第3話 暗闇の中でなら彼女に届きそう
朝起きても彼女は
朝御飯はだいたい僕が準備をしている。と言っても、インスタントコーヒーとトーストを用意するだけだけれども。
なんとなく彼女の分も用意して、「いってきます」と布団に向かって言って家を出た。
会社でいつも通り仕事をして帰ってきても、部屋の中はなにも変わってはいなかった。
温かかったコーヒーは冷め切り、マーガリンを塗っておいたトーストはバサバサに乾燥していた。
僕はシャワーを浴びてから、テーブルの上の冷えたコーヒーをすすり、トーストを夕食にすることにした。
「ただいま」
返事が返ってくるわけもない。
「今日さ……特になんも無かったわ。いつも通りだった」
僕は何年かぶりにテレビのリモコンを握って、電源を付けた。
テレビは、確かに言われてみれば安心をもたらすものだった。誰かの声が聞こえているというのは、悪いことじゃあないんだなと思った。
いよいよやることが無くなって時計の針を見るとまだ22時を回っていなかった。彼女が海苔の佃煮になると、こんなにも速度は緩慢になるものなのか。
仕方がないので寝ることにした。リモコンで電気を消すと、ふわりと闇が落ちた。
自身の布団の中から美羽花の方に手を伸ばして、布団の中に指を侵入させると、でゅるっという感触が指に伝わった。
彼女は性交渉をするとき、必ず電気を消したがった。恥ずかしいからと言っていた。暗闇の中でなら彼女に届きそうな気がしたけれど、それは思い違いだった。
手に付着した海苔の佃煮を鼻に近づけると、やはり焼けていないシーフードグラタンの匂いがした。ティッシュで拭いたが、匂いは取れなかった。手を洗おうか迷ったが、起き上がるのが億劫で、迷っているうちにそのまま眠ってしまった。
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