第26話「恋と愛」

 白の館を出て東京へ向かうアウェイガーを追いかける治英。だが走ってるうちに膝がガクっとなって急に全身の力が抜けてきた。今すぐにでも横になりたいくらいだ。


「やっぱ歳なのか……亜衣さんには止められたけど、追いかけなきゃ」


 若起する治英。心身ともに若返りまたすぐ走り出した。

 元よりネコ科の動物すなわちチーターやジャガーやヒョウといった動物の遺伝子に目覚めた治英。若起すれば足は速い。たちまち先行するアウェイガーたちに追いついた。三人。手首にバインダーブレスをしている。間違いない。


「待て!お前らっ」


 そう叫んだ時、治英の体は激しい衝撃に襲われた。


「グハッ!」

 ズサッ!たまらず倒れる治英。

 前の三人は気づかないテイで去っていく。


「何だ?!」


 何もないところから足音が聞こえてくる。そして治英の眼前に急にアウェイガーが現れた。若起した絵須である。亜衣を恋敵として狙いっていた、あの絵須である。


「フンッ、今日はひとりかい」


 カメレオンの遺伝子に目覚めた絵須は姿を隠し治英を攻撃したのだった。


「眉井の仇だ、死ねっ!」


 右手首から伸びる強装でできた鞭で治英を襲う絵須。すんでのところでかわす治英。


「仇って、じゃあ……」

「ああ、眉井は死んだ。お前が殺した!」


 恨みに満ちた眼で攻撃する絵須。


 眉井は絵須とともに治英たちと戦ったアウェイガー。カエルの遺伝子に目覚めており、ジャンプ攻撃で治英を苦しめた。亜衣と治英の攻撃を受けて重傷を負ったが、絵須が謙信の隠し湯へ連れて行った……と治英は思っていたのだが。


「アウェイガーは、簡単には死ねないんじゃないのか?!」

「あの女がそう言ったのかい?!ふざけやがって。アウェイガーは不死身じゃない。血液の半分を失ったら死んでしまうのは普通の人間と変わらないよ!」


 なんということだ。また人を殺してしまったのか。そう、治英の心が揺れても、絵須の攻撃はやまない。


 ビシィッ!バシッ!ガッッ!


 なんとか攻撃を防ごうとするも鞭に腕をとられ、逆に動きを封じられてしまう。


「苦しんで死ね!ショックウェーブ!」


 右手首から伸びる鞭状の強装を左手で振動させ、電気ショックにも等しい衝撃を与える攻撃。


「ガァアッッ!」


 感電したように全身に衝撃を受けた治英はその場に倒れる。バザッ!


 激痛としびれで体が言うことをきかず倒れたままの治英。絵須はその上に乗り、治英の首に鞭を巻きつけ締めはじめた。


「なぜ殺した。眉井はアタシと出会って、白の館へ来て、ようやく生きる意味を見つけたんだぞ。アタシだってそうさ。眉井がアタシを頼ってくれるのがうれしかったんだ」

「(それは……俺だって……)」

「アタシも眉井も、白の館へ来るまでは何のために生きてるのかわからなかった。生まれてこなければ良かったって何度も思ったさ。白の館の連中はみんなそうだ。家族や社会に捨てられ、役立たずと呼ばれ、自分は要らない人間なんだって思ったさ!」

「(俺と……同じだ……)」

「だけど白の館へ来て、アウェイガーになって新しい力を得て、ようやく生きる意味を感じることができた。眉井と出会って、お互いに頼り合って助け合って生きる相手と思えた。天涯孤独だった眉井は本当にアタシを信じ頼ってくれた。その眉井をお前が殺した!」


 鞭がさらに強く治英の首を絞める。


「(嗚呼、俺は……アウェイガーになって人殺ししかしていない……ホントは自分が死ぬはずだったのに……待ってる家族も無く、愛してくれる女性ひとも無く、仕事もできず、誰の役にも立てない社会の落ちこぼれ……俺こそ死ぬべきだったんだ……)」


 首の鞭に手をかけ抵抗していた治英だが、その力がどんどん弱まっていく。


「(やはり俺はあの夜電車にはねられて死んでればよかったんだ……そしたら誰も殺さずに済んだ……でも亜衣さんと出会って……亜衣さんを守りたくて……女性に信じられ頼られたのなんてはじめてだったから……)」


「そろそろ死ね!」


 鞭を締める絵須の手に一段と力が入る。


「(そうだ……俺は亜衣さんの役に立ちたくて生きてるんだ……いつか笑顔を見せてくれるって……いつかこの手をとってくれるって……亜衣さんが俺を必要としてくれるなら……生きて、戦う!亜衣さんのために!)」



 首に巻かれた鞭を握り直すと、治英は力を振り絞った。


「グォオオオオ!」


 鞭を握る治英の腕関節に火花がバチバチとはしる。それは治英のふんばりとともに全身に広がり、治英は鞭を引きちぎった。絵須が最初に治英と戦ったときと同じだった。


「クッ……死にぞこないのくせに!」


 体を離し間合いを取る絵須。強装の鞭は次々に生えてくる。


「これでどうだーッ!」


 トグロを巻くように回転した鞭が治英に向かっていく。逃げても向かっていっても鞭に絡まれる陣形だ。


 ならば!


「ダイヤモンドフィストー!」


 絵須との戦いの間に強装がチリとなって浮遊していたのだ。


 ダイヤモンドフィストにより治英の拳は爆発力を推進力に変え絵須に向かっていく。鞭を砕き、絵須の胸に直撃する。そのダメージは体を貫き、背中にも傷を与え出血した。絵須の強装は砕け砂となり崩れ落ち、絵須自身もその場に倒れた。治英が戦いに慣れたためか、勇の時よりも出血が激しかった。


 倒れた絵須の姿に、治英はその出血量の多さに驚く。

「い、今救急車を!」

「バカ……医者にアウェイガーの体……診せられるかよ」

「じゃあ、隠し湯へ……」

「この出血じゃ……間に合わないよ……眉井の時と同じだからわかる……」

 消え入りそうな声で絵須が話す。

 自分のバインダーブレスからゲノムカードを抜き取る絵須。

「たのむ……こいつをどこかに捨てておいてくれ……もう戦いとか……こりごりだ……」

 カードを受け取り、頷く治英。

「眉井……今、行くよ……」

 それが絵須の最後の言葉だった。

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