第27話「二人の決意」

 牛若丸の命で、白の館を潰すため黒の館を出た蒼狼丸と白鹿丸。二人は黙ったまま歩き、黒の館がある不動山を下りていた。


 沈黙を破ったのは、白鹿丸。

「蒼狼丸、お前は……」

「お前はどうなんだ」

 逆に話しかけられ、白鹿丸は面食らった。

「本当に白の館を潰す気か」


 以前より白鹿丸には戸惑いがあった。自分が何のために戦っているのか、と。それでも、父と慕う黒田博士が言うならきっと間違いないはずだと自分に言い聞かせていた。だがその前提は、崩れた。


「俺はな、牛若丸や天子様に、戦いの意味を糺したいとずっと思ってたんだ」


 蒼狼丸のその言葉に白鹿丸は驚いた。朴訥に見える蒼狼丸は、迷いなく天子様に仕えてると思っていたからだ。


「考えてもみろ。俺たちは天子様の顔も知らんのだぞ。やりとりは全部あの牛若丸経由だ。それで命を賭けられるかというとな。だから一度、あの二人には訊きたかったのだ。だがそんなヒマはないようだ」


 言い終えるか終えないかのうちに蒼狼丸はいきなり白鹿丸を突き飛ばした。そして蒼狼丸の右腕には、目に見えないほど細い繊維が巻き付いていた。蒼狼丸がグイッと腕を引き寄せると、茂みからズサっと音を立ててフィーラが現れた。


「同じ技に引っかかるとはとんだ間抜けだな」

「白鹿丸、お前は早く白の館へ行け」


 白鹿丸は、何もかもがいきなりで戸惑うばかりだ。


「何にせよ白の館へは行くんだろう、白鹿丸。こいつは俺一人でじゅうぶんだ。こいつも俺と戦いたがってるみたいだし。なあ、CIAさんよぉ」


 そう言って蒼狼丸が腕を動かすと、フィーラも身動きがとれなくなっていた。フィーラはこっそり繊維を白鹿丸にも絡めようとしたが、蒼狼丸に見抜かれていたのだ。


「わかった。俺は白の館に行く。抜かるなよ」

「ヘッ、お互いにな」


 走り去る白鹿丸を横目に、フィーラが言う。


「よくも見くびってくれる」

「間抜けはお前だ。前にこの状態になったことを忘れてんだからナ」

「俺がヤった左腕も治ってないくせに」

「鍛え方が違うっつったろ。オマケに純良種[カタロスポロス]は治りも早いんでね」

「なら今度は右腕を輪切りにしてやる」

「やらせねえっつったろ!」


 再び蒼狼丸が腕を動かすと、フィーラも動きを封じられた様子となる。

 だが。


「こいつを忘れてんじゃねえか?ああん?」


 そう言いながら、五円玉の付いた超高分子量ポリエチレン繊維を円状に振り回しだした。


「動けるのか」

「当たり前だ。この繊維は俺が操ってるんだぞ」


 五円玉の付いた超高分子量ポリエチレン繊維が蒼狼丸の首に巻き付く!


「このまま首を刎ねれば、それでしまいだ」

「できんのかよ!」


 実際、フィーラと蒼狼丸はお互いに相手の動きを自分の動きで縛っているような状態になっていた。


「だがお前の勝ちはもうないぞ!」

「どうかな!」


 そう言うと蒼狼丸は一気に超高分子量ポリエチレン繊維をぶち切り、タックルの勢いでフィーラに喉輪攻めをした。首にダメージを受け体の自由がきかなくなったフィーラはそのまま蒼狼丸に首を絞められ続けた。


「(バカな!……こうも簡単に切られただと……?)」

「お前の仲間があっさり切ったの見逃したと思ってんのかよ。このなんちゃら繊維の弱点は熱だ。お前の仲間は手を使って瞬時に摩擦熱で切ってたの見て同じことをしたまでヨ」

 その言葉は、もうフィーラに届かなかった。

 だが蒼狼丸も、ずっと繊維に縛られ続けたダメージは浅くなかった。


 右腕と首からダラダラ血を流しながら黒の館へ戻った蒼狼丸。だがそこには誰もいなかった。ただ黒田博士の手紙があり、そこには、天子様の御動座に同伴するため牛若丸とともに仮御所へ向かうと書かれていた。しかし黒田博士が今さら自発的にそのようなことをする理由がない。博士は人質となったのだ。


「むぅ……これは、うかうかしてられん」


 そう言って蒼狼丸はケガの手当てをはじめたころ、黒の館の入口から音がした。そこには、背の高い、バランスの取れた肉付きの西洋人がスーツ姿で立っている。


「貴様……誰だっ!」

「私の名はセロ。CIAの、と言ったほうが話しが早いかな」

「ちぃっ!」


 ゆっくり歩み寄ってくるセロに対し、蒼狼丸は手当てもそこそこにファイティングポーズをとらざるを得ない。

「そうか。私は殺生は嫌いだが戦いを望むか。こちらも仲間を何人も倒されてるのだから、見過ごすこともできんがな」


 そういうとセロは蒼狼丸の視界から消えた。


「な……?!」


 周囲を見渡してもセロの姿は無い。しかし生きた人間が消えるはずはない。セロはその超人的な俊敏さで、常に蒼狼丸の死角に入るように動き続け攻撃した。ときに脇腹を、ときに二の腕を、背中を、腰を、そして後頭部を!

