Tapioca
如月
タピオカ
「この中に、裏切り者がいる…」
何気ない日常の一幕、いつもの昼休み。彼女たちの友情は音を立てて崩れ去った。
「私…そんなつもりじゃ…」
「そうだよ神崎。まだ決断を下すには早すぎる。七瀬の言い分も聞こう。」
「新倉、あなた罪人の肩を持つつもり?七瀬は私たちを裏切ったのよ。弁明の余地などないでしょう。それとも何?あなたも『そちら側』へ行こうと言うの?」
「そういう意味じゃないけど…」
「2人とも、ごめん。…悪いのは全部私」
「七瀬……」
「私が…私が、
昼食用の飲み物として、タピオカミルクティーを選んだのが悪いのっっ!!」
七瀬のあまりの剣幕に、和気藹々としていた教室が一瞬にして静まり返る。…のも束の間、すぐにいつもの喧騒を取り戻した。
「え、あの子らタピオカが原因であんな険悪ムードなってたの?」「ビビったわ、ついに人でも殺したのかと思った」「どゆこと?全然状況が飲み込めないんだけど」「まあ、あの3人のことだしまたくだらないこと考えてるんでしょ」「3人ともせっかく顔は良いのに、残念だよね〜」
散々な言われようだが、おめでたい頭の3人の耳には幸か不幸か全く届いていない。茶番は続く。(ミルクティーだけに)
「被告が罪を認めましたが、有罪ということでよろしいでしょうか」
神崎が重々しく告げる。その横でもうこの茶番に飽きてきたらしい七瀬は、マイペースにちぅーズココココッとタピオカを飲んでいる。それを見て何か気づいたらしい新倉は叫んだ。
「異議あり!!被告は無罪です!!」
「ほう...。続けて」
「被告が今回昼食用の飲み物として持ってきたこのタピオカミルクティーですが、パッケージをよく見てください。『タピオカ風こんにゃく使用』と書かれています!タピオカは長時間水に浸かっていると風味や食感が損なわれてしまうため、コンビニやスーパーでの販売には適していません。つまり、被告が飲んでいるタピオカは、『タピオカではない』!よって無罪です!!」
「なんと...。これは盲点でした。七瀬被告、あなたは無罪放免です。おめでとう」
「え...これ、タピオカじゃないの?」
こちらも飽きてきたのかなんとも軽いノリよ神崎とは対照的に、1番ショックを受けているのはつい先程新倉のファインプレーにより無罪となった七瀬だった。
「タピオカと一緒の写真をこれ見よがしにインスタにあげるJKによって乱れた心を(ゆーてそんなに美味しくないじゃんウケる〜)って嘲笑って精神統一してた私の気持ちはどうなるの?そのための350円はどうなるの?私はこれからどうやって生きていけばいいの?」
あまりのショックに生きる意味さえ失いかけている。
「それならば裁判長!やはり被告人は有罪です!彼女は『タピオカ』を飲もうと思ってこれを買ったのです。ここには明確な殺意...いえ、『飲タピオカ意』が見られます!」
新倉はこの「タピオカ裁判」自体が楽しくなってきてしまったらしく、さっきまで庇っていた七瀬を、今度は嬉々として糾弾し始める。そして、神崎裁判長による判決が下される、かのように見えたが、彼女は先程の七瀬の発言以来、すっかり考え込んでしまっていた。
「七瀬、新倉。私たちの『陰キャは陰キャらしくタピオカを飲まずに生きていこう同盟』が破棄されるべき瞬間が訪れたかもしれない...!」
「え?私の無罪じゃなくて?」
「じゃあ神崎はタピオカ飲みたいのか?タピオカを飲んで、あの忌まわしき『JK』の仲間になりたいのか?言ったよな、私たちがタピオカを飲まないのは単なる好き嫌いじゃない、陰キャとしての矜恃、なんだって...!」
「いや、そういうことじゃないから落ち着け新倉。あと七瀬、裁判は終わりだ話聞け。あのな、まずタピオカを飲むだろ?」
「やっぱり飲みたいんじゃん!」
「違うから最後まで聞け。飲んで、タピオカが美味くないことを確認する。そしたら、」
「美味しくもないタピオカを飲んで、周りに迎合して『おいし〜♥』なんて言っちゃってるJKたちを嘲笑える、ってことだね、さっきの私みたいに!」
「そうだ!七瀬は理解が早い!」
「そんなこと言って、タピオカが本当に美味しかったらどうするんだよ!」
「それはないよ新倉。だって、JKが流行りに乗って飲んでるだけのもの、そんなに美味しいはずがないでしょ?」
「それもそうか」
かくして、陰キャを拗らせた「高校生女子」3人は、放課後にタピオカを飲みに行く約束をしたのであった。
× × ×
「こ、ここか…」
「ついに来ちゃったね…」
「うう、人いっぱいいる…」
店先で狼狽する3人。ホームグラウンドでは気丈に振る舞えるが、アウェイ空間に来ると途端に気弱になる。そう、彼女たちは悲しいほどに陰キャであった。
「よ、よし!入るぞ!」
「心の準備が、えと、次眼鏡の人が出てきたら入ろう」
「いやちょっと待って、次AB型の人が出てきたら入ろう」
