第14話「戦う理由」

 病室で、亜衣は治英の拘束を解き、バインダーブレスと治英のゲノムカードを渡す。

「CIAが襲ってきたの!急いで」

 それだけ言うと亜衣は急いで病室を出た。


 ひとりになった治英はしばし考える。なんで俺は戦わなきゃなんだ。トリアはアウェイガーじゃなかった。あのまま死んだんじゃないのか。

 そもそも、亜衣と治英はなんの関係もないのに、恐ろしい相手と戦い、痛い目して、助けてって言うから助けたのに、感謝の一言も無くこんなところに閉じ込められて拘束されるなんてひどい話だ。

 何もかも投げ出して逃げたい。本当は仕事だってそうすればよかったんだ。そしたら自殺なんて考えなかった。


「でも……」


 今、亜衣は戦ってるのだろう。守りたい。彼女を守ってカッコいいところを見せて感謝されたい。そして……。

 中年男が女子高生をこんなふうに想うのは気持ちの悪いことなんだろう。でも、心が動いてしまったんだ。こんな自分を頼ってくれた彼女に。

 下心と呼びたければ呼ぶがいい。



 治英はバインダーブレスを左手首に着け、自分のゲノムカードを挟む。

 どうせ死んでも悲しむ人などいない。なら、自分の好きな人のためにやりたいことをやろう。自分を頼ってくれる人のために、この命を使おう。

「若起!」

 強装に覆われた姿で、治英は戦ってる音がするロビーへ急いだ。



 ロビーでは亜衣と勇が二人のCIAと戦っている。

 治英はそこに割って入りパンチをしかけた。だが一人は素早く攻撃をかわし、もう一人はしっかりガードをした。


「フフフ……このアジーンにとってはそのパンチ、蚊にくわれたほどにしか感じぬぞ、小僧」


 アジーンと名乗る西洋人の言葉に、治英は自分が若返ってることを思い出した。

 治英が攻撃をしたことでできた間隙を縫って、勇はもう一人のCIAに猛スピードの体当たりをしかける。


「猪突猛進!」


 勇の技名である。しかしこれもかわされる。勇は素早く逃げた相手に蹴りを入れるが、それもまたかわされる。


「それで速いつもりか。このイスナーニにスピードでは誰も勝てんよ」


「勇、ここは私たちが食い止めるから、父を、博士を安全な所へ」

「おう、そうだな」

 亜衣の呼びかけに勇は院長室へ向かうが、そこへCIAの二人が攻撃をかけようとする。


「トリアを倒したのは私たちよ。かたきを討ちたくないの」


 亜衣の叫びに驚いた治英は、あわてて自分も叫んだ。


「トリアを殺したのは、この俺だ!」


 治英にとっては覚悟の叫び。自分が人殺しだと認め、宣言したのだ。

 亜衣と治英の言葉を聞いたアジーンとイスナーニは動きを止める。


「そうか。わざわざ名乗るとはたいした度胸だ。なあ、イスナーニ」

「ああ。ジャパニーズのナニワブシに興味はないが、トリアを殺したと知っては見逃すわけにもいかん」



 イスナーニが亜衣に対し素早く攻撃をはじめた。亜衣は若起しており、鳥の高い視覚能力を得ているはずだが、その亜衣でも動きがつかめないほど素早く動き、ナックルダスターを着けた拳で一ヶ所を正確に殴りつけてくる。亜衣は宙を舞ってかわそうとするもその前にイスナーニの拳が命中する。


 亜衣は感づいた。「こいつ、一発一発はそれほど威力はないが、こうも正確に一ヶ所を攻撃されるとじわじわと効いてくる。まさに雨垂れ石を穿つといったところか」


 イスナーには得意げに鼻で笑う。

「フフフ、どうやら私のスピードについてこれないようですね。それも当然。私はあらゆる技術を使い人間のスピードを超越してるのですから」



 一方、治英の前にはアジーンが立ちはだかる。CIAの二人は似たような背格好だった。だが、いかにも線の細いイスナーニに対し、アジーンは筋肉の塊のようで、治英には実際の体格より大きく見えた。


「クッ、隙がない……まるで壁だ」

「どうした小僧。来なければこちらから行くぞ!」


 大きいモーションで殴りかかってきたアジーンを、治英は俊敏性を活かしてかわす。アジーンもまたナックルダスターを着けており、振り下ろした拳は床にめり込んでいた。


「なんてパワーだ。いくらアウェイガーに強い自己治癒力が備わってても、あんなんで頭砕かれたら死ぬんじゃないだろうか」


 治英は攻撃に転じる。相手を撹乱するように素早く動き、腹へのパンチを直撃させた。だが……!


「言ったはずだ。お前らの攻撃など蚊に刺された程度のものだ」


 再びアジーンの拳が治英を襲う。動きが大きいのでかわせているが、一瞬でも相手の動きを読み違えたら、おそらく一撃で即死だ。



 亜衣は焦っていた。敵の攻撃で確実にダメージをくらっているのに、こちらの攻撃が当たらない。

「そろそろ倒れたらどうですか。楽にしてあげますよ」


 イスナーニ余裕の呼びかけ。どうにか突破口を開かねば!


「フライングフィン!」


 亜衣は全ての羽根でどんなスピードでも逃げられない広範囲を攻撃した。


「チッ!」


 無数の羽根攻撃を受けたイスナーニは逃げ場なく動きを止めた。


「今だ!」


 飛翔能力を失った亜衣であったが、体をねじらせながら跳び、キックの体勢となり、脚部の強装にある蹴爪を使って、無数の蹴りをイスナーニに浴びせる。



「ガリフォルメビリオンショック!」


 それが亜衣の蹴りの技名だった。


 その衝撃でイスナーニは吹っ飛び、全身から血を流し倒れる。


「……やった!」


 仕留めたと思った亜衣だったが、そこに油断ができた。イスナーニは素早く立ち上がると、それこそ亜衣に見えぬほどのスピードで今までの攻撃と同じ箇所にとどめとも言える拳をぶち込む。

「ガッ!」 今度は血を吐いた亜衣がその場に倒れた。


 イスナーニが笑う。


「フフフ……私の身体能力はスピードに特化しており、攻撃力は決して強くない。だから正確に一ヶ所を狙うことでそれを補っているのだ。それと、このコークスクリュー。非力でも大ダメージを与えられる。私にコークスクリューを使わせた敵は君がはじめてだ。称賛に値するよ」



「(亜衣さん!)」

 亜衣が倒されたことに気を取られた治英を、アジーンは見逃さなかった。ハンマーのような強力な攻撃で治英の体を大きく飛ばし、床に叩きつけた。

 その治英を繰り返し蹴りつけるアジーン。スピード重視のイスナーニと違い、アジーンは靴にもスタッドを仕込んで武器としていた。

 ここぞとばかりに蹴りを繰り返すアジーン。

「オラ!オラ!オラ!」

 ガッ!ガッ!ガッ!

 絞られたレモン汁のように、何度も血を吐く治英。

「そっちは終わりそうか」

 イスナーにの問いに、アジーンも軽く応える。

「ああ。もう終わる」

 とどめとばかりにアジーンは治英を踏みつけグリグリしはじめる。アジーンの靴と床に挟まれて治英の体はちぎれんばかりだ。

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