第30話「谷川岳の仮御所」

 治英は白鹿丸に連れられて黒の館へ向かうことになった。白鹿丸について歩く治英だが、体のダメージが大きく回復にも時間がかかるため、歩くのもつらい。若起を解けば治英自身はただの中年男のため、見た目の悲壮感はより増した。


 白鹿丸が言う。

「本来であれば、私はお前を倒さねばならん。黒の館の人間としてな。だが私は、その黒の館を裏から支える連中に疑念を持ってしまった。天子様は、新しい御代を創られるにふさわしいと信じてきたし、だから今まで戦ってきた。だが、それには何の証拠も根拠もなかったんだ。このまま何も知らぬままアウェイガーと戦うというのは、おもしろくない。全てを明らかにし、これからの私の生き方は私自身で決めることにしたのだ」

 白鹿丸の言ってることの半分くらいは、治英にはよくわからなかった。

「なぜ俺を巻き込んだ」

「お前は強い。味方にとなれば心強いし、敵にまわしたくはない」

 戦力としては役に立つ、と亜衣に言われたことを治英は思い出した。それが自分の存在理由なのか。アウェイガーになるまで、全く言われたことの無い言葉だった。



 黒の館に到着した二人を待っていたのは、重傷を負った蒼狼丸が自分で手当てをしている姿だった。

「何があった。牛若丸か?博士はどこへ行った」

 駆け寄る白鹿丸に、蒼狼丸は黙って博士の手紙を渡した。

 天子様の御動座に同伴するため牛若丸とともに仮御所へ向かうと書かれていた。黒田博士が今さら自発的にそのようなことをするはずはない。博士は人質となったのだ。

 蒼狼丸が痛みをこらえ、うめくような声で言う。

「俺も体が動くようになったらすぐ行く……博士を頼む」

 白鹿丸はうなづくと治英とともに黒の館の裏口へ向かった。仮御所へ通じてるのだ。

「ちょっと待て。なぜアウェイガーが一緒なんだ」

 蒼狼丸の問いに、白鹿丸は軽く答えた。

「借りを返してもらうのさ。こいつは強いしな。」



 治英と白鹿丸は、仮御所へ通じる道というか、岩という岩をロッククライマーばりにわたっていかなければならなかった。

 たまらず治英は若起した。若返った心身と体を守る強装で、ようやく白鹿丸のあとについていくことができた。

 治英はおもわずぼやいた。

「こんなの、普通無理だろ。人間の通る道じゃない」

「それゆえ誰も近寄れぬ。天子様を外界から守るには最適の場所だ」



 途中、あちこちに死体があった。白鹿丸は眉をひそめた。

 治英は、遭難者か?とも思ったが、そのわりには軽装だ。

「あれは、黒の館の同士、純良種[カタロスポロス]だ。仮御所への侵入者を防ぐために潜んでいたのだが、あきらかに何者かに倒されている。牛若丸がやったと思いたくはないし、その理由も思いつかんが、では誰が……?」



 過酷な地形を乗り越え、二人は仮御所に近くの渓谷に着いた。

「あの岩壁を超えると、仮御所だ」

 白鹿丸が指差した岩壁の向こうから、牛若丸が姿を表した。

「何をしに来た」

 牛若丸の問いに、白鹿丸が答える。

「博士をどうした」

「手紙を読んでないのか」

「博士はもうこの戦いに疲れていた。今さら御動座などに同意するものか」

 その時、別の男が博士を連れて岩陰から現れた。スーツ姿の西洋人だ。



「我が名はセロ。お前たち全員、CIAに従ってもらうぞ。でなければお前らが父と慕うこの男は一瞬であの世行きだ」

 状況がのみこめない白鹿丸が、牛若丸に叫ぶ。

「どういうことだ牛若丸!なんでCIAと一緒にいる?」

「天子様の御動座は、CIAの庇護のもと行われることになった。これで、我が国体の正常化は確実である」

 その言葉は、牛若丸の真意であるかのようだった。

「孝明天皇の血筋の天子様を担ぎ、日本をあるべき姿にするんじゃなかったのか」

 そこへセロが口をはさむ。

「そうとも、新たな天子様は牛若丸を摂政としてこの国を治める。その牛若丸は、今や我らCIAの忠節な下僕だがな」

「裏切ったか、牛若丸!」

 珍しく感情をあらわに叫ぶ白鹿丸。

「お前に言われたくはない!」

 そう言うと牛若丸は二人に笛で超音波攻撃をした。若起していた治英は獣の動きで岩壁沿いにかわしたが、白鹿丸は攻撃をモロに受け、全身を切り刻まれた。白鹿丸もまた手をすり合わせた気流攻撃で反撃。だが傷を受けており全力を出せない上に、牛若丸が笛の音波で作る空気の壁に阻まれ、全くダメージを与えることができなかった。


