第7話「男が命を懸ける時」
突破口を切り開こうと、亜衣は念じた。
「(クッ……治英、聞こえるか、私の暴意の声が)」
「(えっ……亜衣さん、聞こえますよ!)」
「(次に眉井が空へ高く跳んだら、私が眉井に攻撃する。治英は絵須の動きをなんとしても止めてくれ。それしか手は無い!)」
治英はあらゆる意味で戸惑ったが、迷う猶予は無かった。まさに今、眉井は治英の視界から消え、空高く跳んだ。治英は亜衣を信じ、絵須に向かっていく。
それを感じた絵須は治英に鞭で攻撃するが、治英は自ら鞭を受けると体に絡め、それ以上の動きを封じた。その間に亜衣は翼で宙を舞い、跳び上がった眉井に向っていく。
「なるほど、カエルは自らの身長の何十倍もの高さに跳べるという。そこから落体の法則を利用しての攻撃か」
全てを見通したように亜衣が言う。
「何っ?!」
「確かに、跳び上がる速度が速ければ落下時のスピードも速く、地上で攻撃を避けるのは難しい。だが跳び上がり頂点に達し落下する直前、お前のスピードはゼロになり、逃げることも踏ん張って防御することもできない!」
亜衣は翼を広げると、無数の羽根を眉井に向けて放った。
「フライングフィン!」
無数の羽根による攻撃に眉井は為す術がなく、ボロボロになって地上に落ちた。
「眉井!」
眉井に気を取られた絵須に対し治英は鞭を押さえる力をゆるめ、絵須はバランスを崩す。
ガクッ!
「なっ?!」
治英は勇を倒した時のパンチを思い出しつつあった。
あの爆発的な威力の、炎に包まれたパンチを今出せれば勝てる!治英は体勢を崩した絵須のボディにパンチを繰り出す。あの時と同じように、拳は炎に包まれ、爆発がロケットのような推進力となり、敵に向かっていく。
だかそこへまさしく眉井が治英と絵須の間に跳び込んで、パンチは眉井の体をえぐった。
フライングフィンでボロボロにされた上に治英のパンチをくらい、眉井は全身から大量の血を流しその場にぶっ倒れた。絵須は負けを認めるようにその場にしゃがみ、眉井を抱き寄せる。
「あんた、アタシを庇って」
「へへ……姐さんに拾ってもらった恩は返さないと」
眉井はそこで意識を失った。
絵須は、眉井を抱きかかえ、誰に聞かせるでもなく話しはじめた。
「眉井はね……これでもかわいそうな奴なんだよ。雨の日に夜中の駅でうずくまって泣いてたんだ。捨て犬みたいにね。字も読めず、金勘定もできず、だからいっつも騙されてばっかりで、貧乏クジばかり引いてきたようなオッサンなんだよ。今どきそんな奴がいるなんて信じられないかい?」
若起の解けた眉井の強装は砂となって崩れ落ち、その姿は血まみれの中年男だった。
「わからないだろうね!あんたみたいに、博士の娘として何不自由なく育ったような女には。慧はアタシの希望だったんだ。それを平気でかすめ取るような女にはわからないだろうね!」
亜衣は、何も言い返さなかった。
絵須は血まみれ中年男になった眉井を背負い、治英と亜衣に背を向けて歩きはじめる。
「死なせないよ。体を張ってアタシを守ってくれたお前を死なせるものか。謙信の隠し湯へ行こう。そこで養生すればきっとまた元気になるさ。アタシが拾ったんだから、責任持たないとね」
治英は絵須の言ってることの半分以上はよくわからないが、亜衣の表情を見ると、ちょっと今は訊けないと思った。
「とにかく助かった……のか」
「そうね……鬼ヶ岬へ急ぎましょう」
二人はまた歩きはじめた。
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