若起強装アウェイガー(カクヨム版)
上伊由毘男
第1話「目覚め」
冷たい雨の降る夜。
中年になるまでずっと不安定な仕事しかできなかった治英だが、ようやく正社員になった。だが正社員とは名ばかりで、休日もろくに無い毎日の長時間サービス残業で心身ともに疲弊していた。求人内容とは違う詐欺スレスレな仕事だった上、怒号が飛び交うひどいパワハラに、転職を検討するような気力も冷静な思考もすでに失われていた。
通勤路にある踏切にさしかかる。この線路の向こうから電車がやってくるのだ。治英は閉じかけた踏切に入り、小走りで線路を辿りはじめた。やがて明々と照明を点けた電車が治英に向かってくる。これで楽になれる。仕事をするために生きるような日々も終わりだ。治英は電車の前に棒立ちになった。
同じ頃、線路沿いにある公園で、アルミケースを持ったセーラー服姿の少女・
亜衣が逃げ込んだ公園は、行き止まりになっていた。
「もう逃げられんぞ。大人しく俺と白の館に戻れ」
勇の太い声による脅しにも、亜衣は怯まなかった。
「そうはいかないわ。政府転覆なんてことを父にさせるわけにはいかない」
「お前の父は、ドクターホワイトは、世直しをしようとしているのだ。なぜそれがわからん」
「あなたたちは、これを取り戻したいのでしょう」
手にしたアルミケースを気にしてみせる亜衣。
「それだけではない。ドクターホワイトは親として、娘のお前を心配している」
亜衣はその言葉を白々しいと思いながら、左手首に装着された小型のバインダーに半透明のカードを挟んだ。
「お前がそういうつもりなら、こっちも力ずくになるが」
中年男らしい低いで勇は亜衣に最後通告をした。
その時、白い光に包まれた人間がどこからか飛ばされてきて、二人の近くに落ちた。
それは治英だった。
治英は空から白い光に包まれて落ちてきて、気を失った。光はやがて治英の表面を覆うように固形化し、昆虫の外骨格のようになった。
それを見た亜衣と勇は驚いた。彼が自分たちと同じ能力を持っているとわかったからだ。
さらに驚くたのは、この男は腕にバインダーを付けていないことだ。
治英が目を覚まし、視界には少女と大男が見えた。
勇が治英に気をとられてる隙に亜衣は逃げ出そうとしたが、それに気づいた勇は亜衣の脚を蹴り、亜衣は転んだ。
「逃さんぞ!」
「クッ!」
亜衣はすぐに立ち上がる。そして二人とも同時に左手首のバインダーにカードを挟み、叫んだ。
「
二人を白い光が覆い、外骨格のように固形化した。
この二人を見た治英は、自分も同じような格好になっていることに気づく。
また、大男のほうはさっきまで自分と同じ中年だったのに、今は少年のような活力に満ちた顔つきになっていた。
そして自分もまた、さっきまでの鬱々とした気は小さくなり、若い頃のような活気が戻っていた。
その大男すなわち勇が亜衣に襲いかかっていった。
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