第4話 (後編)
美紅とゲームセンターへ行った翌日。
玄関のドアを開けると青白い光が射し込んできた。
満遍なく澄んだ空を眺めていると今日は絶好のお出かけ日和だと思う。
まぁ俺は今からテーマパークへ行くのだが…。学校という様々なアトラクション(授業)が楽しめるテーマパークに…いや、楽しめないな。
午前中の授業にて、前日の国語と数学のテストが返却された。
「おぉ…」
横からひょいと顔が飛び出し俺の答案用紙を覗きこんできた美紅の声だった。
「どうした」
「私の大体2倍の点数だなぁって」
俺の点数は82点である。大体2倍ということから美紅の点数は赤点ぎりぎりの30点台後半なんだろう。
美紅の学力から点数の予測ができるくらいには、伊達に幼馴染みをやってない。
「6限に返ってくる英語が楽しみだな」
美紅の顔を見てやや挑発するかのように話をふる。
俺にとってはある程度得意である英語だが、美紅は前年度赤点2回を成しえたほどの苦手科目なのである。他の科目においても赤点はとっていたのだが。
「大丈夫よ?意外と解けたから!」
Vサインを自信満々に掲げる幼馴染みはフラグを立てるのが絶妙に上手いなと関心するばかりである。
Vやねん!赤堀美紅!
──────────────────────────
「はぁぁぁぁぁ…ああああー」
「うるさい」
放課後、椅子に座り悄然とした様子の美紅から発せられる声が、部活に行ったり、遊びに行ったりでうきうきとした生徒の声に負けじと耳に伝わる。
「だってスペルミスで赤点っておかしいでしょ!」
「…まあ赤点なのもおかしいが」
美紅の答案用紙を見てみると28という数字が輝かしく記されていた。
convenientのスペルミスだったが、そのままローマ字でコンビニと書いてたので単語が書けなかったんだろう。同情の余地はない。スペルミスしてなくても文法ミスをしていたので0点だと思うが。
「補習いってきなよ」
美紅の肩に手をのせた後サムズアップする。
サムズアップは国によっては侮辱の意味があるらしいがここは日本なのでセーフ。侮辱?してないしてない。
「佐藤先生ってみっちり時間かけて教えてくれるじゃん? だから帰るの遅くなっちゃうし…今日は一緒にゲーセンいく予定だったのに…」
気のせいか目の焦点があっていないようにみえる。
中学時代、夜に電話をしていたときのことだ。
遊園地に行こうと言われたのだが、うつらうつらしていた俺は「わかったから寝させてくれ」と返事をしたのだ。
この「わかった」を本気で捉え、日曜朝に我が家のインターホンを何度も押したのがこの幼馴染みである。
顔を出すと嬉しそうに電話の後に立てた遊園地のプランを話すのだ。目もとには陰りができていた。
何が言いたいかというと、この幼馴染みは俺と遊びに行くことを楽しみにしてくれるのである。いくら幼馴染みといえどもこの歳まで慕ってくれることは正直嬉しいしそれに応えたいとは思う。
だがしかし、よく考えろ。そんな幼馴染みが現実に存在しうるのだろうか…?
存在するとしたら世界の珍獣オカピくらい珍しいタイプだろ。世界4大珍獣の仲間入不可避。
俺は俯き考え込んでいたが、目線を上げると幼馴染みと目があった。
あ、存在してたわ。祝え!新たなる珍獣の誕生を!
