第19話「黒の館、ほぼ全滅」

 白の館の南にある不動山。黒の館はこの山中にある。CIAのフィーラとベッシュの二人は、急ぎこの山から出ようと登山道を下っていた。

「ドクターブラックを見つけられなかったのは痛いな」

 フィーラが悔しそうに言う。

「それでも黒の館の連中はほとんど倒した。ひとまずアジーンたちと合流し、作戦を練り直そう」

 ベッシュがそう言い終えた時、登山道の脇の森から怪物のような巨体が襲いかかってきた。二人はすんでのところでかわし、ヒラリと跳び木の枝に乗り避難した。二人を襲った男は再び茂みに身を潜める。


 蒼狼丸だ。


「ご丁寧に登山道を使い逃げるとはな。我らにとってこの山は庭同然。おかげで追いつくことができた」


 フィーラは声の主を探しながら言う。


「それはそれは。で、なんの用だ」

「俺の同胞らをずいぶんとかわいがってくれたようじゃないか」


 ベッシュが応える。


「すると黒の館の人間か。だったらこちらとしても生かしておくわけにはいかん。探す手間が省けたよ」


「どの口で言うか!」木の上のベッシュを蒼狼丸が猛獣のように襲う。


 ベッシュは素早く木から下り、蒼狼丸の力で木は倒れる。なおも襲いかかろうとする蒼狼丸にベッシュは手刀をくり出した。肘と手首の間が伸縮式になっており、ジャっという金属音と共に蒼狼丸を突く。親指を除く四本の指先からは数センチほどの刃が伸び、それが縦に合わさって文字通りの手刀を形成していた。


 次々にくり出されるベッシュの手刀を蒼狼丸はギリギリのところでかわすが、かすって傷も受ける。それが精一杯で、攻撃には移れないでいた。


「ガタイの割に素早いな」

「デブがノロマなのはハリウッド映画だけだろ」

「だがそのままでは仲間の仇は討てんぞ」


 そこへ、五円玉が飛んできた。

 キュィィン!


 蒼狼丸は反射的にかわし、また茂みに隠れた。

 五円玉を投げたのはフィーラだ。


「日本には錘にちょうどいい硬貨があるのだな。助かったよ」


 ベッシュも気になった。「何をした」


「錘をつけた超高分子量ポリエチレン繊維を投げたのだ。私の得意技は知っているだろう。逃げられんぞ、ジャパニーズ!」


 フィーラの指先から、肉眼ではほとんど見えない細い糸……超高分子量ポリエチレン繊維が茂みに伸びており、その先にいる蒼狼丸の腕に絡みついていた。フィーラが繊維を引っ張ると腕に食い込み、蒼狼丸の腕はハムのようになった。


 蒼狼丸は石や歯で切ろうとするも全くの徒労に終わる。


 それをあざ笑うかのようにフィーラが言う。


「何をしてもムダさ。超高分子量ポリエチレン繊維はナイロン、カーボン、アラミド……どの繊維よりも硬く、軽く、強い、スーパー繊維だ。人間一人の力でどうにかなるものでは……」


 茂みから蒼狼丸が飛び出しフィーラを襲うが、フィーラは軽くかわすと同時に繊維をするりと引っ張った。

 蒼狼丸の左腕に巻き付いた繊維が引っ張られると繊維に沿ってできてた筋から血が吹き出した。左腕をかばいながら蒼狼丸は距離をとる。


「ほう……並の人間なら腕が輪切りになってるはずだが」


 やや驚くも想定内といった感じのフィーラ。


「鍛え方が違うんだよ!」

「それだけではあるまい。なあ、純良種[カタロスポロス]」

「ケッ、よく知ってんな」


 再びベッシュが手刀で蒼狼丸を突きまくる。


「ああ知ってるとも、ナチスの亡霊め!」


 防戦一方の蒼狼丸。

 勝負を決めるべく、フィーラが動く。


「では、今度は首を刎ねてラクにしてやろう。どんな人間でも首は鍛えられんからな」

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