第1章 螺旋の歪は物語の始まり

「捜査本部は殺人事件と断定し、関係者から事情を聞き取りしている……と」

「おい」


 8月22日、代々木よよぎ駅改札前。そこまで人の多くない時間帯に、俺、高島たかしま 春来はるきと、同級生で仲のいい宮尾みやお 藤花とうかは並んで立っている。日差しはそこまで強くないが、大都会東京の中心にほど近いここでは、そろそろ気温が35℃を越えようとしていた。

 そんな中、華奢きゃしゃな割に豊満な胸部を有した宮尾が、ロクでもないニュースを朗読し始めたのだ。


「なに?」


 肩ぐらいまで伸びた髪を、さらりと触りながら、宮尾は俺に聞き返す。


「あのな」


 俺は、ため息交じりに話し始める。


「スマホ見たかと思ったらそんなニュース読み始めやがって。これから何か食いに行こうと思ったのによ」


 そして腹部、主に胃のあたりをさする。


「そんなグロい話聞いて、何が食えるんだよ……」

「ああ、ごめん。そういうの苦手だったっけハル」


 宮尾はいたずらっぽく俺に向かって微笑ほほえんだ。そんな彼女の様子に呆れた俺は、やれやれ、と首を数回振り、


「あいつ遅いな」


 とポツリつぶやいた。


 俺と宮尾は今、もう一人と待ち合わせをしている。しかし、代々木駅前に着いてから、もう20分は経とうとしていた。


「あーそういえば……でも、ちーちゃんの遅刻癖はハルもわかってるでしょ」

「そうだけど……岬とは幼馴染なんだっけ? 宮尾は」


 宮尾は、うん、と頷き、


「もう10年くらいの付き合いかなぁ、すごいくさえんだよねぇ」


 と、悪びれる様子もなく話した。


 良い笑顔だ、おそらく腐れ縁、という言葉に深い意味はなく、チョイスに問題があるんだ。そういう表情ではないからな。多分。


「多分……」


 思わず口に出てしまった。宮尾が、不思議そうな顔でこちらを見ている。


「何が、多分なの?」


 ずいっ、と顔を近づける宮尾。見慣れた女性とはいえ、急に顔を近づけられるとドキッとしてしまう。

 俺はドギマギしていると、不意に背後から声をかけられた。


「おんやぁ? 高島くんと宮尾ちゃんは、昼間っからこっそりおデートですかぁ?」

「っ!!」


 咄嗟とっさに振り返ると、そこには、いきなり耳元で、しかも気配を消した状態で俺に話しかけた女性、みさき 千弦ちづるがいた。


「岬……てめぇ」


 岬は、こちらを見てニマニマしている。小柄でかわいらしい見た目の彼女だが、時折、こうして俺や宮尾にいたずらを仕掛けるのだ。


 そうだ、こういう表情が悪意のある表情だよな、と俺は確信を持ちつつ、突発的に上昇した心拍数を元に戻すため、ふぅ、と一息ついた。


「ちーちゃん、おっそい!」

「ごめーんトーカ、行くかどうか迷っちゃって!」

「そこからかよ!」


 俺は、また心拍数の上がる勢いでツッコミを入れた。


 こういった会話が、普段の俺たちの会話だ。もともと宮尾 藤花と岬 千弦は、小学生以来の仲良しであり、しばしば遊びに出かける幼馴染だ。

 俺は、高校時代に宮尾とクラスメートで、体育の授業の前に着替えを覗いた、覗いていないの口論から、現在の関係になった。


 ちなみに、覗いた方が宮尾で、覗かれた方が俺である。その宮尾の弁護をした際に、岬と俺は出会ったのだ。


 その後、全員で同じ大学に進学した。というのも、大学の付属高校であり、特に学力に問題がなく、他の大学に進学する予定のないものは基本的に同じ大学を選択するからである。三人とも、学内偏差値で言えば上位に該当する。その上、特に行きたい学部などもなかったこともあり、仲間内で進学しよう、と意見が一致したのだ。