明日は家でゴロゴロしておく予定を入れてたが取り消すことになりそうだ。
「私外国行かないし、英語なんて必要ないから。だから今日行こう!」
バンッと机に右手を置き、左手でぎゅっと拳を握る姿は熱弁する演説家のようであった。言ってることはめちゃくちゃだが。
「外国に行く行かないは自由だけど、補習にこなかった場合、期末テストでどんなにいい点とっても通知表に2がつくことになりますよ?」
赤点をとってばかりの生徒にも3をあげることから生徒間で勉強しなくていい、との声があがる筆頭の先生の声だ。
大卒でこの学校に赴任し、4年目を迎える佐藤先生だ。
俺達の代が入学した際、年齢を隠そうとしていたのだが先輩方にあっさりとバラされたらしい。生徒との距離が近い人気のある先生である。
3が最低評価の先生から、2をつけるとの発言にやや怯んだ美紅。通知表に2がついたら母親からこっぴどく叱られると以前言ってたっけな。
「ショッケンランヨーってやつですよ先生!」
そう言うと美紅はおもちゃ売場で見かける子どもさながら地団駄を踏み、机につっ伏した。
何やらぶつぶつ言ってるが聞き取ることはできない。
「ほら、机につっ伏してないで補習いきますよ」
「…はー…い」
ようやく本日のゲーセンを諦め、しぶしぶ先生に連れていかれることを受け入れ歩き出した。
佐藤先生に連れ去られていった美紅をみていると、輸送車に運ばれる動物を見ているみたいだ。
実際にそれに立ち会ったことはないが。
──────────────────────────
美紅が補習に連行されてしまい俺1人になった。
家に帰ろうと校舎をでたのだが、今日に限って鍵を忘れてきてしまう失態を犯してしまったため、妹たちの帰宅まで時間を潰さなくてはいけない。
「何名様でしょうか?」
「1人です」
ファミレスにて時間を潰すことにした。
毎度聞かれることだが、見るからに1人でも何名様か聞かなきゃいけないマニュアルなのだろうかと疑問に思っていたりする。
確かに友だちと待ち合わせのパターンがあるだろうけど。あぁ、それで人が増えて席がありませんなんて状態になったら怒られるね、何名様か聞かないといけないな。
くだらないことを考えながら案内された席へと着く。
席に着き店員さんにドリンクバーとサイドメニューを注文する。
荷物を置き、ジュースを注ぎにいこうと席を立つ。
19時頃には妹が家に帰ってくるだろうから約3時間ほどここに居座ることになる。
スマートフォンでも弄ろうかと画面をみると、鍵を忘れてきてしまうだけでなく、スマートフォンのバッテリーも十分に足りていないという失態を犯したことに気づく。
ふと負の連鎖が続き財布の中に何も入っていない可能性があるのではないかと思い即座に中を見る。
しっかりと顔見知りの野口さんが俺を見つめていた。その顔は微笑んでるかのように見えた。
無銭飲食を犯さずに済んだか…。
そんなこんなで仕方なく真面目に今日の授業にて課せられた宿題でもしようかと思い取り組む。
周りの雑音もあるが、集中してしまえば特になんとも感じないものである。
英語の長文読解が意外と面倒であったが今日の宿題が全て終わった。ドリンクバーで元を取りたがるタイプである俺は、飲み干してしまったジュースをもう一度注ぎにいこうかと席を立とうしたときだった。
「どうも」
「うおっ」
突然声をかけられビクッとしてしまう。顔を上げると片手にコップを持った美少女が存在感を顕にして立っていた。
「この前の…?」
「はい、この前の者です。席が喫煙席しかないみたいなので、ここいいですかね?ありがとうございます」
「返事してないんだけど…」
席が空いてない…?バッテリーがあまりない携帯を見ると18時20分を回っていた。どうやら宿題に集中していて学生や社会人で埋まり出していたことに気づかなかったらしい。恐るべし俺の集中力。
「今まで何してたんですか?」
既に俺の対面の席に腰掛けていた後輩が話しかけてきた。
「宿題だよ」
「家でやれないタイプなんですか?」
「家の鍵忘れたから時間潰ししてただけだ」
そろそろ帰ってもいい時間だったな。早く帰ろう。
あったかいハウスが待ってるからな。
「質問の対応雑じゃないですか?」
「お前が俺の応えに対して即座に新しい問を繰り出すからだろ」
忘れ物がないか机の上を一瞥した後、ポケットを、財布があるかの確認としてポンと叩く。
「…嘘ですよね」
「何を根拠に」
「バッグを手に持って、いかにも席を立とうとしてるじゃないですか」
「バッグを手に持ってないと落ち着かないんだよ」
