第12話「もうなにもかもどうでもいい」
波の音だけが聞こえる鬼ヶ岬で、治英と亜衣はしゃがみこんで体の回復を待った。トリアの死体が側にあり、本当はここから早く立ち去ったほうが良いと思いながら。
アウェイガーの自己治癒力がいくら優れていても、痛みがないわけではないし、深手を負えば回復にも時間がかかるからだ。
ようやく口がきけるほど回復した二人。
「カード2枚使うと、ああなるのか……」
「そういう設計になってるはずなんだけど、今まで誰も成功してなくて。カードにはアウェイガーの血も入っているしね。治英はバインダー無しで若起できる、私たちとは違う存在だと思ったから、成功するんじゃないかと思って可能性に賭けてみたの」
「賭けか……上手くいったか……。人を殺してしまったけど」
「向こうが殺そうとしたんだから、正当防衛よ」
二人はそれきり黙ってしまう。
亜衣は、自分が慧に騙されていたこと、それでも慧を嫌いになれなかったこと、慧を失ったこと、何もかもがショックだった。
黙ったまま涙を流す亜衣を見ても、治英はかける言葉を見つけることができない。そのことで自分の能無しさを治英はまた実感する。
亜衣を見続けるのがいたましく、治英はバインダーとカードをその場に置くと、亜衣の側を離れ歩きはじめた。
亜衣は、治英がいなくなったことにも気づかなかった。
治英は来た方向とは逆の海沿いへ力なく歩く。亜衣のそばから離ればければならない気がしたのだ。
歩く。
沈む夕陽を横目に見ながら歩く。
ああ、夕陽ってこんなにきれいだったのか。
生きるために稼がねばならず、そのための仕事仕事で、子供の頃以来、夕陽をきれいだなどと思って見る機会がなかった。
崖っぷちに立って夕陽を見る。遥か下は荒れた海。波と風の音が混ざって恐怖を煽り、治英の足は震える。そうだ。俺は死ぬつもりだったんだ。何の取り柄もない。愛すべき伴侶も家族もない。自分が存在することを誰にも求められない。なら消えよう。それが治英の結論だった。
その時、背後に暴意を感じた。
振り向くと、そこには若起した勇が立っている。
「見つけたぞ。一緒に白の館に来てもらおう」
「いや……もうそういうのやめてくれ。俺はもう何とも関わりたくない。生きていたくないんだ」
「勝手に死なれては困る。俺の言うことが聞けないなら、俺と戦え。若起しろ」
「もうバインダーブレスもゲノムカードも持ってないんだ」
「お前はバインダー無しで若起できるはずだ。俺と戦え!俺はな、お前のようなどこの馬の骨ともわからんやつに倒されて、面目丸つぶれなんだ。若起したお前に勝たねば、気がすまん!俺と戦うか、白の館へ来るか、選べ!」
「そんな勝手な……」
「お前の体に訊いてやる!」
突進してくる勇をかわそうとした治英であったが、崖から足を踏み外し、落ちそうになる。その治英の腕を勇はガッシとつかんで引き上げた。
「勝手に死なれては困ると言った」
治英を引き上げると、勇は治英の腹を殴り、治英は気を失った。
その頃、鬼ヶ岬では、西洋人の男二人がトリアの死体を見て驚いている。
「連絡が取れないからと思って来てみれば、これはどうしたことだ」
「トリアの胸が砕かれている。これは刃物や銃の傷ではない」
「防弾チョッキ以上に防御力のある我々の特殊スーツをえぐり、衝撃が背中までとどいている。拳でやったとでもいうのか」
「これが、白の館や黒の館の連中の仕業だとすると、少し厄介だな」
「ああ。奴らの中にトリアを倒すだけの能力を持つ人間がいるということだ」
「我々CIAサイバネティクス部隊に匹敵する人間がいるとも思えんが……」
「急がねばならんな」
海に沈む夕陽を背に、二人は鬼ヶ岬を立ち去った。
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