第28話「悪い予感」

 絵須を倒した治英は、若起したまま駅に向かった。東京へ向かったはずのアウェイガーらを止めるためだ。

 だが到着した駅前ではアウェイガー三人が倒されており、いずれも首が無かった。

 すぐ側には、CIAの二人が立っていた。イスナーニとベッシュだ。

「東京へ行かれちゃこまるんでね。片付けておいたよ。まあ、お前もこの死体に並ぶことになるがな」

 かつてイスナーニは、治英のダイナマイトフィストを受け、大怪我をした。

「たっぷり礼をさせてもらわんとな!」



 手にナックルダスターをし、ファイティングポーズをとったイスナーニが治英に向かってくる。

「速いッ!」

 元々スピードが特徴のイスナーニだが、さらにスピードが上がっている。

「CIAの技術力、その身で思い知れ!」

 バシィ!

 バシィ!

 正確に一ヶ所を狙ってナックルダスターのパンチを打ってくる。

 治英はバインダーに慧のゲノムカードを差し込んだ。

 これで敏捷性は高まったはずだが、やはりかわすのがせいいっぱいだ。

「俺も強化されているんだよ!」

 腕を伸縮させて手刀を使うベッシュが、治英の動きを牽制する。

 イスナーニを気にすればベッシュの手刀が、ベッシュを気にすればイスナーニのナックルダスターパンチが治英を襲う。

 治英はすでに絵須と戦って、強装も弱まりだしていた。攻撃が少しかすっただけでもヒビが増えていく。

 その、ベッシュがいきなり脇腹に衝撃を受けた。ベッシュは治英らと距離を取り、周りを確認した。

「フッ、脇腹の具合はどうかな」

 白鹿丸だった。

「お前か。CIA極東支部で強化を受けた俺にもうお前の攻撃は通じんぞ」

 それを確認するように、白鹿丸は両手を擦り合わせ気流を起こし、何発も攻撃をしたが、ベッシュも俊敏性を強化されており、全てかわされてしまった。

 ベッシュの伸びる手刀が白鹿丸を襲う。だが白鹿丸も、ベッシュの攻撃は全てかわした。

 白鹿丸のおかげでイスナーニと一対一になった治英ではあったが、それでもイスナーニのスピードは圧倒的で、反撃の糸口をつかめずにいた。その上、わずかだがよろけたり、体の力が抜けてだるい感じにある瞬間が出てきた。

 そこをイスナーニは逃さず、ナックルダスターのパンチを打ち込んでくる。

 一発一発の威力はそれほどで無くとも、治英はのダメージは確実に累積していった。自己治癒能力は追いつかず、強装のヒビは増える一方だ。

 さらに、イスナーニの攻撃をかわしてる間も、ヤツから受けたダメージとは別の意味で内蔵が苦しい。何かの病気になったように。

 ビシィ!

 ガシィ!

 治英の強装はボロボロで、攻撃をかわすことも、反撃もできない。

 イスナーニは勝利を確信したように言う。

「仲間の仇、取らせてもらう!」

 ナックルダスターを付けたイスナーニのコークスクリューパンチが、治英のダメージが最も大きいボディに命中した。

 グァァガッ!

 治英は回転しながらふっとばされ、地面に叩きつけられた。強装は砂となった。



「おい!治英!」

 そう呼びかけた白鹿丸であったが、そのスキにベッシュの伸びる手刀による猛攻にカスリ傷を受けてしまった。

「人の心配をしてる場合か!」

 そう言ってはみるものの、ベッシュの攻撃はいつもギリギリのところで白鹿丸にかわされていた。反撃の暇を与えないのが精一杯だった。

「なんでだ。なんでこいつには俺の攻撃が当たらない」

「知りたいか」

「なんだと!」

「お前がどんなに機械で体を強化しようがそれは肉体とつながっている。肉体は動きはじめるとき必ずその予兆を出す。それを見逃さないだけさ」

「サングラスをしているくせに、そんなことが?」

「逆さ。常にサングラスをしているおかげで視覚以外の感覚は鋭くなった。お前が地を踏みしめる足の音、攻撃時の息遣い、そして何より機械の腕のモーターや摩擦の音、全部まとめれば動きを察するのは造作もない」

