第四話 (2)友情ってのは騙し合うことだぜ。

 この俺、片瀬凛太郎はどういうわけか、生まれながらにして譲れない正義感を持っていた。

 これでも今は丸くなった方で、昔はよく悪ガキたちに説教をしては喧嘩三味の毎日だった。

 このポリシーがどこで生まれたのかはわからない。少なくとも、遺伝ではない。

 親父は俺が知ってる中で二番目のクズ。ろくに働かずギャンブル三味で借金まみれ。職業・夢追人なんてほざいてた。

 昔は格好よかったのよ、なんてのんきに言う母さんとは、駆け落ち同然で結婚したらしい。

 ドラマなんかでよく見る設定だよな。絶対にろくな家庭じゃない。

 母さんのパート代でどうにか食い繋いでいたけど、当然のごとく極貧生活。住んでいた家は昭和のマンガに出てくるようなボロ屋敷だった。

 これも定番みたいに親父から暴力を受けて育ったけど、俺は抵抗しなかった。

 なぜかって? 物心つくころには警官になるって決めていて、親族から犯罪者を出すわけにはいかなかったからだ。


 高校は、家から一番近いからっていうのと、特待制度があるって理由で選んだ。

 君も知ってる金持ち学校。そんなことない? そう思ってるのは通ってる生徒だけだ。

 貧乏人は当然、クラスでは浮いていた。

 無視されるとか、ものがなくなるとか、そういう地味なイジメ。柔道部で全国大会に出場するような人間を直接的にイジメるやつはいないからな。

 ここでも俺は抵抗しなかった。むしろ楽しんでいた。

 正義の鉄槌を下してやる妄想で腹いっぱいになれたから、節約になって丁度よかった。

 感情のコントロールを覚えたのはこのころで、俺は完璧に弱者を演じていた。

 ところが、俺の演技を見破ってきたやつが、ただ一人だけいた。


 そう、蓮水だ。


 俺が知っている中で三番目のクズ。

 蓮水とは三年で初めて同じクラスになった。

 当時から本にしか興味なさそうな根暗ヤローで、俺よりよっぽどイジメやすそうだったが、家柄のおかげか、標的になることはなかった。

 俺よりちょっとだけイケメンだったってのもあるかもしれない。ちょっとだけな。

 どんな家柄か? それは本人に聞いてくれ。

 蓮水は会って一週間で俺の本性を暴きやがった。

 そして、


「浅はかなクラスメイトを欺くのは楽しいな」


 俺もあいつの本性を知った。


「クラスメイトがイジメられているんだぜ。ほっといていいのか?」

「この方が面白いからいいのさ」

「人の境遇をエンタメ扱いしやがって」


 まあまあ馬が合ったので、俺は蓮水に妄想を共有させてやったりなんかした。

 昨日のテレビの話をするのと、たいした違いはない。


 そんな感じで時が経ち、秋が深まってきたころ。

 俺は公務員試験に合格し、念願の警官になるための切符を手に入れた。


 喜ぶのも束の間、家が全焼した。


 俺が学校に行っている問の、日中の出来事だった。

 隣家三棟を巻き込んだ後、消防の方々の尽力で六時間後に鎮火。

 消し炭になった我が家を目の当たりにして、意外とあのボロ家に愛着を持っていたことに気がついた。

 火元は居間で、タバコの消し忘れが原因だろうというのが、警察と消防の見解だった。

 出てきたニつの遺体の身元確認のためにDNAを提供して、葬儀を済ませてようやく、身内の死を実感した。

 ろくに保険も掛けていなかったし、負債しか残っていなかったから、遺産はすべて放棄した。

 俺は身軽になった。

 無一文だが、どうせ数ヶ月もすれば公務員だ。それまではバイトで食い繋ぐことにしよう。

 金がなきゃ、死さえも価値がないのだな、と思った。


 数日ぶりに登校してきた俺に対して、クラスメイト達は優しかった。

 ひどいのは蓮水だけだ。あいつは会って開口一番なんて言ったと思う?


「あれは事故じゃない。心中だよ」


 予想だにしていなかった。でも、すとんと胸に落ちた。

 だから、俺はわかっていたような顔して言ってやったんだよ。


「ああ、そうだよ」


 知ってるか? あいつ、つらいと笑うんだ。にっこりと。まるで絶世の美少年みたいだったぜ。


 これは警官になってからわかったことだが、親父は反社会的勢力と繋がりかけていたらしい。いい歳こいてよくやるぜ。

 母さんは気づいていたのだろう。

 そして、俺の将来を案じて導き出した答えだったのだろう。


 高校卒業後、蓮水とはしばらくの間連絡を取り合うことはなかった。

 風の噂で、あいつが大学出た後、親の会社に就職したらしいと知っていたぐらいだ。

 一年ぐらい前かな。俺が捜査一課に配属されて一発目の事件で首を突っ込んできたのがあいつだった。

 いつの間にか、探偵なんてもんになっていやがった。

 俺は三日ぶりみたいに声をかけた。


「よう、親友」


 あいつは答えた。


「やあ、親友」





「どうだ、俺の青春ヒストリー」


 冷めきったコーヒーをすすりながら、僕はかつての親友を思い出した。

 音信不通となった、いや、自ら繋がりを断ち切った、あいつ。


「片瀬さんにとって、蓮水さんってどんな存在ですか?」

「都合のいいときに利用できるやつ」


 ドヤ顔で即答。


「それって友情って呼べますか?」

「友情ってのは騙し合うことだぜ」


 蓮水さんみたいなことを言う。


「わかったことは、蓮水さんは散々言いながら全然人間嫌いじゃないってことですかね」

「はははっ、大収穫じゃねーか」

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