マジック・デュエル〜異世界仕込みの魔術を駆使して現代魔術を捻じ伏せろ〜

ケンイチ

第1話始まりは襲撃者とともに、雷を添えて

 夜を明るく照らす満月の中、河原で少年は首を傾げながら歩いていた。


 おかしい。そう、おかしい。昨日からおかしい。


 三鷹圭(みたかけい)は何度も繰り返す。


 昨日、同じ時間に同じ道を歩いていた。しかし昨日とは違う。なぜだかわからないが、圭には知らない記憶が現れたからだ。


「異世界の記憶?なんじゃそりゃ」


 突如降って湧いた記憶は異世界のもの。いや、記憶と言えるかどうかすら怪しい。

 もしかしたら、妄想癖でも生まれたのかもしれない。


 そうだ、昨日歩いていたら突然雷がゴロゴロとなり始めて轟音と共に光った。

 光った、というか直撃した。


 近くを歩いていたおじさんに教えてもらってなかったら気がつかなかっただろう。本人としては一瞬意識を失ったが何かダメージをくらったわけでもない。

 そしてそれ以降、謎の記憶が頭の中にこびりついて離れない。


「魔術師、スキル、勇者、魔王……厨二病にも程がある」


 圭はすでに大学生だ。大学一年生、入学してまだ一ヶ月も経っていないが、それでもそんな妄想に囚われることはもうほとんどない。たまに魔法でも使えたらなー、なんて思うくらいだ。


 それなのに、記憶では魔術の存在を知っていると囁いている。


 ケイン

 それが記憶の持ち主の名前だった。姓はない。向こうの世界ではそれほど位は高くないらしい。


 とにかくだ。こんなバカバカしい記憶ならぬ妄想が延々と頭の中をうろうろし続ける。


 大学生らしき人が数人、河原の一角を占めて酒を飲みながら騒いでいるのが見える。きっとあの人たちにはこんな悩みなんてないんだろう。





 喧騒をスルーして悩み歩き続けると、気がつけばかなり北まで来てしまった。腕時計を見れば、夜も11時を回っていた。


「そうだな。自分が魔術師だとしたら、例えばジッポみたいに火を灯せるんだろ、こんな感じで……」


 人差し指を立てて火よ灯れ、なんて念をかけてみるが火は灯ることはない。

 バカバカしい、結局は妄想なのだ。今のだって見られたら恥ずかしいことこの上ない。


 なんとなく下を向いて歩く。



「ん?」


 ふと意識を外に向けた時、圭は不思議な音を聞いた。

 何かがぶつかる音が聞こえる。しかも記憶が囁くには、戦いの音だ。

 そしてそれは徐々に近づいてくる。



 初めはわずかにしか聞こえなかった音はすでに嫌でも耳に入るほどに響く。それほどまでに迫っていた。


 音を遮るものがなくなった時、圭の前にとてつもない勢いで何かが横から突っ込んできた。そのまま河原道を跳ねてもう一度ぶっ飛んで、浅い川に大きな水飛沫を舞わせる。


「んぉ?」


 変な声を思わず出してしまったタイミングで、今度は黒い服を着た人間らしき何かが目の前に着地する。


「人?」


 目の前にある、いや、いるのは人だ。それも二人。ピッチリした黒い服、ジャケットも黒、ベルトも黒、まさに黒尽くめと言ってもいい2人組だ。しかもガタイもよく、襲い掛かられたら逃げるしかない。


「チッ、一般人か」

「消すか?」


 一般人ではないのだろうか。ならなんだというのだろう。不審者?まあそんな気もする。でも通報するほどではない。


 何を消すのだろうと思いながらさっき川にドボンした何かに目を向ける。


「はぁ……はぁ?」


 やっぱり首を傾げるしかない。ぶっ飛んできたものは、物ではなく人だったのだ。


 ずぶ濡れだが、どうやら女らしい。髪が長いからそう判断した。

 そんな彼女が大きく叫ぶ。


「逃げなさい!はやく!」

「逃げる?なんで?え?」

「運が悪かったな、見られたからには死んでもらうしかねえ」

「えっと、死ぬってのは……」


 大柄な方の男がいかつい顔を歪ませながら腕を振り上げる。それを圭はただ見つめることしかできなかった。


「てめえが、死ぬんだ、よ!」






「おっ?」


 不思議そうな声を男が漏らした。


 圭は、男の拳を大きく避けていたのだ。しかし、なんでそんなことが出来たのか分からない。体が勝手に動いていた。


「やるじゃん」

「あれ、なんで?」


 凶悪な顔が今度はゆっくりと近づいてくる。今度は逃さないつもりらしい、逃げられそうもない力でグイと襟首を掴まれる。あまりにも強い力だったせいで、簡単に身体は宙に浮いた。


