第25話「純良種《カタロスポロス》」

 黒の館では、牛若丸から天子様の御動座という言葉が出た。それは、天子様とその兵隊が─すなわち蒼狼丸も白鹿丸も─皇居に攻め入って三種の神器を奪うということを意味する。今、天皇として皇居にいる一族は皇統にあらず、というのが、彼らが天子様と呼ぶ一派の言い分だ。


 曰く、江戸時代最後の天皇こと孝明天皇は長州藩を嫌悪していた。それゆえ長州藩は次の天皇となるはずの睦仁親王を自らの息のかかった人間とすり替え、孝明天皇を暗殺し、長州の意のままになる人間を明治天皇として即位させたというのだ。だからこそ明治新政府より現代に至るまで、政権の中枢に長州山口の人間がいるのだと。


 自分たちが担ぐ天子様こそ、孝明天皇の血を引く真の皇統であるとして、力づくでも皇居と三種の神器を奪い取り、天皇親政を復活させたい。ゆえにドクターブラックの研究を支援してきたという。


 その研究で生み出された純良種[カタロスポロス]が、天子様に協力しないなどというのは許されない、と。


 蒼狼丸と白鹿丸は父と慕うドクターブラックからそのような話を聞いて育ったから、いつの日か天子様のために戦うのは当然だと思ってた。しかしそのドクターブラックから、お前たちの好きなように生きよと言われ、動揺するなと言う方が無理だった。よもやドクターブラックからそのような言葉が出るとは。


 だが二人とも天子様の顔も見たことない。思えば、牛若丸の言う天子様が本当に孝明天皇の血を引いているのか証明することはできるのだろうか。DNA鑑定など今さらやりようもない。

 そんな、どこの誰だかわからない人間より、ずっと育ててくれたドクターブラックの言葉のほうが、二人にとっては重かった。


 牛若丸から出た、天子様御動座の言葉に、蒼狼丸が反応する。

「なるほど。確かに俺たちは天子様の兵隊として生まれ、育てられた。だが牛若丸、お前の兵隊になった覚えはない。俺の人生は俺が決める。誰の言うことを聞くかもだ」

「フッ……。ドクターブラックの功績があればこそ、お前たちを天子様の兵隊にしてやってもよいと思うていたが……」

「だったら、どうする?」

「力づくでも」

「そうかい!」

 

 牛若丸に攻撃をしかける蒼狼丸。


「蒼狼丸、いかん!」


 制止する白鹿丸を振り切る蒼狼丸。だが牛若丸は横笛を吹きはじめ、床の上をスーッと滑るように動き、蒼狼丸の攻撃を難なくかわしつづける。笛の音は聞こえない。


 蒼狼丸は焦った。


「一体、どうなってるんだ。幽霊みたいにスイスイ動いて、まるでつかみどころがない」

「あれは超音波だ。笛から発する超音波で体をわずかに浮かせ移動しているんだ」

「そうか。白鹿丸、君はサングラスで視力を抑え他の感覚を鋭敏にしているから、ボクの笛のこともわかったのか」


 肉体を使って移動しているわけではないから、相手の筋肉の動きで移動を予測する白鹿丸も動きを捉えることができない。


「ヘッ。そうやって逃げ回ってるだけかよ。俺を腕づくで言うこと聞かせるんじゃなかったのか」

「お望みとあらば」


 そう言って牛若丸が横笛をひと吹きすると、強烈な衝撃波が蒼狼丸を襲い、その巨体は大きく後ろに弾き飛ばされた。ズサーッ。


 白鹿丸は反射的に牛若丸の手元に気流攻撃を2発しかける。しかし何かが大きくはじける音がパァン!パァン!としただけで、牛若丸は平然としていた。


「空気の壁かッ!」

「さすが気流攻撃を使う者だ。理解が早い」


 倒れた蒼狼丸にかけよる白鹿丸。


「大丈夫か!」

「心配ない……クッ!」

「これでボクの言うことを聞く気になったかな」


 蒼狼丸も白鹿丸も、全く言葉を失っていた。

 牛若丸が勝ち誇ったように命令する。


「わかったら、まず白の館を滅ぼしてくれ。彼らは我らの障害となる。早めに潰さねばならん」

「CIAは、どうするんだ!」


 白鹿丸の言葉にも、牛若丸は冷静だ。


「ボクに任せてほしい。博士がここにいれば、ほうってもいてもCIAはここにやってくるだろうからね」

「キサマ、博士をオトリに使うつもりか!」


 蒼狼丸の怒りも、牛若丸には通じない。 


「探す手間がはぶけていいじゃないか。ボクの強さは、たった今身をもってわかったろう。博士の安全については心配しなくていいよ……フッ」


 黒田博士はただ黙って、諦めの表情をうかべていた。

 蒼狼丸と牛若丸は、何も言わずに黒の館を出た。

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