第23話「牛若丸」

 白鹿丸は黒の館へ戻り、先に戻っていた黒田博士と蒼狼丸と今後のことを話しあった。白鹿丸は二人から、白の館と手を組むのは無理だと聞かされた。


「となると、いずれ彼らも倒さねばなりませんか」


 残念さを隠しながら白鹿丸が言う。


「ああ。我々の邪魔をする、ならば」と、蒼狼丸。


 長い沈黙の後、黒田博士がゆっくりと話しだした。


「なあ……ワシら、どうしてもこの計画を行わねばならんかのう」


 その言葉に蒼狼丸と白鹿丸はギョッとした。

 蒼狼丸はあわてて問いただす。


「博士……どうされました。ドクターホワイトとの話で何かあったので?」


 白鹿丸も同様だ。


「我々は、この計画のために生み出され、育てられたのです。他のことは、考えておりません」


「そうか……。いやな、お前たちも、もし黒の館で生まれてなければ、学校へ行って、青春を謳歌し、青空の下で働いて、いずれ恋をしたり家庭をもったりといった、なんというか、普通の幸せをつかむこともあったろうにと思ってなあ。それが、このような忌まわしい計画に巻き込まれて……」


 蒼狼丸は「いや、博士、今それを言われても、正直困ってしまいます」

 白鹿丸も「我々の覚悟はもうずっと前に決まっているのですから」


「んん……。実はな、もうワシは疲れてしまったのだ。研究も捨て、どこか遠くでひとりで暮らし、たおやかな人生の最後にしたいと考えるようになったのだ」


 蒼狼丸も白鹿丸も戸惑いを隠せない。


「もうワシも百歳を過ぎて、若いお前たちが国だとか大義だとかのために傷つくのを見るのがつらくなってきたのだ。こんな勝手な言い分はないと思うが、お前たちも自分の幸せのために、生きたいように生きてみてはどうか」


 その時、遠くから笛の音が聞こえた。

 それは三人がよく知っている調べで、それゆえ恐怖とともに音の方を向いた。そこで横笛を吹いているのは紺の学ランを着た少年、牛若丸だ。


「そんな勝手は通りませんよ。博士」


 黒田博士は牛若丸の姿を見て、悔やむようにうつむいた。

「戻っていたのか」

「ええ。今し方」


 蒼狼丸も白鹿丸もおよそ二十代だが(その出自ゆえ正確な年齢は彼ら自身も知らない)牛若丸はずっと若く、学ランを着てることもあってか高校生、いや中学生にすら見えた。


「皆さんのお話を聞いて驚きましたよ。ボクがいない間にそんなことになっていようとは」

「いや、これは……」とりつくろうとする白鹿丸。

「使命を忘れたわけではない。だがな……」と蒼狼丸。

「なんですか」

 中学生みたいな牛若丸を相手に、皆、すぐに言葉が出てこない。


 黒田博士が言う。

「牛若丸、聞いてくれ。この戦いに意味はあるのか。お前たちのような若者たちが人生を捧げる意味が」

「これはしたり。今になってそのような。天子様もさぞお嘆きになるでしょう」

「その天子様じゃ。ワシらの若い頃、陛下のためにお国のためにと死んでいった友がたくさんいた。自分の人生を捨ててな。もうそんなことはまっぴらなんじゃ」

「ではなぜ博士は研究を続けたのです。天子様の名のもとに行われた援助を受けてまで」


 その牛若丸の問いに、黒田博士は明確に答えられない。


「それについてはもう謝るしかない……」

「許しませんよ!天子様も。天子様に忠誠を誓った皆様も。そしてボクも。博士は身寄りのない子供の中から能力のある子だけを確保し、交配させ、生まれた子の中でまた優良な子同士を交配させ、それを繰り返し人種改良を進めた。それは天子様のための純良な兵隊を作るためではないですか」


 蒼狼丸も白鹿丸も、己の身を呪うかのようにうなだれていた。


「そして生まれたのが蒼狼丸や白鹿丸、そしてボクだ。この国でもっとも高潔で有能な純良種[カタロスポロス]だ。博士の研究も、ボクたちの力も、全て天子様のため。それを今になって投げ出すなど、不敬である!」


 黒田博士は諦めのため息をついた。


 そして牛若丸が、これが本題だ、と言わんばかりにゆっくりと言った。


「……天子様が御動座される時が来た」


 その言葉に、蒼狼丸も白鹿丸もギョっとした。


「いよいよ天子様の御代がはじまる。そのために我々は事を起こさねばならない」

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