「待て、多分一生入れないやつだぞこれ。あと新倉のはどうやって判断するんだよ。つべこべ言わず行くぞ、2人とも」
神崎が2人を引きずり店内に入る。
《タピオカ屋の店内の様子を挿入》
出てくる。
「無事ゲット出来たね…なんかどっと疲れた…」
「あぁ、キラキラトーンのバーゲンセールに目が潰れるかと思った…」
「ちょっと、そんなことより見て、2人とも!」
「「こ、これは…!!?」」
新倉が指さした大きなウィンドウに映っていたのは、タピオカの容器を片手に街を歩く、まさに「JK」と呼ぶに相応しい自分たちの姿だった。
「これ、私たち世間から見たら完全に『放課後友達とタピオカかましにきたJK』じゃん…」
「1ミリも間違ってないが」
「なんかこっ恥ずかしくなってきた。早いとこ飲んで『放課後特にすることも無く街を徘徊する高校生女子』に戻ろう」
「お前らほんと拗らせてるな」
神崎が常人ぶっているが、最初にこの「(前略)タピオカ(後略)同盟」を持ちかけたのは神崎だ。1番拗らせているのはこいつである。
「よし、飲むぞ…私たちの人生初タピオカ!!」
「「「せーの!!!」」」
ちぅーズコココココッ
「なんだこれ喉に弾丸が」
「なんかもちもちしてる。もちみたい」
「顎が鍛えられるな」
間違ってもグルメ番組のリポーターに選ばれることは未来永劫ないであろうクソみたいなリポートだが、意外にも3人の反応は悪くないようだった。
「意外と美味しいな。ちょっと量が多いけど」
「悪くないね。ちょっとカロリーが気になるけど」
「まずかないな。ちょっと見た目がキモイけど」
美味しいなら素直にそう言えばいいのに言えないところが、彼女たちを陰キャたらしめている所以である。
「七瀬、こんにゃくとどっちが美味い?」
「本物の方がもちもちしてて美味しい」
「どっちも原材料は芋なのになー」
3人が本来の目的を忘れ歓談しながらタピオカを嗜んでいたとき、事件は起こった。
「ん、お母さんからでんわだ」
神崎の携帯に着信がきた。
「もしもし母さん?なんかあった?え…?おじいちゃんが…!!?うん、分かった。すぐ向かう」
「どしたん?」
「うちのおじいちゃんが……タピオカが気道に詰まって呼吸困難、病院に搬送されたって…!!」
「「ええーーーーーー!!??!」」
「ごめん、2人とも。ちょっと行ってくる」
「いや、私たちも着いていく」
「うん、熊三郎さんには、私たちも随分お世話になったからね!」
「新倉、七瀬…!よし、そうと決まったら行くぞ!私についてこい!!」
× × ×
「熊三郎さん、一命を取り留めてほんとに良かった」
「タピオカの誤嚥なんて死んでも死にきれないもんな」
「やっぱタピオカなんか飲むもんじゃないね」
「結論を急くな、新倉七瀬。今回の騒動を通して、私なりに考えたことがあるんだが聞いてくれないか」
「まぁどうせ聞かないって言っても話すんでしょ」
「そうとは限らんぞ?」
「じゃあ、聞かない」
「まあ話すが」
「なにそれ」
「タピオカを飲む理由についてだが、」
「はい!SNS映えと、味?」
「それもある。というか大半の人間はそうだろう。私が提唱するのは、全く新しいタピオカの楽しみ方だ」
「ほうほう」
「今回、おじいちゃんはタピオカの誤嚥により生死をさ迷った。つまり、タピオカを飲むということは常に死と隣り合わせであると言っても過言ではない。いつ勢いよく吸い込んだタピオカが喉に直撃し我々を死に至らしめるか、その恐怖に怯えながらタピオカを飲むのだ。最高にワイルドでスリリングで高尚な遊戯だと思わないか?」
「うーんと、ツッコミたいところが山ほどあるけど言いたいことは分からんでもないような…いや分からん」
「神崎ってなんというかナチュラルに頭おかしいよね」
「散々な言われようだな…タピオカを飲んでいるJKが皆スリルを求めていると思って眺めるとなかなか面白いと思うのだが…」
「…じゃあさ、これからも生死の狭間に立ってスリルを味わうためにたまに3人でタピオカ行ってJKに擬態しようよ」
「…それもいいかもね」
そして3人は謎解釈によりJKの文化に1歩歩み寄り、「高校生(♀)」から「女子高生」にクラスチェンジした。彼女たちが「JK」へと最終進化を遂げるのは、また別のお話。
× × ×
「お母さん、どうしたのぼーっとして」
「ん、お母さんが高校生だった時の話…、えっと、タピオカについてね、考えてた」
「タっ、タピオカ〜〜!?ぷぷーっ!お母さん平成人だな〜。タピオカとか何十年前に流行ったやつよ!私の社会の教科書に載ってたんだけど!今の流行りは×××××らしいよ。まぁ、あんな写真映えするからってJKがよってたかって食べてるものが美味しいはずないけどね」
「はは、『歴史は繰り返す』、か…」
「ん?なんか言った?」
「ううん、なんでもない」
<了>
Tapioca 如月 @kantoku314
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