後輩は、そう言った俺の顔から机の上に視線を移した。
その瞬間、伝票が消えていた。
ゆっくりと彼女の方を向くと、ひらひらと消えたはずの伝票を手に持ち、権力のように振りかざしていた。
「…今夜は帰らせませんよ?」
頬を薄紅に染め、華奢な体をすぼめた様子の美少女を見てぐっと来るものがあると思うんです。
何で自分で言っておいて照れてるんだよ。
「…反応してくれないとこっちが恥ずかしいじゃないですか」
前髪を手で整えながら、段々とすぼめていた体が元に戻っていく。
「…帰らないと店に迷惑がかかりさらに補導の対象にもなりうるぞ」
「そういう反応は求めてないです」
どう返せばいいのか…ろくに女性と接して来なかった男子高校生には難易度高いシチュエーションだろうよ。
むしろテンパって変なことを言わなかったという点は評価されるべきだ。
彼女はコホンと一度間を空けて話し始めた。
「帰らせない発言を置いときまして、店に入って気づいたんですけど財布忘れちゃってたみたいで…」
「つまり、帰らせないとはお前がここで注文し、食べ終わり、会計を済ます…までは帰らせないということか?」
財布がないのに会計を済ませる方法は一つしかないが。
こくりと頷き、頬を緩ませ媚びるのような笑顔を見せひとこと。
「ゴチになります!」
「ごめんなさい」
深々と頭を下げ、カバンを抱え席を立とうとした。
「ちょちょ…見捨てないでください!ほら、ここにいる美少女を見捨てていいんですか?!」
「今手持ち少ないんだよ」
「ちなみに何に使ったんですか?」
「ゲーセンだな」
「ゲーセンとか行くんですね。もっと真面目な人かと思ってました」
「俺の意思じゃないぞ。知り合いに財布がてらに連れていかれるんだ」
俺の話を聞き、彼女はうんうんと頷いたかと思うと、棋士のように体をやや揺らし懊悩しているかのような仕草に写ること数秒。
体を前に出しゆっくりと口を開いた。
「…じゃあ今度私を連れて行ってくださいよ。ゲーセンって行ったことないんで」
「今お金ないって言ったよね?」
「今、ですよね。家や口座にはありますよね。付き合ってもらうんでお金なら私が出してもいいですから。男性は奢るべきみたいな考えはないので安心してください」
「…さっきゴチになる発言しておいて言いますかね」
「今度返しますから!そこは勘弁してください」
最初に会ったときから印象が大分変わったな。
クールな感じで大人びた1年生かと思ってたが年相応にはっちゃけてまだまだ子どもっぽい普通の女子高生なんだな。
「あ、連絡先交換しておきましょう」
ポケットからスマホを取り出しアプリを起動させている。
自分もスマホを取り出しアプリを起動しようとしたのだが、俺の意思に反し画面が真っ黒になった。
「悪い。充電きれたわ」
「…じゃあID教えてください。登録してメッセージ送りますから。充電さっさとして登録しておいてくださいね。」
なぜか後輩女子とゲーセン行くハメになったんだが。知り合いに見られたくないな…まあ知り合いがほとんどいないからセーフ。
「あ、これとこれお願いします」
「おい、何しれっと注文済ませてるんだよ」
「お腹空いたものは仕方ないじゃないですか?」
夕焼け空の中、公園で見せたあの笑顔を再度見せた彼女。
「あぁ、それは仕方ないな」
自然と口角が上がり返答する。
幼馴染みを除いてそこまで長い付き合いの友人がいない俺の、何となくから来るものかもしれないが、この後輩との付き合いがこれからも続いていくような気がする。
後輩と出されたメニューを食べながら雑談をした。会話がスムーズに進んでいたせいか完食し終えた際、時刻は19時30分を回っていた。
会計を済ませる俺の背後で前に両手を出し、合わせていた。多分ごめんなさいと伝えてたのだろう。
家に帰っても特に何もしてなかっただろうし、ここで時間を過ごしたことに対して悪い気はしない。むしろ楽しかったのかもしれない。
家が近くだというのでその場で解散したのだが、去り際にありがとうございました、と微笑みながら伝えてきた後輩の様はやはり魅力的であった。
家に帰り充電を済ませスマホを起動したのは23時を過ぎていた。だがメッセージは来ていなかったのが気がかりだった。
しかし翌朝、スマホのホーム画面に名前欄が顔文字の人物から昨日はありがとうございましたというメッセージがあった。恐らく後輩だろう。
取り敢えず、こちらこそと送っておいた。
センパイと呼んでくる後輩がカワイイ件 @jaja5
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