「戦えばこうなることはわかっていたはずだ。純良種[カタロスポロス]としての能力は僕のほうが上だからね。死にたくなければ、我に従え」

 そう。牛若丸は無拍の動きで予備動作無く笛での攻撃を行う。超音波攻撃の速度では、白鹿丸は牛若丸の指の動きを見てから反応しても間に合わないのだ。



 だかそこで、牛若丸は全く意識の外から巨体に襲いかかられた。蒼狼丸だ。傷の手当てを終えた蒼狼丸がやってきたのだ。牛若丸の背後からものすごい腕力で体を締め付けると、そのまま笛も潰してしまった。

「これで文字通り、手も足も出せまいっ!」

「離せっ!こっちには博士が」

 そう牛若丸が言った瞬間、セロの左腕に仕込まれたコインマシンガンが二人を乱れ打ちにした。蒼狼丸は背後から牛若丸を締め付けていたため、ほとんどのコイン弾は牛若丸に命中した。その勢いで二人は岩壁の割れ目へ落ちていった。



「役に立たん連中だ。これではせっかくの人質が・・・」

 二人に気を取られたセロのスキをついて、慧のゲノムカード・狼の力を得た治英がその俊敏性で博士を奪い返した。治英は博士を担ぎ、白鹿丸のもとへ戻った。

「博士・・・」

「すまぬ、すまぬ、すまぬ」

 全身を切り裂かれ戦闘不能の白鹿丸に対し、黒田博士はただ謝るばかりだった。



 治英は間髪入れず、セロに向かっていった。右腕の伸びる手刀が、シャッ!シャッ!と何度も治英の強装をかすめた。

「細かいことはわからんが、二度とアメリカに日本を占領などさせないっ!」

「細かいことはわからんなら、黙ってヒッコんでろ!」

 慧のゲノムカード・狼の力で治英の強装にはいくつもの牙が生えていた。それを利用して肘打ちをしかけた治英であったが、視界からセロの姿が消えた。

「?!」

 全くの死角から、セロはナックルダスター付きのパンチをぶち込んだ。まさしくイスナーニのスピードで、相手を探し戸惑う治英の常に死角から攻撃を何度も加えた。その威力はイスナーニより強く、一発一発が強装を通じ大ダメージを与え続けた。

「お前がハル・ノートに載ってなかった男か。だがその存在も今ここで消える!」

 コークスクリューパンチをセロが治英に発した瞬間、それを待っていたかのように治英も決定的な技を出した。

「ダイナマイトフィストォー!」

 二人のパンチは同時に相手に命中したが、ただでさえ若起のあと時間が経って強装が弱くなってるところに、セロの攻撃で強装の粉塵が大量に宙に舞い、セロを焼き飛ばすがごとき強力なダイナマイトフィストがカウンターとなってセロに命中した。コークスクリューパンチの反作用で飛ばされたセロは空に飛ばされ爆発した。



 セロとの戦いで治英の強装はすでにボロボロとなり、若起を解くまでもなく強装は崩れ砂となった。その中に砂金のような輝きがあったことには気づかなかった。

 黒田博士の手当てで立って歩けるようになった白鹿丸の元に、蒼狼丸が牛若丸を担いで崖のそこから上がってきた。

「死んじまった。俺が殺したようなものだ」

 戦わざるを得なかったとはいえ、同じ黒の館の同士を死に追いやってしまった。蒼狼丸の心には罪悪感と後悔が残った。



 四人ははじめて仮御所へ入った。天子様にお使えする伴のものが邪魔をするが、彼らはスポンサーである、旧幕府軍、旧皇族、旧華族、旧財閥といったところから遣わされてきたなんでもない普通の人間だ。戦闘力はない。彼らを追い出し、御座所の御簾を乱暴に外すと、そこにいるのはまだ小学生にもなってないような男の子だった。ろくに話すこともできず、きちんと教育を受けているかも定かでない。

「この子が・・・孝明天皇の子孫だって?」

 白鹿丸は、それ以上、言葉が出なかった。

 黒田博士は知っていたかのようにうなだれ、かつて自分がそうしてきたように、どこか身寄りのない子を連れてきて利用したのではないかと想像し、慙愧する。

 蒼狼丸は、やり場のない怒りを必死に我慢した。

 治英は、子供を騙して大人の道具にするのは良くないという教科書的な憤りは感じたが、それ以上の、三人それぞれが持つ感情は想像できなかった。



 天子様だった子供は三人で育てることにした。

 アウェイガーほどではないにせよ、自然治癒力の高い純良種カタロスポロスの二人は、あらためて黒田博士の手当てを受け、体を休めている。

「確かに、借りは返してもらったぞ」

 白鹿丸の、治英への言葉だ。

「お前は、どうするんだ」

 蒼狼丸の問いに、治英の答えははっきりしていた。

「白の館へ行きます。もうアウェイガーはほとんど生き残ってないにせよ、白河博士が健在なうちは、国会議員皆殺し計画もまた行われるでしょうし。それに・・・あそこには救いたい人がいるんです」

 そして心の中で、誰にも聞かれないようにつぶやいた。

「世界でたったひとり、俺の存在を認めてくれる人が」

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