第21話「博士たちの過去」
ドクターホワイトこと白河博士とドクターブラックこと黒田博士は同じ場所にいた。不動山の中腹にある小さな山小屋の地下室。といっても、山小屋の側から地下室に入ることはまずできない。地下室は白の館及び黒の館と地下道でつながっている。二人がしばしばここで会い、情報交換などをしている場所だ。
二人の博士はそれぞれの館でCIAの襲撃を受け、ここへ逃げこんでいた。
黒田博士は、黒の館までCIAに狙われるとはいい迷惑だ、などと言う。そう言われれば、
「なんだ他人事みたいに。我々は一蓮托生だろうが。私が抗老化[ライフエクステンション]技術を研究開発してたからこそ、お互いに生きていられるのだぞ」
と、返す白河博士。
「そのわりに、お前は五十とか六十くらいに見えるが、ワシはヨボヨボのじいさんそのものではないか。ほぼ同い年だというのに」
「私は新しい技術をどんどん使うからな。安全性のよくわからん技術を自分以外には使えんだろう」
「よく言う。亜衣さんを実験台にしているのだろうが」
そう言われた白河は、黒田を苦虫を噛み潰したような顔でにらんだ。
「よくもまあ自分の娘に仕立て上げたもんだ。実験中に記憶が消えたのをいいことに」
「今そんな話をしてどうする」
「そうだな。お前に話したいことがあるんだ。使いを出したのだが、CIAが襲ってくる方が先だった」
使いとは蒼狼丸のことであったが、白河博士は知ろうともしない。
「フン……それで、話とは」
「そのCIAのことだ。手を組んで撃退しないか。このままでは我々は皆殺しにされてしまう。我ら黒の館の者たちも大半が殺された」
「白の館では内通者までいた。さんざんだ」
「だからだ。とにかくCIAを排除して、先のことはその後で考えぬか」
黒田博士にそう言われた白河博士はすこし間をとって、口を開いた。
「手を組むのはやぶさかではないが、CIAを排除したあと、我ら白の館をどうする気だ」
「だからそれは後で考えようと」
「白の館もお前たち黒の館にとっては邪魔、ではないのか」
「……そこは、ワシがなんとかする」
「お前は天子様に逆らえるのか?」
「……知っておったのか」
白河博士から天子様の名前が出たことは、黒田博士にとって驚きであったが、薄々知られてるのではないかなとも思ってた。
「おおよそはな。私も状況の変化に手をこまねいてたわけではない。私の研究を支援していたはずのCIAが、研究が完成するやいなや連絡がとれなくなった」
「CIAが力づくでアウェイガーの研究成果を取りに来たと」
「本当のところはわからんがな」
しばらく二人は黙った。
黒田博士が話し出す。
「あの戦争の末期、軍から人間兵器の開発を命ぜられたワシたちは、口にするのもおぞましい人体実験の数々に手を染めた。お国のためと自分を偽りながら」
「そして戦争が終わり、GHQに占領された後は、米軍のために研究を続けさせられた。協力すれば戦犯にはしないでやると言われてな」
「資金も施設も用意してくれた。ワシは逆らえなかった……」
「あの時代、GHQに逆らえるものなどおらんよ」
「占領が終わったあと、研究の管轄はCIAに移されたが、ワシの方は早々に支援を打ち切られた」
その黒田博士の言葉に、白河博士も言葉を選んだ。
「ナチスの研究を受け継いでいると見られるのを嫌がったか……」
「レーベンスボルン計画……やってることはナチスと一緒だからな。戦災孤児を多数集め、その中の肉体や頭脳が優良なもの同士をかけ合わせ、人間を“品種改良”する。競走馬や家畜にできて人間はできないはずはないって理屈だ」
「CIAに切られたあともお前は研究を続けてた」
「研究一筋だったワシにとって、他の人生など無かった。新たな支援者が見つかれば、なおさらだ」
「それが天子様、か……」
虚しく言う白河博士。
誰にと無く怒る口調になるのは黒田博士。
「ワシはいつCIAに消されるかと戦後70年以上ずっと怯えてきた。一刻も早くワシを守ってくれる戦士を育てたかったんじゃ。だから支援を受けた」
「ナチスの優生学とニセの天皇を担ぎ上げる連中の血統主義。相性は悪くない」
「ようやくワシを守ってくれる戦士を育て上げたのに、ほとんどCIAに殺されてしまった。これ以上犠牲を出したくない。協力してくれんか」
「CIAを排除したあと、白の館をどうすると、天子様やその支援者は言っているのだ」
黒田は白河から目をそらし、黙ってしまった。
「答えられまい。私が目指すのは選挙により新しい政治家を選ぶことだ。国のかたちを変えるつもりはない。ましてどこの誰だかわからん人間を天子様とあがめるつもりもない。ならば白の館はお前たちにとって邪魔者になってしまう」
「選挙、な……。今の国会議員を皆殺しにしたあげくの選挙、それでキレイゴトのつもりか」
