第2話「運命の少女と運命の一歩」

 少女が大男に襲われてるのを見た治英は、なんとかせねば、と反射的に思い、がむしゃらに勇に向かってタックルのような格好で飛びつき、動きを止めようとした。


「なっ、なんだ貴様!」

「やめろっ!」

「お前は引っ込んでろ!」

「若い女の子が男に襲われてたら、普通助けるだろ!」


 だが治英はあっさり勇に蹴り飛ばされる。亜衣はこの隙にアルミケースを手に逃げようとしたが、勇は猛然と亜衣に体当たりした。

 亜衣は地面に叩きつけられるように倒され、気を失った。


「手間かけさせやがって」


 亜衣を連れ去ろうとする勇に、治英が怒鳴る。


「やめろと言っている!」

「フン……お前には訊きたいこともある。痛い目を見たくなければ俺についてこい」

「嫌だと言ったら……」


 勇は多少あきれたような顔をすると、


「力ずくに決まってる!」


 ものすごいスピードで突進してくる勇に対し、治英はかわすことも防ぐこともできず、体当たりをモロに食らった。

 勇には首元から二本の牙が生えており、治英はその攻撃を受けた場所から血を吹き出しながら倒れた。


「グッ……」

「ほう。気を失わんとはな」


 勇は倒れた治英の腹のあたりをグリグリと踏みつけた。


「グヮア!」

「痛かろう。まいったと言えば許してやらんでもない」


 勇は完全に勝った気でいた。だが治英は体をよじり、勇の足をつかむとねじり、油断していた勇は倒れてしまった。


「なんだと!?」


 あわてて立ち上がる勇。

 治英も立ち上がる。そして勇にむかって治英はパンチをくりだした。

 すると治英の拳や腕は炎につつまれ、さらに爆発で加速を得ると勇の胸を直撃した。その衝撃は勇の外骨格もボディをも打ち抜き、勇の背中で血が飛びだした。

 勇は仰向けに倒れ、気を失った。外骨格は砂のように崩れ落ち、そこにはスウェット姿の中年男が倒れていた。胸と背中から血が流れ続けた。

 

 そこへ意識の戻った亜衣がかけよってきた。彼女の外骨格も砂のように落ち、セーラー服姿になっていた。


「あなたが……倒したの?」


 治英は何がなんだかわからなくなっていた。


 単に、女の子が大男に襲われていたので助けなきゃ、そう思っただけだったのに。

 そもそも自分は電車にはねられ、死んでなきゃおかしいのに。

 人生に絶望して、生きることに疲れていたのに、今なぜこんなに力があるのだ。治英には何一つわからなかった。


 亜衣は勇を倒した治英の力に驚き、こんなことを言った。


「あなた、私を守ってくれる?」


 唐突にそう言われ、治英は戸惑う。

 だが、中年と呼ばれる年齢まで生きていて、ここまで直接的に女性に頼られたことはない。治英はそれがとんでもなくうれしい。


「あ、ああ……今みたいに危険になったら、俺が、守る」


 この時、治英の外骨格も砂になって崩れ落ち、治英もただの中年男に戻った。

 この瞬間、亜衣が一瞬わずかに顔をしかめたのに治英は気づいたが、その意味はわからない。


「じゃあ、ついてきて」

「この人、このままじゃ死ぬんじゃ……」


 治英は倒れてる勇を指した。


「大丈夫よ……簡単には死ねないの、私たちは」


 亜衣が歩きだしたので治英はその後ろについて歩く。


「どこへ行くんですか」


 自分の娘ほどの歳の相手になぜか敬語になってしまった。


「鬼ヶ岬よ。そこで仲間と落ち合うことになっているの。そこまでたどり着ければ……」


 その先を治英はまるで想像できなかった。

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