「そういえば、選択どうしようか? グローバル何とかってやつが単位取りやすいって、先輩が」


 岬がそんなことを口にする。


「取りやすさもいいけど、やっぱ一限じゃない方がいいよな」

「だよねー」


 そんな会話をしていると、不意に街頭広告車の爆音が響いてきた。


「頑張りたいけど頑張れないあなた! 我々がサポートします! 夢と! 希望と! エンドルパワー! 新発売です!」


 う、うるさい……。

 道行く人々も、多くが振り返り、嫌な顔をした。中には耳をふさぐ人もいた。


「あれ、何の宣伝にもなってないよね、うるさいだけで」

「ほんと、しかも最近結構多いよね」


 宮尾と岬は、うんざりした表情で、

「「ねー」」

 と口を揃えた。


「……それにしてもエンドルパワーって、エンドルフィンから取っているのか? 安直すぎるだろ、しかも脳内麻薬とか呼ばれるやつじゃないか。入ってるのかな」


 俺は苦笑いしつつ、ありえないよな、と付け加えた。


「で、どこでお昼にする?」


 岬が問いかけてきた。俺の話は無視か。


「遅れてきてお前……」

「私はねー、なんかすっごい重いものが食べたいかも」


 あきれる俺を横目に、宮尾がにこやかに答える。


「重め……なかなか難しい注文ですねー」


 にやりとしつつ、岬はポケットからスマホを取り出す。


「ラーメン? いやいや、ここは肉を……フレンチ? 高っ」


 岬は、ぶつぶつとスマホ相手につぶやきつつ、店を決めようとしているようだった。

 彼女は、人をいじったり茶化ちゃかしたりするし、発言も適当なことが多いが、いざこういう時になると率先して行動してくれる。

 一方で宮尾は、好奇心は強いものの計画性がないため、発言してもやり切れずに頓挫とんざすることが多い。この二人が揃うと、宮尾の突飛とっぴな発言に、岬の行動力が合わさり、非常に良い結果が伴うこともあれば、逆に大惨事になることもある。


 以前、都内に初のゲテモノ料理屋が出店した際、宮尾が興味を示し、岬が予約を取ってしまった。しかもなぜか三名で。結果、その店に巻き込まれる形で連れていかれた俺は、グロ耐性がないため三日ほど寝込むことになった。

 それ以来、俺は二人の、結果的に俺も巻き込まれるので三人のだが、行動計画に対する審査を行う役割を担うことになったのだった。


(重い、といって、まさか重量の重い店を提案してこないだろうな……)


 俺の嫌な予想に反して、岬は


「ここはどう? 牛肉100%のハンバーグだって!」


 と、至極しごくまともな提案をした。


「ハンバーグ! いいんじゃない?」

「いいね、そこに……」


 俺は、そう言いかけて、先刻せんこく宮尾の読んだニュースが頭によぎった。……まだ見つからない頭部……。


「肉……」


 青くなる俺をみて、宮尾は何かを思い出したような表情になり、


「あっ、いやいや、牛100%だし、出荷元もちゃんと開示してるよ! ほら!」


 と少し慌てながらスマホの画面を見せてきた。

 確かに、ご丁寧に生産者の名前も併記している。何をしてるんだ俺は。この日本で、人の肉がハンバーグに混じるなんてあり得ないだろ。まったく、女性に心配かける男がどこにいるっていうんだ。


「いや、大丈夫だよ。行こうか」


 俺は気を取り直し、二人に歩くよう促した。


「……? よくわかんないけど、この先の信号を……」


 経緯を知らない岬は怪訝けげんな顔をしつつ、スマホに指定された方向を指さす。しかし――――


「……あれは何?」


 宮尾が、妙な表情で全く別の方向を指した。


「あれ?」


 俺たちも、その指の示す先を見る。駅にほど近い建物。ビルの屋上に、何かがいる。普通ならば見上げることもないが、確かにように見えた。


「風速計か何かじゃないの?」


 岬は目を皿のようにしつつ凝視ぎょうしするが、はっきりとは見えないようだ。俺も視力は良くないが、岬のように視力検査に引っかかったりしたことがない。岬と同様に、俺も凝視ぎょうしする。


 それは、田舎の田んぼによくある、いびつ案山子かかしにドレスを着せたような出で立ち。ぶらんぶらん、と腕があらゆる方向に曲がっている。腕のある案山子かかし、とても珍しいような……

 いや、あれはどうみても案山子かかしなんかではない!


