第29話「王政復古」
自らの再興のため黒の館を支援してきた天子様の一派は、谷川岳の奥地を仮御所にしていた。谷川岳は決して高い山ではない。だが急峻な岩壁と複雑な地形からなる谷川岳の遭難死者数はヒマラヤをはるかに超え世界一であり、その奥地とあればまず誰も近寄れず、隠遁するには最適とも言えた。
仮御所とは名ばかりの小さな山小屋だが、ここで天子様は数人の伴の者(スポンサーから遣わされた者)と生活していた。天子様の御座所には御簾がかけられ、牛若丸でさえ直接の目通りはできなかった。
その日もいつもどおり、仮御所周辺の見回りをしていた牛若丸の元へ、スーツ姿で涼やかな表情をした男が現れた。CIAのセロだ。まるで散歩でもしてるかのように歩いてやってきたようだ。牛若丸は、その事自体に恐れを感じずにはいられなかった。
それを悟られぬよう装い、牛若丸は訊いた。
「貴様・・・何者だ」
「セロ・・・CIAのな」
「なぜここがわかった。ここを知っているのは黒の館の者だけのはずだが」
「CIAの本職は諜報だぞ。お前らの猿知恵などお見通しだ」
「見張りはどうした」
黒の館から仮御所までたどりつける道はひとつ。そこには仲間の純良種[カタロスポロス]を何人も見張りとして潜ませていた。
「それはお前がこれから身をもって知ることになる」
ロッククライマーでも命の危険を感じるような岩壁を素早く登り、牛若丸に近づくセロ。
笛の超音波攻撃を牛若丸は発するが、セロはダメージなど受けてない様子だった。
「何っ!」
「私の肉体はアジーンの技術が使われている。しかもさらに改良され、よりスリムに、素早く動けるようになっている。だからイスナーニの高速化技術も同時に使える」
そして今度は左手首を90度折り銃口を出し、1円玉を弾丸がわりに乱射した。牛若丸もかわすが、セロのように自在には動けない。
「知っているぞ。超音波を使った高速移動は、平地でなければ使えないことを。まさか敵がここまで入ってくるとは想定してなかったのかな」
ニヤリと笑うセロ。焦る牛若丸。
超音波攻撃を全く意に介さず間合いを詰めてくると、セロの右腕は伸びて手刀が牛若丸の首元をかすめた。血しぶきが周囲の岩を染めた。
「今までお前らを襲ったCIAの連中は、言わば私の実験台。私こそが、CIAサイバネティクス部隊の最高峰なのだ。どうかな。お互いの立場というものがわかったろう。その上でだ・・・君と話し合いがしたい」
牛若丸は耳を疑った。いつでも殺せるという脅しということか。
「黒の館のスポンサーであり天子様を担ぐ一団、その目的は日本の支配だな」
「そうだ。孝明天皇の血を引く本当の天子様を・・・」
「ああ、ああ、いいんだそういう話は。結局、お前はその権威を利用して日本を支配したいわけだろう。それに手を貸しても良い」
半笑いでセロが話す間にも牛若丸は逆転のスキを狙ってたが、仮にスキがあったとしても攻撃する手立てがないことに気づいて、反撃の気力を失った。
「お前たちはあの天子様を担いで皇居を強奪する。それを手伝ってもよいと言っているのだ。我々がいれば、力ずくで可能だろう。もちろん身分は隠すがな」
それはそうか。
「その上で、牛若丸、お前が摂政としてこの国を取り仕切れ。我々CIAの、いやアメリカの意思のもとにだ。お前たちを介し、アメリカは日本を再占領する」
再占領。その重い言葉を日常会話のごとくさらりと口にするセロに、牛若丸は怒りと、決して逆らえない無力感と同時に襲われた。
「お前も事実上日本の頂点に立てるのだ。悪い話ではなかろう。傀儡なのは今までと一緒なんだから、あまり気にするな」
牛若丸にとって重い言葉を、セロは軽々を発する。
「我々が後ろ盾になれば、お前の摂政としての治世は安定するぞ。今の日本以上にな」
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