第10話 決別 ラスト2
「僕は人ともにありたいんだ。兄さんだけじゃない。彼らを傷つけないで」
「どうしてよ! どうしてあいつらを庇うの!?」
竜が翼を広げた。止める間も無く、割れた窓から飛び出して外へ行ってしまった。
「待って!」
窓に駆け寄って外を見る。竜はまっすぐ城へ向かって空を滑る。城の窓には、いくつかの明かりが灯っている。人がいるのだ。
竜が、その窓の一つに炎を吹きつけた。竜の存在に気づいた城は騒然として、迎撃の準備を始める。
無数の矢が、竜に向かって放たれた。硬い鱗は飛んでくる矢を弾くが、鱗の剥がれたところは防ぎきれず、一本二本と竜の体に打ち込まれていく。
弓を構える兵士たちの前に、竜が躍り出た。竜は一呼吸で兵士たちを焼き払う。炎が消えた後には、原型もわからない黒い塊が残っている。
「止めなきゃ!」
ザクロが背中に乗るや否や、クオンは窓から飛び出して竜の後を追った。
矢の飛び交う空を飛ぶ。クオンが追いつくと、竜は声を殺して笑っていた。
「ありがとうお兄ちゃん。とってもいい気分なの。お兄ちゃんがいてくれるなら、育ての親のこの人たちを殺しても、私、一人じゃないもんね」
二匹目の竜の登場に、人間たちがざわつき始める。大量の矢が、クオンとザクロめがけて飛んでくる。それを翼で起こした風ではたき落とすと、人間たちは圧倒的な不利を察して、悲鳴をあげて逃げ出した。
「ダメだよ。人と共に生きて行こう。きっとできるはずだ」
「お兄ちゃんは城下町で育ったんだっけ? 一緒に行ってみようよ。きっとみんな、お兄ちゃんに石を投げるわ。下を見てごらんよ。お兄ちゃんは彼らを守りに来たのに、彼らはお兄ちゃんにも矢を射るでしょう?」
「それでもだ。僕は、彼らを傷つけないし、君が彼らを傷つけるのを見過ごせない」
大きな爆発音が城の方で鳴り響いた。鉄の塊がこちらへ飛んでくる。危ないところでクオンは身をかわした。城壁にはずらりと大砲が並んでいて、こちらに狙いをつけている。
「ちょっと! なにするんだよ! 危ないだろ!」
ザクロが怒鳴ると、兵士たちがざわついた。
「子供がいるぞ!」
「撃ち方やめ! 子供がいる!」
その様を見て、また竜は笑う。
「ほら、人間って結局人間しか助けない。そんな人たちと一緒にいても、バカを見るだけだわ」
城下町にポツポツと灯が燈り始めた。住人が騒ぎに気付いたのだ。それを見た竜がニンマリ笑う。
「ああ、いいことを思いついた。あっちから殺せばいいんだわ。あっちなら、攻撃されないもんね」
身を翻して、竜は城下町へ向かっていく。今度はあちらを焼き払うつもりなのだと、クオンは身震いした。
「まずいよ! あっちには母さんがいるはずだ!」
「うん。急ごう」
竜は、街の中心部の時計塔の上に降り立った。三角の屋根に爪を引っ掛け、縦に割れた瞳孔で舐め回すように街を見る。ガラガラと、瓦が屋根の上から滑り落ちていく。
人々は竜を指差して悲鳴をあげ、逃げ惑う。大通りを竜の炎が吹き抜けた。
「やめろ!」
「やめさせてみてよ! そんなに言うなら私を殺すといいわ! そうでもしないと私は止まらない!」
竜は時計塔から近くの民家に飛び移った。屋根のレンガが飛び散り、人々の上に降り注ぐ。
レンガを避けようとよろけた一人の女性が目に止まった。
「あれは! 母さん!」
竜が息を吸い込んだ。母さんがいるのは竜の真正面。炎が吐き出される前に助け出すのは、無理だ。
クオンは意を決して翼を折りたたみ、滑空する。竜に向かって突進し、体を突き飛ばす。炎は夜空に向かって吹き出し、一瞬だけ街を照らす。
牙が、硬い鱗を貫いた。喉元を食い破られた竜は、何か言いたそうに口を動かすが、喉から空気が漏れるだけだ。少しの間じっとクオンを見ていた瞳は、すぐに光を失った。
「……クオン、よかったの?」
「うん。悪いとは思うけど」
人と竜は、共生できる。それを壊そうとするのなら、止めなければいけない。そこまで考えて、クオンは頭を振った。この子を殺した時、きっと自分はそんな大義名分を考えてもいなかった。この理屈は自分を正当化するためのものだ。
「僕は竜を殺してしまったね」
「うん。そうだね」
「妹を殺してしまったね」
「うん。大丈夫?」
「僕はもう、竜としては生きていかない。僕は人間だ」
ザクロが、懐から角の水筒を取り出した。竜の亡骸の首を傾けると、目尻からツーっと涙が落ちた。
「ねえクオン、僕からだけは言わせてね。街を守ってくれてありがとう」
城の方から兵隊が走ってくる。竜を討伐しに来たのだ。
「行こう。まだ涙は足りていない。乗って、兄さん」
涙を集め終え、クオンとザクロは再び故郷に戻って来た。
街は、二人の記憶よりも数段賑わっている。毎年のお祭りとは違う、熱狂的な浮かれ方だ。みんなが広場で踊り狂っている。
「おじさん、何かあったの? 前にこの街に来た時はこんなんじゃなかったけど」
近くにいた男に声をかける。男はにこやかに答えた。
「竜王が復活したんだ! これは、それを祝う祭りだよ」
「竜王?」
「この国の危機を、竜が救ったんだよ。あれを見てごらん」
男が指差す先には、二人がここに住んでいた頃にはなかった石像が立っている。それはキラキラ輝く水晶でできた、翼を広げた竜の像だ。
「この国に、災いを振りまく黒き竜が舞い降りた時、あの竜がやって来てそれを打ち払ったんだ。竜なんておとぎ話だと思ってたが、これが結構最近の話なんだよ。すごいな」
なんて都合のいい解釈なんだ。クオンはどんな顔をしていいかわからなくなり、そっとその像から目をそらした。
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