「っ……!」


 ! フィギュアスケーターのように、ドレスアップをした誰かが、回転している。屋上にスケートリンクが? いや、今は8月だぞ!? それに――――


「な、なんなの、あれ……」


 宮尾の声が震えている。足もガクガクと震えだした。宮尾の視力は1.5から下がったことがない。その宮尾が、愕然がくぜんとしている。そういう人が、いる、ということだ。


「な、なにが見えているんだ、宮尾?」


 俺は、訳の分からない恐怖感に駆られ、宮尾に質問してしまった。何かに怯える人に、聞くことじゃあない、そんなことすら判断できないくらいに、混乱していたのだ。


「あ……」


 口にするのも嫌だ、という表情を浮かべていた宮尾だが、意を決したように、ゴクっと喉を鳴らし、一息に話した。


「……おじさんの。すごい速さで回ってる。」


 宮尾はそう言い終えると、へたりと地面に座り込んだ。おじさんが? 棒に刺さって? 回っている?


「うそ……だろ……?」


 さらに俺は凝視ぎょうしした。頭部、いや、口に、確かに何かが刺さっている。まるで塩焼きになった魚のように、棒が刺さっている。そして、それを中心とし、ぐるぐると、青白い顔の、男性が、ところどころ赤黒い何かが付いた男性が、回って……。


 俺は、猛烈な吐き気に襲われ、そのまま気を失った。









「んで、それでさっきまで眠っていた、そうだね?」

「はい……」


 質素な部屋の中に、中年男性と若い女性、そして俺。机を介して向かい合っている気怠けだるそうな中年男性の問いかけに、俺はうなずく。


「じゃー、君は発見しただけだね、ご愁傷様しゅうしょうさま。帰っていいよ。」


 ぶっきらぼうな中年男性の、おそらくはベテランの刑事だが、その言いぐさには少し腹が立つが、今は一刻も早く帰りたかったので、その言葉は反面、とてもうれしかった。


 あの後、気絶した俺とパニックになった宮尾を、岬はなんとかフォローしつつ、警察と消防へ連絡した様だった。


 どうやら、屋上で回っていた人は、本当に人間で、詳しいことは教えてもらえなかったが、やはり死亡していたらしい。第一発見者でもあるため、一応顔写真は見せてもらった。しかし知らない人だった。おそらく、30代くらいの男性。それ以外に何か思い当たることはなかった。


 でも、今はもうそんなことはどうでも良かった。早く帰って、ゆっくり休みたい。


 ふらふらと警察署の出入り口付近まで戻った俺は、ふと、他の二人の状況が気になり、チャットで連絡を試みた。宮尾や岬は、あんな場面に遭遇して大丈夫だっただろうか。


 俺と宮尾、岬のグループチャット画面を開くも、そこに未読のものは無かった。少しだけ焦った俺は、震える指でスマホを操作した。


高島『大丈夫か?』

ちー『あ、終わった? そっちが大丈夫じゃなかったでしょうが! ハルが倒れちゃったときは、もうどうしていいか分かんなかったよ!』


 ちー、とは岬 千弦のチャット名だ。思ったよりも元気そうでよかった、と俺は少し安堵した。


ちー『トーカは?』


 ……返答はない。5分ほど待ったが、既読きどくにもならなかった。


高島『はっきり見たのは藤花だけだしな、結構聞かれてるんじゃないか』

ちー『そうだよね、ウチもそんなにはっきり見えなかったし。見たくないけど』


 はっきり、ではないにしても、確かに人だったことが分かるくらいに見えてしまっていた俺は、少しフラッシュバックし、また胃に痛みが襲ってきた。


トーカ『もー!』


「うわっ」


 俺は、突然のコメントに驚き、リアルに声を出してしまった。一部の警察官が、ちらっとこちらを見ている。


(しまった……)


 ぺこりと頭を下げ、気を取り直してスマホの画面に目線を移す。


トーカ『あり得ないよね! もっと配慮ってかさ!』


 俺が目を離した一瞬の隙にトークが進んでいたようだ。過去ログを読む限りは、刑事さんの態度が悪い、という話題に一貫している。宮尾らしいといえばらしいが、よくあんな場面を見た後でそんな感情が浮かぶな、と妙に感心してしまった。


