第2話どうやら妄想は現実だったらしい

 4月も終わり頃、清々しい天気の中、三鷹圭は清々しい気持ちで教室に入った。


 教室にはすでに何人も人がいて、その中でも友人と呼べる一人に声をかける。


「おはよ」

「おっすー」


 大学に入ってすぐに仲良くなった、村上慎也(むらかみしんや)である。大学は自由に授業が取れるとはいえ、大半はクラスで指定されているため授業はほぼ同じ。たまたま初めましてをして意気投合になった仲である。


 なお彼は非常に外交的で、チャラ系代表のテニスサークルに入っている。本人は真面目にテニスをするサークルと言い張っているが。

 すでに髪は金髪に染まり、顔もいいこともあってモテそうな限りだ。すでにテニスをやりまくってるらしく肌は焦げ始めている。仲良くなったときは綺麗だったのに。


「この辺って意外と治安悪いんかな、救急車多くね?」

「救急車?まあ多いんじゃない?サイレンの音はよく聞くし」

「だよなぁ、昨日先輩と河原で遊んでたらすぐ近くに来てよー」

「河原?」


 昨日、河原、といえば昨日のトンデモ事件を思い出す。黒尽くめの襲撃だ。ということは、救急車で運ばれたのが石壁に叩きつけられたあの女の人で、何やら騒いでいたのが慎也とその仲間というわけだ。


「ちょっと見てみたらさ、めっちゃ綺麗な人が搬送されてんの。めっちゃ美人、やべー美人、神美人よありゃ」

「ふ、ふーん……」


 そうか、めっちゃ美人か……。


 やはり、救急車を呼んだだけで逃走するのはもったいなかったかもしれない。なんせ、圭はある意味救世主だ。


「よく見に行ったな、ヤジウマ野郎め」

「俺救急車目の前に止まるの初めてだったからさー、マジで見に行っちゃったよ」


 先輩は置いて見に行ったらしい。見上げた行動力だ。


 それは置いといて、圭には気になることがあった。


「昨日さ、救急車の他になんかうるさいことなかった?」

「昨日?さー、知らね。騒いでたからそんな聞こえなかったと思う」

「あ、そう」


 どうやら昨日の騒動は聞こえていなかったらしい。それを聞いて、圭は少し安堵した。


 タイミングよく講師が入ってきて授業が始まる。とはいえ、真面目に聞いてるのは前の席の数人。百人も入るこの教室の後ろの方はスマホをいじったり寝ていたりとまともに受ける気はないようだ。

 かという圭もノートだけ簡単に取り、後はスマホをいじる。


 とはいえ、頭の中は別のことで占められていた。


 昨日のことは慎也は知らないと言った。救急車の搬送が見えるならかなり近い位置にいたはずだ。それなのに水面人間跳びが見えないということは考えにくい。ただの酒だろうか。


 そもそも、圭は昨日の出来事を受けて家でいろいろ確認していた。


「『火よ』」


 そう呟けば机の下で掌の上に小さな火の粉が散る。それに集まれと念じるとキュルキュルと火の粉が渦を描いてから、ライターのような火に変化する。


「『水よ』」


 火は残ったまま、すぐそばで水が球になりうねる。水球を火にくっつけたら火は消えた。


 圭は魔法を使えた。

 これは紛れもない事実だ。そして、この能力は奇しくも圭がつい一昨日得た知識と完全に一致していた。



 まあ、これは人には見せられないな。

 昨日の件で、圭はこの世界にも魔術の類があることを知った。そして殺されかけた。これだけでも、魔術が使えるだけでいつでも殺される可能性があるのは確か。

 魔術が使えることが大々的にバレれば厄介なことになりそうだが、黙っていれば巻き込まれることはない。


 三鷹圭もケインという男も、面倒ごとに巻き込まれるのは嫌いだった。





 ーーーーーーーーーーーーーーーー





 圭はまた河原に来た。だが昨日と理由は違う。


 今日は身体を鍛えるために来たのである。これは、圭の中に潜むケインという男の習慣だ。

 彼はどうやら毎日鍛錬をしていたらしく、理想通りに動くには今の身体は弱すぎる。前の身体はもっと柔らかく、もっと引き締まっていた。


 身体を鍛えるのはなにもケインの習慣だけが理由ではない。圭自身も必要だと考えたからだ。前回の襲撃の時は咄嗟に行動できたからよかったものの、いざという時に軟弱では困る。

 巻き込まれるのは嫌いだが、巻き込まれて死ぬのはもっと嫌なのだ。


「えーっと、ケインがやってたのは……走り込み、簡単な筋トレ、拳術に棒術の練習か。拳術はまだしもなぜ棒術なんだ……ああ、そういうことか。それと魔術の練習」


 全体の流れを確認し、外でできることを確認する。

 摩訶不思議な異世界とは違いこの世界では科学が進んでいる。身体を鍛えるには理論から、拳術も棒術も確認したいし、改めて人の身体について学べば急所も新しく見つけられるかもしれない。


 これは、意外と楽しいかもしれない。


「よーし、やるぞー!走り込み、10キロくらい!」





 次の日は身体がバキバキの筋肉痛になった。





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 朝、とある邸宅にて。



「お嬢様、ご無事でなによりです」


 屋敷と呼んで差し支えない大きさの家で、黒い礼服に蝶ネクタイをつけた老男が礼をする。

 その前を黒髪の少女は歩く。凛とした佇まいは見るものを気押すようなオーラを纏っている。そんな彼女は髪を結い、高い位置でゴムで止めた。


 そして制服であるブレザーを上に着て身嗜みを整えた。


「田村」

「はい、お嬢様」

「無下川周囲に住む男を探しなさい」

「それは……」


 田村と呼ばれた男は眉を潜める。範囲が広すぎる。

 無下川なげかわの近くは学生の巣窟だ。男などごまんといる。


 だが、彼女はしかと見届けていた。あの体捌きは一級品。攻撃力を考えたら魔術も使っているだろうことは容易に想像できる。


 ほしい。


 今彼女には強い魔術師が必要なのだ。


「私も探すわ。彼の顔は覚えてるから、特徴も帰り次第教える」

「かしこまりました」

「彼は魔術を使っていたわ。わたしには、彼が必要よ」


 少女は端正な顔をニヤリと歪める。


「絶対に、逃してなるものか」

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