 これまで戦った誰よりも速く、誰よりも強い攻撃だ。


 蒼狼丸は意識が失われる刹那、頭の中でラグビーボールを追っていた。純良種[カタロスポロス]として“生産”された蒼狼丸は学校へ行っていない。教育も、訓練も、すべて黒の館の中で受けていた。たまたまテレビで見たラグビーに心奪われ、いつかは自分も試合に出たいといった淡い夢を持つようになった。

 しかし学校に行ってない蒼狼丸が試合に出るなど不可能だ。何より天子様をお守りするという使命がある。それでも、あのどこへ転がるかわからないラグビーボールを追って子供の頃からずっと一人で不動山中を走りめぐった結果、巨大な体躯に似合わない俊敏性を身に着け、スピードとパワーを両立させた。

 その蒼狼丸であったが、このセロという男の動きは全く見えなかった。全身をメッタ打ちにされ、意識が遠のいていく。ボールはどこだ……ボールは……?


 蒼狼丸は床にバタンと大きな音を立てて倒れ、意識を失った。


「フ……ここでとどめを刺してもいいが、ムダな殺生は避けたいな」


 黒田博士の手紙を手に取るセロ。


「死刑などという野蛮なことをする国の連中と一緒になってはいかん」


 倒れている蒼狼丸をチラと見るセロ。


「神のご加護があれば一命はとりとめるだろう。でなければ死ね」


 そう言って、入口とは逆方向の、館の奥の方の出口へセロは歩いていった。



 白の館では、勇と亜衣がお互いに牽制し合ったまま、時間だけが流れていた。白河博士はそれをどうするというわけでもなく、ただじっと我慢するかのように目を閉じていた。

 その沈黙を破ったのは、ロビーの方からした物音と、品のない高笑いだった。


 亜衣には聞き覚えがあった。


「この笑い声は……!」


 三人がロビーに出ると、そこでは蜘蛛の遺伝子に目覚めている弓宇が天井に張り付いて網をたらし、床では白鹿丸が網にかかり動きを封じられていた。


「クッ……不覚!」

「ヒャハハハハ!やっぱ待ち伏せに関しては俺がアウェイガーイチだな。黒の館の誰かかCIAの誰かかが来るとは思ってたが」


 かつて自分を圧倒的な力で助けてくれた白鹿丸が、このような形でアウェイガーに捕まるとは。亜衣はなんとも言えない心境になった。だが亜衣の心はすぐに決まった。亜衣はすぐに若起すると、羽を大量に弓宇へ飛ばした。


「フライングフィン!」


 蜘蛛の糸は元から絶たれ、白鹿丸は解き放たれた。

 弓宇はうげえ、と声を上げながら、血まみれになって天井から落ちた。


「亜衣、どういうつもりだ!」


 勇の言葉を無視して、亜衣は白鹿丸に呼びかける。


「あなた、アウェイガーの上京を止めたいんでしょ。駅に急いで!新たな陣が上京しようとしているの!」

「……ここでやりあってるヒマもなさそうだし、信じるしかないようだな」


 白鹿丸はロビーを出ていった。


「行かせるか!」

「邪魔はさせない」


 白鹿丸を追おうとした勇に亜衣がしかける。


「チィ!……博士、娘さんを今日こそ裏切り者として捕らえます。異存ありませんな!」


 白河博士は静かに頷いた。


「クッ!」

「覚悟せい!猪突猛進!」


 ものすごい勢いで迫りくる勇。いつもの亜衣なら翼で宙にかわせるのだが、父が、白河博士が自分の捕縛に同意したことに動揺した上、フライングフィンで羽を失っていたため、モロに勇の猪突猛進をくらってしまった。


「グハァ……」


 壁と勇のツノに挟まれた亜衣は、気を失った。

 あっさりと亜衣を捕まえられたことに、勇は臍を噬んだ。


「最初っからこうしていれば……あの男さえ現れなければ……ったく」


 勇は亜衣を拘束し、病室の一室に監禁した。


「さあ、どうする。お前はまたしても俺の邪魔をしに来るのか。来るなら来い。俺の暴意を感じてみろ」

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