43 なんだか疑われてるんだが
とある海水浴場でのお昼時、例の日焼け止めの件で注目を集めていたのもつい先程までで今は落ち着きを取り戻していた。
「それでさっきは二人で何やってたの? もしかしてエロいこと?」
「んなわけあるか!」
しかしだ、落ち着きを取り戻したのはあくまで周りの人達。
俺の前にいる髪に赤色のメッシュが入った少女──向島葵は含まれていない。
「じゃあなに? えりは何でこんなにぐったりしてるのさ」
「それは……」
「やっぱりエロいことしてたから?」
「いい加減その考えから離れないか? あんたはどれだけ俺を犯罪者にしたいんだよ。信じられないんだったら本人に聞いてみろよ」
事実はやはり本人に聞いてもらうのが一番手っ取り早いし、何より信憑性が一番高い。
彼女──椎名えりはまだぐったりしているようだが質問に答えられない程度ではない。
それならこの面倒くさいのを任せても良いだろう。
「まぁそうかもね、分かったよ。でも良いの? 暴いちゃうよー、私」
何が暴いちゃうよだ、暴くなら勝手に暴いてくれ。
どうせ俺は無実なのだから。
「葵ちゃん、早坂君はそんなことしないよ、多分」
かなりフワッとしている相坂優の言葉にそれってフォローになっているのか? と一瞬疑問に感じてしまうが、それでも俺をフォローしてくれていることにはかわりないので悪い気はしない。
「ていうか聞くなら早く聞けよ!」
俺の急かす言葉に『はいはい、今聞きますよー』と生返事を返した向島葵はいきなり核心に迫った。
「それでどうだったの? 胸とか揉まれたわけ?」
「そんなことされてないわよ!」
今までぐったりしていた椎名えりも今の向島葵の言葉には流石にカチンときたのか、体育座りで丸まっていた背筋をピンと伸ばし力強く反論する。
「じゃあ何してたの?」
「日焼け止めを塗ってもらっていたのよ」
「それって私達に頼めば良くない?」
それは俺も思ったことだ。
自分で言うのもなんだが、わざわざ俺に頼むなど正気の沙汰ではない。
「それはあなた達が見当たらなかったから……仕方なく」
「本当に? 何かやましいことでもあるんじゃない?」
ニヤニヤとしながら椎名えりに疑いの目を向ける向島葵。そこまで疑うことなのだろうか?
「本当よ……そういえば私、お弁当を作ってきたのよ。ちょうど良い時間だしお昼にしましょうか」
「ちょっと誤魔化すつもり?」
「お昼にしましょうか」
「ねぇ……」
「お昼にしましょうか」
「はい……」
今椎名えりの闇部分が出ていた気がするが、それは気にしてはいけないことなのだろう。
「そういえばもうお昼ですからね。早坂君もお腹空いてますよね?」
「あ、ああそうだな」
「拓也君は飲み物を買ってきてくれないかしら?」
「まぁ一応それで納得しておいてあげるよ」
昼食の話を始めた俺達になんとなくまだ疑っていそうな向島葵だったが、それでも納得したと言っているのでこれで話の決着はついたのだろう。もう話がぶり返されることもないはずだ。
「それで飲み物は何が良いんだ?」
「私は緑茶かしら」
「じゃあ私は水にします」
「じゃあ私はとりあえず生ビール!」
「分かった。じゃあ買いに行くから待っててくれ」
「ちょっと待って! なんで誰も突っ込んでくれないの!? さっきの嘘だから! 私も水だよ、拓也!」
それから俺は全員の希望した飲み物を買うため海水浴場近くの自動販売機へと向かった。
ちなみに向島葵のボケに突っ込まなかったのは別にスルーしたわけではなく、ただ単に突っ込む元気がなかっただけ。やはり海はインドア派の俺にとってまだレベルが高すぎたようだ。
◆◆◆
無事昼食を終えた俺はそれから彼女達三人の遊びに付き合わされた。
付き合わされたという言い方なのは俺自身あまり乗り気ではなかったため。それでも俺が彼女達と遊ぶことになってしまったのは全て椎名えりの作った弁当を食べてしまったことが原因だった。
罠である。まさかこんな罠が夏休みに行きたい定番スポットに仕掛けられているとは、海コワイ……。
話は戻るがとにかく俺は様々な遊びに付き合わされた。ビーチバレーから純粋に水遊び、砂の中に埋められたりなんかもした。
そんなことをしていれば時間が経つのは早いもので気がつくと時計の針は夕方の五時半を指していた。
いくら夏の海水浴場でも夕方ともなれば昼間のような賑わいはない。そこにあるのは昼間と比べて少し冷たくなった砂浜と風で寂しく静かに揺れる海、それと荷物を纏めている家族連れだけだ。
俺達も既にレンタル品は返却済み、あとは電車が来るのを待つだけだった。
「意外と楽しかったわね」
そう言葉を漏らすのは椎名えり、彼女がこんな柄でもないことを言うのはかなり珍しいがそれほどまでに海を楽しめたのだろう。かくいう俺も始めこそ嫌々だったが最後の方には普通にノリノリで遊んでいたしな。
「じゃあ後は帰るだけだな」
それだけに帰るという行為に少しだけ寂しさを感じてしまう。
それが一種の錯覚なのだと頭では分かっているのだが気持ちはついてこなかった。
「何でそんなに帰る気満々なのさ。私達にはまだ祭りがあるよ、祭り」
「夏祭りですか?」
「そうそう、たまたまこの近くにこんなポスター貼ってあったんだよね」
向島葵がそういって自らのスマートフォンの画面をこちらに向ける。どうやらそのポスターを撮影していたらしい。
写真を見るとそこには今日の午後四時から開始されている祭りの詳細が映し出されていた。
「場所はここからすぐ近くみたいだな」
「そうなんだよ。だから行こうよ、祭り」
俺は別に大丈夫だがという言葉と共に視線を椎名えりと相坂優に向ける。
もちろん祭りに行くかどうかの確認のためである。
「私は行きたいです!」
「私も特に問題はないわ」
「よしじゃあ決定! 祭りに行っちゃうよー!」
それから俺達は家に帰るという目的を変更し、近くの祭り会場へと向かった。
数年ぶりに行く祭りに俺の気分は少しだけ高揚していた。
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