第31話「執念」
治英は一人、白の館へ向かう。
海沿いに立つ廃病院。それを改装して使っているのが白の館。
その正面入口に、勇が立っていた。
「お前のせいで何もかも台無しになった」
「国会議員皆殺し計画のことか」
「そうだ。俺と決着をつけろ。でなければ腹の虫がおさまらん」
「お前の腹の虫なんかしらないけど……」
「俺たち白の館のアウェイガーは、政治の無為無策によって社会に捨てられた人間の集まりだ。お前だって、生きていくのがつらくなって、社会に絶望して、自ら命を絶とうとしたのではないのか。それがなぜ俺たちの邪魔をした」
「力ずくで政治をひっくり返すなんて、まるで戦前じゃないか。そんなやり方、許されるわけがない」
「……フン、結局のところは、亜衣のせいだろう。亜衣が反対しているから、あの女に気に入られたくて……そうだな。俺と最初戦ったときからそうだったな」
「あの人は、俺を頼りにしてくれた、俺の力を認めてくれたんだ!」
「アウェイガーとしての力をな!お前自身はただの、なんの取り柄もない中年男だ。それが、女子高生みたいな女に取り入るために戦うなど、気持ち悪い!」
「政治や国家のために戦うのが、そんなに偉いのかよ!」
二人は同時にバインダーブレスに手をかけゲノムカードを差し込み、同時に叫んだ。
「若起!」
「若起!」
その時、治英の体は倦怠感に襲われた。一瞬ではあったものの、頭の中も急に疲れを感じ、若起が遅れた。
強装には覆われた治英であったが、動きの鈍さを勇は見逃さなかった。
「猪突猛進!」
突進し体当りする勇。頭部、襟、肩などの強装にある牙が、治英を襲う。
治英の動きは鈍く、かわしきれなかった勇の牙が治英の強装を貫き、血を撒き散らす。
体勢を立て直そうとするも、急に咳き込み、血を吐いた。
「フッ。老化か」
「何っ?」
治英は、勇が何を言おうとしているのか全くわからなかった。
「やはり知らなかったのか。バインダーブレスによる若起は確かに心身を若返らせる。だが若起は生命力を一種前借りして若返っているようなもの。その代償が老化だ」
「だったらお前は?!」
「我々は白河博士・ドクターホワイトから薬をもらってそれを抑えている。だが突然変異で若起し、薬を持たないお前がどうなるかは博士も知らんようだったが……老化の加速からは逃れられんようだな」
「じゃあ、亜衣さんは?」
「若い人間が若起したって若いままだ。体への負担はない。老化は起こらんよ」
老化が加速している。ショックを受けた治英だが、勇は手を緩めない。
「そのままあの世へ行くか、治英!」
猪突猛進が治英を襲う。
治英は俊敏性をカヴァーしようと慧の使ってた狼のゲノムカードを使おうとするが、バインダーに挟む前に勇の攻撃をくらい、落としてしまう。
「こんなもの!」
そのカードを踏み潰し割ってしまう勇。
再び猪突猛進で襲ってくる勇を体を踏ん張り腕を交差させ防ごうとするが、今の治英にその力はない。かえって牙が強装を破壊し、ダメージが増えた。
その治英を両肩に担ぎ、ひねりながら空中へ投げ飛ばした。
「俺の技は猪突猛進だけではない。それを最期に味あわせてやる」
ひねり回転を加えられた治英は空中で姿勢制御や防御ができず、その治英に向かって勇がジャンプする。治英の落下スピードに勇のジャンプ力が加わり、勇の強装にある数々の牙が治英に突き刺さった。
「ガァグァア!」
体のあちこちに牙を受け、そこから血を流しながら治英は地に落ちる。
治英は地面でうめきながらもがき、倒れたまま立ち上がることができない。
「もう戦うこともできぬか。こうもあっけないとは」
そのことが、勇の怒りをさらに大きくした。
倒れた治英を、何度も何度も蹴りつけた。
「お前が!お前が!邪魔をしなければ!国会議員は皆殺しになり、新しい国ははじまってたのだ!それを!お前が!お前が!」
今まで倒されたアウェイガーたちの怒りをかわりにぶつけるように、勇は何度も何度も治英を蹴った。蹴り続けた。そのたびに血がどんどん流れだす。
人間は、血液の半分を失うと死ぬという。アウェイガーとて例外ではない。
だが治英は、まだ目の輝きを失っていなかった。
勇が気づかぬうちにその目は金色に輝き、勇の脚をつかんでねじり倒した。
「キサマッ、まだそんな力が」
治英の強装は急速に回復し、出血も止まった。
「そうか、お前は突然変異で若起した人間だったな・・・まだ何か力が秘められているとでもいうのか?!」
「ウォオオオッ!」
パンチで襲いかかる治英。手のひらで受ける勇。だがそのパワーは、勇の腕を砕かんばかりであった。
「ツゥオゥアゥゥ・・・」
腕をかばい、治英と距離をとる勇。治英の体に何が起こってるか知らんが、どのみち老化は加速している。長い間合いからの猪突猛進で一気にカタをつけるしかない。
それを感づいたか、治英は一気に距離をつめてパンチで襲ってくる。ネコ科の猛獣の前脚(腕)は強力なのだ。
「猪突猛進!」
遅れを取るまいと突撃した勇だったが、治英のパンチはその金色の目で勇の強装の牙の無い部分を正確にぶち抜き、カウンターとなった。治英の拳は、勇の胴体を貫いた。
治英が勇の体から拳を抜くと、勇の体の前と後ろから血がドバドバと流れ出した。
「なんてこった、これじゃ最初に戦ったときと同じ・・・」
膝から崩れ落ち勇は倒れた。強装は砂となって落ちた。
自分が勝ったことに安堵する治英だったが、勇のあまりのダメージに動揺した。
「今、救急車を!」
「バカが……この出血では何をしても間に合わん・・・」
そういうと、勇は一枚のゲノムカードを出した。
「亜衣のゲノムカードだ。若起できないように取り上げておいた・・・亜衣は、以前お前を閉じ込めた病室にいる……」
それを治英に渡すと、もうそれ以上何も言わなくなり、動かなくなった。
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