「血縁と既得権益に支配された今の国会議員を残したままでは、選挙なんていくらやったってムダだ!奴らを排し、新しい議会、新しい民主国家を作るのだ。そのための罪は、私がかぶればいい」
ドクターホワイトとドクターブラックが話し合っている頃、治英と亜衣は白の館の院長室にいた。院長室の窓は開けっ放しになっており、外の庭にある古井戸の蓋は外されていた。亜衣が若起してふわりと下りてみると、どこかに通じる坑道のような通路が掘られていた。
「何かわかりましたかー」
治英の呼びかけに、バサバサと翼を羽ばたかせて亜衣が古井戸の入口まで上がってきた。
「横に通路が掘られている。父はここからどこかへ逃げたのだろう」
その時、英語なまりの野太い声がした。
「それはいいことを聞いた」
二人の元へやってきたのは、CIAのアジーン、フィーラ、ベッシュだ。
アジーンが言う。
「ドクターホワイトの元へ案内してもらおう、と思ったが、行き先がわかればその必要もない。今日こそトリアの仇、取らせてもらう」
治英は腹をくくった。
「亜衣さんはお父さんの所へ行ってください。国会議員皆殺し計画を止めなきゃいけないんでしょ」
亜衣は一瞬迷ったが、治英に狼のゲノムカードを渡した。慧が使っていたものを遺体から抜いておいたのだ。
「これを使って。足止めを頼むわ」
そう言われて治英はうれしかった。信頼されていると思ったからだ。亜衣が古井戸の底へ降りたのを確認すると、治栄は狼のゲノムカードを自分のゲノムカードとともにバインダーブレスに挟んだ。
「若起!」
亜衣は古井戸の底から続く地下道を進んだ。父がこの通路を使って逃げたのなら、何かしらの手がかりにたどりつけるはずだ。一本道だから迷うことはないが、どこへ行くのかわからない恐怖のようなものはあった。
どれほど進んだかわからず戻るのも躊躇されるほど歩いた頃、亜衣は進む先に暴意を感じた。
「この暴意は……!」
彼女の目の前には若起した勇が立ちはだかっていた。
「暴意が近づいてくるから誰かと思って来てみれば……」
「勇がここにいるということは、やはりこの先に父がいるのね」
「答える義務はない」
そう言って勇はファイティングポーズを構える。
「待って!あなたと戦う気はないの」
「ならば黙って去れ。博士の勘気に触らんうちに」
「父と話をさせて」
「いくら話してもムダだ。もはや博士の計画は実行あるのみ。それを邪魔するならたとえ博士の娘でも容赦はしない」
「アウェイガーの多くが倒れたのよ!計画は中止すべきだわ」
「それを決めるのは博士だ。お前ではない」
「ここを通して。お願い」
「くどい!」
亜衣は諦めたように唇をかみしめ、翼から羽を3本ほど取り出し、投げようと構えた。
「フッ。この狭い地下道の中では、宙に浮いたりしては戦えまい」
「お互い様よ。あなたの突進もできないでしょ」
亜衣が羽を投げようとしたその時、勇はいきなり倒れ、苦しみだした。
「ぬぅ……こんな時に」
亜衣はこの期を逃すまいと素早く勇の脇を通り、地下道を進んだ。
「待てっ……くそっ、力が入らん……」
ヨロヨロになりながらも勇はなんとか立ち上がり、亜衣を追った。
山小屋の下にある地下室では、二人の博士が黙ったまま時が流れていた。諦めにも似た空気の中、黒田博士はなんとか望みをつなぎたかった。
「共に戦えんかのう……」
「残念ながら、ないな」
白河博士の答えははっきりしていた。
「あのひどい戦争の後、若者を死地に追いやるようなことはもうやめようと誓ったではないか」
「そうだ。特定の血族を現人神だなどと崇め、命を賭けさせるようなこともやめなければならない」
黒田は黙ってしまう。そこへ亜衣が駆け込んできた。
「むぅっ、お前どうして……」
「バカなことはやめてください!父さんがわかってくれないなら、私は命を賭けても止めます!」
その言葉に、白河博士は激昂した。
「命を賭けるなんて軽々しく言うな!」
はじめて聞いたかと思える父の怒りのこもった声に、亜衣は自分が悪いことをしたと反射的に思ってしまった。その亜衣の後ろから、ヨロヨロの勇が現れる。
「勇、なぜ亜衣を通した」
「すいません博士、薬を……」
「切らしてたのか……」
白河博士が錠剤を渡すと、勇はがっつく勢いでそれを飲んだ。苦しみが和らいだようで、ゼイゼイとした息がしだいに落ち着きを取り戻していく。それが何の薬かは、亜衣には思い当たるところがなかった。
黒田博士が使ったもう一方の通路からは、蒼狼丸が現れた。
「博士、探しました……」
地下室にいる顔ぶれを見て、蒼狼丸はおおよそを察した。
「お話は……」
「ああ、済んだ」
そう言って黒田は肩を落とす。
「ひとまず戻るか。黒の館へ……」
二人はその後黙ったまま去った。
白河博士も亜衣と勇のほうを向いて、
「さて、我々も戻るか。まずCIAをなんとかせんとな」
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