其れを吉報と呼ぶには
「――願いの為の、力を望むか。我が子らよ」
白い仮面で顔を隠した男が、辰哉と千鳥に問う。
男の手には一対の仮面。それを取れば、失った星の騎士としての力を再度揮うことが出来るのだという。
無論、リスクはある。今までよりも遥かに過酷な戦いを強いられる事になり、それを一度でも拒否すれば二度と星の騎士には戻れない。以前と同様に歪みの蓄積によるエクリプス化の危険性も付きまとう。その場合でもまた、願いを叶える力は消失してしまう。
様々な思考が脳裏を過ったが、その割に不思議と戸惑いは少なかった。男の持つ仮面に手を伸ばそうとした辰哉だったが、思いがけずにそれは遮られた。
「おい! ナナチ、お前正気かよ!?」
千鳥が、彼にしては珍しく声を荒げ、辰哉の肩を引き留めるように掴む。滅多に見ることにない幼馴染のリアクションに、辰哉は一瞬目を丸くした。何があってもヘらへらと笑うばかりの印象が強い千鳥は、今回も辰哉の選択を緩く許容するものだとばかり思っていた。だから、まさか彼がこんな拒絶反応を示すとは意外だった。
「お前……」
「だってお前、あんなにしんどい思いしてたっていうのに……また同じ事するつもりなのか?」
彼の口から出たのは過酷な戦いに向かう事へ抱く不満ではない。辰哉を気遣うが故の言葉だった。嘗てはステラバトルに弱音や愚痴めいた事を零していたというのに。
眉を寄せた千鳥の顔は、どこか泣き出しそうだった。
「お前がまた傷つくためだけに戦うっていうなら、それはイヤだよ、オレ」
ロアテラの洗脳が解けて己の所業を思い知った辰哉が深い自己嫌悪に陥ったのは事実だ。願いの為に世界を守ると謳いながら世界そのものを滅ぼす一手に加担した事は辰哉にとって紛れもない汚点だった。
恐らく、千鳥はそれを分かっている。だからこそ、こうして必死に辰哉を止めるのだ。大切な者が苦しまないようにと願う優しさが、彼をそうさせていた。
掴んだ千鳥の手を無理に振り払うことはしなかった。ただ、それでも尚、辰哉の手は仮面へと伸びる。
「そんな事をする程愚かに成り果てた覚えはない。戦う理由など、最初から揺らがない」
自身を狂わせ、利用したロアテラに対する負い目や怒り。それも戦う理由の一つにはなった。しかし、それ以上に。戦いの最中で、己の願いへの光明を見た。それを諦めたくなかった。
「……それを俺に気付かせたのは、お前だろう。縣」
そう思えるようになったのは、失意の中に沈みかけた辰哉を救ったものは、千鳥の演奏に他ならない。
自分と同様に世界の脅威と成り果てて、共に堕ちた。それに対して一切の非難や言葉を向けることなく、彼はただ長年愛用しているバイオリンを辰哉の側で弾き続けた。彼の奏でるバイオリンの、天上の調べと絶賛される音色が、ただ一人の為だけに捧げられた。その贅沢を、ただのうのうと享受するだけだというのは、辰哉の矜持が許さなかった。
今回の事ばかりではない。まだ星の騎士になる前、酷く塞ぎ込んだ辰哉を慰めたのも同様に千鳥と彼の音楽だった。
ぐっと、千鳥が言葉に詰まる。そんな二人のやり取りを眺めていた男が「成程」と自身の顎先に指を添わせた。
「そちらの彼はもう覚悟を決めているようだね。さて、君はどうする?」
辰哉から千鳥へと仮面越しの視線を移す。それを受け、怪訝な顔で千鳥は首を横に傾げた。
「えっ? でも確か、二人一緒じゃないとステラナイトになれないんじゃねーの?」
「その通りだ。但し、パートナーがこれまでと同じである必要があるとは私は一言も口にしてはいないよ」
男の言葉に絶句した千鳥は、辰哉の方に縋るような目を向ける。やや青ざめているように見えるのは決して気のせいではないのだろう。
「お前が何と言おうが、俺の意思は変わらんぞ」
「ヤだ! 絶対ヤだからな!! それならオレも一緒にやるよ!」
先ほどまでの態度は何処へやら、若干涙目になりながらも必死の形相で訴える。普段よく見せる、甘ったれの態度だ。掴みかからんばかり、ではなく実際にしがみ付いているのだから、再び共に戦うという選択を疑う余地はない。
二人の正反対な反応を見て、男は満足げに笑う。
「では、契約は成立だ。――さぁ、これを」
男が差し出した何の変哲も無かった白い機械仕掛けの仮面は、それぞれが手にした瞬間にその形を変化させた。辰哉の手のものは一見すれば仮面とは判断が付かないモノクル状のそれに。千鳥の方は白い羽根を模った軽やかなものに。
「ほう。中々に君達らしい。さて、これで晴れて誓約生徒会の一員だ。君達の活躍に期待しているよ、我が子らよ」
誓約生徒会、仮面の騎士を束ねる総帥たる男は愉快そうに言ったのだった。
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