槍・アイス・スピア』!」



 一本2mはあるだろう巨大な氷柱が、ある一点に向かって球状に連なる。今広げている右手をぐっと握り締めれば、すべての氷柱が一斉に標的に突き刺さる。


 ド派手だった。


「『大炎爆発ファイヤ・ボンバ』」


 氷球の中心に白んだ炎が揺れる。左手は握ったまま、これを離すと大爆発が起こる。


 これもまた、ド派手な魔術だった。


 この二つの手を、合わせる。


「爆破ぁっ!!」


 炎が一気に拡張した瞬間、爆音が響き渡る。それを誤魔化すかのように氷柱が炎に刺さり霧を発生させる。


 凄まじい威力だ。異世界の知識だけでこの力。ここに現代科学を混ぜたらどうなることか。


 だが、今日はこれまで。今の二つの魔術は圭の魔力をごっそり持っていく。異世界の強者ほどポンポン大規模魔術は放てない。


「えーっと、自転車は……あー、あった」


 爆風で吹っ飛んでシャフトにヒビが入っている。


「えーっと、シャフトはカーボンだからー、……『直れ』」


 よく分からないけどとりあえず直れと言ったら修復できた。こっちの方が凄いのではないだろうか。たぶんもっと繊維とか学べば強度はゴリゴリ上がっていくはずだ。そんな気がする。


「じゃ、帰るか」


 上りと違って今度は下り坂。死にそうになりながらペダルを踏み締める必要はない。道は荒れているが予々快適だ。光の魔術で先もよく見える。

 魔術の使いすぎで多少の気持ち悪さはあるものの、気分は非常に良かった。





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 一方、




「魔力を感知!無上山ながみさん中腹!主任、どうしますか?」

「行くしかないだろうが!くそ、どこもかしこも騒ぎ立てよって!おかげでこちとら毎日残業だっつーの!」


 慌ただしく数人が駆け出す。魔力の感知は精度はかなり高い。強烈な魔力とは言えないが、かなり大きな魔力の衝突が感知された。

 こういう時は確実にどこかのグループの抗争が起こっている。


 主任と呼ばれた男は守護の魔術がかけられたジャケットを被り飛び出した。



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「お嬢様!」

「分かってる!行くわよ!」


 田村がすぐさま手配した車の運転席に乗り、少女も後ろ席に転がり込む。


 爆音は無上山ながみさんからかすかに聞こえた。つい最近魔術感知器を用意して観察していた彼女はその原因が誰だかを確信していた。


「あの男がいるはず。絶対に、味方につけるわよ」


 無上山ながみさんに向けて、黒塗りの車が走る。その速度は法定速度を遥かに超えていた。





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 山を駆け下りるのは気持ちいい。道も良くなり、まばらだが光もある。ママチャリと違いクロスバイクはスピードが出る。ロードバイクほどではないが十分な速さだ。時速にすると今は50kmは出ているだろう。


 両手を離し、上に上げて風を全面に受ける。魔術師とバレてしまうため、もう魔術の光は使っていない。


 山を下り切ったあたりで、パトカーが横を通り過ぎた。

 暗くてよく分からなかったが、何か事件があったのだろうか。山の方にわざわざご苦労様です。



 その後もしばらく下り坂を駆け抜け、山道からそろそろ住宅地に入ろうとしたところで、今度は黒塗りの高級車が通り過ぎた。どっかの御坊ちゃまがわがままでも行ったのだろうか。


 そうして道を曲がろうとした時、突然後ろからバカみたいに大きな音がギャリギャリと響いてきた。


「車の音っぽかったけど……」


 チラリと後ろを向くと、さっきの高級車がこちらを向いて止まっている。

 なんとなく、こっちを狙っているのが分かった。


「逃走っ!!!」


 すぐ近くにあった道を曲がり、全力で自転車を漕ぐ。なぜかは知らないが、あの黒塗りの車はこっちを追いかけてきている。


「なぜかは知らないって、魔術以外ありえないじゃん!」


 完全に気を抜いていた。魔力感知なんてこっちの技術を使えば簡単だ!

 あんなバカみたいに魔術使えば、そりゃバレる。パトカーもたぶんあの魔術に飛んできたんだ。光の魔術使ってなくて良かった。


「とりあえずにげろぉぉっ!!」





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「田村!あいつよ!」


 自転車に乗って住宅地に消えた少年。田村からすればどこから見ても一般人にしか見えない。こっちにビビってることが表情に表れている。

 だが、彼女はその顔をしっかりと覚えていた。


「追いなさい!」

「はい!」


 住宅地に消えた自転車を追いかける。

 その速度は一般人ノーマルの脚力だ。魔術は使っていない。だが、逃走方法にはかなり癖があった。


「曲がったわ!」


 十分に引きつけた後の突然の左折。その行為は明らかに車を撒こうとする行為。


「やっぱり、あいつよ。あいつは魔術師よ!」


 なんの根拠もないが後ろに乗った少女がそう叫んだ。

 急ブレーキをかけてすかさずバック、進路を変えてすぐにスピードを出す。離された距離は当たり前のようにすぐ詰められる。


「横に着けなさい!強引にでも止めるのよ!」


 住宅地なんてお構いなしに自転車を確実に追い詰める。

 もうすぐ捕まえられる。そう思った瞬間、隣にあった自転車は消えた。


「まさか、魔術で!?」

「いえ、止まっただけです!後ろに向かってます!」

「あんの男!」


 絶対捕まえる、これだけは彼女は譲れない。


「早く追いなさい!早く!」






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「くそっ!なんだってんだ!めちゃくちゃしつこいぞこいつら!」


 不意を突くコーナー、急ブレーキからの逆走、車が入り込まない路地裏、あらゆる手段を駆使しても追い払えない。


「魔術は使えねえ、使ったら確実視される!」


 はっきり言って、キツい。身体を鍛え始めて一週間。自転車での爆走は軟弱な身体には堪える。どこかに逃げ込む必要があった。



「大学だ!あそこに行けば車は入り込まない!」


 高校とは違って大学なら基本的に何時でも入ることができる。

 ただ、自分の大学には行かない。所属がバレては捕まる可能性が高まる。別の大学に行くべきだ。


 あの車は完全に殺す気で追って来ている。明らかに狭すぎる幅寄せをしたり、後ろから追突しようとしたり、何事もなく走り続けていられるのが奇跡だ。


「よし、大学が見えた!」


 あえて対向車線を走ってるのに当たり前のように道を越えて幅を寄せるあたり、頭が狂ってる。


 道の広いところなら魔術でもなんでも使って近づいてきそうだ。



 ギリギリで自転車を止めて車体を持ち上げる。こっちの入り口は簡単には入れないように徒歩しか通らなくなっている。が、ここはしのごのいってられない。自転車を構内に持ち込み、颯爽と走り出す。


「よし、乗り切った」


 後ろを見ると、黒塗りの車が門の前で立ち往生しているのが見えた。

 この先も考えてある。この大学のキャンパスは出口は四つ。きれいに東西南北に分かれている。本来ならば出待ちは逆側。

 そこをあえて、来た道を戻る!



「しゃぁ!車どっか行った!逃走!」


 深夜をいいことに道路を横切り、住宅街に入る。こうすればあいつらに見つかることはない。完璧だ!


 こうして圭は、なんとか家にたどり着いた。










 3日後、家の前には例の黒塗りの高級車が止まっていた。

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