第18話「謙信の隠し湯」
治英が目を覚ますと、そこは露天風呂だった。すでに全裸で浸かっている。全身の痛みが湯に溶け出していくような感覚が温泉のようで気持ちいい。思わず声が出そうだ。だが目の前に全裸で浸かっている勇がいたので驚き、背筋を伸ばした。
「目が覚めたようだな」
「一体、何がどうなって……」
治英は、勇もこうしてみると自分と同じくらいの中年男なのだなあなどと思いながら、勇の話を聞いた。
「俺たちは国会議員を皆殺しにすべく東京に行くため駅に向かっていた。だがそこに、先に出た第一陣の死体が転がっててな。何者かに全滅させられたようだ。最初はお前たちかと思ったが、お前たちはお前たちで駅に行く途中の道で倒れて意識を失っていた。だからこの謙信の隠し湯に連れてきたのだ」
「じゃあ、俺たちを助けてくれた……」
「そういうことになる」
「……亜衣さんは?!」
「別の隠し湯にいる。白の館の女職員に世話させている。大丈夫だ」
「隠し湯、謙信の……信玄じゃなくて?」
「そこ気になるのか。昔の戦国武将は多かれ少なかれ隠し湯とか持ってたらしいぞ」
しばらく黙った治英だったが、一番ひっかかってることを訊いた。
「なんで助けてくれたんですか。こないだは病室に閉じ込めたのに」
「まあ、そりゃそうも思うか。その前にお前に訊きたいことがある。なぜ俺たちと戦おうとする」
「そりゃ……えっ、と、亜衣さんが戦ってるから……」
「亜衣がなんで俺たちと戦ってるかわかっているのか」
「その、国会議員皆殺し計画を止めるため……」
「では俺たちが、ドクターホワイトが、なんで国会議員を皆殺しにしようとしているかは知っているか」
「知らないけど、大量虐殺なんて、どう考えてもやっちゃいけないでしょ」
「その程度の認識か」
ざぶりと音を上げて、勇は湯から出た。
湯船の周りにある岩に腰を掛け、勇は話を続けた。
「この国は一握りの権力者や富裕層に支配され、道を誤ろうとしている。先の大戦でなぜ敗北したかもわからん連中が、間違った政治を行っているのだ」
めんどくさいことになった、と治英は思う。勇はそれに気づかぬふりをして話を続けた。
「我が国は一度アメリカに占領された。そして当時の権力者の公職追放や財閥解体により政治をリセットし、やり直したはずだった。だが結局、今の政治を牛耳ってるのは戦前の権力者の子孫や当時の資本家の末裔だ。もっと言えば、明治維新以来我々はずっと一握りの人間に支配され続けているのだ」
「だからそいつらを殺すっていうのか」
「国会議員を殺すと言っている。その中には当然総理大臣とかも含まれる。国会議員が死ねば補欠選挙が行われ、前世代にとらわれない全く新しい議員と首相が民主的に誕生する。明治維新以来の呪縛を断ち切り、今度こそ本当に新しい国づくりを行うのだ」
もともと死を考えていた治英にとって、この手の話は一番縁遠かった。
「全然わからない話だ。政治がやりたきゃ政党とか作ってそれこそ選挙で戦えばいいじゃないか。自分が気に入らないから殺していいだなんて、そんな話わかるわけがない」
「時間がないのだ。なぜCIAが襲ってきたと思う。ドクターホワイトが研究を完成させたから、それを奪いに来たのだ」
「研究……」
「アウェイガーの技術だ。現在の傀儡政権を維持したいCIAは、我々の蜂起を潰したいのだ。だから潰される前に計画を実行せねばならん。言っておくが、CIAはお前も狙ってくるだろう。我々と共に戦えばCIAも斥けることができよう。我らの同士となれ。お前には力がある」
何かがおかしいと思いながら、治英は口を開いた。
「俺は、あんたを殺しかけたんだぞ」
「俺もお前を捕まえ監禁した。だが今回は助けた。お前の力を見込んだからだ」
そう言われて治英の心は揺らいだ。もとより政治だとかそういうことに興味はない。自分を頼ってくれる人がいる、それが今の治英を支える唯一の拠り所だからだ。
「よけいなこと言わないで!」
岩陰から亜衣の声がした。浴衣姿で駆けつけていた。
「治英、私を守ってくれるんじゃないの?私は父を、大量殺戮の首謀者にしたくないの。父の計画を止めたいの」
そうだった。治英がなぜ今こんなことになっているかと言えば、亜衣に頼まれたからだった。
「俺は、亜衣さんを守るために戦う。亜衣さんの敵と戦う!」
岩陰の亜衣に聞こえるようにするためか、治英は大きめの声で言った。
勇はため息をついた。
「それは残念だ……治英、お前の考えはだいたい想像つく。落ち着いてよく考えてみろ。俺もお前も若起しなければ何もできないただの中年男だ。それを忘れるなよ」
立ち去ろうとする勇に亜衣が声をかける。
「父は、ドクターホワイトはどこに?」
「今の話の後では言えんな。これ以上博士の邪魔をされてはかなわん」
そのまま立ち去る勇に、亜衣は何も言えなかった。
「治英、一度白の館へ戻りましょう。隠れる場所がそんなにあるとも思えないけど」
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