「くっ、その人を離しなさい!」

「黙ってろ」


 ワカメみたいに髪を前に垂らしていた女が必死に叫ぶ。それをもう一人の男が蹴飛ばす。少なくとも十mは離れていたのに、その移動は一瞬で、女はポンポンと水を跳ねて対岸に叩きつけられる。


「さて一般人ノーマル、運が悪かったな。こういうのは見られちゃいけねえのが業界ルール、口封じが必要だ」


 男に宙吊りにされたまま、圭はぶっ飛んだ女の方を見る。圭にはそんなシーンには既視感があった。大丈夫だろうか。普通の人間なら即死してもおかしくない勢いだった。

 気を逸らした合間に、圭を掴む男はさらに体を持ち上げた。


「遺言だけは聞いてやるよ」


 不思議なことに、圭の頭はクリアだった。いや、当然かもしれない。


「これって、魔術かなんかですか?」

「大当たりだ」

「そうですか」


 記憶の中の『ケイン』は冷静だった。




 男の腕を掴む。

 持ち上げた身体を腕に巻き付け、肩に足をかけてねじ切るように腕を捻った。


「っ!?」


 突然の反撃に男は思わず手を離して引っ込めてしまう。それを読んだかのように圭は宙から地に足をつけ、もう一度宙に浮いた。


 今度は大きく身体が回転する。一番大きく回る足は、まるで鎌のように男の首を刈り、その勢いで真下に頭を叩きつけた。




「……ん?は、はい?」


 攻撃した本人もなにが起こったのか分からない。

 ただ、その場でゴキッと大きな音が響き、倒れた男の首はあらぬ方向に曲がっていた。


「え、えーっと……『治れ』」


 無意識に言葉を発すると、今度は柔らかな光が男を包む。ついでに首を元の位置に戻す。もう一度嫌な音が響いたが、なぜか男の首は元の位置に戻り収まった。


「い、生きてるよね?」


 ツンツンと男を足でつつく。ピクピクと動いてはいるので生きているようだ。


 この現場を見られたらマズいかも。


 そう思いキョロキョロと周囲を見渡すと、左手にさっきの二人がこちらの方を見ていた。片方は壁にもたれかかり、片方は水を走って。




 もう一人の黒尽くめは剣を持っていた。男が一瞬で圭のそばによると、細身の剣から人間業とは思えない速さで鋭い突きを放つ。

 圭は突きを大きく躱し距離を取った。


「貴様、何者だ?」

「いや、それこっちが聞きたいんですけど……」


 いきなり現れて殺されそうになって、キレられても困る。襲いかかってきたのは相手側だ。


「チッ、引くか……顔は覚えたからな」

「?」


 仇敵を見たような形相を向けてから、剣をしまった黒尽くめの男は、圭が蹴り倒した男を担いで跳び去っていった。



 去っていった二人組を見て、なんだったんだろうとキョロキョロ周りを見回す。すると、視界の先に一人の少女が壁に叩きつけられているのが見えた。

 さっきドボンして叩きつけられた人だろう。髪が後ろに流れて素顔が見えた。


 美人だった。ただ、表情は苦しげに歪められていた。


 残念なことに、圭はここで声をかける勇気のある人間ではなかった。普通の人は何が何だか分からずに逃げるものだ。


「……なんかヤバイから、帰ろ!」


 不自然なくらい冷静だった自分を褒めながら、倒れた女を見ないふりして駆け出した。


 途中で何かを思ったのか一度立ち止まると、119に電話してから今度こそその場から逃げた。この少女にすぐに目をつけられると知らずに。

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