「それでも!」

 攻撃をやめないベッシュ。

「俺の動きがお前を上回れば攻撃は当たる!俺を動きを先読みされようと、かわす前に当てる!」

 確かに、ベッシュの攻撃は白鹿丸にカスリ傷をつける程度には当たるようになってきていた。

「(交わし続けるのも限界か……!)」

 白鹿丸は手を擦り合わせた気流攻撃を使い間合いを取る。ベッシュの伸びる手刀が届かない距離に。

 二人は動きを止め、お互いの出方を待った。



 イスナーニのコークスクリューパンチを受け、強装も失い倒れた治英は、立ち上がれずにいた。

「超人的な自己治癒能力を持つアウェイガーも、そうそうは簡単に回復はせんか・・・フッ」

 ザッ、ザッ、足音が近づいてくる。

「首を取らんとアウェイガーは死なんらしいからな。文字通りお前の首ももらうぞ」

 ナックルダスターを付けたイスナーニの両腕が治英の首をギシギシと締める。

「このまま骨ごと千切ってやる」

 治英の首がメキメキと音を出し、ナックルダスターが食い込んで血も流れ始めた。

 その時である。

 死人のように目を閉じていた治英であったが、急にクワッっと開くとその眼球は金色に輝いていた。自らの首を締めるイスナーニの両手首を握り、強烈に握りだした。

 治英の力はイスナーニの手首に激痛を与え、治英の首を締める力は無く、むしろイスナーニ自身が治英に捕まってる状態だった。

 そして治英の全身が金色に輝き出した。

 白鹿丸もベッシュもその異常な光景に気づいていたが、動けば自分が攻撃を受けるとあって対峙したままだった。

 治英はイスナーニの手首を握ったまま立ち上がり、その腕を自分の首から完全に外した。

「ウォオオオァア!」

 雄叫びとともにイスナーニをねじるようにして放り上げ、無防備に落ちてきたところへダイナマイトフィストをくらわせた。治英全身の強装を巻き込んだダイナマイトフィストの凄まじい粉塵爆発は、轟音とともにイスナーニの体を四散させた。



 その光景に気を取られたベッシュを、白鹿丸は見逃さなかった。左右二発のパンチで空気の薄い空間を作り、そこへ飛び込んで一気に間合いを詰めると、その勢いで頭部にパンチ、続いて回し蹴りをくらわせた。ベッシュの首は異常な方向に曲がり、目玉は飛び出でんばかりにむき出し倒れた。

「なんだ、今の動きは・・・生身の人間にこんなことができ・・・」

「私は鍛え方が違う。しかも品種改良を繰り返した純良種[カタロスポロス]の完成形だからな」

 それに対しベッシュはもう言葉を発することができなかった。



 治英は金色の光を失い、ぐったりと倒れていた。

 そこへ白鹿丸が歩み寄る。

「おい。さっきのあの力はなんだ」

「・・・わからない。でも、はじめて若起したときの感じに似てた。電車に飛び込んだときの・・・」

 自分でもよくわからない状態の治英に、白鹿丸がさらに難しいことを言う。

「私はもとより白の館を潰すのが使命だ。ここでお前を命を断つのはたやすい。だが、お前が私に協力してくれるなら、私もお前の目的に力を貸そう」

 ただでさえ金色の力に頭が混乱していた治英は、戸惑った。

「私とともに来るか、それともここで倒されるか。お前の命は二度、いや三度助けたのだから、一度くらい私の言うことをきいてくれてもよかろう」

 倒れたまま、治英は決断した。

「行こう。俺の目的はひとつだ」

 立ち上がり、白鹿丸とともに歩いていこうとしたとき、咳とともに血を吐いた。

「さすがにまだ体が回復してないか」

 それもある。金色の力のリバウンドみたいなものかもしれない。

「お前たちは、若起が解ければ元は中年男らしいからな。体に無理はきかんか」

 それ以上に、歩くことすら億劫になるだるさを治英は感じていた。

 今までと違う体の変化に、治英は不安を覚えた。

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