高島『で? 大丈夫なのか?』

トーカ『ハル! 大丈夫?』


 やはりこっちが心配されるのか。親友とはいえ、二人もの女性に一方的に心配され、やや恥ずかしい気持ちになった。


ちー『大丈夫、ハルはもうハンバーグを食べてるよ♪』

トーカ『えっ』

高島『食えるか、んなもん』


 そういえば、俺たち三人は昼から今……19時過ぎまで、何も食べていない。とはいえ、俺はいまさら、特にハンバーグなんか食べられるような精神状態ではなかった。


高島『二人で食ってきてよ、俺はきつい』

トーカ『三人だからいいんじゃん』

ちー『そーよ、ウチらを捨てる気なのね!』

トーカ『見損なったわ! お腹の子はどうするのよ!』

高島『ほんと自由だなお前ら!』


 元気すぎる会話だが、逆にいつも通りを展開してくれるのが、俺にとって救いだった。高校時代も、同じように元気のないときにはお互いに励ましあっていたな。

そんなことを思い返しつつも、現実に戻り、俺は再びスマホを操作する。


高島『いやもう時間もあれだしな、今日は解散かな』

トーカ『そーだね、明日私、ゼミあるから』

高島『夏休みなのに大変だよな、お前のとこ』

ちー『ウチはないよー』

高島『お前はたまにはゼミ出ろ』

ちー『てへぺろ』

高島『じゃあまた』

トーカ『うん!』


 スマホをポケットに入れ、ふーっ、と一息ついた後、俺はゆっくりと警察署を後にした。










「米村、ガイシャは?」


 先ほど、高島に話を聞いた中年の刑事が、米村と呼んだ若い男性に尋ねた。スラッとした体格で、傍目には警察官とは思えないような雰囲気。しかしその顔は、猟奇的事件が起きたというのに、何も変化がない様子だった。無感情、そう表現した方が正しい。


奥村おくむら 保昌やすまさ、35歳。妻子はいません。職業は大手牛丼チェーン店の店長だったそうです」


 米村は手帳をペラペラとめくりながら、中年の刑事に報告した。


「死因は?」

「まだはっきりしていませんが、状況からすれば、まず失血死かショックか何かでしょうね、あんなものが刺さっていたら」


 米村は訥々とつとつと、無感情に報告する。それを、中年男性はため息交じりに聞いた。


「お前な、少しはなんかねぇのか? なんつーか、怖い、みたいなのがよ」

「は?」


 米村は予想だにしない質問に困惑し、首をかしげている。それを見てまた、中年の刑事はため息をつくのだった。彼の無表情は、要するに無意識であるということなのだ。


「……まあいいや、これもまた、何にも証拠が出ないんだろうよ」

「村田先輩? どういうことですか?」


 村田と呼ばれた中年の刑事は、振り返り、話を続けた。


「あの絵描きの事件と、モデルの事件、そんで、今回の事件……り口が滅茶苦茶だっつー共通点があんだろ? 前の二件、未だに何にも分かんねぇって話だしよ。これもそうかなってな。こう……」


 村田がひとしきり話し終える前に、米村が口をはさんだ。


「しかし、絵描きは自殺の線が濃厚で、モデルの件は芸能界がらみで色々とクサいらしいじゃないですか。連続性は薄いのでは?」

「それを今から調べんだよ。うちでできることは全部やる。そんで分かんねぇなら、でけぇヤマになるかもな」


 村田はニヤリと返し、本当は、何もねぇのが理想だがよ、と付け加え、椅子に腰かけた。


「あぁ、それと、村田先輩」

「なんだ?」


 米村が何かを思い出したように話し出した。


「奥村は、このチェーン店の本部から、もっと売り上げを伸ばせ、とかなり叩かれていたようです」

「あん? 客入りが悪い店舗だった、ってことか?」

「いえ……」


 米村は少し思案し、さらに続けた。


「客入りは悪くないです。立地もいい。ただ、飲み屋街で、奥村の飲み友達が頻繁に店に来ていたようです。彼はたまに、お前らと気軽に飲める、なんて言っていたそうですが」

「そりゃ、会社からしたらあんまりいい店長ではなさそうだな」

「そうですね、そこで、その飲み友達も洗ってみる予定です。報告は以上です」


 おう、と一言返し、村田は部屋を出た。米村は、今回の事件の第一発見者、宮尾 藤花、高島 春来、岬 千弦の調書を読み返し始めた。


「うん……?」


 米村の中で、何かがひっかかった。


「高島 春来? どこかで……?」









「絶対に私はやるよ!」


 あの事件の翌日、大学校内の食堂で宮尾は高らかに宣言した。

 実は、今日は特に予定もなかった俺だったが、宮尾に『絶対に学校に来て』と言われていたのだった。もちろん岬も同様だが、案の定、遅刻をしているようだ。


「……うん、落ち着け?」


 俺は、今日一体何回この言葉を話したかな、とぼんやり数えつつ、親友の凶行を止めようと必死だった。

 基本的に、宮尾のやりたいことについては、詳しく聞いて、意義を確認してから許可をする、というのがいつもの流れだった。しかし今回は、考えるまでもなくダメだ。なぜかというと、宮尾はどうやら犯人を捕まえたいのだそうだ。その理由が――――


「あんな刑事たちに事件を任せるのはヤダ! 自分たちでやる!」


 ということなのだ。大学生にもなって、こんなことを発言する精神性には、ほとほと呆れかえるばかりである。それに、警察が手に負えない事件だったらどうするつもりなのか。


「だからさ……ん? 自分たち?」


 ふと、宮尾の言葉に妙な引っ掛かりを覚え、俺は聞き返した。……嫌な予感がする。


「そーだよ、ハルと、ちーちゃんも!」

「おいちょっとまて」


 案の定だった。むしろ予想よりもさらに悪い内容だった。相談したい、とかで来るのかと思ったが。


「だってさ、あんな怖いもの見て、ちゃんと状況を伝えたのに、あっそ、って感じで、チョーむかついたの! あんな人たちに任せるのはヤダ! ハルもちーちゃんも、態度悪いなって思ったでしょ!?」

「確かに思った! ウチらでやっちゃうか、犯人捜し!」


 急に楽しそうな発言が耳元で聞こえた。ギョっとして身をひるがえすと、とてもいい笑顔の岬がそこにいた。


「み、岬……!?」

「遅れてごめんね!」


 いや、それはいつものこと、いやそうではなく。


「お、お前はそれでいいのか!?」


 それは真っ当な意見で、そもそも反論の意味すらないはずだった。しかし、岬はこう言い放った。


「捕まえられる予感がするの!」


 なんだそれは。そんなスピリチュアルな次元の話をされては、理論的な会話なんて成り立たないじゃないか。

 そんな俺をよそに、ヒートアップしていく二人。こいつら本当に大学生なのか? そう思ったが、一度現実に引き戻してやる必要がありそうだ、俺はそう考えた。


「……分かった」

「「えっ?」」


 宮尾と岬が口を揃えて聞き返した。許可されると思っていなかったのだろう。ただ、俺も乗り掛かった舟であることだし、話だけは聞いてやろう、そう思ったのだ。


「ただ、聞いておくが、何か当てがあるのか?」


 これは事実上のラストチャンスだ。そのつもりで俺は宮尾に問いかけた。どうせ行き当たりばったりで、ムカついたから反撃してやろう、とかそういう理屈なのだから。

 チェックメイトをかけたつもりの俺だったが、宮尾の一言に撃沈させられた。


「あるよ?」


 ……は? なにが、あるって?


「あるよ、犯人の手がかり」


 呆然とする俺に、さらに追い打ちをかける宮尾。


「へぇ~! すごいねトーカ!」


 素直に感心する岬。いや違うだろ、なんで、いやそもそも警察に言ってないのか!? それはまずいんじゃ……。

 おっと、待て、実際にその手掛かりとやらを聞いてみよう。ブラフだった、なんてことがあったら……いや、そういう奴じゃなかったな。


「本当に、手掛かりが?」

「うん!」


 胸を張る宮尾。大きな胸により、服のボタンが少し悲鳴を上げたような気がした。

 しかし、手掛かりなんて一体いつ、どこで手に入れたのか、そんなことを聞こうと思案したが、しびれを切らした岬が、話を遮った。


「とにかく、現場に行ってみようか!」


 出た、岬のトンデモ行動力。昨日の今日なのに、恐れを知らないのか!?


「いや、ちょっとまて……」

「っていうかさ」


 また岬が話を遮る。


「ここ、大学の食堂だよ? こそこそ話をする場所じゃないじゃん」


 ギクっとした。そういえば、ここは食堂だった。夏休みであり昼食時でもないが、たむろする連中は少なくとも存在する。実際、何人かチラチラとこっちを見ているようだった。

 聞かれて困る話、というほどでもないが、下手に勘繰かんぐられてまた警察にお世話になるのは御免だ。


「……分かったよ、行こう」


 イエーイ、とハイタッチする宮尾と岬。ピクニックでもあるまいし、殺人現場に行くのにどうしてそんなテンションなんだ。まさか昨日の事件をみて気がおかしくなっているんじゃ? ……いや、元からこういうやつらだった。


「胃が痛い……」


 夏風が心地よく吹く中、誰よりも暗い表情の俺だった。

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